学位論文要旨



No 119898
著者(漢字) 岡田,祐
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ユウ
標題(和) 球状星団からの広がったX線放射および銀河ハローとの相互作用の観測的研究
標題(洋) Observational Study of Diffuse X-ray Emission from Globular Clusters and their Interaction with the Galactic Halo
報告番号 119898
報告番号 甲19898
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4627号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 中川,貴雄
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

 球状星団は、10万〜100万個もの古い星が10-100pc程の半径内に球状に密集した自己重力系であり、星の進化、宇宙の化学進化、近接連星の生成、星団自身の力学的進化、銀河ハローとの相互作用など、重要な宇宙物理学のテーマの宝庫といえる。その中で興味深い現象が星団の運動に伴うハローとの相互作用である。一般に天体が希薄なプラズマ中を運動する際、衝撃波の生成や物質の散逸などの重要な物理現象を直接プローブすることができる。

 実際、星団は〜200kms-1の速度でハロー中を運動しており、これはハローの音速(〜30kms-1)に比べるとはるかに速いため、条件が揃えば星団の進む前方に衝撃波が形成される可能性が高い。この相互作用の鍵となるのが星団ガスである。これまでに星団ガスはその存在が示唆されているもののほとんど検出されていない。従って衝撃波によって暖められたプラズマからのX線放射が検出されると、そのガスの存在を証明し、かつ星団ガスはハローとの相互作用によってはぎとられているという解釈を与えることができる。また観測の困難な銀河ハローの密度の推定など、重要な物理量を直接決定する手段ともなりうる。さらに、プラズマ加熱に加え、ショックにおいて粒子加速が起きる可能性もあり、粒子加速研究において新しい知見をもたらすことも期待できる。

 古くは1980年代にEinstein衛星を用いこのようなX線の探査が行われてきたが、有意な結果は得られていなかった。1990年代、ROSAT衛星によって、47Tucから広がったX線放射が検出され、シェル状に広がって見えることから、bow shockによる熱的X線放射の可能性が示唆された(Krockenberger & Grindlay 1995)。しかし、この放射は非常にS/Nが悪く、あくまでも可能性を示唆するにとどまっていた。そこで本論文では、従来より一桁以上も空間分解能に優れたチャンドラ衛星の公開データを用い、球状星団に付随した広がったX線放射の系統的な探査を行った。

2 データ解析と結果

 銀河系に付随する約150個の球状星団の中から、チャンドラ衛星、ニュートン衛星で観測が行われ、データの公開されている13個の球状星団のうち、明るいX線源の混在していない12個すべてのデータの解析を行った。そのうち、6個の球状星団から広がった放射を3σ以上の有意性で検出した。その中で5個の星団からについては、5σ以上の信頼度が得られた。また、点源の解析を行う事で、その放射が、検出限界以下の暗い点源の集合でも説明できないことを確認し、観測された現象が真に広がった放射であることを示した。

 図1(上段)に本論文で重要となる3つの星団(47 Tuc,NGC 6752,M5)について、チャンドラ衛星で得られたX線の画像を示す。47TucとNGC6752では星団の中心から3′〜6′程度離れた場所に、M5では、星団のほぼ中心付近に広がった放射が存在することがわかる。そのサイズは1′〜5′程度広がっており、どれも非対称な形をもち、特にNGC6752、M5はアーク状の構造が見られる。さらに、47TucとNGC6752では、広がったX線放射のピーク付近に一致した電波(843MHz)の対応天体を発見した。これを図に等高線で示した。

 検出された現象が星団の運動と関連しているかを調べるため、可視光で測定された視野方向および横方向の固有運動の文献値を用い、銀河ハローに対する星団の速度を求めた。その結果、47TucとNGC6752では図1に示すように、X線放射は期待通り、星団の運動方向と数度以内で一致した方向にあることが確認された。M5についても、ほぼ同様であった。一方ケンタウルス座ω星団では、星団の運動方向と〜100°もずれており、残る一例(M80)も〜30°でX線データが十分な精度をもたなかった。従って5例中の3例では、見つかった広がった放射は星団の運動に強く関連していることが示唆される。

 図1(下段)に、これら3つの星団の広がった放射領域のX線スペクトルを示す。47 TucとNGC 6752のスペクトルは高エネルギー側まで続いているのに対し、M5のスペクトルは、1keV付近でほぼ検出されなくなっている。前者は光子指数〜2のPower law型関数でよく再現され、後者は、0.05keV程度の光学的に薄いプラズマからの熱的放射のモデルでよく再現された。その光度は、0.5-4.5keV内で前者が〜1032 erg s-1、後者が〜1031 erg s-1であった。

 検出された広がったX線放射が、真に星団に付随するものか否かを、星団の運動方向との関係、X線の光度や形態、また電波対応天体の有無、などの観点から検討した。その結果、ω星団のものは背景の銀河団を見ている可能性が大きいが、図1に示した3天体(およびM80)では、球状星団に付随する現象であることが確認された。

