学位論文要旨



No 119915
著者(漢字) 永井,聡
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,サトシ
標題(和) 擬一次元導体β-Na0.33V2O5の電荷秩序基底状態についての中性子回折研究
標題(洋) Neutron Diffraction Study on the Charge-Ordered Ground State of Quasi-One-Dimensional Conductor β-Na0.33V2O5
報告番号 119915
報告番号 甲19915
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4644号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 教授 榊原,俊郎
 東京大学 助教授 上床,美也
 東京大学 助教授 溝川,貴司
内容要旨 要旨を表示する

 1/2 filledの3d電子バンドを持つ3d遷移金属酸化物は近年話題の強相関電子系物質の中心的位置を占める。例えば銅酸化物高温超伝導体は1/2 filledのCu3dバンドを持つモット絶縁体が母体であり、その特異な超伝導はキャリアドープによるフィリング制御の金属絶縁体転移近傍の性質として理解されてきている。また、1/4 filledのバンドを持つ系も有機超伝導体などで盛んに研究されている。その場合、加圧や化学修飾によるバンド幅制御の金属絶縁体転移近傍に超伝導相が現れる。後者における金属絶縁体転移はキャリア間にサイト間クーロン斥力相互作用が効くことによる「電荷秩序」基底状態か、あるいは電子格子相互作用が主に効く状況でバンド構造に強いネスティングが存在することに起因する「電荷密度波」基底状態への転移であることが明らかにされている。近年精力的に研究されたα′-NaV2O5[1]では二本脚梯子上での1/4 filledのV3dバンド(V4+(3d1):V5+(3d0)=1:1)が舞台となっており、V4+的なVサイトとV5+的なVサイトがジグザグ状に配置した電荷秩序基底状態をとることが示されている。しかし、その電荷秩序転移は電荷秩序とスピンギャップを同時に生ずる新奇なものであり、電子相関効果の引き起す意外な現象としてその発現機構に興味が持たれている。このような中ごく最近、一次元的な結晶構造を持つバナジウム酸化物 β-Na0.33V2O5において新たに金属絶縁体転移の存在が明らかにされた。

 β-Na0.33V2O5はβ(β′)バナジウムブロンズと呼ばれる物質群の1つであり、擬一次元導体としての振舞いが古くより知られている。β(β′)バナジウムブロンズには、一価の陽イオンが入るもの(β-AxV2O5,A = Li+,Na+,Ag+、β′-AxV2O5,A = Cu+)と二価の陽イオンが入るもの(β-AxV2O5,Ca2+,Sr2+,Pb2+)がある。結晶構造中には、b軸方向に3つの特徴的な一次元鎖:VO6八面体が辺を共有したジグザグ鎖(V1サイト)、VO6八面体が頂点を共有したジグザグ鎖(V2サイト)、VO5ピラミッドが辺を共有したジグザグ鎖(V3サイト)が存在する。陽イオンはこれらのホスト構造(V2O5)中のAサイトに不定比で溶け込み、電子供与体として振るまう。β相では、陽イオンは2つの最近接Aサイトを同時に占めることができないため、定比の組成がA0.33V2O5である。一方、β′相では、2つの最近接Aサイトを同時に占めることができるので、定比の組成はA0.66V2O5である。3つのVサイトへの酸素原子の配位の仕方はそれぞれ大きく異なっており、キャリアはどれか1つのVサイトにいると考えるのが自然である。β-Na0.33V2O5ではV4+(3d1,S=1/2)とV5+(3d0,S=0)の割合が1:5となっており、V原子6個(V1が2サイト、V2が2サイト、V3が2サイト)あたり1つの割合で電子が存在する。キャリアがV1あるいはV3サイトに存在する場合は1/4 filledのジグザグ鎖が、V2サイトに存在する場合は1/4 filledの二本脚梯子鎖が物性を担っていると期待され、一次元性と電子相関によって新奇な物性の発現が期待されている。

