学位論文要旨



No 119873
著者(漢字) 定,昌史
著者(英字)
著者(カナ) ジョウ,マサフミ
標題(和) Si中に埋め込んだ化合物半導体量子ドットの作製と輻射再結合に関する研究
標題(洋)
報告番号 119873
報告番号 甲19873
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第577号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 深津,晋
 東京大学 教授 鹿児島,誠一
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 久我,隆弘
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨 要旨を表示する

目的

 シリコンベース発光素子,とくにシリコンレーザの実現は半導体工学における究極目標の一つである。シリコンは他の化合物半導体と比べて圧倒的多量に存在し,毒性が無いことから環境負荷が小さくて済む.さらに,電気的特性に優れ,既存の確立した微細加工技術が流用できることから,材料間汚染の心配が無いオプトエレクトロニック素子の実現が期待される.しかしながら,シリコンは間接遷移型半導体であるため発光効率が著しく低いという障害を抱えている.その障害を乗り越えるべく,これまで様々な試みがなされてきた。とくにここ数年は微結晶Siを中心に高い量子効率をもつシリコンベース発光ダイオード(LED)やゲイン観測の報告など,発光素子実用化への研究成果が次々と報告されている.

 本研究では,III族としてGa,Inを,V族としてAs,Sbを用い,シリコンベース発光素子実現を最終目標として,Si中のIII-V族化合物半導体量子ドットの電子状態の計算を行うとともに,MBE装置を用いた試料の作製を行い,Si中に埋め込んだIII-V族化合物半導体量子ドットからの輻射再結合過程について研究を行った.これは,かつて試みられたシリコン上の化合物半導体厚膜形成とは異なり,シリコン中に埋め込んだ化合物半導体量子ドットを輻射再結合中心として積極的に活用する全く新しいアプローチである.

結果

Si上のInSb量子ドット成長過程

 Si上への化合物半導体量子ドットの成長についてはこれまであまり研究例が無い.そこでSiとの格子定数の差が最も大きくドット形成が容易に起こると予想されるInSbをモデルシステムとして,Si上のInSbドット成長過程について系統的研究を行った.その結果,図1に示すようにInAs/GaAs,Ge/Siと比較してかなり低い成長温度200℃で最大密度1×1010cm-2が得られることがわかった.また,成長温度300℃でV/III比を変化させた結果,III-V族化合物半導体成長条件として通常用いられるV族過剰条件と異なり,Sb/In=1のときにサイズ最小,密度最大となることがわかった.このときの値はそれぞれ,密度が1×1010cm-2,ドット高さ5nm,ベースサイズ40nmであった.STMも併せた観察結果からドットはベースが<110>方向に配向した構造をしていることがわかった.実際,Si(001)4°off微傾斜基板を用いることで<110>方向に配列したドット列の成長が可能でありドット位置制御への足がかりを得ている.なお,III族導入後に作製したGe/Si量子構造からも極めてシャープな発光スペクトルが観測され,ドーピング,メモリ効果は杞憂であることがわかった。IV族MBEにIII-V族,IV族は共存できるという意味において,MBEを用いた試料作製における材料選択の幅が一気に拡がったことを意味している.

Si中に埋め込んだ化合物半導体量子ドットの輻射再結合

 Si中にInAs,InSb,GaSb量子ドットを埋め込んだ構造をそれぞれ作製し,低温における蛍光測定を行った.その結果,いずれの試料からも,Siサブギャップである0.8-1.1eVにブロードな発光ピークを観測したが,とくにGaSb/Si量子ドッ・トにおいて,従来の間接遷移型半導体を遥かに凌駕する、強度の蛍光を得た.蛍光寿命はInAs/Si,InSb/Si量子ドットにおいてサブμs,GaSb/Si量子ドットにおいてはサブmsと非常に長く,歪の影響を考慮した理論予測に従って間接遷移による輻射再結合であることを裏付ける.図2(b)に示すように温度上昇に従い発光ピークは200meV近くのストークスシフトを示しつつ,室温まで生き残った.これはGaSb/Si界面の不均一によるポテンシャル揺らぎによって,再結合中心がエネルギー的に分布しており,温度上昇に伴ってよりエネルギーの低い結合中心へキャリアが緩和していくためと考えられる.さらに,蛍光強度は励起光強度にほぼ比例し,バンド端由来の発光であることがわかるとともに,強励起に伴うピークシフトが観測されないことからドナー・アクセプタ間の発光で無いことも示された。

