学位論文要旨



No 119889
著者(漢字) 足立,俊輔
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,シュンスケ
標題(和) 搬送波位相制御非共直線光パラメトリック増幅器による分子の配向
標題(洋) Molecular orientation by a noncollinear optical parametric amplifier with a controlled carrier-envelope phase
報告番号 119889
報告番号 甲19889
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4618号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 末元,徹
 東京大学 助教授 鳥井,寿夫
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 助教授 黒田,寛人
 東京大学 助教授 秋山,英文
内容要旨 要旨を表示する

搬送波位相(carrier-envelope phase)とは、「レーザー電場の包絡線のピークに対する、搬送波の相対的な位相」として定義される。近年、搬送波位相は、軟X線まで達する高次高調波発生や超閾イオン化などの過程におけるその重要性が認識され、注目を集めている。

更に搬送波位相は、光周波数計測を始めとした精密計測学においても非常に重要な役割を果たすことが示された。このような流れの中で、フィードバック機構を備えたレーザー発振器及び再生増幅した高強度パルスの搬送波制御技術、またそれらを光源とした搬送波位相に依存した現象の解明が、非常に興味ある一分野として成長しつつある。本論文の目的は、再生増幅器出力パルスの搬送波位相を受動的に制御し、そのパルスを光源として、搬送波位相に依存した物理現象を提示することである。(上記で与えた搬送波位相の定義は、周波数領域におけるスペクトル位相構造を用いて、より厳密な形で与えられる。)

本論文は、以下のような構成をとっている。

まず2章において、本論文に関連した幾つかの研究分野に対する概観を与える。

3章では、「搬送波位相制御に用いた非共直線光パラメトリック増幅器(noncollinear optical parametric amplifier,NOPA;図1)の設計と構成について解説する。チタンサファイア再生増幅器の基本波(800nm)の第二高調波をNOPAのポンプ光として用い、更にその一部をフッ化カルシウム基板に照射することで発生する白色光を、NOPAの種光とする。

NOPAがこのような構成の場合・発生するアイドラ光の搬送波位相は自己安定化する[1]。

また、NOPAを構成する上で与えられた技術的な知見、特に光パラメトリック増幅過程における利得飽和と、それに伴う、光パラメトリック発生(optical parametric generation)の増幅過程の競合に関する議論を展開する。この議論により、NOPAの安定動作のための、ポンプ光パワーの最適設定に対する指針を与える。

4章では、NOPAから発生したアイドラ光の時間的圧縮を行う。パルス圧縮は、冒頭で述べたような高強度レーザーパルスを用いた高次高調波発生や超閾イオン化の実験を行う上で必要不可欠であるだけではなく、今回の場合は圧縮対象が1オクターブを越えるような広帯域のスペクトルを持っているため、パルス圧縮技術そのものが研究対象となる。また、圧縮対象のパルスのスペクトル位相測定(パルスキャラクタリゼーション)が、圧縮の前段階として必ず必要となる。本論文では、相互相関スペクトル分解光ゲート法(cross-correlation frequency-resolved optical gating,XFROG)と呼ばれる技術を用いてパルスのスペクトル位相を測定した。その上で可変形鏡(deformable mirror)を用いた最適化制御により高次のスペクトル位相分散まで含めた分散補償により、対象のアイドラ光のパルス幅を4.3フェムト秒まで圧縮することに成功した(図2)[2]。この数字は、アイドラ光のスペクトルから計算されるフーリエ限界パルス幅の4.0フェムト秒にほぼ一致しており、最適化制御が適切に行われたことがわかる。また、アイドラ光の中心波長970nmに対する搬送波の周期に換算すると、4.3フェムト秒は1.3周期に相当しており、可視・近赤外光領域における光サイクル数としては世界最短のレーザーパルスである。

次に5章では、アイドラ光の搬送波制御を扱う。アイドラ光の800nm付近のスペクトル成分と、NOPAの機構で副次的に発生したアイドラ光の第二高調波の同じく800nm付近のスペクトル成分を干渉させることにより、「f-to-2fスペクトル干渉」を行う。ここで得られたスペクトル干渉パターンを元に、よく知られたフーリエ変換フィルタ法によりスペクトル位相を再構成する。その結果を、NOPAのポンプ光の経路に挿入されたフッ化カルシウム基板の角度にフィードバックすると、フッ化カルシウム中での物質分散によりポンプ光の搬送波位相は影響を受ける。更にその変化がNOPAにおいてアイドラ光に受け渡されることで、アイドラ光の搬送波制御は実現されている。以上の機構を用いた系に関して、搬送波位相の長時間安定性が評価され、引き続いて行われた搬送波位相に依存した実験に堪えうることが示された。

引き続いて6章では、搬送波位相制御されたアイドラ光を用いて、光ポーリング過程の効率が制御できることが示される。搬送波位相を含めた形で光ポーリング過程を再考する過程で、搬送波位相を互いに共有する2つのパルスを用いた場合、光ポーリングの効率がそれらのパルスの搬送波位相に依存することがわかる。NOPAのアイドラ光のうち、1600nm、800nmのスペクトル成分を用い、光ポーリング過程によりアゾ色素disperse red 1(DR1)試料中に分子配向を誘起し、その分子極性配向が発生させる第二高調波信号を測定することにより、光ポーリング過程の効率が、搬送波位相によって制御されることを示した(図4)。

