学位論文要旨



No 119904
著者(漢字) 固武,慶
著者(英字)
著者(カナ) コタケ,ケイ
標題(和) 重力崩壊型超新星における自転、磁場の爆発メカニズム及び重力波に及ぼす効果
標題(洋) Effect of Rotation and Magnetic Field on the Explosion Mechanism and Gravitational Wave in Core-Collapse Supernovae
報告番号 119904
報告番号 甲19904
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4633号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 酒井,英行
内容要旨 要旨を表示する

 重力崩壊型超新星とは、大質量星がその進化の最終段階に迎える爆発現象のことである。大マゼラン星雲に起こった(重力崩壊型)超新星1987Aからはニュートリノが検出され、神岡のグループがこの業績でノーベル賞を受賞した。この出来事は、現在発達の著しいニュートリノ天体物理学の始まりを告げただけでなく、重力崩壊型超新星そのものの理解を大いに動機付けるものがあった。この他にも、超新星爆発は古くは元素合成、また昨今話題のガンマ線バースト、マグネター(強磁場中性子星)などに代表される高エネルギー天体物理現象との相関が観測的に示唆されており、宇宙・天体物理学上の大きな課題の解決を握る天体現象である。その様な位置づけにある重力崩壊型超新星であるが、その爆発メカニズムは完全に理解されているとは言いがたい状況にある。従来、超新星コアから放射されるニュートリノが超新星外層部を加熱することで爆発を説明できると考えられてきた。しかしごく近年になって、このニュートリノ加熱メカニズムだけでは爆発が再現できないことが確定的になっている。実際、この分野の研究者の多くが仮定している一次元球対称モデルでは、爆発を再現できないのである。つまり、ニュートリノ加熱 プラスαの現象が爆発メカニズムを説明するために不可欠であることが分かってきた。我々は、その要素として、超新星の自転、磁場などの多次元的な側面に注目する。その場合、それらの多次元的側面がニュートリノ加熱メカニズムにどのような効果を及ぼすのか、つまり、爆発を起こしにくくなるのか、また逆に起こしやすくのか、について調べることが出発点となる。本博士論文の第一部では、この問題に取り組んだ。

上記の第一目的を果たすためには、自転、磁場の効果で超新星コア内におけるニュートリノ放射が球対称の時からどのように変化するのかを調べる必要がある。それを調べるために、自転、磁場を伴う超新星コアの重力崩壊過程を2次元磁気流体数値計算で追い、衝撃波が失速した後のニュートリノ球外部領域におけるニュートリノ加熱率を評価した。星の中心部の角運動量、磁場分布を予言する理論モデルには不定性が大きいので、コアの自転、磁場の強度、分布をパラメトリックに変えて初期条件をつくり、系統的に自転、磁場の効果を調べた。入力物理としては、相対論的平均場近似に基づく現実的な状態方程式を用い、電子捕獲とニュートリノ輸送はLeakage scheme によって近似的に扱った。数値計算の結果、ニュートリノ球の形状が主に自転の効果で偏平に変形し、ニュートリノ放射、加熱率共に非球対称になることが分かった。特にニュートリノ球の温度は自転軸付近で高くなるので、自転軸付近の物質ほどニュートリノによってよく温められることが分かった。更に、流体安定性の線形解析を行ったところ、極付近の物質は、対流不安定であることも分かった。これらの結果から、自転を伴う超新星は、自転軸に方向により爆発しやすくなり、非対称な爆発(ジェット状爆発)を起こすことが予想される。この傾向は、超新星1987A 等の観測事実と整合性が良い。次のステップとして、自転に加え磁場についても考慮した。近年の星の進化モデルによれば、重力崩壊直前の星の磁場はトロイダル成分がポロイダル成分より卓越していることを示唆している。我々は、そのような状況のときに、上記の非対称ニュートリノ放射がどのように変更を受けるか調べた。その結果、マグネタークラスの強磁場下(超新星コアにおける磁場が10の15乗に達するほど強い場合)でも、自転がニュートリノ球の形状、ひいてはニュートリノ放射の支配的に非対称性を決めていることを示した。なぜならば、ニュートリノ球が形成される領域においては、物質の圧力が磁気圧に比べてまだ大きいからである。一方、超新星コア内では、角速度が中心から外側に向けて減少傾向にある。特に、その勾配がきついのが自転軸付近である。そのような領域では、方位角方向の磁気回転不安定性が成長することが知られている。実際、不安定性の線形成長率のタイムスケールを評価したところ即時爆発のタイムスケールで成長できることが分かった。この磁気回転不安定と自転軸付近を強く暖める非球対称ニュートリノ加熱とが相俟って、所謂、マグネター生成にもジェット状爆発が伴う可能性を指摘した。また上記のトロイダル磁場優勢モデルに加えて、ポロイダル磁場優勢磁場モデルも考慮した。トロイダル磁場優勢を予言した星の進化モデルには不定性があり、その結論が確定的でないことからも、ポロイダル磁場についても考慮するのは依然として重要だからである。そのような強ポロイダル磁場下では、ニュートリノの反応断面積が磁場の影響を受けることが知られている。我々は自転によって大きな非球対称性を持つニュートリノ放射と磁場の相互作用で、超新星コア内の大域的なニュートリノ加熱の強度分布がどのようになるのかを調べた。結果、星の北極より、南極においてニュートリノ放射が強くなることが分かった。これは、強磁場を伴う爆発の結果、マグネターは北極方向にキックをうけることを示唆している。

