No | 119900 | |
著者(漢字) | 香川,晋二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カガワ,シンジ | |
標題(和) | HERA ep 衝突での光生成回折散乱における2ジェット過程の研究 | |
標題(洋) | Study of the Diffractive Photoproduction of Dijets in ep collisions at HERA | |
報告番号 | 119900 | |
報告番号 | 甲19900 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4629号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 高エネルギーの電子・陽子散乱や陽子・陽子散乱では、衝突後陽子の運動量がほとんど変化せず、多重発生した粒子(ハドロン)と陽子との間に広い空間(ラピディティー間隙)が生じる事象が観測される。これらは回折反応と呼ばれている。回折反応では、回折した陽子からカラー中性な交換状態が放出され、これと電子(もしくはもう一つの陽子)とが反応すると考えることができる。 電子・陽子衝突型加速器HERAでは、電子とこの交換状態との非弾性散乱領域によって、構造解析ができる。得られた構造関数のQ2(電子の移行四元運動量の二乗)依存性から、回折散乱を担うパートンはクォークではなく主にグルーオンであることがわかった。このため、グルーオンが大きく関与する2ジェット生成や重いクォークの生成断面積が大きくなると考えられ、これは測定でも支持されている。 交換状態の構造関数が衝突過程によらないものなら、上で求めた関数を使って、高エネルギー陽子・反陽子衝突での回折反応の断面積なども予言できることになる。しかし、陽子・反陽子衝突型加速器Tevatronで測定された2ジェット回折散乱の生成断面積は、この予想値の約10分の1しかないことがわかった。この減少を説明するために現在様々な理論が提唱されているが、有力な説としては、2ジェット生成の散乱に直接関与したもの以外のパートンが2次的な散乱を起こして、生成したハドロンが間隙を埋める、というものがある。このような説を検証するにあたって、光子・陽子散乱の情報は非常に有効である。 光子・陽子反応では、実光子が直接交換状態の中のパートンと散乱する直接光子反応がある一方で、実光子が分解してパートンを出し、そのパートンと交換状態の中のパートンとが散乱する分解光子反応も起こる。分解光子反応では、ジェット生成に寄与するパートン以外のパートンが光子側に残るので、陽子・反陽子散乱のときのように、残ったパートンと陽子内のパートンとの間で2次的散乱が起こりうる。ジェットの運動量からは、散乱に関与したパートンが光子の運動量のどのくらいを持っていたかを示す力学的変数xγobsを決められる。xγobsが大きい領域では直接光子反応が多く、逆に小さい領域では分解光子反応が多いので、xγobsを関数として散乱断面積を測定することによって、分解光子反応の減少があるか直接調べることができる。 本研究では、この解析を1999年から2000年までの間にZEUS検出器で集められた77.6pb-1のデータを用いて行った。この期間、ZEUSでは、陽子進行方向のビームパイプ付近にカロリメータを設置している。このカロリメータを用いることによって、ラピディティー間隙の大きい回折反応の事象を純度よく得ることができ、従来の研究の10倍以上の大きな統計で解析を行うことができた。そして、xγobsなどの関数として散乱断面積の測定を行った。また、xγobsを低い領域と高い領域とに分けて、ジェットのエネルギーなどの関数として散乱断面積を初めて測定した。NLO QCDとの比較も本研究で初めて行った。 生成断面積の測定にあたり、論文提出者が大きく注意を払った点には3点ある。 まず、本研究ではジェットの測定を行うが、その横方向運動量分布は指数関数的に落ちていくため、ジェットの横方向運動量が精度良く求められていなければ断面積の測定に大きな系統誤差が生じる。そこで、検出器で観測されるエネルギー補正の研究を行った。電子・陽子衝突点と検出器との間には様々な物質があり、検出器で測定されるエネルギーは真の値より低くなる傾向がある。そこで、どのような補正を測定値にかければよいかをシミュレーションとデータを使って研究した、補正の大きさを、粒子のエネルギーとその角度の関数として求めた。最終的にジェットの横方向運動量の精度は20%から15%まで良くなった。 2点目はバックグランドの研究である。中でも、宇宙線からのバックグランドの除去の方法はこの研究で独自のものである。宇宙線は、電子、陽子衝突点付近を通過したときに2ジェット過程のように見えるため、本研究では非常に有害なバックグランドである。2つのジェットが一本の宇宙線によるものである場合、そのタイミングの差は行程の分、大きくなるはずである。そこで、まずジェットのタイミングを定義し、横方向の運動量が最も大きい2つのジェットについて、タイミングの差を測った。その差が大きい事象を除くことにより、期待通り宇宙線からのバックグランドを効率良く除いた。とくに、xγobsが高い領域では多く、5%の事象がバックグランドとして除かれた。 3点目は散乱断面積の測定にあたる系統誤差の見積もりである。特に、散乱陽子の進行方向に近い領域で、エネルギー分布がシミュレーションで正しく再現されていないことが明らかになり、ここでのデータとシミュレーションとの不一致が測定に大きな系統誤差をもたらすことが分かった。この影響をできるだけ小さくするために、散乱断面積をどのような運動学的領域で測定したらよいかを見直した。散乱陽子の進行方向の分布と強い相関を持つ変数は、陽子から交換状態に渡される運動量の割合、xIPである。回折散乱では、xIPが小さいほど間隙が大きく、散乱陽子から遠くに離れる。そこで、xIPが小さい領域での測定、つまりデータとシミュレーションができるだけ合う領域での測定を試みた。