学位論文要旨



No 119886
著者(漢字) 間瀬,圭一
著者(英字)
著者(カナ) マセ,ケイイチ
標題(和) MAGICによる数十GeVγ線天文学
標題(洋) The sub-hundred GeV γ-ray astronomy by MAGIC
報告番号 119886
報告番号 甲19886
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4615号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金行,健治
 東京大学 教授 森,正樹
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 瀧田,正人
内容要旨 要旨を表示する

 MAGIC(Major Atmospheric Gamma-ray Imaging Cherenkov)望遠鏡は直径17mの鏡面を持ち、現在世界最大のイメージング大気チェレンコフ望遠鏡(IACTs)である。MAGICはその大口径を活かし、エネルギー閾値を下げ(〜30GeV)、現在衛星実験とIACTsで観測されていない未開拓エネルギー領域を観測する。

 この論文ではMAGIC望遠鏡による最初の観測データを解析した結果を示す。データ較正の方法としてミューオンによる絶対較正法を用いて、望遠鏡のフロントエンドからバックエンド1までの絶対較正を行った。この方法によるADCカウントから光子数への変換因子の誤差は系統誤差も含めて6%程度に抑えられている。これは他の系統誤差に比べて良い精度で絶対較正が行えていると言える。このミューオンによる絶対較正が正しいことが以下の3つの方法により確かめられた。

●イメージパラメータ分布をMCと観測データとで比較。

●宇宙線バックグラウンドの頻度をMCと観測データとで比較。

●高エネルギーγ線領域における標準光源であるカニ星雲からのフラックスを過去に得られた観測結果と比較。

いずれの比較も良く一致し、ミューオンによる絶対較正がうまく行っていることが分かった。このミューオンによる絶対較正法が良い点は(1)小さい誤差で絶対較正できることだけでなく、(2)ミューオンは通常観測中にトリガーするので、この較正に特別な時間が必要ではない、(3)ミューオンからのチェレンコフ光の波長スペクトラムはγ線シャワーからのものと似ている点など有利な点が多い。この較正に使うことができるミューオンは2Hz程度で観測可能であり、10分程度毎の観測で統計誤差を3%程度に抑えることができることから、10分程度毎の望遠鏡の絶対較正が可能である。このことから、このミューオンによる絶対較正法はMAGICのような大口径チェレンコフ望遠鏡にとって非常に有用な較正法であると言える。

1 鏡→plexiglass→ライトガイド→PMTの光電面→PMTの第1ダイノード→PMTでの増幅→プレアンプによる増幅

 またインパクトパラメータ2が大きいミューオンはそのイメージがγ線に似て、MAGICのような大口径の望遠鏡にとってバックグラウンドになる可能性があった。この影響を調べるために、モンテカルロ(MC)データを用いて定量的に調べた。その結果、インパクトパラメータが60-90mのミューオン像はエネルギーが約60GeV程度のγ線と良く似たイメージを作り、バックグラウンドとなることが確かめられた。このMCからミューオンバックグラウンドは全頻度の約3分の1含まれることも分かった。このバックグラウンド除去可能性についても議論する。このことは次期将来計画をたてる上で重要である。

 また、観測された約2時間のカニ星雲のデータをRandom Forest法という新しい解析方法を用いて解析を行い、約60GeV-2TeVエネルギー領域で信号を観測した。導出された微分フラックスはE>300GeV以上で、dF(E)/dE=(3.58±0.76)×10-7×(E/Tev)-2.79±0.35[m-2s-1Tev-1](E>300[GeV])である。この300GeV以上の観測された微分フラックスは過去に観測された結果と良く一致している。また200GeV以下の微分フラックスは単純な巾関数で表されず、カニ星雲の加速モデル(SSCモデル)が予測するフラックスと矛盾しない。

2 望遠鏡とミューオンの走行軸までの距離

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、MAGIC望遠鏡をミューオンにより絶対較正を行い、カニ星雲からの60GeV-数TeVの高エネルギーγ線を観測した結果が示されている。

