学位論文要旨



No 119902
著者(漢字) 久保井,信行
著者(英字)
著者(カナ) クボイ,ノブユキ
標題(和) [CI]輝線観測および化学モデル計算による星間分子雲の構造と進化についての研究
標題(洋) Structure and Evolution of Interstellar Molecular Clouds as Studied by [CI] Line Observations and Chemical Model Calculations
報告番号 119902
報告番号 甲19902
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4631号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 助教授 酒井,広文
 国立天文台 助教授 阪本,成一
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙空間に存在する希薄なガス雲が星間分子雲と呼ばれる密度の濃いガス雲に、そしてより高密度な分子雲コアへと進化し、やがてそこから星が生まれると考えられている。これまで、星の進化については、活発に観測的・理論的な研究がなされ、その様子が次第に明らかになりつつある。しかし、星の母体である星間分子雲の形成と進化については観測的にも理論的にも未だよく分かっておらず、領域による星形成の違いや、我々の銀河における物質循環を明らかにする意味でも解決しなければならない重要な課題として残されている。

 この課題を解決するには、中性炭素原子C0が放つ[CI]輝線(周波数492GHzと809GHz)が非常に有効であると考えている。炭素は、星間空間に4番目に豊富に存在し、星間分子雲の時間的・空間的な中間状態を反映する(C+→C0→COと存在形態を変化させる)と考えられている。また、高温領域をトレースする[CII]輝線や[OI]輝線の励起エネルギーと比べて[CI]の2輝線のそれはずっと低いため、より低温な領域までも幅広く捉えることができる。よって、分子雲スケールで[CI]輝線の分布を調べ、一酸化炭素COの分布と詳細に比較することが分子雲の形成と進化を探る有力な手がかりなると期待される。しかしながら、これまで、大口径サブミリ波望遠鏡による高分解能観測は行われているものの観測領域が分子雲のごく一部に限られている。さらに、COBE衛星によって銀河面での[CI]の大局分布が測定されているが、分解能が7°と粗く、分子雲スケール(数十分-数度)での物理・化学状態を描き出すには至っていなかった。一方、理論的には、外部の紫外線に照らされ、定常状態(化学進化を無視)・1次元平行平板構造を仮定した光解離領域モデル(PDRモデル)がTielens & Hollenbach (1985) 以来、数多く研究されてきた。しかし、本研究も含めた最近の[CI]輝線の観測結果との矛盾が指摘されている。

 本研究では、分子雲スケールの観測に特化した富士山頂サブミリ波望遠鏡を用いて、暗黒星雲であるTaurus分子雲複合体と、強烈な紫外線源を伴った分子雲であるOMC-1およびS252の3領域に対して[CI]輝線によるマッピング観測を行い、各々の領域での炭素原子の分布を明らかにした。一方で、分子雲の構造や進化の様子を観測と併せて定量的に解釈するために、密度構造を考慮した3次元化学進化モデルの構築およびそれを用いたシミュレーションも行った。

 Taurus分子雲複合体は、強烈な紫外線源や超新星残骸などを伴わないため、星間分子雲の自発的な進化の様子を調べる上で絶好のターゲットである。この領域には南北に3つのフィラメント構造(北から順にA,B,C)があることが確認されている。フィラメントAにはL1495とHCL2が、フィラメントBにはB18が、フィラメントCにはL1536が位置している。我々は、複合体中のL1495、B18、そしてL1536領域に対して[CI] (492GHz)マッピング観測を行った。その結果、これまでに類をみない広範囲にわたる[CI]分布を明らかにすることができた。各々の領域でのC0の柱密度N(C0)およびC0とCOの柱密度比N(C0)/N(CO)を比較すると(図1a)、L1495やHCL2(Maezawa et al. 1999)では柱密度比は高く(〜0.4-1.0)、逆に、B18とL1536では低い傾向にあることがはっきりとわかった。L1536(〜0.1)についてはB18(〜0.2)よりもさらに低い比を示した。

