学位論文要旨



No 119894
著者(漢字) 大石,理子
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ミチコ
標題(和) CANGAROO-III望遠鏡による銀河円盤の超高エネルギーガンマ線観測
標題(洋) Very high energy gamma-ray observations of the galactic plane with the CANGAROO-III telescopes
報告番号 119894
報告番号 甲19894
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4623号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 助教授 森山,茂栄
 東京大学 助教授 佐川,宏行
内容要旨 要旨を表示する

 CANGAROO(Collaboration of Australia and Nippon for A Gamma Ray Observatory in the Outback)は、解像型大気チェレンコフ望遠鏡を用いて、数十GeVからTeV領域の超高エネルギー天体の観測的研究を行うことを目的とした日豪国際共同研究計画である。この計画は南半球に観測拠点を持ち、2004年3月に4台の10m口径望遠鏡によるステレオ観測システム(CANGAROO-III)が完成した。ステレオ観測システムの完成によって、1台観測では不可能だったガンマ線の到来方向の2次元再構築が可能になり、また、望遠鏡間のトリガーの同期を取ることによって、信号/雑音比は大きく向上する。

 CANGAROO-III望遠鏡の反射鏡は、直径10m、焦点距離8mの放物面を114枚の小型球面鏡で構成する複合鏡である。小型鏡はFRP(繊維強化プラスティック)を用いた複合材料からなり、軽量で堅牢である半面、研磨が不可能なことから、要求される0°.1(FWHM)程度の像幅に対応する表面成形精度を安定して得ることを目的とした開発が三菱電機と共同で行われてきた。直径80cmのFRP鏡の表面形状は1μmの精度で540点測定され、このデータを用いたray-trace計算による像精度の推定、光照射試験による像精度の測定、曲率変動の長期モニターなどによる性能評価が行われ、要求される性能を満たす小型鏡の選定が行われた。製造されるFRP鏡の曲率半径はおよそ15.5m-17.5mの範囲に分布し、2号機以降のFRP鏡については、変形は鞍型の特性を持っている。個々のFRP鏡の性能が向上したことと、小型鏡の鏡面上の配置を曲率半径・鞍型変形の軸に対する回転角の2自由度を考慮して遺伝的アルゴリズムを用いて最適化したことにより、3号機以降の新しい望遠鏡の光学的像幅は有意に改善された。

 また、個々の小型鏡の光軸を主鏡光軸に合わせる光軸調整作業については、2号機から採り入れられた方法により、作業日数及び人員の負担が大幅に軽減され、全数114枚の鏡を4-5時間で調整することが可能になった。この手法では恒星を光源とし、焦点面上に投影される星像のCCD画像の差分を用いて1枚の鏡の動き・角度を検出して小型鏡の傾斜の調整が行われるが、作業は全て独自に作られたGUIを介して行われ、作業の半自動化が実現された。調整後の反射鏡の像サイズは、2/3/4号機それぞれ0°.21,0°.14,0°.16(FWHM)であり、像サイズについて有意な仰角依存性がないことが恒星を用いた測定で確認された。また、像中心の位置の精度は仰角に依存した補正を一切行わない状態で1分以下であることも確認された。

 一方で、CANGAROO-III望遠鏡の4台ステレオ「観測システムは完成して1年に満たず、オフラインで再構築したステレオ観測データの効率的な解析手法は未だ開発途上である。また、新規に建設した望遠鏡については、その性能は装置の各部分の性能の重ね合わせとして概ね推定はすることは可能であるが、最終較正作業の一つとして、フラックスが既知である強いガンマ線源を観測して、推定されている感度との一致度を検査する方法がある。このような較正標的としてカニ星雲の観測が2003年12月に,1,2,3号機で行われた。カニ星雲はCANGAROO-IIIの観測所からは大天頂角観測となるため、ステレオ観測における角度分解能が悪化し、エネルギーしきい値も約2.5TeVと高くなる。大天頂角観測の点源に対する角度分解能向上アルゴリズムを解析に加えた上で,4.6σの統計有意度でカニ星雲からの信号が検出された。装置の性能を代入して調整されたMonte Carloシミュレーションを用いて推定したフラックスは、他グループの実測値と誤差の範囲で一致し,ステレオ観測システムの性能が正しくシミュレーションの中で記述されているということと、現在のステレオ観測データの解析手法が妥当であることが確認された。

 このCANGAROO-III観測システムを用いて、2004年6/8月にCANGAROO-IIIで銀河円盤(b=0°)の観測が行われた。選ばれた銀経領域はl=-19°.5,l=+13°であり、これらはともにEGRETモデルの局所的な放射強度のピークに対応している(図1)。l=-19°.5の領域については、b=-3°,0°,3°の銀緯方向にスキャニング観測を行った。