 β-Na0.33V2O5について、近年の研究により次のような興味深い事柄が示されている。まず、伝導度の異方性は以前より知られていたが、x=0.33の純良な単結晶の育成によりb軸方向の金属的振舞いが山田らによって初めて示された[2]。また、〜130 K(≡TMI)でb軸方向に6倍周期の格子変調を伴って金属絶縁体転移を示すこと、〜24 K(≡TN)で反強磁性転移を示すことも見い出された。さらに、山内らはβ′-Cu0.65V2O5(3 GPa、6 K)に続き、8 GPaの圧力下で9 Kにおいて超伝導相の発現を確認した[3]。この転移は、絶縁体-超伝導転移の様相を見せたことから、多くの興味を引いている。従って、β-Na0.33V2O5の興味深い点は以下の2つである:

・バナジウム酸化物として初めての超伝導

・超伝導と絶縁体相が温度-圧力(PT)相図中で隣接する

 本系のように、金属の示すBCS機構の超伝導体はもとより、近年盛んに研究されている高温超伝導を示す遷移金属酸化物において超伝導相が絶縁体相に隣接して現れることは稀である。多くのV酸化物では金属相は不安定であり、低温で反強磁性絶縁体、シングレット対をつくった非磁性絶縁体などの基底状態をとるが、それらの金属絶縁体転移は電子相関によって電子が局在化するMott転移であるとされている。これまでの研究では、β-Na0.33V2O5の絶縁体相はMott転移と同様、キャリア間に電子相関が存在することによって絶縁体化した電荷秩序基底状態であると議論されてきた[4]が、この高圧力下での超伝導相の発見は、電荷秩序を伴う絶縁体においてはバンド幅制御によって温度軸がゼロ(即ち熱的なゆらぎを考えない)の場合に、圧力を変化させる(バンド幅を制御する)ことによって「金属-超伝導転移」のみならず「絶縁体-超伝導転移」が生じうることを強く示唆している。このような命題、即ち電荷秩序した絶縁体における「絶縁体-超伝導転移」の提示に対して、本研究では依然として議論の余地が残されたβ-Na0.33V2O5の常圧下における金属絶縁体転移の機構を明らかにすることにより、この超伝導発現機構について考察を行った。具体的には以下の課題に着目した。

・ 常圧下の絶縁体基底状態における電荷密度分布の特定

 β-Na0.33V2O5の絶縁体相における電荷密度分布を知ることで、その配置を安定化させ金属絶縁体転移を引き起こす有効相互作用として、電子間相互作用、電子格子相互作用など、どれがふさわしいのかを特定することができる。その有効相互作用は、本系の圧力下における超伝導の発現においても重要な役割を果たすものと期待され、超伝導発現機構をより確かな視点で議論できるであろう。本研究では、次の2つの実験から重要な知見が得られた。

・中性子回折による反強磁性絶縁体相の磁気構造の特定

中性子回折では、中性子の磁気散乱を通して散乱体内の磁気モーメントの空間相関に関する情報が得られる。β-Na0.33V2O5は〜24 Kにおいて反強磁性転移を示し、磁気モーメントの有る/無しが電荷の有る/無しに対応する(S=1/2がV3d1(V4+)に、S=0がV3d0(V5+)に対応する)系であることから、Vサイトの磁気モーメント分布からVサイトの価数分布をも議論することができる。

・磁場下偏極中性子回折による常磁性絶縁体相のスピン密度分布の特定

この実験では、常磁性相(30 K)に磁場(6 T,‖c)をかけることによって常磁性のVサイトに磁気モーメントを誘起する。その時の磁気反射の指数は核反射のそれと重なるので、通常の非偏極中性子回折では微少なモーメントを検出することは難しい。しかし、偏極中性子回折では、核構造因子と磁気構造因子の干渉項が測定にかかり、逆に磁気構造因子は大きな核構造因子との積の形で効くので、検出が可能となる。また、磁気構造因子の位相も直接測定することができる。これにより、常磁性絶縁体相のスピン密度分布から、電荷密度分布を議論することができる。