 最後に、星団に付随したディフユーズX線放射が検出された4つの星団と、検出されなかった残りの星団を系統的に比較した。すると、図2に示されるように、検出された4天体は、どれも運動速度が大きく、銀河面から1kpc 以上離れた位置にあり、さらに運動のz方向がどれも銀河面を向いていることがわかった。よってこれらの星団は長い間、銀河面から遠くハローを旅し、内部に十分なガスを溜め込んだあと、まさに銀河面に突入しようとしている星団と解釈できる。速度は速くても、まさに銀河面から出て来た直後と考えられるM28やNGC6397では、ディフユーズなX線放射は検出されなかった。これらのことから、検出されたX線放射は、銀河ハローと内部ガスとの相互作用によるbowshockに起因した現象であると解釈できる。

3 熱的diffuse放射の解釈

 M5に付随する熱的放射は、まさにショックによって加熱されたプラズマからの放射であると考えられる。実際、強い衝撃波を仮定したときのM5の運動速度(400km s-1)から決まる温度が0.3keV程度であり、観測と矛盾ない。X線の光度と温度からハローの密度を推定すると〜7.8×10-4cm-3と求まり、これを用い、運動に伴って星団がハローガスから受ける動圧と、星団の重力によるガスの束縛の強さを比較すると、動圧が優勢になることが確認できた。これは、ハローとの衝突によって星団ガスがはぎ取られていることを裏付けるものである。さらに立場を逆転させ、星団ガスがハローに及ぼす動圧とハローの熱的圧力を比べることで、実際に星団の運動によりハロー中にショックが生成される環境であることを確認した。熱的放射に費されたエネルギーは、星団ガスから供給される総エネルギーより少くなり、エネルギー収支の観点からも、解釈は妥当であることを確認できた。これらの裏付けにより、bow shockに起因した現象を初めて高い信頼性で検出したことになる。

4 非熱的diffuse放射の解釈

 47TucとNGC6752から検出された放射は、ハードなスペクトルと電波対応天体から、非熱的放射の可能性が高い。観測されたスペクトルは、熱的なものとしても解釈できるが、その場合は2〜3keVという高い温度が示唆され、強いショックで期待される温度(〜0.01keV)を2桁も上回るため、現実的ではない。非熱的放射の候補は、シンクロトロン放射、逆コンプトン放射、非熱的制動放射である。系のサイズ、磁場、および運動速度から、これら星団のショック面における加速で到達できる電子の最高エネルギーは、〜1010eV(ローレンツ因子;γ〜104-5)程度と見積られる。ところが、シンクロトロン放射の場合、銀河ハローの典型的な磁場を1μGと仮定すると、観測されたX線強度を作り出すのに必要な電子の加速エネルギーは1013eVと非常に高い値になってしまい、この可能性は棄却される。

 次の可能性として、相対論的な電子のスペクトルのうち、γ〜10のものが星の可視光を逆コンプトン散乱してX線を作り、γ〜104のものが〜μGの磁場中古電波を出すというシナリオがありうる。しかしこの場合、電子のエネルギー密度が、10-7erg cm-3となり、典型的な星間空間のエネルギー密度を6〜7桁も越えてしまうため、非現実的である。

 そこで、最後に残った非熱的制動放射について検討を行う。星団の運動から期待される、〜1035erg s-1のエネルギー入力の大部分が熱的プラズマの生成と100keV程度の超熱的電子の加速に使われると仮定する。超熱的電子は、背景プラズマとのクーロン散乱で大部分のエネルギーを失うが、その約0.1%は制動放射に費されることが確立しているので、観測されたX線放射の光度(1032erg s-1)は無理なく説明できる。100keV電子のタイムスケールは〜104年程度であり、これによって総エネルギーが求まり、放射領域のサイズを用いて、電子のエネルギー密度が〜10-11erg cm-3であると決まった。これは逆コンプトン散乱の場合に求めたエネルギー密度より4桁も低くなり、現実的な値である。また、電子の一部は高エネルギー側(γ〜104)まで加速されて逃走電子となり、星間磁場とシンクロトロン相互作用を起こして観測された電波が生成されたとして全てを矛盾なく解釈できる。但し、観測量を説明するためには、系の入力エネルギーの約10%程度が加速に使われている必要があり、このような効率のよい加速がどのように起きているのかは今後の課題である。

 本研究によって大きく分けて二つのことを観測的に明らかにした。一つは、運動に起因する広がったX線放射を数例発見し、これらが星団とハローとの相互作用によるショックに起因する現象であることをつきとめた。これにより、星からばらまかれた物質が断続的にハロー空間に散乱されつづけていることを証拠づけた。また、ショック面での粒子加速現象の兆候を観測的に発見し、その放射が、超熱的電子による非熱的制動放射で説明できることを示し、これと同時に高いエネルギーまで加速されている電子と磁場の相互作用によるシンクロトロン放射を世界で初めて検出した。

