学位論文要旨



No 119880
著者(漢字) 相場,政光
著者(英字)
著者(カナ) アイバ,マサミツ
標題(和) 強収束加速器における共鳴横切りに関する研究
標題(洋) Study of Resonance Crossing in Strong Focusing Accelerators
報告番号 119880
報告番号 甲19880
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4609号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 後藤,彰
 高エネルギー加速器研究機構 教授 横谷,馨
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 初田,哲男
 高エネルギー加速器研究機構 教授 山本,明
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は強収束加速器における共鳴横切りに関する研究であり、現在から将来にかけての固定磁場強収束加速器(FFAG加速器)開発を念頭に置いて行われた。FFAG加速器では磁場の非線形成分を導入することで、原理的に全ての運動量の粒子に対して一定のベータトロンチューンを持つ(零色収差)。しかし実際の加速器では、漏れ磁場や磁場飽和のため、またFFAG加速器が原理的に要する磁場の非線形成分のために、完全に一定なチューンを実現することは困難である。一方で、加速器設計の当初からチューンを一定にするという条件を排除することによって、強収束加速器でありながら近似的に等時性を満たしたり、原型のFFAG加速器では難しかった非常に長い直線部を設けることができたりといった利点が得られる。ビームの軌道及びその周りでの粒子の運動が相似形をなしていると言う意味で、本来のFFAG加速器をスケーリングFEAGと呼ぶのに対して、このように積極的にチューンが変化することを受け入れたものはノンスケーリングFEAGと呼ばれ、現在世界中の加速器研究者の間で研究が進められている。

 FFAG加速器の原理は、1953年に大河千弘によって初めて考案されたものである。その直後、米国におけるMURA計画で、2台の電子FFAG加速器が試験的に製作され、加速器としての実証が行われた。当時その潜在的優位性が認知されながらも、磁石設計及び製作や加速空洞の技術的困難のため、FFAG加速器の開発はその後50年近く閉ざされていた。しかし近年、技術的な進歩によってこれらの問題が解決され、世界初となる陽子FEAG加速器(PoPFFAG)が高エネルギー加速器研究機構(KEK)において製作され、陽子ビーム加速に成功した。その成功を受けて、実用機としてのFFAG加速器の可能性を確立するために、150MeV陽子FEAG加速器が同じくKEKにおいて建設され、ビーム加速に成功している。

 現在、加速器の応用は多分野に渡り、またその要求も様々なものとなっている。FEAG加速器は固定磁場であるという特徴から、シンクロトロンに比べ高繰り返しのパルスビームにより強度の高いビームを得ることができる。また同様に固定磁場であるサイクロトロンと比べても、磁場勾配が大きいため比較的コンパクトであり、等時性を満たす必要が無いので磁場精度の許容範囲も広く、安定度の高い運転が可能となる。こうした特長から、特にエネルギー生産や医学利用の分野においてFFAG加速器が注目を集めている。また、ミューオン貯蔵リングをベースとしたニュートリノファクトリーを実現するために、FEAG加速器をミューオン加速器として応用することが現実的な案であると考えられ、ノンスケーリング・ミューオンFFAGの研究が盛んに行われている。その中で共鳴横切りに関する研究が重要な課題となっている。こうした背景の基に本研究が行われた。

 まず始めに共鳴横切りのビームダイナミクスに関して、一般的な議論を行った。共鳴横切りにおいて主要なパラメータは、共鳴の強さ、チューンの振幅依存性、横切るスピード、ビームエミッタンスの4つである。共鳴横切りのビームダイナミクスは、磁場の非線形成分(基本的に8極成分)が支配的かどうか、すなわちチューンの振幅依存性が強いか否かによって、異なった取り扱いをしなければならない。振幅依存性が無視できるときには、共鳴横切りによるビームエミッタンスの増大が共鳴の強さをスピードの平方根で割った量に比例することが一般的に知られている。