Si中に埋め込んだGaSb量子ドット高輝度発光ダイオードの作製

 Si上GaSb量子ドットの作製に当たっては,過剰Sbの表面偏析に伴いキャップSi層が自動的にn形にドープされる.このため,p形基板を用いるだけで活性層にGaSb量子ドットを含むp-n接合の形成が可能となる.GaSb量子ドットをp-n接合に埋め込んだLEDは低温において極めて強い蛍乖強度を有し,図3に示すように通常の赤外線カメラで直接像を捉えることが可能である.校正済みLDとの比較から見積もられる外部量子効率は0.3%とシリコンベースLEDにおける記録的な値を叩き出した.温度上昇とともに発光ピークは低エネルギー側にシフトし発光強度は減少するものの,図4(a),(b)に示すように室温でも動作する。さらに,室温におけるパルス応答速度は立ち上がり,立下りとも6ns/3dBを記録した(図4(c)参照).

Si中GaSb量子ドット構造における光増幅特性の観測と検証

 図5(a)挿入図に示すポンプ・プローブ配置を用いて、Si中にGaSb量子ドットを埋め込んだ構造において,低温下で光励起、電流励起の双方において光増幅特性を観測した.とくに,シリコンベース構造における電流励起による光増幅作用の観測は我々の報告が初めてである.さらに,SOI基板を用いることで光閉じ込めによる増幅率増大を狙い,5Kにおいて増幅率17dBcm-1を得た.増幅率はポンプ電流強度だけでなく,プローブ側の電流強度にも依存する.このことは,観測される増幅が単に屈折率の変化によるものではないことを示している.また,増幅率は温度上昇ともに単調に減少し,20Kで吸収へと転じた.光増幅作用はGaSb/Si界面に強く局在した電子がΓ点に存在確率を持ち,そこで起きる直接遷移によるものと考えられる.これと対応するように,低温における蛍光寿命は2つの寿命成分を持つのに対しその内の早い寿命成分は増幅が吸収へと転じる25Kで消失する.

Si中化合物半導体量子ドットの成長後熱処理による影響

デバイス応用に向けて熱処理が蛍光特性に与える影響を調べることは重要である.InAs,InSb,GaSbとも600℃以下の熱処理では結晶性の回復に伴う蛍光強度の増大が観測されるのに対し,それ以上の温度では転位の導入および化合物半導体量子ドットの解離に伴って蛍光強度の大幅な減少とスペクトル変化が観測された.さらに800℃以上の熱処理では解離したIII族元素が活性化しIII族ドープSiの蛍光スペクトルへと変化する.興味深いことにInドープSiのPLスペクトルはInAs/Si,InSb/Si量子ドットと同じくSiサブギャップにブロードなピークを示すが,励起光強度依存性が異なることで区別できる.このInδドープSiは1μm帯において強い吸収を示し光電流検出が可能である(図6(c)参照).

まとめ

 以上,シリコン中に埋め込んだ化合物半導体量子ドット構造を用いてシリコンベース発光素子の実現可能性を調べた.シリコンと化合物半導体のバンド接続は歪の影響によりいずれもType-II接続となるため化合物半導体の直接遷移の恩恵に与ることは出来ない。しかしながら,ドットヘの閉じ込めと,極性/無極性界面で生じるポテンシャルトラップにより強く束縛された電子・正孔対は散逸を免れ,GaSb/Si量子ドットにおいて従来の間接遷移構造をはるかに上回る蛍光強度を与えた.GaSb量子ドットLEDは低温で量子効率0.3%を示し,室温まで動作する.さらに,界面に局在した電子・正孔対の直接遷移成分に起因すると思われる電流注入による光増幅作用の観測は,現時点においてシリコンレーザ実現への最短距離に位置している.今後は導波構造および共振器構造形成の作製に加えGaSb量子ドットの積層化を通した量子効率向上をはかり,Si系で初のレーザ発振を目指したい.