以下では、これらの実験の結果についてまとめる。

・ 反強磁性絶縁体相の磁気構造

磁気衛星反射は、 TN以下で、(h k±〓 l),h+k=oddと(0 〓 0)、(0 〓 0)、(2 1 0)に観測された。ここで、格子系の周期と磁気的単位胞の周期が一致していることから、結晶構造の対称性が許容する4通りの磁気構造の対称性を特定し、その中の1つである磁気空間群P121/a1で消滅則がよく説明されることが確認された。この対称性のもとで4 Kにおける磁気反射積分強度をもとに磁気構造解析を行った結果、反射強度の分布は、磁気モーメントがV1、V2、V3サイト全てにわたって存在していることを強く示唆していることが明らかになった。最終的な最小二乗フィッティングでは、V1、V2、V3サイトのそれぞれの磁気モーメントの総量がV1:V2:V3=3.2:1.8:3.3(μB)、単位胞内の磁気モーメントの総量は8.3μBとなった。これは形式価数から期待されていた単位胞あたりの総量 12μBと矛盾しない。そして、磁気構造は、V1、V2、V3サイトのV3d軌道の磁気モーメントは鎖に垂直な方向を向き、鎖方向に6bの周期で変調しているものがもっとも確からしい。これにより、 反強磁性絶縁体相は、これまで議論されてきた、V4+的なサイトとV5+的なサイトが明瞭に区別されるタイプの電荷秩序構造のもとでV4+の磁気モーメントが秩序化した相ではなく、磁気モーメントが1μB (V4+)と0μB (V5+)の間の大きさをとって一次元的に配列した特別なスピン変調を持つ相であると結論づけることができた。また、偶数次の磁気衛星反射(h k±〓 0),n=1,2,4,5…が観測されなかったことは、磁気モーメントの大きさ(絶対値)については周期が3bとなっていることを示している。これは、TNより高温の常磁性絶縁体相では、V3d軌道の電荷密度が3bで変調していることを強く示唆している。

・ 常磁性絶縁体相のスピン密度分布

30 Kにおいて、7つの核基本反射位置でFlipping Ratioを測定した結果、磁気構造因子と核構造因子の干渉項に由来する有為な値が得られた。その解析を行った結果、常磁性絶縁体相において、磁気モーメントはV1およびV3サイトに主に存在することが示された。この結果は、反強磁性絶縁体相の磁気構造からみた磁気モーメントの分布の結果と矛盾しない。

 以上のように、常圧下において行った一連の中性子回折実験により、擬一次元導体β-Na0.33V2O5の絶縁体基底状態の電荷分布の微視的描像が明らかにされた。それにより、以下の知見を得ることができた。

・ 絶縁体相における電荷分布

金属相で電気伝導を担っていた電荷は、絶縁体相でもV1、V2、V3サイト全ての一次元鎖のV3d軌道に存在する。従って、β-Na0.33V2O5の性質は、一次元鎖のどれかに電荷が存在するモデルで理解されるのではなく、b軸に垂直な面内に存在するV3-V1-V2-V2-V1-V3 クラスターの積み重なりによってできたV3d軌道の1次元的な電子バンドが重要な役割を果たしているものと考えられる。これまで136 K以下の絶縁体相は、V4+的なサイトとV5+的なサイトが明瞭に区別される電荷秩序相であると予想されてきたが、本研究により、V3d軌道の電荷密度が3bの周期で変調している特別な電荷密度分布を持った電荷秩序相ととらえることがより確からしいことが示された。

・ 金属絶縁体転移の起源

金属絶縁体転移温度において実際には136 Kにおいて6bの格子変調が生じるが、これは電子系に生ずる3bの不安定性が244 Kで生じたNa原子の秩序化による2bの格子変調と整合することで生じたもの考えられる。従って、みかけ上は6bとなるが本質的には3bの格子変調がこの系の金属絶縁体転移を特徴づけるものであると考えられる。金属絶縁体転移の起源となる相互作用としては、常磁性絶縁体相においてはCurie-Weiss的に振舞う磁気モーメントが存在していること、反強磁性秩序がより低温で生じることなどからキャリアの担うスピン自由度の縮重が解けていることは明らかであり、オンサイトのクーロン斥力相互作用が強く効いていることが予想される。また、V原子6サイトあたり電子1個という希薄なフィリングであるにもかかわらず明瞭な電荷秩序構造が生じていることから、サイト間ク−ロン斥力相互作用が十分強く効いていることが期待される。従って本物質における金属絶縁体転移の理解には、V1、V2、V3サイト全ての電子軌道が関わる一次元的な伝導バンドが作られていること、V4+(3d1):V5+(3d0)=1:5という特別な条件のもとで格子系に3bの長周期構造を伴ってギャップを形成したこと、キャリア間にオンサイトおよびサイト間ク−ロン斥力相互作用が効くことが重要であると考えられる。