重力崩壊型超新星は、アインシュタインの予言した重力波の放出源としても注目されている。実際、超新星からの重力波をターゲットにした多くの長基線レーザー干渉型重力波検出器が運用、計画中である。精度よい観測のためには、より現実的な超新星爆発の数値計算に基づいた波形の予測が不可欠である。本博士論文の二番目のテーマは、自転、磁場の効果で重力波波形がどのように影響を受けるのかを系統的に調べることである。また、我々は更にもう一歩踏み込んで、その超新星からの重力波が観測されたとして、その波形の特徴から超新星自体の物理に関してどのような情報を齎すのかについても特別の注意を払う。なぜならば、従来の電磁波の観測では星の表面の情報しか得られないのに対し、重力波は星の深部における構造(状態方程式、角運動量、磁場分布)に関する情報を我々に運んでくれる新たな潜在性を持っているからである。またそれらの情報は、爆発メカニズムを理解する上でも不可欠である。

本論文の第一目的を果たすための数値計算で行ったように崩壊直前の超新星コアにおける自転、磁場の強さ、分布をパラメトリックに変えて系統的に調べた結果、超新星が我々の銀河中心で起こったときに、その重力波の最大振幅はTAMA(日本)やLIGO(アメリカ)などの現在稼動中である重力波検出器の検出限界内に十分入ることを指摘した。従来の超新星からの重力波の研究は、状態方程式は単純なポリトロープ型を仮定しており、ニュートリノ輸送などは全く顧慮していないものが殆どだった。一方、我々の数値計算では、前述のように現実的な状態方程式、近似的だがニュートリノ輸送の効果も取り込んだものである。我々の現実的な計算によって、計算機のコストが比較的かからない簡単化した計算でもバウンス時の重力波に関する定性的な振る舞いは変わらない事を指摘した点に意味がある。更に、我々は重力波の2番目のピークに着目することで、従来の電磁波の観測からは知ることができない超新星コアの自転の様子に対して有力な情報が得られることを新たに指摘した。磁場の重力波波形に及ぼす波形は、我々が世界に先駆けて評価したものである。マグネタークラスの強磁場超新星でも、磁場無しの場合に比べて最大振幅は10%ほどしか変更を受けないことが分かった。これまで述べてきた重力波は、コアがバウンスする際に物質の大きな非対称運動が引き金となって放出されるものである。実は、その他にも超新星における重力波源として、(a)停滞衝撃波と原始中性子星の間に生まれる流体不安定性が生む対流運動、(b)非球対称なニュートリノ放射が起源となる重力波がある。(a)については、既にいくつか先行研究があり、有力な重力波源であることが示唆されてきた。本博士論文で着目するのは(b)であり、特に超新星コアの自転が生み出すニュートリノ非対称性とその重力波の関係を調べた。その結果、微分回転の強いモデルほど、重力波の振幅が時間とともにより大きくなることが分かった。また、その放出される重力波の周波数は低周波側(100Hz以下)でコアバウンス時の重力波を凌駕し、強度としては、次世代検出器LIGO-II(アメリカ)、LCGT(日本)の検出限界内にあることを指摘した。