図1(a)Si上に成長させたInSbのAFM像(5×5μm).成長温度およびSb/In比を変化させている.(b)InSbドットサイズおよび密度の成長温度依存性.(c)InSbドットサイズおよび密度のSb/1n比依存性.

図2(a)Si中に埋め込んだGaSb量子ドットからの低温におけるPLスペクトル.(b)GaSb/Si量子ドットのPLスペクトル温度依存性.(c)GaSb/Si量子ドットのPLスペクトル励起強度依存性.

図3赤外カメラで撮影したGaSb/SiQDEL像(左列).上段が表面出射像,下段が端面出射像を表す・右列は対応する可視像.

図4(a)GaSb/SiLEDの室温におけるELスペクトル.(b)単一パルスに対する時間応答.挿入図はパルス列に対する応答を示したもの.

図5(a)電流注入による単一パス光増幅実験.挿入図は実験に用いたポンプ・プローブ配置.(b)10K,25Kにおける蛍光寿命.(c)増幅率のポンプ電流依存性.(d)増幅率のプローブ電流依存性.(e)増幅率の温度依存性.

図6(a)GaSb/Si量子ドットの熱処理に伴う蛍光変化.(b)InドープSiおよびInAs/Si重量子ドット,InSb/Si量子ドットの成長後熱処理による蛍光比較.(c)InドープSi(1000℃アニール)の光電流検出.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,Siベース構造における輻射再結合の質的転換を目標に、Si結晶中にIII-V族化合物半導体量子ドットを導入する試みとこれら新規量子ドットの輻射再結合に関する分光学的研究について記述しており,全体は5章からなる。

 第1章では研究の背景と目的について記述している。まず,Siにおける輻射再結合を制御する研究の系譜を概観する中で,バンド物理に立脚した過去の一連の研究が、同族元素からなるヘテロ構造を前提としているため、物性の制御にはおのずから限界があることを指摘している。実際、現在までに最も有力視されてきたポテンシャル制御による方法でも、シリコン同族元素特有の間接遷移の呪縛から逃れることは極めて難しい。そこで論文提出者は、Si中に族、結晶系、格子定数の異なる化合物半導体量子ドットを埋め込んだ族横断型の新しいヘテロ構造を提案し、これによれば輻射再結合の質的転換がはかれることを予測した。このヘテロ系におけるバンド接続は、歪の影響により化合物半導体中に正孔のみが閉じ込めを受けるType-II接続となるが、ヘテロ界面に生じる自発分極に起因した比較的強い局在ポテンシャルの影響でシリコン中の間接バレー電子の波動関数が変調を受け、これによりシリコンおよび同族元素のみでは達成不能な輻射再結合が実現できる点に特徴がある。ドット界面における電子と正孔の強い局在は、界面自体が非輻射再結合中心として存在しない限り散逸を抑制する効果があり高い発光効率が得られること、ならびにIII-V族半導体の直接バンドが利用できる可能性が指摘されている。

 第2章では、III-V族半導体量子ドットの形態を制御する目的で、Si(001)基板上にIII-V族化合物半導体量子ドットをエピタキシャル成長し、成長パラメータにしたがうカイネティクスおよび表面モフォロジ変化を調べた結果について述べている。格子歪の弾性的緩和を駆動力として自発的に発生するIII-V族半導体の3次元島(量子ドット)のサイズ、密度、相関距離は、ほぼ成長温度、V/III比、フラックスにより制御できることを示した.また、InSbおよびGaSbに関して、化合部半導体基板上へのIII-V族化合物半導体成長に比べてSi上では、より低温で量子ドット成長が発生することを明らかにした。量子ドットの最大面密度は1010cm-2のオーダでありGe/Si、InA/GaAsなどの代表的な量子ドットとほぼ同等の値が得られている。GaSbの場合、サイズ分布は数10nmおよび100nmオーダにピークをもつ双峰となることを示した。一方、面内では量子ドットはランダムに無相関に分布するため位置の制御性は低いが、微傾斜基板を用いると<110>方向に配列したドット列が形成できる可能性も指摘している。

