学位論文要旨



No 119879
著者(漢字) 小曽根,健嗣
著者(英字)
著者(カナ) オゾネ,ケンジ
標題(和) 新しいμ→eγ崩壊探索実験のための液体キセノン・シンチレーション検出器
標題(洋) Liquid Xenon Scintillation Detector for the New μ→eγ Search Experiment
報告番号 119879
報告番号 甲19879
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4608号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 梶田,隆章
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 助教授 徳宿,克夫
 東京大学 助教授 川本,辰男
内容要旨 要旨を表示する

 2006年にスイスのPaul Sherrer Institute(PSI)で開始されるMEG実験は、レプトンフレーバー非保存事象であるμ+→e+γ崩壊の探索を通じて超対称性大統一理論准検証する実験である。本研究は、液体キセノンを用いた高性能γ線検出器を新たに開発し、それを使って行われるMEG実験によって新しい物理が検証可能であることを示したものである。

 スーパーカミオカンデ実験によって大気ニュートリノ振動が観測され、ニュートリノに微小な質量を持つこととニュートリノ間の大きな混合角が観測された(Super-Kamiokande Collaboration,Y.Fukuda et al.,Phys,Rev.Lett.81(1998)1562.)。このニュートリノ振動はレプトンフレーバー非保存によって引き起こされるものであり、右巻きニュートリノを導入し、ニュートリノに小さな質量を与えるシーソー機構で説明される。荷電レプトンにおいてもレプトンフレーバー非保存な現象が現れるように拡張することができ、μ→eγ崩壊の起こる確率が観測可能な程度まで引き上げられる。このμ→eγ崩壊を探索することで、レプトンフレーバーの破れや、さらにはSU(5)SUSYやSO(10)SUSYといった超対称性理論のモデルをニュートリノ振動とは独立な観点で検証することが可能となる。また、クォーク・レプトンの世代構造の起源を解明する糸口や、未知の超高エネルギーの世界に関する情報が与えられると期待される。

 μ→eγ崩壊の起こる上限値はLos Alamos Meson Physics Facilityで行われたMEGA実験によって上限値が与えられており、通常のμ粒子の崩壊であるμ→eVeVμ(Michel崩壊)に対する分岐比にして1.2×10-11となっている。(M.L.Brooks et al.,Phys.Rev.Lett.83(1999)1521.)。図1にSU(5)SUSY模型で予言される分岐比を示す。MEG実験は現在の上限値を2,3桁上回り、理論で予言されている領域での探索を目指している。

 図2はMEG実験検出器の外観図である。PSIには世界最大強度(8〜10×108μ+/sec)を誇るビームチャンネルがあり、大量に供給されるμ+粒子をターゲット中で静止させてμ+→e+γ崩壊を探索することになる。μ+→e+γ崩壊ではγ線と陽電子がμ粒子の静止質量の半分の52.8MeV/cの運動量をもってお互いが反対の向きに放出される。通常、μ+粒子はおよそ99%がMichel崩壊(μ→eVeVμ)をするため、Michel崩壊による陽電子とビーム起源の高エネルギーγ線が偶然同時に観測されてしまうこと(アクシデンタル・バックグラウンド)がある。また、μ+粒子は約1%が輻射崩壊(μ+→e+VeVμγ)をするが、運動量がニュートリノにも与えられるため、50MeV付近のγ線が生成され観測される割合はアクシデンタル・バックグラウンドの割合(Bacc)に比べて低い。したがって、Baccを検出器の感度以下にいかに抑えられるかが実験の鍵となる。

 図2のようにMEG検出器は陽電子検出器とγ線検出器の2つから構成されている。陽電子検出器は、陽電子の運度量を選別するCOBRA超伝導電磁石、陽電子の飛来1時間を測定するタイミング・カウンター、そして陽電子の軌道から運動量を測るドリフト・チェンバーからなる。γ線検出器は液体キセノン・シンチレーション検出器(本要旨では以下、LXe検出器)であり、その開発と実用化が本研究の主題である。

