学位論文要旨



No 119919
著者(漢字) 広瀬,俊亮
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,シュンスケ
標題(和) 現実的核力に基いた相対論的平均場模型
標題(洋) Relativistic mean field model based on realistic nuclear forces
報告番号 119919
報告番号 甲19919
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4648号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 助教授 森松,治
 東京大学 助教授 櫻井,博儀
内容要旨 要旨を表示する

 本研究に於いて、我々はOne Meson Exchange(OME)相互作用項と接触型相互作用項とから成る密度依存の相対論的平均場(RMF)模型を構築した。ここで構築した模型を用いて核物質に関する量を幾つか計算し、我々が構築した模型が中性子過剰な領域や高密度領域へも適用可能であることを示した。

 相対論的に原子核を記述する際、量子色力学(QCD)が強い相互作用の基本的な理論になっている。しかし、低エネルギーではQCDの非摂動的な効果が強く、QCDを用いて核構造を直接記述するのは数学的に困難になる。そこで、相対論的に原子核を取り扱うための現象論的有効理論として、RMF模型が提唱された。RMF模型では核子と中間子を基本的な自由度として扱い、核子が中間子のみを通じて相互作用するとする。結合定数と中間子の質量は、幾つかの原子核の性質を再現するようにフィットして決める。

 数値計算の際の困難を避けるため、OMEのみを考える(ループダイアグラムを考えない)。その為、各スピン・アイソスピンのチャンネル毎に一つの中間子が必要になる。また、ループの効果を繰り込んだものとして考えてOMEを扱うので各中間子の質量と結合定数は必ずしも生の値とは一致しない。

 RMF模型には、(1)ローレンツ不変性等の不変性を持つので、非相対論的な場合に比べてパラメータの数が少ない。(2)仮定なしでLS力を再現できる。(3)引力・斥力ポテンシャルとの釣合により過結合による破綻を免れるという機構が理論に含まれる。等といった非相対論的に原子核を扱う方法にはない利点がいくつも有る。

 一方、RMF模型には不安定核領域での計算で核の束縛エネルギーが実際の値よりも大きく出てしまうこと、中性子物質に於いて高密度で斥力が効き過ぎる(状態方程式が硬過ぎる)という問題などもあり、現時点でよく使われているラグランジアン密度が核力の性質を(特に中性子過剰な領域において)適切に再現する妥当なものかどうかについては議論の余地がある。

 そこで、我々は主に以下の三点の様な方法を用いて、(特にアイソスピン依存性及び密度依存性が)改良されたRMF模型の構築を試た。(1)δ中間子、π中間子の微分結合とρ中間子のテンソル結合をOME相互作用の中に含める。(2)特定の安定核との比較ではなく、現実的な核力との比較からパラメータを決める。(3)OMEには繰り込み切れない効果が有ると考え、接触型相互作用を模型に含める。

 この模型のOME相互作用は、G行列ポテンシャルと非相対論近似から導いたOMEポテンシャルとの比較から決めた。非相対論的な生の核力からG行列計算をして得られる媒質中の有効相互作用は密度に依存する。この密度依存の相互作用の中距離、長距離の部分は密度依存のOME相互作用によって良く再現できる。

 G行列との比較に於いては短距離の部分は考慮に入れていない。ここで考慮に入っていない短距離部分の補正(OME相互作用には繰り込み切れない効果)を取り込むために、接触型相互作用を模型に導入した。カイラル摂動理論を用いて計算された核物質のエネルギーのうち発散を含む部分のみに注目し、核物質のエネルギーを計算した際にこの部分と解析的な形が一致するようにという条件を課して接触型相互作用の形を決めた。

 上記の模型を用いて、Fockも入れて核物質のエネルギーを計算した。その結果、isospin-symmetricな核物質、中性子物質、非対称エネルギーについて経験的な値と良く一致する値が得られた。つまりこの模型は、中性子過剰かつ高密度な領域で斥力が効き過ぎる(状態方程式が硬く成り過ぎる)という従来のRMF模型が共通して持つ問題を解決する模型だと言える。

 中性子過剰な領域に加えて高密度領域に対してもこの模型が適用可能かどうかを見る為に、中性子星に対する計算を行った。中性子星の最大質量とその時の半径を計算した。核物質の計算の場合と同様にこの模型から導かれる状態方程式は従来のRMF模型のものよりも軟らかい。その結果として他のRMF模型の値よりも小さな最大質量が得られたが、より観測値に近い値に成っており、この模型は中性子星のような高密度領域に対しても適用可能だと言える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は英文で8章(chapter)と補章(appendix)から構成されている。第1章は序論で、この研究の背景と問題の設定、それに対するこの論文の基本的方法の説明、そして論文の構成と残りの各章の簡単な要約が述べられている。第2章はこの論文で用いられる核構造を記述する相対論的平均場(RMF)模型についての概略が、第3章では、現実的核力から計算されたG行列と中間子交換力との比較によってこの論文で用いられる中間子交換相互作用のパラメータの決定する手順が詳しく述べられている。第4章では、相対論的平均場近似によるエネルギー密度と非対称エネルギーの解析的表式が書かれ、第5章において、中間子交換相互作用でとり込められていない近距離での相互作用の効果を考慮する為に、核子場の接触相互作用を導入する方法を提案している。第6章は、核物質にたいする数値計算結果が詳細に述べられ、第7章では、この研究で得られた中性子過剰高密度核物質の状態方程式をつかって中性子星の質量分布と上限質量が計算されている。第8章は終章で論文のまとめにあてられ、補章では、有限核で対相関を取り込めるように平均場近似を拡張した相対論的ハートレー・フォック・ボゴリューボフ(HFB)方程式が導出されている。

 この論文において筆者は、近年、重イオン衝突実験で研究が活発に行われている中性子過剰不安定領域核の記述に、核構造の記述で一定の成功を修めた相対論的平均場(RMF)模型を適用することを目指して、模型の改良とそのパラメーターの新しい決定方法を提案している。この論文では、この模型を使って核物質の状態方程式の計算を行い、それを用いて静流体平衡にある中性子星の質量分布と上限質量の計算を行ってこの模型の有効性を示している。

 従来の核多体論では、核子の2体散乱と2核子束縛状態(重陽子)を再現する現実的核力ポテンシャルをもちいて核内有効相互作用(G行列)を計算し、それを用いて有限核の性質を計算するというのが正攻法であった。一方、相対論的平均場(RMF)模型では、2体のポテンシャルという非共変的概念を捨てて、核子中間子相互作用を場の理論を用いて記述し、中間子場を古典場として扱う平均場近似のもとで、その中での核子の運動をディラック方程式によって記述する。中性(アイソスカラー)のスカラーとベクトル型の中間子場を用いた最も簡単なワレチカの模型では、核子場との湯川型結合定数を調整すると核物質のエネルギーと密度の飽和性と殻模型のLS力をうまく出せる。ただ、この模型を中性子過剰核に用いると過剰に結合してしまうという問題や、高密度中性子物質の状態方程式が硬くなり中性子星の上限質量が実際に見つかっている中性子星の質量よりかな

り大きくなってしまうという困難があった。

 この論文では、この困難を解決する相対論的平均場模型の改良を、アイソベクトル型のδ中間子場、π中間子場、ρ中間子場を加えて、核子場との擬ベクトル型とテンソル型の結合を含む相互作用を導入して行っている。その際、単純な平均場近似ではπ中間子場の寄与は残らないので、フォック項に対応する2ループのダイアグラムからの寄与も計算している。また、現実的核力ポテンシャルを使って計算したG行列の長距離成分とこの模型で計算した1中間子交換力をすり合せるという方法で結合定数を決め、それで調整されていない短距離相互作用の部分は核子場の4体フェルミ型の接触相互作用の導入によって記述するという方法をとっている。その際、パラメータの数を制限するためカイラル摂動法の真空偏極によるループ補正の計算と同じように対称性の制約をつかってパラメータの数を制限するという手法が用いられている。

 著者はこの模型を用いて核物質の飽和エネルギーや非圧縮率、非対称エネルギー等の計算を行い、実験値に近い値を出している。また、中性子物質の状態方程式を計算して、それを用いて中性子星の静流体平衡に対するオッペンハイマー・ボルコフ方程式を数値積分し中性子星の質量分布を決め、その重力崩壊に対する安定条件より中性子星の上限質量を求めている。その結果は太陽質量の1.59倍となっており、従来の相対論的平均場模型で得た結果が2倍以上であったのに対して、現在知られている中性子星の質量の上限に近くなっており、この点からも相対論的平均場模型の有効理論として適用範囲を広げ、不安定核を含む核構造への本格的な応用に道を開いたものとして大いに評価できる。

 この論文の一部は指導教官である大塚教授等との共同研究に基づいているが、本人の寄与が十分あり、博士号を授与するのに十分な内容であると審査員一致で判定した。

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