これらの結果と、化学進化モデルのシミュレーション結果とを比較してみると、B18とL1536については定常状態で予想されるモデルの値で説明が可能であった。一方、L1495とHCL2については化学的に非平衡状態にある(106年程度)とすると観測値をうまく満足することが分かった。この結果は、これまでの星間分子雲の描像(すでに化学的に平衡状態)と異なるものであり、化学進化の重要性を示す大きな結果である。また、フィラメントごとのN(C0)/N(CO)比の違いは化学進化段階の違い(HCL、L1495では若く、B18やL1536では進化が進んでいる)を反映していると考えられる。星形成効率(SFE)とN(C0)/N(CO)比の関係(図1b)からも進化段階の違いが確認され、領域ごとに化学進化段階のバリエーションがあることも本研究により初めてわかった。さらに進化の様子を詳しくみるために、24個のsub-cloudを[CI]データから同定した。それらのN(C0)/N(CO)比と力学的進化の指標の一つであるMVIR/MLTE比に緩やかな正の相関が見いだされた。本観測により、進化指標としてのN(C0)/N(CO)比の妥当性を観測的に示しただけでなく、分子雲の力学的かつ化学的に進化している様子を明らかにすることができた。

 強烈な紫外線源を伴った分子雲の進化の様子とそこでの物理状態を調べるために、オリオン座巨大分子雲中にあるOMC-1領域において[CI] (809GHz)輝線のマッピング観測を行った。観測の結果、これまでにない広範囲での[CI] (809GHz)のイメージングに初めて成功し、紫外線源周りに局所的に強く分布する[CI] (809GHz)を確認した(図2a)。既存の[CI] (492GHz)データを用いることで、これまで正確に求められていなかった分子雲の基本的な物理量であるC0の励起温度と柱密度の分布を独立に求めることができた。両分布の比較から、紫外線源周りに高温領域(〜60-100 K)が分布していること、および、C0は紫外線が十分に遮断された分子雲内部に主に存在していることが確認された。

 観測されたN(C0)は定常状態では説明できないことから、暗黒星雲だけでなくこのような領域でも化学的に非平衡状態であることが明らかになった。化学進化モデルとの比較から、推定される分子雲の年齢は105年程度と、メインの紫外線源の年齢とほぼ等しい。しかし、さらに年老いた星(数106年)も存在することから、OMC-1はこれまで何度か化学的進化を経験して、今また新たな化学進化の途中段階にあるのではないかと考えられる。このような強烈な紫外線源を伴った分子雲では、暗黒星雲よりもさらに活発に化学進化している可能性がある。

 また、N(C0)とN(CO)の分布を比較してみると、紫外線源に対して柱密度ピークがCO/C0というPDRモデルの予測(C0/CO)と異なる配列をしていることが明らかになった(図2b)。このような矛盾は、紫外線源を伴った他の領域、および、本研究が行ったふたご座巨大分子雲中のS252領域の[CI]観測でも確認されたことから、紫外線源を伴った分子雲の普遍的な特徴であると考えられる。化学進化モデルと観測結果との比較から、分子雲の化学進化と密度構造が深く関わっていることが示唆された。

 そこで、edge-on PDRであるS252において、野辺山45m鏡を用いてC18Oと高密度トレーサーであるC2HとN2H+のマッピング観測を行った。C18O、C2H、N2H+の分布と[CI]分布を比較したところ、紫外線源に対して[CI]ピークの前方により臨界密度の高いC18O、C2H、N2H+が強く分布していることが分かった。このことは、[CI]ピークの前方に密度の高い(〜104 cm-3)領域、その後方に、C0が主に分布しているより密度の低い(〜103 cm-3)領域が広がっていることを示唆している。このような密度構造は、隣接するHII領域の膨張、もしくは励起星からの星風の影響を考えた場合、106年程度で作られうる。そこで、この密度構造も考慮して化学進化モデルでシミュレーションを行ったところ、106年付近でCO/C0および観測されたN(C0)とN(CO)の値を再現できうることが分かった。

 分子雲におけるC0とCOの存在量に対する密度構造の影響を定量的に調べるために、3次元化学進化モデルを構築し、それを用いて、まず、一様密度球におけるC0とCOの柱密度をシミュレーションした。その結果、一様密度球に対するC0の柱密度は一次元一様密度を仮定した場合の柱密度の約2倍となっていることがわかった。定常状態の仮定のもと、密度が〜5×103 cm-3以下でかつ可視減光Avが〜5-10程度では、上記との差が現れる。さらに、3次元空間内において分子雲として典型的な大きさ(半径1pc)の球状分子雲を仮定し、化学進化も考慮に入れて一様密度分布の場合、Gaussian密度分布の場合、クランプ構造を持つ場合でのC0とCOの柱密度をシミュレーションした。その結果、いずれの構造についても、定常状態ではC0の存在量に大差はないことがわかった。また、紫外線強度を変えて計算を行っても顕著な違いは見られなかった。むしろ、化学進化の途中段階でC0の存在量およびN(C0)/N(CO)比は大きく変化し、観測値を十分満たすことが分かった。