 MEG実験におけるLXe検出器は1000リットルの液体キセノンで満たされ、その中に約800本の光電子増倍管(PMT)が並べられている。本研究ではMEG検出器を想定して製作された大型の試作器(図3)を用い、安定したオペレーションの確立と検出器性能の評価を行った。試作器には100リットルのキセノンの中に228本のPMTが配置されており、MEG実験のLXe検出器とは縦方向が小さくなっているだけで、奥行きや幅は同等である。LXe検出器に使われている冷凍機や真空断熱容器、キセノン液化・回収システムなどは全てMEG実験のLXe検出器を想定して設計されたものである。LXe検出器の安定性に関しては、液体キセノン温度(110K)を3ケ月間に渡って安定に保てることが検証できた。LXe検出器で使われるPMTは浜松ホトニクスK.K.と共同で開発されたものであり、110Kという低温下でも安定した動作が実証できている。

 LXe検出器の開発にあたり、その性能を飛躍的に高めたのは液体キセノンの循環式純化システムの導入であった。開発当初、LXe検出器のLXe中に100PPm程度の水が食まれていた。水分子はγ線とキセノンとの相互作用で生じるシンチレーション光をよく吸収するため、10ppmの水が存在すると、期待される光量の1/10程度しかPMTで捉えることができなくなってしまう。そこで、液体キセノンを純化させる装置を新たに組み入れることで、100ppb程度まで低減させることに成功した。純化をしている問、検出器上下にとりつけたカウンター(図3中のTC1,TC2,TC3)によってトリガーされた宇宙線μ粒子や検出器内4個所に取りつけられたα種子のイベントを用いてシンチレーション光の推移を常時モニターした。その様子は図4で見てとれる。およそ1ケ月で光量は飽和したが、モンテカルロシミュレーションによって、12cmであった吸収長がから1mまで伸びたことが分かった。その後、検出器内で使用されていたアクリルをSUSやPTFEに交換したところ、現在は吸収長を1mまで伸ばすことに成功している。

 次に産業技術研究所(AIST)で行われたLXe検出器の性能評価実験についで述べる。AISTにある電子蓄積リング(TERAS)の764MeVの電子にレーザーを当て逆コンプトン散乱させると、最大40MeV付近にコンプトン・エッジを持ったγ線スペクトルが得られる。ごのコンプトン・エッジをLXe検出器で測定し得られたスペクトルと入射スペクトルを比較す巻ととでエネルギー分解能が見積もれる。その結果を図5(a)に示す。位置分解能については、入射面のPMTで観測された光電子数(Npe)の分布を元に、液体キセノン中で最初にconvertした深さを求め、それに応じた重みを各Npeにつけて重心を求めることで評価した。その結果を図5(b)に示す。

これらの結果とこれまでの性能評価実験の結果を表1)にまとめる。この場合に期待されるBaccは8.9×10-14events/μ+-decayであり、μstop rateを5.8×107/secと仮定すれば9.3×10-14(90%C.L.)という分岐比まで探索できることが期待される。この値は現在の分岐比の上限値を2桁更新できるものであり、μ→eγ事象を発見できない場合には超対称性模型に対して制限を与えることができることが図1からも分かる。

 今回新しく開発されたLXe検出器は低エネルギーγ線検出に対し優れた性能を有していることが本研究により明らかになり、新しい高性能γ線検出器として実用化で蓋ることが実証された。2006年にはLXe検出器を使ったMEG実験によって超対称性大統一理論の検証が始まる。

図1:SU(5)SUSY模型におけるμ→eγ崩壊の分岐比(J.Hisano et al.,Phys.Lett.391(1997)341.)。SO(10)超対称大統一模型では10-13から10-11と大きくなるとされている。

図2:MEG検出器の概略図。シミュレーションによるμ→eγ事象の1例も描かれている。

図3:性能評価に用いた100リットル型プロトタイプの模式図。MEG検出器同様、入射γ線のeffciellcyを上げるため入射面はハニカムなど物質量の少ない物質で構成されている。