 FFAG加速器における共鳴横切りを考えるときに、より関心があるのは非線形成分が支配的な場合である。これに対して、1970年代にAW,Chaoらによって、"アイランドによる粒子捕獲"モデルが示された。これによると、磁場の非線形成分、すなわちベータトロンチューンの振幅依存性が強いときに共鳴を横切ると、位相空間における中心以外の安定固定点(アイランド)によってビームの一部が捕獲され、チューンが共鳴から離れるにつれて無限遠へ持ち去られる。このモデルはシミュレーションによって確かめられたものの、その後最近まで実際のビーム実験によって観測されたことはなかった。本研究におけるビーム実験及び同時期に進められていたCERN-PSにおける実験が、初めての粒子捕獲モデルの実験的確証である。しかし、後者はシンクロトロンにおけるビーム取り出しへの応用という全く異なった目的のものである。本研究では、単に粒子捕獲を観測するに留まらず十分速い横切りスピードによって捕獲量が観測精度以下の無視できる量となることを確認することも重要な目的である。さらに、粒子捕獲が起きる向きとは逆向きに共鳴を横切る場合についても、理論的考察、シミュレーション及びビーム実験を通してビームヘの影響は粒子捕獲ではなくエミッタンス増大となることを明らかにし、またエミッタンス増大量を定量的に表す式を導出した。逆向きに共鳴を横切ることに関しては、P.A.Sturrockが唯一定性的な事柄を述べただけで、定量的に取り扱ったのは本研究が初めてである。

 ビーム実験はPoP-FEAGおよびHIMACシンクロトロン(放射線医学総合研究所)において行った。いずれの実験でも三次共鳴横切りにおけるアイランド捕獲がはっきりと観測された。PoP-FFAGにおける実験では、共鳴の強さおよび横切りスピードを変えて、捕獲効率の依存性を観測することができた。また、横切りスピードが比較的速いときには、粒子が全く捕獲されないという測定結果が得られた。HIMACシンクロトロンにおける実験では、横切る向きを変えたときに、ビームヘの影響が全く異なるものであることが観測された。

 PoP-FFAGにおける実験結果を、理論及びシミュレーションと比較した。その際、主要なパラメータである、共鳴の強さ、チューンの振幅依存性、横切るスピード、ビームエミッタンスがずれることによって、どの程度捕獲効率が変化するかを詳細に検討した。この検討の中で、横方向の2次元運動やシンクロトロン振動による捕獲効率への影響は、モデルにおいては含まれていないものであり重要な事柄である。こういった検討を踏まえて比較を行った結果、シミュレーションと実験結果は非常に良い一致を示した。一方で、粒子捕獲のモデルによって理論的に導かれた捕獲効率は、かなり少ないものとなった。その理由はモデルでは捕獲効率を導出する際に、共鳴の強さに対して非線形成分が十分大きいと仮定しているが、実験におけるパラメータは十分にその仮定を満たしていないためだと考えられる。以上から、実験結果を定量的に理解することができた。また、横切るスピードが十分に速いときは捕獲が全く見られなかったが、どの程度スピードが速ければ十分かを、定量的に見出した。

 以上で述べたように、磁場の非線形成分が支配的な場合について共鳴横切りに関する研究を行った。得られた結果をまとめると、

1.A.W.Chaoらによって示されたように、磁場の非線形成分が支配的な場合に共鳴を横切ると、"アイランドによる粒子捕獲"が起こる。本研究におけるビーム実験では、粒子捕獲をはっきりと観測した。粒子捕獲はこれまでシミュレーションによってのみ確認されていたが、本研究でのビーム実験、及び同時期に行われていたCERN-PSにおけるビーム実験が、初めての粒子捕獲の実験的確証となる。また、粒子捕獲が起きる向きと逆向きに共鳴を横切る場合について、理論的考察、シミュレーション及び実験を通して、ビームへの影響がエミッタンス増大となることを明らかにし、初めて定量的な取り扱いを確立した。

2.PoP-FFAGにおけるビーム実験では、共鳴の強さ及び横切るスピードをパラメータとして、これらのパラメータヘの捕獲効率の依存性を測定した。主要なパラメータがずれることによって、どの程度、捕獲効率が変化するかを詳細に検討した。この検討の中で、横方向の2次元運動やシンクロトロン振動による、捕獲効率への影響は、モデルにおいては含まれていないものであり重要な事柄である。こういった検討を踏まえて比較を行った結果、シミュレーションと実験結果は非常に良い一致を示し、実験結果を定量的に理解することができた。またHIMACにおけるビーム実験では、横切る向きによってビームへの影響が、異なるものであることを観測した。

