学位論文要旨



No 119895
著者(漢字) 大成,誠一郎
著者(英字)
著者(カナ) オオナリ,セイイチロウ
標題(和) スピン揺らぎおよび電荷揺らぎに媒介された超伝導
標題(洋) Superconductivity mediated by spin and charge fluctuations
報告番号 119895
報告番号 甲19895
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4624号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 高田,康民
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 助教授 加藤,雄介
内容要旨 要旨を表示する

 強相関電子系における超伝導の発現機構については、スピン揺らぎ媒介機構、電荷揺らぎ媒介機構等が研究されてきた。等方的ではなく電子間斥力メカニズムを示唆する異方的なペアリング対称性を持つ銅酸化物高温超伝導体の発見以降、強相関電子系の超伝導発現機構の研究は精力的に行われており、銅酸化物超伝導体は反強磁性近傍に超伝導を持つことを一つの根拠として、スピン揺らぎ媒介機構に由来するものではないかというコンセンサスが得られつつある。

 電子機構超伝導による異方的ペアリングにおいては超伝導のギャップ関数は節(ノード)をもつが、普通の結晶格子の場合、ギャップ関数のノードがフェルミ面を横切ることになる。このことや、ペアリング相互作用が元の斥力相互作用よりも小さいことから、出発点となる電子エネルギーのスケールから2桁も超伝導転移温度が低くなると考えられる。しかし最近、黒木・有田の研究により、2次元の非連結フェルミ面をもつ系においては、超伝導ギャップ関数がフェルミポケット内で一様な符号を持ちフェルミポケット間では反対の符号を持つことが可能であり、これにより著しく超伝導転移温度を上昇させ得ることが理論的に提案された。

  本論文の目的は、

(1) スピン揺らぎの構造と超伝導との相関を詳細に調べるため、3次元系で非連結なフェルミ面を持つ格子について、系統的にスピン揺らぎの構造(スピン感受率の大きさや波数・振動数依存性)と超伝導転移温度、ペアリング対称性との関係を特にフェルミポケットの形状やサイズとの関連も含めて解明すること、

(2) 一般的にスピン揺らぎだけではなく電荷揺らぎも考慮することにより、従来発現することが困難であったスピン・トリプレット超伝導が理論的にどのように実現させ得るかを解明し、さらにスピン揺らぎと電荷揺らぎが共に大きい場合に超伝導対称性に及ぼす影響を詳細に研究すること、

(3) 遠距離相互作用の極限であり、連続空間(並進対称)系である電子ガスにおける超伝導と、近距離相互作用の極限であるon-site 斥力を格子上で考えるハバードモデル(ハーフフィリングが特別な点であり、モット・ハバード転移等がある)における超伝導の間のクロスオーバーを調べることである。

 結果として、

(1) 3次元において複数のバンドを持つ格子上でハバードモデルを考えた。自己エネルギー、感受率、ギャップ関数の波数依存性を取り入れることが出来、揺らぎ交換のファインマンダイアグラムをRPA的に足し合わせたものを有効相互作用とする、揺らぎ交換 (FLEX) 近似を用いて、セルフコンシステントにグリーン関数、自己エネルギー、感受率を求め、それらをエリアシュベルグ方程式に代入することにより超伝導転移温度と超伝導ギャップ関数を得た。その際、エリアシュベルグ方程式の最大固有値 が1より小さい場合においても、様々なペアリング対称性に対する の大きさの順番が、より低温でも変わらないと仮定した。

 これにより、3次元でも非連結フェルミ面を持つ格子を考案し、3次元系においてもフェルミポケット内で同符号を持ちフェルミポケット間で異符号を持つ場合に、超伝導転移温度が飛躍的に大きくなり得ることを見出した。さらに、ポケットがコンパクトでありポケット間があまり接近していないほうが、フェルミ面内でギャップ関数が同符号を取ることをバンド内のペア散乱が妨げにくいので、超伝導転移温度が上昇することが分かった。(図1)