 本研究によって、これまでの星間分子雲の描像とは大きく異なり、化学的に必ずしも平衡状態になっていないことを分子雲スケールで初めて明らかにすることができた。さらに、N(C0)/N(CO)比を分子雲進化のトレースにできることを観測的・理論的に示すことができた。これらの点で、本研究は星間分子雲の形成・進化の解釈に新しい方法論を提示するものである。

図1(a)

図1(b)

図2(a)

図2(b)

審査要旨 要旨を表示する

 宇宙空間に存在する希薄なガス雲が、星間分子雲と呼ばれる密度の濃いガス雲にどのように進化していくのかは、観測的にも理論的にも未だよく分かっていない。本論文は、この問題の解決のために、炭素の化学状態に着目しながら、観測と理論計算の両面からとり組んだものである。

 本論文は全7章から構成される。第一章において研究の背景が紹介され、第二章では観測に用いられた観測機器の説明が行われている。続く、第三章、四章、五章におい て、具体的な観測結果が示される。第六章では、観測結果を説明するために「時間依存性をもつ化学進化モデル」が提案され、第七章において、まとめが記述されている。

 本論文では、星間雲のなかで化学的に重要な役割を果たす炭素に着目している。具体的には、希薄なガス雲をトレースするものとして中性炭素原子C0が放つ[CI]輝線を 観測している。そして、この[CI]輝線の分布と、主に分子雲をトレースするCO分子輝 線の分布との比較を行っている。観測には、富士山頂サブミリ波望遠鏡を用い、対象としては、暗黒星雲であるTaurus分子雲複合体と、強烈な紫外線源を伴った分子雲であるOMC-1およびS252の3領域を選んだ。

 [CI]輝線とCO分子輝線の強度を説明するために、今までに用いられてきた理論的計算は、星間雲が化学的には平衡状態にあることを仮定していた。本論では、まずはこの化学的平衡モデルと観測結果を比較し、今までのモデルが十分であるかどうかを検証するところからスタートする。

 まず、暗黒星雲であるTaurus領域の観測結果が議論される。この領域の内、B18と L1536の観測結果については、化学的に平衡状態を仮定したモデルにより、説明が可能であった。しかし、L1495とHCL2については化学的に非平衡状態にある(106年程度の年齢)モデルを導入しないと、観測値を説明できないことが分かった。

 続いて、強烈な紫外線源を伴った分子雲の代表として、OMC-1において[CI] (809GHz) 輝線のマッピング観測の結果が議論される。この観測の結果、紫外線源周りに高温領域(〜60-100 K)が分布していることがわかった。これは、化学平衡モデルからも予想されることである。ただし、中性炭素原子の柱密度分布については、化学進化を考慮したモデルでなければ説明することができなかった。

 さらに、OMC-1では、一酸化炭素分子の柱密度のピークが、中性炭素原子の柱密度の ピークよりも、むしろ紫外線源に対して近くにあることがわかった。これは、化学平衡のモデルでは全く説明することができない。この傾向は、もう一つの観測領域であるS252でも見られた。

 この原因をさらに調べるために、S252において、野辺山45m鏡を用いて高い密度のト レーサーである分子の観測を行った。その結果、[CI]ピークよりも紫外線源に近いところに、高い密度の雲が分布していることがわかった。そこで、この密度構造も考慮して化学進化モデルでシミュレーションを行ったところ、106年付近で、一酸化炭素と 中性炭素原子の空間分布および観測された炭素原子と一酸化炭素の柱密度を再現できうることが分かった。

 これらの結果を受け、分子雲における一酸化炭素と中性炭素原子の存在量に対する 密度構造の影響を定量的に調べるために、3次元化学進化モデルを構築した。その結果、中性炭素原子の存在量および炭素原子と一酸化炭素の柱密度の比を大きく変化させるのは、密度パラメータや紫外線強度ではなく、化学進化の段階であることがわかった。したがって、逆に、炭素原子と一酸化炭素の柱密度の比が化学進化の指標として、一般的に有効であることが提案されている。

 以上より、本論文では、星間雲が化学的に必ずしも平衡状態になっていないこと、そして炭素原子と一酸化炭素の柱密度の比がその進化の良い尺度になっていることが、観測と理論計算の両面から初めて明らかにされた。これらの観測・解析・結果・ 考察は、博士論文として十分価値のあるものと評価される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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