 本論文は全11章から成る。第1章は序論であり、論文の概要が述べられている。第2章は観測対象であるγ線の発生機構、その検出方法、並びに最近のγ線天文学における重要な結果と、MAGICが新しく行うγ線天文学と物理について端的にまとめられている。第3章ではMAGIC等のチェレンコフ望遠鏡で高エネルギーγ線を検出する原理が詳細に述べられている。特にMAGICが興味のある数十GeVのγ線が作り出す空気シャワーの特徴が詳細に述べられている。第4章ではMAGIC望遠鏡のシステムについて簡潔にまとめられている。第5章でMAGICがγ線を測定する上でのバックグラウンドについてまとめられている。第6章では空気シャワーを扱う実験で非常に重要なモンテカルロについてまとめられている。第7章では高エネルギーγ線天文学を切り開く事になった、高いバックグラウンド除去能力を持つイメージング法についての説明がおこなわれている。このイメージング法というのは、カメラで得られたγ線シャワーと、バックグラウンドとなる宇宙線が作り出すハドロンシャワーのイメージの違いを利用して、バックグラウンドを落とす方法である。本論文においては、シャワーのN次元パラメータ空間を利用したRandom Forest法という新しい解析方法が試されている。これにより、数十GeV程度の比較的低エネルギーの高エネルギーγ線の検出に成功しており、本研究の特徴のひとつである。第8章では宇宙線ミューオンについての詳細な記述と、データの解析結果が述べられている。MAGICのような大型のチェレンコフ望遠鏡においては、ミューオンはバックグラウンドになるとともに、装置の絶対較正源として用いる事が出来る。論文提出者は、このバックグラウンドの影響をモンテカルロデータを用いて詳細に調べた。また実際に2004年9月に取られた約2時間のMAGICの最初のデータ用いて、ミューオンにより鏡に入射する光子数から、デジタル化されたカウント数への変換因子を6%の精度で決定している。これにより、γ線のエネルギー決定に対しての系統誤差を減らし、これまでの実験に比べて良い精度でエネルギーを決定できるようになった。このようにして絶対較正されたデータを用いて、カニ星雲のデータを解析した結果が第9章に示されている。この結果、60GeV- 2TeVのγ線を検出している。MAGICのようなイメージ撮像が出来るチェレンコフ望遠鏡での、200GeV以下のγ線の検出は初めてのことである。同様のエネルギー領域ではCELESTE、STACEE等の太陽光発電所の鏡面を利用した実験があるが、これらの実験ではイメージング法によるバックグランドの除去ができない。そのため、MAGICの測定の方が感度が良く、今回MAGICの観測時間は2時間であるが、CELESTEが公表している6時間のデータよりもより精度の高い測定を行うことができた。カニ星雲の加速モデルとしては広くシンクロトロン自己逆コンプトン(SSC)モデルが受け入れられている。今回のMAGICのデータは、誤差の範囲でSSCモデルと矛盾しないものである。今後、観測時間を増やし、装置の理解を深める事で、より詳細なモデルを決定できるであろう。また500GeV以上のエネルギースペクトラムは、過去の実験により求められたフラックスと誤差の範囲で一致する事から、ミューオンによる絶対較正法がうまく働いていることを示すとともに、MAGIC望遠鏡が正常に動作していることを示している。これらの結果が第10章にて議論され、第11章にてまとめられている。

 第8章はマックスプランク研究所所長の手嶋政廣氏と共同研究になっているが、論文提出者はMAGICコラボレーションの中でもこのミューオンに対する責任を持っており、論文提出者が主体となり解析を行った結果であり、提出者の寄与が十分であると判断できる。

 現在までのところ数10GeVから数100GeVまでのエネルギー領域は、衛星では有効面積が小さい、チェレンコフ望遠鏡ではエネルギーが低くシャワーからのチェレンコフ光が十分でないなどの問題からあまり観測ができないでいた。今後、MAGICは大きな集光面積を用いたより精度の高い観測で、このエネルギー領域を観測し新しい物理を導出することが期待される。

 以上のことから博士(理学)の学位を授与できると認める。

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