 スピン揺らぎのピーク値が大きいほうが超伝導には有利に働くが、ネスティングが強すぎると反強磁性がオーダーしてしまう。また、場合によってはピーク値だけでなくピークの広がりのほうが重要になってくることがあり、ピーク値とピークの広がりの競合が重要な要因でありうることを提案した。ピークを広くする要因としては、フェルミ面近傍の状態密度が密接に関わっていることが分かった。 3次元において非連結フェルミ面を持ついくつかの格子を提案した格子があるが、この格子は現実物質としては、近年発見されたMgB2 がもつ。この物質パラメータについて電子相関からの超伝導を見積もったところ、電子相関のみでは超伝導が発現できない領域にあるが、エリアシュベルグ方程式の解の一つにバンド内で符号が一様であるものが存在するので、超伝導の主因がフォノン機構だとても電子間斥力がこのペアリングを助け得ることを示唆した。

(2)電荷揺らぎをコントロールするため、on-site斥力に加えて隣接siteVを導入した2次元拡張ハバードモデルにFLEX近似を用いて求めた結果は以下のようである。

 正方格子について相図(図2)を作成したところ、Vの大きな領域では電荷密度波(CDW)が発生するのが分かった。また、超伝導転移温度より高温における計算ではあるが中間的な電子密度(n) においてCDWに隣接した領域でスピン・トリプレット f-wave 超伝導が発現する可能性があることが新たに見出された。またスピン・シングレットd波の領域内でもnやVを変化させるとdx2-y2 と dxy ペアリング間で遷移が起こることが分かった。

 これらの超伝導対称性を支配する要因として、同程度の大きさで共存するスピン揺らぎと電荷揺らぎのピークの大きさや位置、特に両者のピーク位置が格子や電子密度に応じて同じであるのか違うのかが重要な要因になりうることを見出した。

 現実物質との対応として、実験的にスピン・トリプレット超伝導であることが明らかになっている Sr2RuO4 に対して、この物質のγバンドについて次近接ホッピングまで考慮した計算を行った結果、高温における計算ではあるが、やはりV が大きくCDWに隣接した領域でスピン・トリプレットが発現しうることが分かった。その際得られたペアリング対称性は sin(kx+ky) であり、実際に超伝導転移温度以下ではこれと縮退した解を重ね合わせ、時間反転対称性を破る sin(kx+ky)+ i sin(kx ky) であることを予想した。この解は、出口らによる最近の回転磁場中の比熱の実験とコンシステントである。

(3) (2)では隣接サイト間の相互作用(電荷揺らぎを増大させる)を取り入れたが、相互作用をさらに長距離(1/r的)にしあ場合を考慮するために第12近接斥力を考えた拡張ハバードモデルに乱雑位相近似 (RPA) を用いて計算を行った。

 ハーフフィリング近傍では長距離相互作用でも依然としてスピン揺らぎが電荷揺らぎに比べて大きいためdx2-y2 と dxy が最も転移温度の高いペアリングになった、この場合もスピン揺らぎのピーク位置が重要な役割を担っており、格子系である効果が生きている。一方希薄な電子密度においては、電荷揺らぎはスピン揺らぎに匹敵する大きさをもち、s-wave と p-wave が発現することを見出した。これは高田による電子ガスの超伝導理論で結論されている電子密度に対する超伝導対称性の発現順と一致している。

 第12近接まで電子間斥力を考えたモデルでもプラズモン機構やモット転移を取り込めないという点で、両極端のクロスオーバーを記述している訳ではないが、電子ガスと格子モデルを繋ぐモデルとして超伝導対称性を議論しうることが示唆される。

 全体を通して得られた描像、超伝導対称性を決定する要因としてスピン揺らぎと電荷揺らぎの大きさの競合とピークの位置及び広がりが重要であり、バンド間ネスティングは基本的には超伝導に有利にはたらくが、強いほど良いわけではなく、反強磁性との競合も含め上記のピーク位置・広がりを考慮する必要がある。例えば非連結フェルミ面において、各ポケットのギャップ関数を定符号にしたい場合、フェルミ面が離れてコンパクトであることも重要であるというところに現れる。