このとき、xIPを低くしすぎると統計が少なくなるので、系統誤差と統計誤差を足し合わせた全体の誤差が最も小さくなるxIPの領域を検討した。 測定した生成断面積をxγobsの関数としてプロットした図が4頁に示されている。電子・陽子衝突反応で求められているポメロンの構造関数を使ったNLO QCDの断面積と比較している。その結果、NLO QCDの予想は散乱断面積の分布の形を良く再現するが、断面積を約2倍大きく見積もることが分かった。一方、Tevatronのデータを2次的散乱から説明するNLO QCDモデル、R=0.34、と比較したところ、xγobs以外の散乱断面積は良く記述するものの、Xγobsの小さい領域ではデータを下回り、Xγobsの大きい領域ではデータを上回ることが分かった。したがって、分解光子反応だけを抑制するこのモデルではデータを再現できないことが明らかになった。NLO QCDは測定の約2倍になっているが、これを説明するには、直接光子反応と分解光子反応の両方を抑制するようなモデルを構築する必要がある。ただし、回折散乱における構造関数の不定性は大きいので、この解析データを含めた上でパートン密度を決定することが重要である。 ZEUS | |
審査要旨 | 本論文は9章から構成されており,ドイツ・DESY研究所の電子・陽子衝突型加速器HERAでのZEUS実験で得られたデータを用いた「ep衝突における2ジェットの回折光生成反応の研究」の実験成果をまとめたものである。 第1章の緒論では深部非弾性散乱の研究の歴史を記述した後,2ジェットの回折光生成反応研究の目的について概説している。 第2章では本研究の基礎をなす深部非弾性散乱,QCD についてふれた後,ジェットの光生成,回折深部非弾性散乱,factorization法を議論している。さらに,反陽子・陽子衝突における激しい回折散乱実験結果と電子・陽子衝突における回折散乱実験との食違いについて議論し,この問題点を明らかにするため,ZEUS電子・陽子衝突実験でも2ジェットの回折光生成反応を通して同様な研究を行う必要性が述べられている。 第3章ではZEUS実験装置について詳細に記述している。第4章にはこの研究で用いられたモンテカルロ・シミュレーション(RAPGAP)を概説している。 第5章では実験データから如何にしてジェットを再構成するのか,データからの「解析で用いる力学的変数」への再構成について詳細に述べている。 第6章ではオフラインでの事象選別について記述している。まず最初に,2つのジェットを持つ事象の選択法すなわち,光生成反応事象の選択法,回折事象の選択法,電子・陽子衝突以外から生じるバックグラウンドの除去法を議論している。これらの方法に従って選別した事象とRAPGAPから予想される各種運動力学的変数での発生事象分布の様子を詳細に比較した結果,よい一致を得た。なお,この解析結果へのバックグラウンドの寄与についてはこの章の最後に議論している。 第7章では事象分布のデータから微分断面積を導出した方法を議論し,系統誤差を記述した後,ここで得られた微分断面積の実験結果をleading order(LO)のモンテカルロ・シミュレーション(RAPGAP)と比較している。その結果,回折パートン分布関数(H1 Fit2)を用いたLOのRAPGAPの予測値と各種分布は良い一致を見たが,全断面積の予測値は実験値の約2倍を示している。また,反陽子・陽子散乱実験から類推される分解光子過程のみを抑制するような効果は認められなかったことを議論している。このように実験値が予測値と大きくずれていることが判明したので,そのずれの大きさを更に明確にするために,分解光子過程の微分断面積に大きな影響を及ぼすと考えられるNLOのQCD効果まで取り入れて総合的に比較する必要がある。 そこで,第8章では微分断面積の実験結果をnext-to-leading order(NLO) QCDまで含めたシミュレーションと比較している。比較の結果は (1)実験結果の各種微分断面積の分布の形はNLO・QCDのシミュレーションでよく再現できる。しかし,断面積の絶対値はシミュレーションでは2倍大きくなることを示しており,データを再現できない。 (2)フェルミ研究所で行われた反陽子・陽子衝突における「激しい回折散乱実験」結果が示唆する分解光子過程の抑制モデルは本研究から得られた実験結果より大きな抑制をもたらし,一致しないことが判明した。 (3)実験結果を説明するためには,直接光子反応と分解光子反応の両方を抑制するようなモデルを構築する必要がある。 との結論を述べている。 第9章には本研究の結論をまとめている。 本論文で議論されている研究は,1999年から2000年までの間にZEUS検出器で集められた77.6 pb-1のデータが用いられている。この期間、ZEUSでは、陽子進行方向のビームパイプ付近にカロリメータを新たに設置し、ラピディティー間隙の大きい回折反応の事象を純度よく得ることができるように努力した結果,従来の研究の10倍以上の大きな統計量のデータでの物理解析が可能となった。解析の結果、xγobs などの関数として散乱断面積の測定を行うとともに,xγobsを低い領域と高い領域とに分けて、ジェットのエネルギーなどの関数として散乱断面積を初めて測定することに成功したことは高く評価される。この実験結果とNLO QCDとの比較を初めて行うことによって,直接光子反応と分解光子反応の両方を抑制するようなモデルを構築する必要があることを提起したことは,今後の理論的モデルの構築に大きな役割を果すものと評価した。審査の結果,本論文の物理的意義は大きく,博士論文として十分にふさわしいものであるとの結論に達した。 なお 本論文第2章―第9章はZEUSグループメンバーとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって物理解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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