図1: (上段)Chandra ACISによって得られた球状星団47 Tucanae(左)、NGC 6752(中)、およびM5(右)の0.3-7.0keVのX線画像(点源の除去後)。電波対応天体の見つかった2天体(47 Tuc,NGC6752)については843MHzの電波画像を等高線で重ねた。白円は球状星団のコア半径(内)とhalf mass半径(外)を示す。また球状星団の銀河ハローに対する速度方向を矢印で示す。(下段)これらの広がったX線放射の、検出器の応答を含んだX線スペクトル。

図2: 12個の球状星団の銀河ハローに対する運動速度(V km s-1)と銀河面からの距離(z kpc)の関係。星団の速度のz方向の成分を矢印で示した。広がったX線放射が検出された天体を赤で、検出されなかった天体を黒で示す。NGC 6266、NGC 6366、およびNGC 6440は速度が求まっていない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は本文10章と補遺からなる。第1章はイントロダクションであり、球状星団が銀河ハロー中を運動する際の相互作用は興味深い観測対象であることが述べられ、第2章では、球状星団の性質、球状星団中のX線源、球状星団に付随する広がったX線成分のこれまでの観測等のレビューが行われている。第3章では、本論文での解析の主な対象となったチャンドラ衛星の装置やバックグラウンドの性質について紹介されている。第4章から第8章までに、本論文の核となる種々の解析結果が示されており、第4章で解析対象となった観測とデータ整約の内容が、第5章から第7章で、解析対象となった12個の球状星団についての解析結果が、第8章ではそれらの球状星団の電波観測の結果が、示されている。そして、第9章で、第5章から第8章で示された解析結果をもとに、種々の物理的考察が行われ、第10章に結論が述べられている。

 球状星団は約200 km/sの速度で銀河ハロー中を運動しており、星団の進む前方に衝撃波が形成され、そこで熱化されたハローガスからのX線放射が期待される。そのような考察に基づき、古くは1980年代にアインシュタイン衛星を用いこのようなX線の探査が行われたが、有意な結果は得られなかった。1990年代、ローサット衛星によって、ある球状星団から広がったX線放射が検出され、シェル状に広がって見えることから、前面衝撃波による熱的X 線放射の可能性が示唆された。しかし、このX線検出は有意度が十分ではなく、あくまでも可能性を示唆するにとどまっていた。そこで本論文では、従来より一桁以上も空間分解能に優れたチャンドラ衛星の公開データを用い、球状星団に付随した広がったX線放射の系統的な探査が行われた。

 論文提出者は、銀河系に付随する約150個の球状星団の中から、チャンドラ衛星、ニュートン衛星で観測が行われ、データの公開されている13個の球状星団を選び出し、そのうち、明るいX線源の混在していない12個すべてのデータの解析を行った。そのうち、6個の球状星団から広がった放射を3シグマ以上の有意性で検出した。その中で5個の星団からについては、5シグマ以上の信頼度が得られた。そして、点源からの寄与を除外し、その放射が真に広がった放射であることを示した。さらに、可視光の観測データから銀河ハローに対する星団の運動方向を求め、2つの球状星団ではX線放射領域が星団の運動方向と数度以内で一致した方向にあることが確認された。もう一つの球状星団についても、X線放射領域が運動方向の先にあると考えて矛盾がなかった。従ってこの3例では、見つかった広がった放射は星団の運動に強く関連していることが示唆される。

 次に、球状星団近傍からのX線のスペクトルの解析が行われた。その結果一つの球状星団に付随する放射は熱的なものと解釈された。その温度は、球状星団の運動方向の前面に形成されると考えられる衝撃波後面の温度と考えて矛盾はない。また、熱的放射に費されたエネルギーは、星団の運動で供給される総エネルギー流量より少く、エネルギー収支の観点からも、球状星団中のガスに衝突して熱化されたハローガスが熱的放射を行っていると考えて矛盾はない。これらの裏付けにより、球状星団の前面に形成されるだろう衝撃波 に起因した現象を初めて高い信頼性で検出したことになる。

 他の2つの球状星団から検出された放射は、べき型のスペクトルで表され、電波対応天体もあることから、非熱的放射の可能性が高く、考えられる非熱的放射機構の中では、非熱的制動放射である可能性がもっとも高い。そして、非熱的制動放射の主役である高エネルギー電子のエネルギー損失率をX線放射量から推定すると、星団の運動から期待されるハローガスへのエネルギー流入でまかなうことができることが示される。ただし、観測量を説明するためには、系の入力エネルギーの約10%程度が加速に使われている必要があり、このような効率のよい加速がどのように起きているのかは今後解明すべき課題である。

 以上より、本論文では、球状星団とハローガスの相互作用によるX線放射を系統的に解析し、そこからの放射が、球状星団の前面にハローガスが形成する衝撃波の枠組みで矛盾なく説明できることをはじめて示した。また、その中で、コンパクトでエネルギー密度の高い非熱的粒子のかたまりが形成されているらしいという非常に興味深い現象を発見している。これらの解析・結果・考察は、博士論文として十分価値のあるものと評価される。

 なお、本論文の結果は、牧島一夫・国分紀秀との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析や結果の考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク