No | 119911 | |
著者(漢字) | 高橋,史宜 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカハシ,フミノブ | |
標題(和) | 大きなレプトン非対称性の起源と進化 | |
標題(洋) | Origin and Evolution of Large Lepton Asymmetry | |
報告番号 | 119911 | |
報告番号 | 甲19911 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4640号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 標準ビッグバンモデルは、軽元素の存在比、宇宙背景輻射(CMB)の存在、ハッブルの法則という現象を見事に説明する。そして標準ビッグバン宇宙モデルが確立して以来、その枠組みを超える現象の探索が数多く行われてきた。COBE人工衛星による宇宙背景輻射の揺らぎの発見はその最たる成果である。では軽元素の存在量を通じて我々は何を知ることができるのであろうか。もし標準元素合成理論を超える物理の存在が明らかになれば、背景輻射の揺らぎの発見同様、宇宙の昔の姿にまた一歩近づくことができるはずである。 標準元素合成理論は4He、D、7Liなどの軽元素の存在量を一つのパラメター(バリオンフォトン比η)の関数として予言する。また宇宙背景輻射の揺らぎの角度スペクトルの形はバリオンの存在量に依存しており、その形からバリオンフォトン比を決定できる。もし標準元素合成理論に新たな物理が関与していなければ、全ての軽元素の観測量および輻射揺らぎの観測から導かれるバリオンフォトン比は全て一致するはずである。しかしながら、現在の観測結果には不一致が存在する。特にCMBとDの示唆するバリオンフォトン比と、4Heおよび7Liから導かれるバリオンフォトン比との間には統計的に有意な不一致がある。もちろん最も保守的な立場は、この様な不一致の原因は観測、特に4Heおよび7Liの観測に大きな系統誤差が含まれている為とする事である。一方で、この様なバリオンフォトン比の不一致こそが標準元素合成理論を超える新しい物理の存在を示唆すると考えることもできる。この論文では後者の可能性を追求する。 元素合成理論の最も簡単な拡張は大きなレプトン非対称性を導入することである。実際大きなレプトン非対称性が存在すれば4Heの予言値を観測量に一致させることが可能である。これは主に電子ニュートリノの正の非対称性が陽子と中性子の間のベータ平衡を陽子の方向へずらす為である。ところが、正の大きなレプトン非対称性は、スファレロンと呼ばれるプロセスを考慮にいれると小さなバリオン非対称性の存在と矛盾する事がわかる。なぜなら、スファレロンはレプトン非対称性から同じ程度の大きさ且つ反対符号のバリオン非対称性を生成してしまう為である。従って、大きなレプトン非対称性を生成する無矛盾な宇宙論的シナリオを構築する必要があり、これがこの論文の目的の一つである。 ここではレプトン非対称性の起源として、超対称性標準理論の平坦方向を用いるアフレックダイン機構を利用する。特にeLL平坦方向を用いることで、大きなレプトン非対称性の生成が可能である。一般に平坦方向の運動には空間的不安定性が存在し、Qボールと呼ばれるノントポロジカルソリトンが生ずる事が知られている。そしてQボールに全てのレプトン非対称性が取り込まれてしまう為、Qボールは崩壊するまでの間レプトン数をスファレロンから守る役割を果たす。そして周囲のプラズマとの相互作用によって僅かに蒸発したレプトン数によって、スファレロンを通じて現在のバリオン非対称性を説明する事ができる。また、相対符号の問題はeLL平坦方向の世代を適当に選択する事より回避できる。 レプトン非対称性の大きさには観測から制限がつけられている。その制限にはフレーバー間に若干階層性があり、電子ニュートリノの非対称性に関する制限の方がミューおよびタウニュートリノのそれよりも10倍ほど厳しい。これは、電子ニュートリノの非対称性はベータ平衡に直接関与するが、ミューおよびタウニュートリノの非対称性は宇宙膨張の速さを変える効果しか持たず、前者の影響の方が強いためである。しかしながら近年、ニュートリノ振動によってビッグバン元素合成前に全てのフレーバーのレプトン非対称性が等しくなってしまう事が指摘された。もしこのフレーバー平衡が実現すると、全てのフレーバーのニュートリノ非対称性に関する制限は、実質上電子ニュートリノの非対称性の制限で与えられる事になる。もしこの制限が正しければ、ニュートリノの非対称性の元素合成理論に与える影響は電子ニュートリノの非対称性によるものだけになり、特に宇宙膨張の速さを変える効果は殆ど無視できる。従って、仮にCMBの観測によって余分な輻射の自由度が示唆された場合には、これは標準理論に含まれない軽い粒子の存在を意味する事になってしまう。また、上述の我々の提唱したレプトン非対称性生成機構の中で、バリオン非対称性との相対符号を解決するシナリオが働かない事になる。そこで、我々はニュートリノ相互作用を拡張することでビッグバン元素合成前にニュートリノ振動を抑制する可能性について追求した。そして、マヨロンと呼ばれるスカラー場との相互作用を導入することで、実際にニュートリノ振動を抑制することを解析的・数値的に示した。これによって、宇宙膨張への影響が無視できない程の大きなレプトン非対称性の存在が許される様になった。またCMBおよび軽元素の存在量の観測における不一致を解消する自由度が増えた事になる。特に、CMBの観測によって余分な輻射の自由度が示唆された場合にも、標準理論以外の粒子を導入せずに説明が可能である。 ここまでレプトン非対称性の与える元素合成理論への影響に触れてきたが、レプトン非対称性は単に観測間の不一致を解消する為だけの道具ではない。レプトン非対称性はバリオン非対称性と密接に関連している為、それを通じてバリオン生成機構、ひいてはその基礎となる素粒子理論や初期宇宙シナリオに大きな知見を生む可能性を秘めている。この論文ではそのレプトン非対称性の起源およびそれに関連した諸問題、その解決法、またレプトン非対称性の進化について議論する。 | |