3.粒子捕獲では、最終的に捕獲された粒子はビームロスとなるが、逆向き横切りでは単にエミッタンスが増大するのみであり、三次共鳴の場合ではスピードが無限に遅くてもエミッタンス増大は制限されたものであることを示した。従って、逆向きに横切りのほうが、より安全な横切りであると言える。しかし、粒子捕獲の場合でも横切るスピードが十分に速ければ、捕獲は起きないことを示した。以上から、いずれの場合でも適切なパラメータのもとでは問題なく共鳴横切りがなされると結論できる。

 本研究において著者は、逆向きに横切る場合のエミッタンス増大を定量的に表す理論式を提唱した。また、ビーム実験において実験計画を立案し、共同研究者の協力のもとデータを取得した。得られたデータは著者によって解析され、解析結果について共同研究者らとの議論を通して結論を得た。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章とアペンディックスからなる。第1章はイントロダクションであり、先ずFFAG(固定磁場強収束)加速器について概観した後、本研究の動機および目的について述べている。第2章では、強収束加速器中での共鳴横切りのビームダイナミックスについて一般的な議論を行っている。第3章では、PoP-FFAGおよびHIMACシンクロトロンに於いて行った共鳴横切りに関するビーム実験について詳述している。第4章では、ビーム実験で得られた結果について理論やシミュレーションと比較しながら考察を加え、最後に結論を述べている。アペンディックスでは、PoP-FFAGの後を受けて製作された150 MeV FFAGについてその概要を説明し、その他共鳴の逆方向横切りの場合のシミュレーションによる考察や3次元磁場中での計算機による粒子トラッキングの方法等について述べて、本編を補足している。

 本研究は、エネルギー生産や医学利用さらにはミューオン加速器への応用等が期待されているFFAG加速器の開発を念頭において行われた、強収束加速器における共鳴横切りに関する研究である。FFAG加速器の場合のように磁場の非線形成分(基本的に八極成分)が支配的な場合、すなわちベータトロンチューンの振幅依存性が強い場合に共鳴を横切ると、位相空間における中心以外の安定固定点(アイランド)によってビームの一部が捕獲されチューンが共鳴から離れるにつれて無限遠に持ち去られる、ということがこれまでにシミュレーションによって示されていた。さらに、粒子捕獲が起きる向きとは逆向きに共鳴を横切る場合には、ビームへの影響は粒子捕獲ではなくエミッタンスの増大となる、ということも定性的に言われていた。本論文提出者は、実際の加速器を用いて初めて実験的にこれらの現象の検証を行った。また、エミッッタンスの増大を定量的に見積もることのできる評価式を導いた。

 ビーム実験はPoP-FFAGおよびHIMACシンクロトロンを用いて行った。これらの加速器においてはそのままでは共鳴を横切らないので、PoP-FFAGでは電磁石のギャップを変えることによって、またHIMACシンクロトロンにおいては四重極電磁石の強さを時間的に変えることによって、恣意的に共鳴を横切るような状況を作った。いずれの実験でも三次共鳴横切りにおけるアイランド捕獲をはっきりと観測している。PoP-FFAGにおける実験では、共鳴の強さおよび横切るスピードをパラメータとして、これらのパラメータへの捕獲効率の依存性を調べ、シミュレーションと実験結果が良く一致することを明らかにした。また、横切るスピードが十分に速いときは捕獲がみられなくなるが、どの程度スピードが速ければ十分かを定量的に見出した。一方、HIMACシンクロトロンにおける実験では、粒子捕獲が起きる向きとは逆向きに共鳴を横切る場合には確かにエミッタンス増大が生じることを観測し、これが十分無視できるための条件式を作った。

 以上の研究は、強収束加速器中での共鳴横切りに関する理解を深めただけではなく、問題なく共鳴を通過する条件を定量的に見出したという点で、FFAG加速器の今後の設計に対して多大な貢献をしたと言える。

 本論文は高エネルギー加速器研究機構の加速器研究施設のグループとの共同研究であるが、本研究の主眼であるビーム実験における実験計画の立案は論文提出者が行ったものであり、データ解析も彼自身が行ったものである。データ取得や解析結果の検討も、共同研究者の協力を得ながら論文提出者が主体的に行ったものである。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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