学位論文要旨



No 119901
著者(漢字) 鎌形,清人
著者(英字)
著者(カナ) カマガタ,キヨト
標題(和) 球状蛋白質の構造に基づくパラメータとフォールディング速度との関係の統計解析
標題(洋) Statistical Analysis of the Relationship between the Folding Rate and Structure-based Parameters of Globular Proteins
報告番号 119901
報告番号 甲19901
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4630号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 能瀬,聡直
 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 助教授 酒井,広文
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 小林,孝嘉
内容要旨 要旨を表示する

 球状蛋白質のフォールディングは、単純な2状態のフォールディングを示すものと非2状態のフォールディングを示すものに分類される。2状態とは、変性状態(例えば、ランダムコイル)と天然状態を表しており、2状態のフォールディングとは、変性状態にある蛋白質は直接天然状態へと巻き戻ることを意味している。一方、非2状態とは、変性状態と天然状態に加えて、少なくとも1つ以上の中間体が存在することを表している。非2状態のフォールディングを示す蛋白質は、変性状態から、中間体を経て、天然状態へと巻き戻る。

 ここ数十年の間に、多くの球状蛋白質のフォールディングに関する研究がなされ、その機構とフォールディング速度が実験的に明らかにされてきた。その結果、球状蛋白質のうちで、比較的小さい蛋白質(100残基程度か、それ以下)は2状態の巻き戻りを示すものが多く、そのフォールディング速度は105秒から10-1秒という6桁のオーダーにまたがっていることが分かってきた。さらに、近年、実験的に決定されたフォールディング速度といろいろな構造パラメータ(例えば、主鎖の形や長さ)との相関関係が統計的に調べられた結果、その速度は、蛋白質の主鎖の長さや安定性ではなく、天然の主鎖構造(主鎖トポロジー)の複雑さに関係していることが分かってきた。つまり、複雑な主鎖構造をもつ(一次配列上、長距離の相互作用が多い)蛋白質ほど、フォールディング速度が遅くなり、逆に、単純な主鎖構造をもつ(一次配列上、短距離の相互作用が多い)蛋白質ほど、フォールディング速度が速くなる傾向を示した。

 一方、非2状態のフォールディングを示す蛋白質は、比較的小さいものから大きいものまで幅広い大きさ(60残基から数100残基)を持っていることが分かってきた。しかしながら、中間体を経るという複雑さゆえに、非2状態のフォールディングでは、上記のような統計的な研究例は数個に限られていた。これらの研究から、天然状態形成速度は、主鎖構造の複雑さ、または、主鎖の長さに関係があることが明らかにされた。しかしながら、実験データから2状態と非2状態のフォールディングを区別する基準が不十分であることや、中間体形成速度と構造パラメータとの相関について報告された例がないことから、非2状態のフォールディング機構が解明されたとは言えない。

 本研究では、非2状態のフォールディングに焦点を当てて、中間体や天然状態の形成速度と天然の構造パラメータとの相関を調べることにより、非2状態のフォールディング機構を解明することを目的としている。

 まず、実験データから2状態と非2状態のフォールディングを区別する明白な基準を作り、その基準に従って、蛋白質を2状態と非2状態のフォールディングを示すものに分類した。その結果、非2状態のものに関して、16個、2状態のものに関して、18個の蛋白質が得られた。そして、2状態と非2状態のフォールディングを示す蛋白質について、それぞれ、フォールディング速度の値(天然状態形成速度と、非2状態のフォールディングの場合には、中間体形成速度)を集めた。次に、非2状態蛋白質のフォールディング過程を「中間体の形成」と「天然状態の形成」という2つの過程に分け、それぞれの過程の形成速度と(天然の)構造パラメータとの相関関係を調べた。本研究で使用した構造パラメータは、蛋白質の大きさ(主鎖の長さ)や主鎖トポロジーの複雑さ(コンタクト・オーダーや一次配列上離れているが天然構造で近づいているCαペアー数)である。