図4:(a)宇宙線μイベントで見た光量の増加の様子。(b)α粒子イベントで見た光量の増加の様子。

図5:AISTにおけるビームテスト実験における(a)エネルギー、(b)位置に関する分解能。これらの結果は検出器の中心にγ線を打ち込んだ時のものである。

表1:MEG実験で用いる1000-literLXe検出器で期待される性能。値は全てFWHM。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、レプトンフレーバー非保存現象であるμ→eγ崩壊の探索を通じて超対称性大統一理論を検証する実験(MEG実験)のために新たに開発した高性能液体キセノンγ線検出器の詳細と、それを使って新しい物理が検証可能であることを示したものである。

 論文は7章からなり、第1章はμ→eγ崩壊についての理論的背景とこれまでの実験の概要が、第2章はMEG実験装置について、第3章でその中でも液体キセノンγ線検出器について、第4章では液体キセノンの純化と吸収長について、第5章では試作した100リットルの液体キセノン検出器の性能について、第6章では実機の予想される性能およびそれによる新しい物理の検証可能性について詳しく記されている。そして、第7章で結論が述べらている。

 荷電レプトンのレプトンフレーバー非保存現象であるμ→eγ崩壊の探索を通じて超対称性大統一理論を検証する実験であるMEG実験は、スイスのPaul Sherrer Institute(PSI)で行われる予定である。PSIには世界最大強度(〜4.5×107μ+/sec)を誇るビームチャンネルがあり、大量に供給されるμ+粒子をターゲット中で静止させてμ→eγ崩壊を探索することになる。μ→eγ崩壊ではγ線と陽電子がμ粒子の静止質量の半分の52.8MeV/cの運動量をもってお互いが反対の向きに放出される。アクシデンタル・バックグラウンドとして、50MeV付近のγ線が生成され観測される割合を、如何に抑えられるかが実験の鍵となる。MEG実験を構成する、γ線検出器である、液体キセノン・シンチレーション検出器の開発と実用化が本論文の主題である。

 MEG実験で使用される液体キセノン・シンチレーション検出器は1000リットルの液体キセノンで満たされ、その中に約800本の光電子増倍管(PMT)が並べられる予定である。本論文ではMEG検出器を想定して製作された100リットルの液体キセノン・シンチレーション検出器の試作器を用い、安定したオペレーションの確立と検出器性能の評価を行った。このような巨大な液体キセノン・シンチレーション検出器が製作されたのは世界初のことである。その安定性に関しては、液体キセノン温度(110K)を3ヶ月間に渡って安定に保てることが検証できた。また、使われる光電子増倍管は、110Kという低温下でも安定した動作が実証できている。

 この液体キセノン・シンチレーション検出器の性能を飛躍的に高めたのは液体キセノンの循環式純化システムの導入であった。水分子はγ線とキセノンとの相互作用によりシンチレーション光を吸収してその性能を損なうため、液体キセノンを純化させる装置を新たに組み入れることで水分を取り除き、吸収長を1mまで伸ばすことができた。検出器の性能は、産業技術研究所(AIST)で電子蓄積リング(TERAS)の764MeVの電子にレーザーを当て逆コンプトン散乱させて得られるγ線を使うことにより詳しく調べられた。

 これらの性能評価実験の結果、期待されるアクシデンタル・バックグラウンドは1.2×10-14events/μ+-decayであり、μレートを4.5×107/secと仮定すれば5.8×10-14(90%C.L.)という分岐比まで探索できることが示された。この値は現在の分岐比の上限値を2桁更新できるものであり、MEG実験により超対称性大統一理論の検証が可能である。

 以上に述べたように、この論文は、新しく開発した液体キセノン・シンチレーション検出器が低エネルギー7線検出に対し優れた性能を有しており、MEG実験のために実用化できることが実証された。これにより、レプトンフレーバー非保存事象であるμ→eγ崩壊の分岐比を2桁更新でき、素粒子の超対称性大統一理論の検証が可能であることが示された。

 この論文は、学問的に大変有用なものであり、また論文提出者の独創性も十分であると認められる。また、この論文はMEG実験グループの他の共同研究者との共同研究に基づくものであるので、論文提出者がどのような主導的な寄与があったのか審査委員会において念入りに審査した。その結果、検出器の開発・性能測定は論文提出者が中心となり行なったものであることから論文提出者の主導性が十分であると判断した。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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