・ 超伝導発現機構の推定

β-Na0.33V2O5の温度-圧力相図は、有機導体などの擬一次元系に見られる相図(スピン密度波-超伝導転移/電荷密度波-超伝導転移を有する)と類似している。超伝導発現における加圧の役割は結晶構造の次元性を高め、一次元系に特徴的な絶縁体基底状態の形成を抑制する役割を果たしているものと予想される。

 従って、β-Na0.33V2O5におけるユニークな超伝導は、局在的な性格を帯びたV3d電子の系において一次元的な電子バンドが実現されたという点でのV酸化物の中のユニークな性質が重要であると考えられる。

[1] M. Isobe and Y. Ueda: J. Phys. Soc. Jpn 65 (1996) 1178.[2] H. Yamada and Y. Ueda: J. Phys. Soc. Jpn. 68 (1999) 2735.[3] T. Yamauchi, Y. Ueda and N. Mori: Phys. Rev. Lett. 89 5 (2002) 057002.[4] M. Itoh, N. Akimoto, H. Yamada, M. Isobe and Y. Ueda: JPCS 62 (2001) 351.
審査要旨 要旨を表示する

 永井聡氏提出の本論文には、バナジウムブロンズと呼ばれる物質群のひとつである、β-Na0.33V2O5単結晶試料について中性子回折実験を行い、低温磁気秩序相におけるスピン構造を決定した結果、低温常磁性相におけるスピン密度分布を調べた結果、またそれらに基づきこの系における電荷秩序構造に関して考察した結果が述べられている。バナジウムブロンズはその1次元的伝導性によって古く1950年代から研究対象となっているが、近年試料の質の向上に伴い、電荷の秩序化によると思われる金属絶縁体転移や、また高圧力下でバナジウム酸化物としては初めての超伝導が観測されるなど、大きな注目を集めている。

 本論文は5章よりなる。第1章ではβ-Na0.33V2O5に関するこれまでの実験結果、特に金属絶縁体転移温度130K以下での電荷秩序状態に関する知見が紹介され、本研究の目的が述べられている。第2章は中性子回折実験の概略の説明である。第3章は本論文の主要な部分で、実験結果とその解析結果が提示され、第4章ではそれに基づいてこの物質の電荷秩序状態、金属絶縁体転移の機構、さらに高圧下での超伝導の発現機構に関する考察が記述されている。第5章は結論の簡単な要約である。

 β-Na0.33V2O5は常温でC低心単斜晶系の結晶構造を持ち、3種類の非等価なバナジウム・サイト(V1, V2, 及びV3サイト)が同数存在する。V1及びV3サイトは、それぞれに配位する酸素が作る8面体またはピラミッドの辺を共有しながら、b方向にジグザグ鎖を形成する。V2サイトは酸素8面体の頂点を共有しながら、やはりb方向に2本足梯子を形成する。ナトリウムはこれらのバナジウム-酸素1次元構造の間隙にあり、後者に電子を供給する。すなわちV2O5はd電子を持たないバンド絶縁体であるが、β-Na0.33V2O5はバナジウム6原子当たり1個のd電子を持ち、常温で金属である。上記3種類のバナジウムー酸素1次元構造は、b軸に垂直な面内においても、辺共有または頂点共有によってつながっているが、b軸に垂直な電気伝導度は平行成分より2桁以上小さく、非常に1次元性のよい伝導を示す。低温X線回折実験では、260K以下で全サイトの50%を占めるNaの秩序化によるb方向の2倍周期の超格子反射が、また金属絶縁体転移温度の130K以下でb方向に6倍周期の超格子反射が観測されている。さらに低温の24K以下で反強磁性秩序が生じる。これまで、バナジウムブロンズはd電子のオンサイト、及びサイト間のクーロン相互作用が強く局在化しやすい系であり、130Kにおける金属絶縁体転移はd電子が特定のVサイトに局在化することによって引き起こされ、6倍周期超格子はこの電荷秩序構造を反映していると考えられてきた。

