学位論文要旨



No 119896
著者(漢字) 大野,博司
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,ヒロシ
標題(和) 銀河団の探究
標題(洋) Exploring Clusters of Galaxies
報告番号 119896
報告番号 甲19896
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4625号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,正樹
 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 山本,智
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は、銀河団中の物理的な構造を観測量を使っていかにして再構築し、明らかにするかといった方法論に主眼を置いている。また、実際に、我々が考案した再構築の方法を銀河団のシミュレーションなどに対して適応し、その有効性についても議論する。

 近年、宇宙背景輻射の非等方性の観測などにより、宇宙の構成要素、幾何学などが明らかにされはじめている。宇宙背景輻射の観測で、とりわけ詳細な情報をもたらしてきた観測衛星に、Wilkinson Microwave Anisotoropy Probe (WMAP) がある。この衛星がもたらした報告によると、宇宙は、幾何学的に平坦であり、しかも、未知の構成物によって、宇宙全体のエネルギーのほとんどを占められていることが確認された。この未知の構成物は、ダークマターとダークエネルギーと呼ばれており、それぞれ、宇宙全体のエネルギーの30%と70%近くを占めるとされている。この事実を支持する観測は様々にあり、例えば、Ia型の超新星爆発や、大規模構造などによる観測結果などがある。このように、宇宙のモデルは、急速に収束へと向かいはじめている。また、この宇宙の大半のエネルギーを占めるとされる未知の構成物質の候補はいくつか存在する。しかし、これらの構成物が何であるかを同定できるまでの観測的な確証はいまだ得られておらず、それらの詳細な特性は明きらかにされていない。

 ダークマターが作る重力場によりできたとされる天体の中に、銀河団がある。銀河団とは、50個以上の銀河が重力により集まってできたもので、宇宙の中で最もスケールが大きく、重い系である。現在の我々の認識では、それら銀河団は銀河や小銀河団サイズのガス雲がマージングしながら階層的につくられたのだと考えられている。また、それらのマージングは、現在でも活発である可能性が高く、銀河団は、現在に近い時期に生成されたのだと考えられている。銀河団の観測者からの距離の近さと、スケールの大きさは、銀河団の観測を比較的容易にしている。実際、銀河団に関して、様々な観測が行われており、今後も新たな観測装置が多く予定されている。それらの観測の中でも、ChandraやXMM-Newtonといった観測衛星は、銀河団から来るX線を調べ、銀河団の温度や、密度を見積もることに成功した。また、Sunyaev-Zel'dovich(SZ)効果といわれる、銀河団の内部の圧力と密度に比例する効果や、重力レンズ効果も近年盛んに観測されている。特に、重力レンズは、銀河団が持つ質量のみに影響を受けるので、その観測結果は、銀河団を作り上げたダークマターの量や、性質を解明するのに非常に有効であり、実際、銀河団中のダークマターの量に重力レンズで制限を付ける試みは多くなされている。また一方で、銀河団ガス中に存在する磁場の存在も、シンクロトロン放射や、偏向を持った光のファラデーローテーション効果などといった観測により明らかにされた。それらの観測は銀河団中に約1μGもの強い磁場が存在するということを示唆している。その事実は、そのような磁場を生み出すものの適切な候補が見つからないため、非常に衝撃的であり、近年、磁場の起源を探る研究が活発になっている。

 このように、銀河団の観測は非常に多くなされているが、いまだに銀河団に関する我々の知識は十分とはいえず、銀河団中の磁場の起源のように解決されていな問題もある。特に磁場に関しては、銀河団ガスのダイナミクスや、非熱的振る舞いを記述するのにその存在が重要であるにもかかわらず、あまり詳細がわかっていない。磁場起源を知る手がかりを得るためにも、銀河団磁場の大きさの分布や、その構造を詳細に再構築する方法が必要とされてきている。しかし、従来のような限られた数のソース源からくるラジオ波の偏向に対するファラデーローテーション効果を見るだけでは、詳細な磁場構造の再構築は難しい。そこで、我々は、宇宙背景輻射が偏向を持っていることに注目し、その偏向を使って、銀河団磁場を再構築する方法を考案した。宇宙背景輻射は、宇宙全体を満たしており、空間的に連続的な量でもあるので、銀河団中を通過してきた宇宙背景輻射の偏向のファラデーローテーション効果を観測してやることにより、非常に詳細な銀河団中の磁場の情報を得ることができると考えられる。しかし、ファラデーローテーション効果は、密度分布と、視線方向の磁場をかけ合わせたものの積分量で表され、この効果の単独的な観測では磁場の情報を取り出すのは難しい。そこで、ファラデーローテーション効果の密度と磁場の縮退をとくために、我々は、さらに、SZ効果や、X線の観測を使って密度分布を求め、縮退をとく方法を考案した。ただし、ここでは、我々は、銀河団の球対称性を仮定する。また、我々の方法がどの程度うまく磁場を再構築できるのかを調べるため、銀河団のシミュレーション結果に、我々の方法を実際に適応してみた。そして、我々の方法が、磁場の大きさと、構造の詳細な再構築に非常に有効であることを確かめた。この研究は本論文の第4章に収録してある。