本博士論文の目的は二つあった。つまり、自転、磁場の爆発メカニズムと重力波に及ぼす影響を調べることである。しかし、ここにきてその2つは、独立でなく、お互いに深く結びついていることが分かる。そのキーワードは、非球対称なニュートリノ放射である。実際、我々が指摘した非球対称なニュートリノ放射を起源とする重力波が観測されたとすれば、我々が提唱する非球対称なニュートリノ加熱が爆発を誘起するモデルの一つの傍証となるはずである。これらの関連をより明確にするためには、実際に非球対称なニュートリノ放射で爆発が起きるかどうかについて調べることが急務になる。今までの我々の数値計算法では、ニュートリノ加熱を流体力学と合体させることができない。つまり、我々が今まで述べてきた示唆、予言を確実なものにするためには、新たな数値計算法の開拓が不可欠である。最近我々は、流速制限法を用いた多エネルギーニュートリノ輸送計算法を構築した。この数値コードが、上記の目標を果たす第一ステップとなる。本博士論文中で、本数値コードの信頼性を示すために、従来の一次元球対称ニュートリノ輸送コードと比較するテスト計算で得られた結果を報告する。このコードは、これからのより詳細な数値計算の試金石となるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 太陽の約10倍より重い星では、進化の末にコア(芯)の鉄が光分解して重力崩壊し、中性子星やブラックホールを形成するとともに、外層部は吹き飛びII型超新星として観測されると考えられる。この過程を計算で再現することは、宇宙物理学の40年余の課題であった。1960年代半ばに、コアに形成される原始中性子星が爆縮をはね返して外向き衝撃波を作り、星の外層を吹き飛ばすという描像が提示されたが、数値計算の精度が上がると、衝撃波は落下する物質に負け、途中で止まってしまうと判明した。1980年代、高温コアで発生したニュートリノ対が周辺部を加熱し、衝撃波を復活させると提唱されたが、これも理論の精度を上げると、衝撃波の失速を止められないとわかった。すなわち計算機の中では依然として、重力崩壊型の超新星は「爆発しない」。申請者の学位論文は、この理論的な問題に活路を拓こうとする試みである。

 第1章と第2章では、こうした背景が解説され、この問題に対処する3つの方策が提示される。第1は、従来の研究が球対称を仮定した1次元の計算だったのに対し、緯度座標も含め2次元の計算を行うもので、対流や非一様性が表現できるようになる。第2は、2次元化を利用して星の微分回転を取り込み、その効果を見ること、同じく第3は、星のもつ磁場を考えその効果を検討することである。第2と第3の試みは、多くの大質量星が速く自転し、超新星残骸も軸対称な形をもつものが多く、また中性子星は超強磁場をもち高速で自転することから、観測的に正当化される。

 第3章では、既存の磁気流体計算の数値コードを出発点に、申請者が独自の改良を行って得られた、数値計算の手法が説明される。ニュートリノは電子ニュートリノのみを扱い、その輸送は漏出近似だが、高密度になる星のコアの状態方程式には、数値コード化されたものの中では完成度の高い、相対論的平均場近似の結果を用いる。計算手法を検証するため予備計算が行われ、たとえば1次元で計算すると、衝撃波は確かに中心から150 km 付近で失速してしまうことが確認された。

 第4章は結果の前半部分であり、自転角速度、微分回転の強さ、磁場強度などを変えた一連の条件の下で、コアの重力崩壊が数値計算された。その結果、星を爆発させることには成功しなかったものの、自転が強いと、超新星は自転軸方向により爆発しやすくなることが確かめられた。これは遠心力により星のコアが扁平になることで、自転軸方向ではニュートリノが抜けやすくなり、ニュートリノ加熱がより強く働く結果である。2次元にした結果、自転軸方向が対流不安定であることも確かめ、それが加熱を助けることも予想した。

 磁場の効果は概して弱く、1015Gという超強磁場を考えても、トロイダル成分が卓越する場合、回転の影響の方がずっと大きいことが判明した。ただし磁場のポロイダル成分がきわめて強い場合、電子ニュートリノが片方のヘリシティしか持たないため、パリティ対称性の破れにより、北極方向より南極方向でニュートリノ放射が強くなり、中性子星は北極方向へ蹴り出されることが示された。これは、多くのパルサーが100 km/s を越す大きな固有速度をもつという観測事実を説明をできる可能性をもつ。

 申請者は第5章では、重力崩壊に伴って放射されるはずの重力波の波形が、回転や磁場でどう影響されるか詳細に計算した。その結果、重力波の最初のピークは衝撃波のコアでの跳ね返りで決まるため影響をあまり受けないこと、第2ピーク以降には自転に伴うニュートリノ圧の非等方性の効果が現れること、よって重力崩壊型の超新星から重力波が検出されれば、その波形から自転の情報が引き出せることが示された。

 第6章では、全体の結果がまとめられるとともに、数値計算に用いた手法、仮定、近似などが吟味され、第7章で結論が述べられている。

 以上のように申請者は、世界で初めて自転と磁場の両方の効果を取り込んで重力崩壊型の超新星爆発を数値計算することにより、超新星爆発と高密度天体に関係する物理学を大きく進展させることに成功した。よって本研究は博士(理学)の学位を授与するに値することを、審査員の全員一致により確認した。本研究の一部は共同研究であるが、その中で申請者は疑いなく中心的な役割を果たしており、共同研究者からの同意承諾書も完備している。

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