 しかしながら、電荷秩序の構造はまだ明らかになっていない。金属絶縁体転移の機構、圧力誘起超伝導の発現機構を考える上で、電荷秩序構造を知ることは非常に重要であるが、電荷分布を直接実験的に決定することは容易でない。一方、磁気秩序状態において、あるサイトが持ち得る磁気モーメントの最大値はそのサイトのd電子数によって決まる。本研究では低温反強磁性相におけるスピン構造を中性子回折によって決定することによって、電荷秩序構造を推定することを試みた。更に、偏極中性子回折実験によって、常磁性状態において磁場によって誘起される磁気モーメントの空間分布を調べ、反強磁性相の結果から推論したモデルとの整合性を検討した。

 本研究の主要な結果は以下のように要約できる。まず予備実験として、温度を変えながら核反射の強度を測定し、常温での反射強度、244K以下でのa x 2b x c の超格子反射強度、130K以下でのa x 6b x cの超格子反射強度が、いずれもこれまでのX線回折による構造解析結果で説明できることを確認した。次いで24K以下で現れる磁気反射に注目した。磁気反射強度は少数の例外を除き、(h k ± 1/6 0) (h + k = odd) に強く現れる。このことから磁気的単位胞は格子系の単位胞と同じa x 6b x cであると考えられる。磁気構造を決定するために、多数の波数における磁気反射強度について、様々なモデルに対する計算結果と実験データを比較した。その結果、3つのVサイトのどれか1つにd電子が局在化し1μBの磁気モーメントを持つという従来の電荷秩序モデルでは、実験結果が再現されないことが分かった。段階的にモデルを変えながら、実験結果を満足に再現するスピン構造を探した結果、(1)V1, V2, V3サイト全てに磁気モーメントが存在し、その大きさの比はほぼ3.2 : 1.8 : 3.3である、(2)磁気モーメントの大きさ(スピン密度)はb方向に3倍周期で変調を示し、密度の濃い領域と薄い領域が存在する、ということが明らかになった。この解析の最終段階では、格子と同じ対称性を持つ磁気空間群を仮定した上で、最も一般的な磁気構造を考えたパラメータ・フィッティングを行なっており、この結論は高い信頼性を持っている。更に、30Kの常磁性状態において6テスラの磁場によって磁気モーメントを誘起し、偏極中性子回折実験を行うことによって、スピン密度分布を調べ、上記の(1)の結果とコンシステントであることを確認した。

 上記(1)の結果は、強いサイト間クーロン力によってd電子が完全に局在化しV4+とV5+に分離するというこれまでの電荷秩序の描像とは相容れない。むしろ3種類のVサイトが作るac面内のクラスター上の電子状態がb方向に1次元バンドを作り、周期3bの電荷密度波を形成していることを示唆している。そうであるならば、金属絶縁体の機構としては1次元に特有のフェルミ面のネスティングによる不安定性と強い電子相関効果があいまって4kF電荷密度波に伴うギャップが形成されたためであると考えるのが自然であろう。さらに、高圧下の超伝導の機構に関しても、常圧下でスピン密度波を示し高圧下で超伝導に転移する1次元有機伝導体(TMTSF)PF6との類似性が示唆される。

 以上のように、本研究は、この物質における電荷秩序状態のみならず、金属絶縁体転移や超伝導発現の機構に関しても、従来の考え方に大きな変更を迫る結果を提示している。β-Na0.33V2O5は絶縁体、超伝導、金属と多彩な基底状態が拮抗している混合原子価化合物として、強相関電子系の重要なモデル物質であることを考慮すると、本研究がこの分野の進展に資するところが大きいと判断できる。本論文の成果について議論した結果、審査員全員一致で本研究が博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。なお本研究は指導教官である廣田和馬氏の他、野田幸男、木村宏之、中嶋健次、西正和、加倉井和久、大原泰明、吉沢英樹、礒部正彦、山浦淳一、山内徹、上田寛、Beatrice Grenierの諸氏との共同研究の部分があるが、論文の主要な成果について論文提出者が主たる寄与をなしたものであることが認められた。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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