学位論文要旨



No 119883
著者(漢字) 佐々木,潔
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,キヨシ
標題(和) 格子QCDによるバリオン励起状態の質量スペクトルの研究
標題(洋) Study of the mass spectra of excited baryons from lattice QCD
報告番号 119883
報告番号 甲19883
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4612号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 助教授 森松,治
 東京大学 教授 早野,龍五
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、格子QCDに基づく数値シミューションを用い、バリオンの励起状態の質量スペクトルを解析した。特に、N'(1440)とN*(1535)のエネルギー準位の順序に関する問題に焦点をあてた。実験的には、核子の第一励起状態は正パリティを持つローパー共鳴N'(1440)であるのに対し、わずかに質量の大きい第二励起状態N*(1535)は負パリティ・チャンネルに現れる事が知られている。バリオンの励起状態におけるこのようなエネルギー順位は、フレーバー8重項のΣやΛチャンネル、そして10重項のΔチャンネルにおいても見られる。しかし、このパターンを構成子クォーク模型などにより説明するのは非常に困難である事が知られている。この問題を格子QCDに基づく第一原理計算により調べる事が、本研究の主要な目的の一つである。

 格子QCD数値シミュレーションによるN*とN'の質量の評価は、以下で述べるいくつかの技術的な困難のため、これまで系統的な研究がなされてこなかった。まず第一に、バリオンの励起状態は格子体積が有限である事の影響を強く受ける。我々は三種類の格子サイズ(1.6,2.2,3.2fm)を用いた計算により、この有限体積効果の評価を行ない、有限体積効果からくる系統誤差を抑制する事を試みた。第二に、クォーク場で書かれたバリオン演算子は、常に正パリティ状態と負パリティ状態の両方の寄与を含んでいる。それゆえ、基底状態である正パリティの核子より高い質量を持つ負パリティのN*状態を抽出するために、適切なパリティ射影を行なう必要がある。この目的のために、我々は、周期的および反周期的境界条件に従うクォーク・プロパゲーターを線形結合してバリオン演算子を構成する方法を用いた。第三に、N'は核子と同じ量子数を持つ励起状態なので、量子数の射影により両者を区別する事が不可能である。このため、我々は最大エントロピー法(MEM)を用いてバリオン相関関数の解析を行なった。MEMは、基底状態に加えて励起状態の情報も含む、スペクトル関数を直接計算する方法であり、本研究の目的のために非常に有効な手段である事を示した。

 上記の全ての方法を活用して、我々は、格子間隔0.093fm、サイズL3×T=323×32の格子上で生成されたデータから、N'とN*の質量を抽出し、カイラル極限でそれらがほぼ等しい質量を持つ事を見い出した。さらに、カイラル極限だけでなく、広いクォーク質量の領域にわたってN'とN*の準位が統計誤差の範囲内で一致する事も見い出した。これらの結果は、ローパー共鳴N'がN*よりもずっと高い質量を持つという現象論的クォーク模型の予想とは対照的である一方、実験的に知られている準位構造とは定性的に一致している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本論文が扱っている量子色力学(QCD)の概要と現状が述べられている。中でも、本論文の主要なテーマであるバリオンの励起状態についてやや詳しく述べられ、これまでの研究における困難について簡単にまとめてある。すなわち、N*、及び、N'という核子の励起状態の質量を見ると、現象論的なクォーク模型ではそれらの大小関係が正しく再現できない問題点が指摘されている。それらの困難を、格子QCD計算という第一原理的な手法を様々に改良して、最終的な結論に至った筋道も、本学位論文の各章の内容紹介の形で示されている。

 第2章では、格子QCD計算の基礎として、方法論の原理的なところから始まり、パリテイ射影や最大エントロピー法など、本論文でのオリジナルな側面の説明まで含めて示されている。第3章では、本論文の主要なテーマではないが、基底状態について議論されており、その中では、カイラル外挿や連続極限など、後の議論で使われる事項も説明されている。

 第4章が結論という観点からは本論文の根幹を成す部分である。この研究以前のものを簡単にレビューした後で、本研究について詳しく述べられている。格子サイズを大きくとることが本質的に重要で、それを詳細に検討し、大きな格子サイズでの計算を初めて系統的に行ったことなどが述べられている。この点は、励起された核子が空間的に広がっていることから重要である。そのため格子サイズの有限体積効果が現れてくるのであるが、当然それはあってはならない効果であり、十分大きな格子を考えることにより消えていくことを実証した。最終的にN*、及び、N'についてその質量の大小関係の順番が正しく再現されたことが報告されている。これまで理論的に説明できていなかったN*、及び、N'の質量について、第一原理的にきれいに導出したのは大きな成果である。

 第5章では、ダブラーについて議論されているが、これは付加的な議論であり、本論文の主な学術的な価値は第4章にある。

 第6章にはまとめが示されている。

 既に述べられたように、格子QCD計算に様々な改良を加え、これまで成されてなかった計算を遂行して、説明できていなかった事象を初めて説明した学術的意義は大きい。これらの改良の個々のものは、本論文提出者の発想ではないものの、それらを実際に実行可能な形で定式化し、計算機用コードに載せ、さらに必要なものを全て組み込む過程は決して容易ではなく、多くの研究上の努力と工夫を要する。それらを解決して、最終結果にまで到達した論文提出者の努力を多とするとともに、研究能力の実証と判断した。

 本研究は、佐々木勝一氏、初田哲男氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を推進してきたもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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