 また、一般的に電荷揺らぎはスピン・トリプレット超伝導に有利に働き、CDW 近傍にスピン・トリプレット超伝導が発生する相図が示唆される。

(図1)フェルミ面の形状をコントローする格子パラメータを変化させた時の3次元フェルミ面の変化の例、右に行くほど超伝導転移温度が上昇。

(図2)正方格子の相図、横軸::電子密度n、縦軸:最近接電子間斥力V。

審査要旨 要旨を表示する

 銅酸化物高温超伝導体を典型とする強相関電子系の超伝導の発現機構については様々な提案がなされてきたが、電子間の斥力にその起源を求める有力な一つのシナリオとしてスピン揺らぎを媒介とする超伝導がある。スピンの揺らぎによる超伝導機構にたいする半定量的理論として揺らぎ交換近似(Fluctuation Exchange Approximation)が広く使われ、FLEX近似と通称されている。この論文では、従来扱われてきたモデルよりも広い範囲のモデルに対してFLEX近似で超伝導を議論することにより、より高い超伝導転移温度を得る可能性や、スピントリプレット超伝導などの新しいタイプの超伝導を得る可能性を議論しようとしている。

 第1章では、電子間相互作用をその起源とする超伝導について簡単な概観を行なった後、ハバード型の多体モデルについて単位胞に2サイトが含まれる場合および、サイト間の長距離相互作用を含むモデルへヘの拡張が議論されている。これらは、この学位論文で考察の対象とする理論模型の提示となっている。続いてこれらのモデルも扱えるようにFLEX近似を拡張する方法が記述されている。

 黒木、有田両氏は、単位胞に2サイトがある2次元ハバードモデルをFLEX近似を用いて考察することにより、複数個のフェルミ面を持つときに超伝導が有利になる場合があることを見い出した。基本的に斥力の多体効果をつかってクーパー対を形成するには対波動関数が符号を変える必要があるが、ことなるフェルミ面上でことなる符号をとり、フェルミ面上にノードがない状況を作ることができればノード形成にともなうエネルギーの損失を減少させることができるのがその理由である。当論文ではボンド交替を持つ正方格子を3次元的に積層したモデルやハチの巣格子を3次元的に積層したモデルをFLEX近似で扱うことにより、同じ事情が3次元の場合にもなり立つことを示している。また、なるべく高い転移温度を得るためにはスピン揺らぎが特定の波数のみで鋭いピークを持つのではなく、広がったスペクトル形状の方が有利であること、フェルミ面近傍の準粒子の分散関係については、分散が小さく広い波数空間の準粒子が寄与した方がより高い転移温度がえられることを議論している。

 第3章では、二次元正方格子上のタイトバインディング模型を考え、通常のクーロン相互作用Uに加え、隣あったサイト間のクーロン相互作用Vを持つモデルについて考察を進めている。こうした場合へのFLEX近似については、その定式化はあったものの、実際に計算を進めた意義は評価される。Vを大きくしていった時1/4フィリング近傍でdxy型の超伝導秩序変数がdx2-y2型の秩序変数に比べてより安定化される結果が得られている。また、CDW相近傍でスピントリプレットでf波型の超伝導相関の成長が報告されている。しかしこの計算は比較的高温で実行され、そこでCDWの不安定性は見られないものの、f波型の超伝導相関は各種超伝導相関の中で相対的に大きな固有値を持つということに留まり、CDWに比して十分成長する可能性があるか否かを本論文の研究の範囲で結論することは困難である。最終的にその相が安定に存在するかどうかは、今後の検討にまつ必要がある。

 第4章では、サイト間のクーロン相互作用についてさらに長距離の部分を考慮し、二次元電子ガスとの関連を調べ定性的に符合しているとの議論がなされているが、この場合のスピン揺らぎの取り扱いはRPAの範囲に留まっており、やはり結論は今後の研究に委ねられている。

 以上見てきたように、本論文では二次元および三次元のハバードモデルを拡張されたFLEX近似で扱い、強相関電子系の超伝導について、複数のフェルミポケットの影響、長距離相互作用と電荷揺らぎの効果などについて新しい知見を得た功績は大きく、今後の実験ならびに理論的研究の指針としても役立つことが期待される。また、本論文は指導教官である青木秀夫教授その他との共同研究に基づいているが、本人の寄与は主体的で十分であると認められる。

 よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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