カニ星雲の観測で調整した解析パラメータを天頂角の違いに合わせて修正し,拡がった天体である銀河円盤の観測データの解析を行った。視野1.5度の比較的広い範囲を解析に用いるため、視野内の感度分布を2次元で求め、感度の補正を行った。銀河円盤の観測の解析結果は、拡散成分の解析と視野内の点源の探索の2つに分かれる。l=-19.5のスキャニング領域については、拡散成分と点源探索の双方の解析を、l=+13については拡散成分のみの解析を行った。なお、この観測/解析手法についてエネルギーしきい値は600GeVと推定された。

 拡散成分については、l=-19°.5,l=+13°の両方の領域について、有意な信号は検出されず、今回の観測結果−からフラックスの上限値がつけられた。(図2)。次に、EGRETの外挿値がこの上限値以下に来る適切なスペクトル指数を探査した結果(図3)、l=-19°.5についてはスペクトルはそれぞれ-2.17,l=+13°については-2.12より軟らかいと求められた。

 l=-19°.5の近傍の点源の探査については、視野の中にパルサーが3個、超新星残骸が3個、EGRETの点源が2個あるが、視野の中に統計有意度4σ以上の有意な点源は発見されなかった。

図1:EGRET diffuse model(E>100MeV)とCANGAROO-IIIの観測点.

図2:EGRETの測定値からの外挿とCANGAROO-IIIのつけた微分フラックス上限値(赤矢印)の関係。左:l=-19°.5,右:l=+13°。

図3:スペクトル指数の仮定に対するEGRET領域からの外挿値とCANGAROO-IIIのフラックス上限値。この図の交点からスペクトル指数の制限がつけられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は全体で7章からなる。第1章はイントロダクションであり、近年のガンマ線観測の現状を踏まえ、本研究の意義を述べている。第2章は銀河面からのガンマ線放射に関するレビューで、EGRETなどによる観測、モデルとの対応、およびガンマ線放射の理論的背景についてまとめている。第3章は高エネルギーガンマ線検出における大気チェレンコフ法の有効性と限界について概説している。第4章は本研究で用いたカンガルー望遠鏡の装置全般にわたり、設計思想、装置の詳細、立上げに至るまでが述べられている。ここで論文提出者は、特にカンガルー望遠鏡IIIの2−4号機のFRP製分割鏡面の製作において、その設計、性能測定、および望遠鏡上での分割鏡の光学調整を主体的に実行し、カンガルー望遠鏡システムの実現に本質的な寄与をなした。その中で、光学調整を自動的に行うシステムを開発したことは、望遠鏡の性能測定や運用時における性能維持のために非常に役立った。第5章では新しい望遠鏡システムの校正をカニ星雲(Crab Nebula)の観測で行っている。カニ星雲はカンガルー望遠鏡のサイト(オーストラリア)からは高度が低く観測しにくいが、それでも有意な信号を検出することができた。本研究では複数(2台)の望遠鏡による同時観測を行うステレオ観測法を用いているが、その際のデータ処理の方法、ガンマ線以外のイベントの除去方法、モンテカルロ法による強度シミュレーションコードの妥当性の検証を行うことができた。

 第6章、第7章では完成したカンガルー望遠鏡IIIによる銀河面からの高エネルギーガンマ線放射の観測とその結果の議論を述べている。観測領域としては、過去に高エネルギーガンマ線の観測が行われておらず、かつEGRETのモデルから比較的強いガンマ線が期待できる領域を2つ選んだ。一つは銀径が-19.5 度の領域で、もう一つは銀経が13度の領域である。これらの領域は望遠鏡サイトからの天頂角が20度以内と小さく、従って、エネルギー閾値としては 600 GeVであった。観測の結果、銀河面に付随した拡散ガンマ線について有意な信号は検出されなかった。この観測で得られたガンマ線フラックスの上限値と、GeV領域におけるガンマ線強度から許容されるスペクトル指数の上限値として、銀経-19.5 度の領域では-2.17、銀経13度の領域では-2.12と定められた。一方、視野内における未知のガンマ線点源の探索も行ったが、やはり標準偏差の4倍を超えるような有意な点源を見出すことはできなかった。

 本研究では、カンガルー望遠鏡のステレオ観測システムの構築、校正という地道な努力の上にたち、銀河面からの高エネルギーガンマ線観測を実現した。残念ながら、現在のところガンマ線フラックスの上限値しか得られていないが、600 GeV領域においてははじめての観測結果であり、今後、銀河面に拡がった高エネルギーガンマ線の起源を探究する上で、重要な制限を与えるものと考えられる。したがって、この論文は宇宙物理学のフロンティアを一歩前進させたものと評価でき、十分な学術的意義を持っている。また、カンガルー望遠鏡は指導教官である森正樹氏をはじめとする多くの研究者との共同研究であるが、第4章から第7章に至る実際の研究は論文申請者が主体的に着想し実施したもので、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

 以上から、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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