 第3章では、Si中に埋め込んだIII-V族化合物半導体量子ドットのバンド接続およびバンド不連続量関する理論的評価について述べている。まず、Si中に埋め込んだIII-V族化合物半導体量子ドット近傍の歪分布とそれに伴う変形ポテンシャルシフトの計算を行っているが、局所歪とドット形状による静水圧成分の増大を考慮した点に特徴がある。その結果、GaAs,GaSb,InAs,InSbのいずれのケースにおいても、圧縮歪の影響によってバンド接続は、正孔のみがIII-V族化合物半導体量子ドット中に閉じ込められるType-II型となり、局所歪に起因するバンド湾曲が電子をヘテロ界面に引きつける方向に働くことがわかった。さらにSiとIII-V族化合物半導体のヘテロ界面で生じる界面ダイポールの大きさを強束縛近似を用いて評価し、界面近傍に格子間隔程度の到達距離を持つ深いポテンシャルが形成されることを見出した.このポテンシャルは界面原子の種類にしたがって符号を変えるが、Si中の電子に対しSi/V族原子界面では引力ポテンシャルが,Si/III族原子界面では斥力ポテンシャルがそれぞれ形成されることを示した。これらふたつのポテンシャルの影響でSiバンド端に励起された電子は界面にひきつけられ、そこで強く局在することになるが、これが本章の結論となっている。

 第4章では、実際に作製したSi中のIII-V族化合物半導体量子ドットにおける近バンド端輻射再結合の分光学的研究の結果が記述されている.InAs,InSb,GaSb量子ドットをSiに埋め込んだ構造からは、Siサブギャップ領域の0.8-1.1eVに不均一にひろがった幅広い蛍光バンドが観測されたが、蛍光強度の観点からはSi中GaSb量子ドットから蛍光が最も強く、蛍光スペクトルの温度依存性,励起強度依存性および蛍光寿命を詳細に調べることで、予測どおりにGaSb量子ドットにおける輻射再結合がヘテロ界面に強く局在した低散逸の電子・正孔対によるものという結論を得た.さらにGaSb量子ドットを活性領域にもつp-n接合において、記録的な外部量子効率(0.3%)の電流注入蛍光を観測している。電流注入蛍光は室温まで観測され、実験に使用した 発振器のバンド幅で制限される周波数帯域をもつことが示されている。一方、Inベースの化合物半導体量子ドットでは、Si中で活性化したInが正孔の深い束縛中心をつくるため、Inベース量子ドットが予想どおりには再結合中心としては機能しないことを指摘している。同様に、熱処理したSi中のGaSb量子ドットは650℃以上の熱処理で解離しはじめ、量子ドットとして機能しなくなった後は、Gaアクセプタの蛍光スペクトルに移行することが示されている。さらに本章では、GaSbの禁止帯にしみ出したSi中間接バレーの電子の波動関数がGaSbの直接バンド端と混合する効果に着目して、ポンプ・プローブ法によりバンド端遷移でははじめてSi中での光増幅の観測を試みている。その結果、光励起,電流励起の双方において光増幅(>10dB/cm)を検証し、SOI基板を用いたスラブ導波路で増幅度が向上する結果を得ている。蛍光寿命の温度変化および励起強度依存性の結果から反転分布形成を検証している。実際、弱励起では間接遷移特有の長い寿命が観測される一方、励起密度の上昇にともなって誘導遷移に起因すると考えられる特徴的な速い減衰成分がパルス励起直後に現れることが示されている。

 最終章である第5章では全体の総括と研究の展望について述べている.

 以上、本論文はSi中に埋め込んだIII-V族化合物半導体量子ドット構造の作製にはじまり、理論予測にもとづいた新しい原理による輻射再結合過程の制御と、高効率蛍光はもとより低温環境下ではあるもののシリコン系材料でははじめての近バンド間遷移による光増幅を光・電流励起双方の条件で検証しており、学術的な価値は極めて高いと評価できる.なお,本論文は深津晋,川本清,菅原由隆,石田和外,安原望らとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって試料の作製,評価および理論計算を行った。したがって本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

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