学位論文要旨



No 119907
著者(漢字) 関口,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) セキグチ,テツロウ
標題(和) K+→π+ν ν - 崩壊分岐比の測定
標題(洋) Measurement of the K+→π+ν ν - Branching Ratio
報告番号 119907
報告番号 甲19907
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4636号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,俊則
 東京大学 教授 鈴木,洋一郎
 東京大学 教授 永江,知文
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 山本,明
内容要旨 要旨を表示する

 稀崩壊K+ → π+ννは、フレーバーを変える中性カレント反応によって起こり、中間状態にトップクォークが介在する1ループのファインマン図で表される。この崩壊は、トップクォークからダウンクォークへの遷移を含み、崩壊分岐比はCabibbo-小林-益川(CKM) 行列要素の|Vtd|によって表される。この崩壊では、長距離相互作用の寄与が小さい。ハドロンの遷移行列における不定性は、K+ → π0e+ν 崩壊分岐比との比をとることにより相殺される。また、崩壊分岐比における理論的不定性は7%と小さい。したがって、K+ → π+νν崩壊分岐比を精密に測定することは、|Vtd| を精度良く測定する方法の一つである。標準理論では、K+ → π+νν崩壊分岐比は(0:78 ±0:12)×10-10 と予想される。実験的には、ブルックヘブン国立研究所(BNL) にて行われたBNL-E787 実験において2 事象のK+ →π+νν崩壊が観測され、(1:57〓) × 10-10 の崩壊分岐比が得られた。この結果は誤差の範囲で標準理論の予想値と一致している。BNL-E949 実験は、実験感度を高めてK+ →π+νν崩壊分岐比を精密に測定することにより、標準理論の検証、さらには新しい物理の探索を行うことを目的としている。

 E949 実験では、前実験であるE787 実験の測定器およびK+ ビーム強度を増強し、より精度の良い測定を行うことを図った。E949 実験では、静止したK 中間子の崩壊を測定する。K+ → π+νν崩壊の測定は、静止したK+ 崩壊から運動量211

 大強度K+ ビームは、BNL のAlternating Gradient Synchrotron (AGS) 加速器により生成される。AGS加速器で5.4 秒間隔の加速周期あたり65 兆個の陽子が21.5 GeV/c の運動量に加速され、1 次ビームラインに取り出される。1 加速周期あたり2.2 秒間陽子を取り出し、白金標的に照射する。白金標的で生成した2 次粒子から710 MeV/c の運動量を持つK+ を選別し、E949 測定器に入射する。E949 測定器では、ビームライン上に配置されたチェレンコフ検出器、ビームワイヤーチェンバー、dE/dx 測定器でK+ の識別が行なわれる。BeO 等の減速剤中でエネルギーを失ったK+ は、E949 測定器中心部に位置するシンチレーションファイバーターゲットで静止し崩壊する。1 加速周期あたり3.9 × 106 のK+ がターゲット中で崩壊する。崩壊から生じたπ+ は、1T の磁場中で測定される。ターゲットを取り囲んで配置されたドリフトチェンバーで運動量が測定され、その外側に位置するプラスチックシンチレータの飛程測定器(Range Stack, RS) 中でπ+ の運動エネルギーと飛程が測定される。Range Stack の外側に位置する鉛/プラスチックシンチレータのサンプリングカロリメータとエンドキャップ部に位置するCsI カロリメータが崩壊点を4π の立体角で覆い、崩壊から生じるγ 線を検出する。

 E949 実験は、2002 年に最初の物理測定を行ない、1.8 × 1012 のK+ 崩壊に相当するデータを収集した。収集したデータは、Blind Analysis により解析された。つまり、信号選別基準の決定および雑音事象数の評価が終わるまで信号領域を調べることなくデータ解析を行なった。各々の種類の雑音事象(Kπ2 、Kμ2 、etc) は、互いに相関のない二つの選別基準によって除去される。ある雑音事象を、二つの選別基準の一方を反転することにより選別し、もう一方の選別基準のその雑音事象に対する除去能力(rejection) を測定する。信号領域に予想される雑音事象数の評価は、独立に測定された二つのrejection の積によって測定される。雑音事象数の評価をできるだけバイアスがなく行なうために、選別基準の決定と雑音事象数の評価は、各々独立のデータサンプルを用いて行なった。選別基準を決定する際には、全データの1/3 を周期的に抽出したサンプル(1/3 サンプル) を用いて行い、残りの2/3 のサンプル(2/3 サンプル) を用いて雑音事象の評価を行なった。信号選別効率(acceptance) と雑音事象数を選別基準の厳しさの関数(function) で表すことにより、信号領域の中と外での予想される信号事象と雑音事象の分布を評価した。このfunction により、信号および雑音事象の分布を把握し、かつ選別基準の厳しさと雑音事象数の関係を理解できるので、信号領域を拡げることにより、E949 実験では、E787 実験より30%acceptance が増加した。