 その結果、中間体形成速度は、蛋白質の大きさ(主鎖の長さ)や主鎖トポロジーと強い相関があった。つまり、蛋白質の大きさが大きくなればなるほど、または、一次配列上、長距離の相互作用(天然の)が多ければ多いほど、中間体形成速度は遅くなる傾向を示した。また、天然状態形成速度も、蛋白質の大きさや主鎖トポロジーと相関があった。以上のことから、非2状態のフォールディングを示す蛋白質では、経路上の中間体は、多かれ少なかれ天然類似の主鎖構造をとり、天然状態を探しあてる上で重要な役割を果たしていることが示唆される。

 また、2状態のフォールディングと非2状態のフォールディングの類似点と相違点を明らかにするために、2状態のフォールディングを示す蛋白質のフォールディング速度と構造パラメータとの相関関係と、非2状態のものとを比較した。類似点は、どちらも(非2状態の中間体形成も含む)、天然の主鎖トポロジーと形成速度との間に強い相関があることであり、このことは、どちらのフォールディング機構も本質的には同一視できるかもしれないことを示唆している。言い換えれば、非2状態のフォールディングを基準に考えれば、遷移状態のエネルギー障壁の移動や中間体の不安定化などによって、単純な2状態のフォールディングが引き起こされると解釈できる。一方、相違点は、長さに対する速度依存性であり、非2状態の場合には長さ依存性があるが、2状態の場合には強い相関関係は見られなかった。理論的な研究から、フォールディング速度には長さ依存性があることが報告されており、それらと今回の結果を比較した。

 さらに、階層的なフォールディング・モデルによれば、「サブ構造(主に、二次構造)がまず形成され、それに引き続いて、すでに形成されているサブ構造間のリアレンジメントが起こり、天然状態が形成される」と考えられている。サブ構造間のリアレンジメントが非2状態・2状態のフォールディング速度にどのくらい影響を与えているかを調べるために、サブ構造間のリアレンジメントを模倣した粗視化モデルをたてて、その妥当性を検討した。形成された(遠距離の)サブ構造間のリアレンジメントは、サブ構造間の側鎖の天然のコンタクトを探す過程であり、その探しやすさの程度を表す構造パラメータをリアレンジメント・エントロピーと定義した。このパラメータと非2状態の蛋白質の中間体や天然状態形成速度との関係、または、2状態蛋白質のフォールディング速度との関係を調べた。また、サブ構造レベルで構造の複雑さを表すパラメータ、遠距離のサブ構造間のコンタクト・クラスター数を用いて、同様の解析を行った。

 その結果、非2状態の蛋白質の中間体や天然状態形成速度は、どちらも、リアレンジメント・エントロピーやサブ構造間のコンタクト・クラスター数と強い相関を示した。一方、どちらのパラメータも2状態のフォールディング速度とは強い相関を示さなかった。また、このパラメータ同士はほぼ線形の関係を示すことが明らかとなった。この結果は、リアレンジメント・エントロピーは、個々のサブ構造間のコンタクト数というよりは、むしろ、サブ構造間のコンタクト・クラスター数によって、支配されていることを示唆している。つまり、天然の蛋白質では、リアレンジメント・エントロピーは、見かけ上、サブ構造間のコンタクト・クラスター数と同一視できることを表している。このように、遠距離のサブ構造間のコンタクト・クラスター数とフォールディング速度との強い相関は、蛋白質の非2状態フォールディング機構を解明する上で鍵となるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文では、蛋白質のフォールディングについて、(1) 2状態・非2状態フォールディングを示す蛋白質の構造とその速度の統計的解析、(2) サブ構造のリアレンジメントとフォールディング速度の関係、について述べられている。