 銀河団の構造を知る上では、銀河団内の重力場を知ることは非常に重要である。なぜなら、現在の重力不安定説による構造形成理論によれば、銀河団は主に重力によって形づくられてきたからである。ここで、重力場の主な担い手はダークマターである。また、銀河団中のダークマターの密度分布に関して、銀河団の中心部付近で理論と観測とが一致しないという問題がある。これは、理論ではダークマターの衝突断面積を非常に小さいと仮定し、ダークマターが起こすかもしれない圧力を無視していることに起因する可能性が指摘されている。このような、ダークマターの性質に関する問題を明らかにする糸口としても、銀河団中の重力場の詳細な再構築は重要である。真っ先に重力場の検出をするための観測量として考えられるのは、重力レンズ効果であるが、重力レンズ効果は、重力ポテンシャルを2次元面に投影した量になっているので、そのままだと空間の情報が失われている。それゆえ、銀河団本来が持つ3次元的な重力場の情報を得ようと思うと、銀河団の球対称性を仮定するなどといった工夫が必要になる。そこで、我々は、X線や、SZ効果の観測と重力レンズの観測を組み合わせて、空間情報を補完してやり、3次元的な重力場の再構築をする方法を考案した。ただし、銀河団が対称軸を持つということは仮足をする。さらに、重力ポテンシャルとガスの密度分布の関係を得るために、静水圧平衡も仮定する。また、ここでは、Richardson-Lucyアルゴリズムとよばれる、数学的な背景をもった逆変換の方法を採用している。我々は、キングモデルと言われる密度分布を持ち、かつ静水圧平衡を満たし、温度が一様な分布をもった理想的な銀河団に我々が考案した方法を適応し、この方法が重力場の再構築に非常に有効な手段であることを確認した。この研究は本論文の第5章に収録してある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章では宇宙論における「冷たい暗黒物質」モデルについて概括するとともに、論文提出者が銀河団の進化に関して提案した暗黒物質の崩壊モデルについて述べ、第3章は銀河団の磁場構造を探る手段としての宇宙背景放射の偏光について述べ、第4章では論文提出者らが提案した宇宙背景放射の偏光の観測を用いて銀河間の磁場を探る方法について述べ、第5章では論文提出者らが提案した複数の観測量を用いて銀河団の重力ポテンシャルを三次元に逆投影する方法について述べ、第6章では以上で議論した銀河団の探究の方法についてのまとめを行っている。また、付録ではスピンで加重した球面関数、偏光の散乱行列、アインシュタイン方程式のスカラー・ベクトル・テンソルへの分解について記している。

 銀河団は50から数千個ほどの銀河の集団で、典型的には10Mpcほどの大きさを持つ。銀河団間空間には、X線観測から1億度に及ぶ高温ガスが存在すること、大量の暗黒物質が重力場を形成していること、さらに数μGの磁場が存在することなどが知られている。これらの物理量は、視線方向について積分した二次元分布の量としてのみ観測可能であるが、銀河団の構造形成や磁場の起源など十分理解されていない問題の解決のためには、三次元的な詳細構造を知ることが不可欠である。

 本論文の主眼は、第4章と第5章で述べられた、視線方向に積分された二次元の観測量から、天体における物理量の三次元的な分布を導出する手法を開発し、モデル計算を通じて実証して見せたことにあるといえる。

 銀河団の磁場は電波源の偏光に対するファラデー回転により観測されてきたが、電波源ではその数が限られ、詳細構造を知るのは困難である。論文提出者は銀河団中を通過してきた宇宙背景輻射の偏光のファラデー回転の観測を用い、どの銀河団にも適用可能な方法を考えた。ファラデー回転は電子密度と視線方向の磁場を掛け合わせたものであるので、磁場単独の情報を取り出すため、さらにX線の輝度分布とSunyaev-Zel'dovich効果の観測を用い、縮退を解く方法を考案した。この方法の有効性を検証するため、銀河団のシミュレーション結果に適用し、球対称性を仮定して磁場構造の再構築を試み、実際に機能することを示した。近い将来観測量の精度が上がれば実際のデータへ適用し、銀河団の磁場構造が解明されることが期待される。

 銀河団の重力場はWMAP衛星の観測などで主に暗黒物質が担うとされているが、銀河団の中心部付近で暗黒物質の密度分布の観測に基づく推測が理論と一致しないという問題がある。暗黒物質の性質に関する問題を明らかにする糸口としても重力場の再構築は重要である。論文提出者は、Richardson-Lucyアルゴリズムと呼ばれる逆変換手法を利用し、X線の輝度分布とSunyaev-Zel'dovich効果に加えて、重力レンズ効果の観測を用いて空間情報を補完し、逐次近似によって三次元的な重力場の再構築を試みた。Kingモデルと呼ばれる楕円体型密度分布を持つ銀河団モデルにこの手法を適用し、対称軸の決定も含めて重力場を再構築することに成功した。将来的には磁場と重力場を同時に再構築し、より整合性の高い手法へと発展することが期待される。

 また、本論文の第2章は標準宇宙論についての概説が主であるが、6節では論文提出者らによる研究として、暗黒物質が有限の寿命で崩壊するような宇宙における構造形成について述べ、形成される銀河団の数の寿命依存性について調べた結果、初期宇宙における銀河団の数の超過を説明できる可能性について示している。

 なお、本論文第2章6節は大栗真宗、高橋慶太郎、固武慶との共同研究であり、第4章、第5章は高田昌弘、Klaus Dolag、Matthias Bartelmann、杉山直との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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