 K+ → π+νν崩壊分岐比の測定は、Lilikehood Analysis により行なった。信号領域を小さな領域(セル) に分割し、各セルごとに予想される信号事象数および雑音事象数を評価した。予想される信号事象数は、(K+ → π+νν崩壊分岐比)×(K+ 崩壊の数)×(セルごとのacceptance) で表される。各セルにおけるacceptance および雑音事象数は、あらかじめ測定されたfunction により評価した。信号領域を調べ、事象が観測されれば、各セルに観測される事象数が決まる。崩壊分岐比をパラメータとして扱い、観測された事象の信号領域内での配置に基づいて、Likelihood を最大とする値が崩壊分岐比の中心値として決定される。

 1/3 サンプルを用いて信号選別基準を決定し、その選別基準を用いて2/3 サンプルで雑音事象数を評価した結果、信号領域に混入する雑音事象数は0.297±0.024 事象(Kπ2: 0.216 事象、Kμ2 およびKμνγ : 0.068 事象、ビームに起因する雑音: 0.013 事象) と評価された。

 収集した全データに全ての信号選別基準を課した結果、信号領域に1 事象が観測された。この事象において、π+ は運動量227.3 MeV/c 、運動エネルギー128.9 MeV 、飛程39.2 cm を持つ。この事象を基に崩壊分岐比の測定を行なった。全ての信号選別基準のacceptance は0:22 ± 0:01stat ± 0:02sys %と評価され、E949 実験の感度として(2:6 ±0:1stat ±0:2sys) × 10-10 が得られた。観測された1 事象に基づき、Likelihood Analysis により崩壊分岐比を計算すると、上限値として8:76 × 10-10 (90%信頼度(CL)) が得られた。E949 実験の結果とE787 実験で得られた結果を合わせると、(1:47〓) × 10-10 (68% CL) の崩壊分岐比が得られた。この崩壊分岐比の中心値は標準理論の予想値の2 倍となっているが、誤差の範囲内で一致している。E949 実験で観測された1 事象の信号対雑音比は、0.9 であった。

 E949 実験で得られたK+ → π+νν崩壊分岐比からCKM 行列要素|Vtd| に制約を与えると、0:002 < |Vtd| < 0:032 (90% CL) となり、他の実験結果を統合して得られた範囲0:005 < |Vtd| < 0.014 (90% CL) と一致する結果が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)において世界最高強度の荷電K中間子ビームを使って、荷電K中間子がπ中間子とニュートリノへ崩壊する事象を選別し、その崩壊分岐比を測定したものである。国際共同実験E949として行われ、前身となるE787実験と比べてビーム強度と検出感度を増強してより精度の高い測定を目指した。残念ながら実験は3ヶ月で終了となり予定していたデータ量が得られず、候補事象は1事象のみで、2事象発見したE787実験を超えることはできなかった。

 本論文の特色は、検出器の隙間を可能な限りなくすことによってバックグラウンド事象をより確実に排除し、それによって目的事象の選別効率をE787に比べて約3割高くした点にある。論文提出者は、BVL検出器およびEndcap検出器を担当し、これに寄与した。また、バックグラウンド事象が混入する確率を実際のデータの分布から求め、シミュレーション計算による系統誤差を避けたのも重要な点である。ただし、データ分布からバックグラウンドが求められる根拠となる2つの測定量の独立性については、完全に証明できたとは言い難い。また、多岐に渡る系統誤差の検討について十分には記述されていないのも残念である。データの解析は、いわゆるBlind Analysisに拠ったとあるが、実際には信号領域を拡げ、効率の良いLikelihoodを用いた解析となっている。論文提出者は、Range Stack検出器でのπ中間子の崩壊や相互作用の検討、トリガーの効率などに関して詳細に解析を行い、事象選別効率とバックグラウンド事象数を正確に見積もった。これによって、もし実験が予定通り行われてもっと多くの事象が得られていたとしても十分といえる精度が得られている。E787の結果と合わせ、分岐比がより理論の予想に近いことが示された。

 なお、本論文の内容はE949実験グループにおける共同研究であるが、ミュー粒子バックグラウンドの除去や事象選別効率の算出など、論文提出者が主体となって研究を行って結果に至ったもので、論文提出者の寄与が本質的であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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