 蛋白質のフォールディングとは、アミノ酸が数珠上に並んだポリペプチド鎖が、ランダムコイル様のほどけた状態から、ある特異的な立体構造にフォールドする過程である。

 ランダムな構造探索では、天然状態を探し当てるのに、天文学的な時間を要するが、実際の蛋白質は、数マイクロ秒から数分のオーダーでフォールドする。このパラドクスを解決するために、2つの考え方が提唱された。1つ目は、中間体を伴うフォールディング経路が存在するために、構造探索空間が狭められているという見方(Classical view)。2つ目は、天然の相互作用が、非天然のものに比べて、強いために、構造探索空間が狭められているという見方(New view)。この見解では、中間体は必ずしも必要ない。さらに、中間体は、ミスフォールドしたものであるという見解も、出されている。以上のように、フォールディング中の中間体は、ミスフォールドしたものなのか、それとも、必須のものであるのかということは、明らかになっていない。

 このような現状から、本論文では、(1) 蛋白質のフォールディング速度(中間体がある場合とない場合)と構造の間に、普遍的な性質があるのか?(2) もしあるとすれば、2状態(中間体が観測されない)・非2状態(中間体が観測される)でその性質は違うものなのか?(3)構造的なリアレンジメントがフォールディング速度へどのような寄与をするか?という問題に対する研究を行っている。

 第一の問題に対して、個々の蛋白質のフォールディングの測定からでは、分かりえない、蛋白質に普遍的な性質を明らかにするために、非2状態フォールディング速度と構造パラメータとの関係を統計的に調べた。その結果、中間体形成速度は、蛋白質の大きさ(主鎖の長さ)や主鎖構造の複雑さと強い相関があった。つまり、蛋白質の大きさが大きくなればなるほど、または、一次配列上、長距離の相互作用(天然の)が多ければ多いほど、中間体形成速度は遅くなる傾向を示した。また、天然状態形成速度も、蛋白質の大きさや主鎖構造の複雑さと相関があった。以上のことから、非2状態のフォールディングを示す蛋白質では、経路上の中間体は、多かれ少なかれ天然類似の主鎖構造をとり、天然状態を探しあてる上で重要な役割を果たしていることが示唆される。

 第二の問題に対して、また、2状態のフォールディングと非2状態のフォールディングの類似点と相違点を明らかにするために、2状態蛋白質のフォールディング速度と構造パラメータとの相関関係と、非2状態のものとを比較した。どちらも(非2状態の中間体形成も含む)、天然の主鎖構造の複雑さと形成速度との間に強い相関があった。このことは、どちらのフォールディング機構も本質的には同一視できるかもしれないことを示唆している。言い換えれば、非2状態のフォールディングを基準に考えれば、遷移状態のエネルギー障壁の移動や中間体の不安定化などによって、単純な2状態のフォールディングが引き起こされると解釈できる。

 第三の問題に対して、サブ構造間のリアレンジメントが非2状態のフォールディング速度にどのくらい影響を与えているかを調べるために、サブ構造間のリアレンジメントを模倣した粗視化モデルをたてて、その関係を調べた。その結果、遠距離のサブ構造間のコンタクト・クラスター数とフォールディング速度との強い相関が観測された。この結果は、個々のクラスターのコンタクト数ではなくて、サブ構造間のコンタクト・クラスター数がフォールディング速度を支配していることを示唆している。

 本論文では、非2状態フォールディング速度と構造パラメータとの関係を調べることにより、個々の蛋白質のフォールディングの測定からでは、分かりえない、蛋白質に普遍的な性質(速度と構造パラメータの関係)を明らかにしている。その結果、2状態も非2状態のものも、速度と構造パラメータという指標で見ると、同様の性質があることを世界で始めて明らかにしている。また、サブ構造レベルで、サブ構造のコンタクト・クラスター数と非2状態のフォールディング速度との間に、強い相関関係があることを明らかにしている。本論文の結果は、一般のフォールディング機構の解明に大きく寄与するものである。

 この論文は、新井宗仁博士、桑島邦博教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、提出者の寄与が十分であると認められる。従って審査員一同は同提出者に博士(理学)の学位を授与出来ると判断する。

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