審査要旨 | 標準ビッグバンモデルは、軽元素の存在比、宇宙背景輻射(CMB)の存在、ハッブルの法則という現象を見事に説明する。その一方で、標準元素合成理論が導くいくつかの軽元素の存在量に関して、観測結果との不一致が存在する。特に、宇宙背景輻射の精密測定により、標準元素合成理論のパラメーターの1つであるバリオン光子比が測定されてことによりその不一致が顕著になった。この不一致は観測の系統誤差が起源という保守的な態度がある一方で、標準元素合成理論を超える新しい物理の存在を示唆していると考えることもでき、この論文では後者の可能性を追求している。軽元素合成時期バリオン数に比べて大きなレプトン非対称性が存在する場合には観測と存在量が合っていない軽元素のうち4Heに対し改善が見込まれる。これは主に電子ニュートリノの正の非対称性が陽子と中性子の間のベータ平衡を陽子の方向へずらす為である。ところが、正の大きなレプトン非対称性は、スファレロンと呼ばれるプロセスを考慮にいれると小さなバリオン非対称性の存在と矛盾する事がわかる。なぜなら、スファレロンはレプトン非対称性から同じ程度の大きさ且つ反対符号のバリオン非対称性を生成してしまう為である。従って、大きなレプトン非対称性を生成する無矛盾な宇宙論的シナリオを構築する必要があり、これがこの論文の目的の一つとなっている。 本論文では素粒子の標準模型を越える理論として有望視されている超対称理論にその大きなレプトン数の起源を求めている。超対称理論において宇宙のバリオン数、レプトン数非対称を説明するひとつの有力なアイデアとして、アフレック・ダイン機構が存在する。この機構では、超対称性のもつスカラー場のポテンシャルに平坦方向があることを利用し、バリオン数、レプトン数をもつスカラー場が初期宇宙に凝縮することで宇宙のバリオン数、レプトン数を説明する。この機構のひとつの予言として凝縮したスカラー場が空間的に不安定になって生じる非トポロジカルソリトン、Qボールの存在がある。作られたレプトン数、バリオン数は一旦Qボールに全て取り込まれてしまう為、Qボールは崩壊するまでの間レプトン数をスファレロンから守る役割を果たすことができる。よって、もしレプトン数をもつスカラー場のQボールがアフレック・ダイン機構で作られれば、大きなレプトン数非対称を作れる一方で、周囲のプラズマとの相互作用によりQボールから蒸発したレプトン数がスファレロン過程によりバリオン数を説明することができる。さらに、適当な平坦方向では、レプトン数非対称性自体はバリオン数非対称性と反対方向である一方で電子ニュートリノに対し正の非対称性を導出することができ、4Heの存在量を説明する矛盾のないシナリオを構築することができる。 ただし、このシナリオがうまく機能するためには、Qボールによりレプトン数非対称性が生成された後元素合成時期までの間ニュートリノ振動が抑制される必要がある。ニュートリノ振動は生成された各世代のレプトン非対称性を平均化してしまうため、再び電子ニュートリノ非対称性が例えバリオン数非対称性と同符号で生成されても、全体のレプトン数非対称性が逆符号であれば、元素合成時期の電子ニュートリノ非対称性は再び逆符号になってしまうからだ。論文提出者はニュートリノ相互作用を拡張することでビッグバン元素合成前にニュートリノ振動を抑制する可能性について追求した。そして、マヨロンと呼ばれるスカラー場との相互作用を導入することで、実際にニュートリノ振動が抑制されることを解析的・数値的に示した。 本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションである。第2章は超対称理論において宇宙のバリオン生成の起源を説明するアフレック・ダイン機構と、その機構から導かれる非トポロジカル解であるQボールのレビューが述べられている。第3章では、そのQボールを使うことで大きなレプトン数が生成できる宇宙論的シナリオが構築できることを示してある。第4章ではニュートリノ振動による各世代のレプトン数非対称性の混合をおこし平均化されてしまうことを、第5章では新たなニュートリノの相互作用を導入することでその平均化が回避されることが示されている。だ6章は結論である。 なお、本論文第3章の一部は、川崎雅裕、山口昌英両氏との共同研究であり、第5章の一部はAlexander Dolgov氏との共同研究であるが、論文提出者が主体的になって分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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