[1] A. Baltuska, T. Fuji, and T. Kobayashi, Phys. Rev. Lett. 88, 133901 (2002)[2] S. Adachi, P. Kumbhakar, and T. Kobayashi, Opt. Lett. 29, 1150 (2004)

図1 非共直線光パラメトリック増幅器の構成。

図2 最適化制御後のアイドラ光の(a)時間波形及び(b)波長スペクトル(実線)とその時間/周波数位相。

図3 搬送波位相の時間発展。数回(〜5)のフィードバック制御の後、搬送波位相は0からπに制御されている。

図4 光ポーリングの効率の搬送波位相依存性。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,搬送波位相(carrier-envelope位相)を安定化した強力パルス光源を開発し,これを用いて搬送波位相に依存した物理現象を見出したものである.搬送波位相は,超短パルスレーザー電場の包絡線のピークに対する内部振動電場(搬送波)の相対的な位相として定義される(より厳密には,周波数領域におけるスペクトル位相構造を用いて定義される).近年,搬送波位相が高次高調波の発生や超閾イオン化などの過程に大きな影響を与えることがわかり,研究が活発化している.しかし,搬送波位相の安定化技術や検出技術は発展途上にあり,搬送波位相に依存する物理現象の例そのものが少ないのが現状である.

 本論文は7章から構成されている.第1章ではこの論文の構成を紹介し,第2章では搬送波位相の概念とその重要性,制御の方法などに関する研究の歴史と現状について概観している.

 第3章では,非共直線光パラメトリック増幅器(NOPA)の設計と構成について述べている.チタンサファイア再生増幅器からの基本波(800nm)の2倍高調波(400nm)をNOPAのポンプ光として用意する.つぎにこれと同じ高調波を用いて自己位相変調による白色光を発生し,両者を非線形結晶に入射することにより,パラメトリック増幅を行う.これによって,入射光子は周波数の低い2つの光子(シグナル光とアイドラー光に分かれる.こうして得られたアイドラー光は,1オクターブ(2倍の周波数)にわたってスペクトルが広がっているが,搬送波位相が自己安定化されるという著しい特性を持っている.その原理は所属研究グループの前任者によって示されていたが,申請者は,白色光発生媒質として回転CaF2を用いることで,初めて実用に耐え得る高強度かつ長時間安定な光源とすることに成功した.

 第4章では,NOPAから発生したアイドラー光の圧縮と,その特性評価について述べている.周波数にして2倍にもスペクトルが広がったパルス光を圧縮するのは技術的に非常に困難であるが,申請者は可変形状鏡を組み込んだ光学系を用いて,アイドラー光を圧縮することにより,その中心波長970nmの光電場の1.3周期分という単サイクルに近い光パルスが得られることを示した.これは,可視,近赤外領域における光サイクル数としては世界最短の記録であり,今後,搬送波位相敏感な高次非線形現象を研究していくうえで,非常に有用なものになると予想される.

 第5章では,アイドラー光の短波長端とその2倍高調波の長波長端がスペクトル的に重なることに着目し,これらを干渉させ,相対位相を検出した.更にその位相情報を使って,2倍高調波発生光学系の途中に入れたCaF2板の角度を制御し,搬送波位相を制御するシステムを構築した.さらに,この装置は次章で行う実験に十分な精度の制御性能があることを確認した.

 第6章では,上記の装置によって搬送波位相制御されたアイドラー光を用い,試料として高分子に閉じ込められたアゾ色素を用いて,光ポーリングの実験を行った結果について記述している.NOPAのアイドラー光のうち,1600nmと800nmのスペクトル成分の位相を調整して試料に照射すると,1光子過程と2光子過程の干渉により,電気双極子をもった分子を配向させることができる.これを光ポーリングと呼ぶ.続いて1600nmの光のみを照射すると,分子が配向したために反転対称性が破れているので,2倍高調波が発生する.これを測定してポーリングの状態を検出する.搬送波位相を制御しながらこの実験を行うことにより,ポーリングの向きおよび効率は搬送波位相に依存することを示した.これにより,搬送波位相に依存する新たな物理現象を見出すという当初の目的を達成した.この実験は,搬送波位相が制御された再生増幅による尖頭値の高い光パルスを用いて初めて可能になったものであり,当該分野の発展に大きく寄与する成果である.

 第7章では以上の成果を踏まえて,今後の展望について議論している.

 本研究のテーマは当該研究室で継続的に行われてきた搬送波位相制御の研究の一環として行われたものであり,複数の共同研究者が関与しているが、本論文の重要な部分,すなわち帰還ループ制御による搬送波位相安定化強力光源の開発と,ポーリングによる搬送波位相敏感現象の実証は,ほとんど申請者が独力で遂行したものと認められる。

以上の理由により博士(理学)の学位を授与できると,審査委員全員の一致によって,判断した。

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