No | 119921 | |
著者(漢字) | 三木,弘史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミキ,ヒロシ | |
標題(和) | 回転分子モーターとエネルギー効率 | |
標題(洋) | Rotatory Molecular Motor and Its Energy Efficiency | |
報告番号 | 119921 | |
報告番号 | 甲19921 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4650号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ゆらぎと系の対称性に関する関係のひとつの興味深い例として、ATP合成酵素のFoと呼ばれる部分のダイナミクスを記述していると考えられるモデルについて考察を行った。図1のように、Foは生体膜に埋め込まれたタンパク質複合体で、cサブユニットが集まって構成された環(以下、c環と記す)の回転によってそのはたらきを行う。Foはモーターおよびポンプとしてはたらくこと:が知られており、モータープロセスにおいては水素イオンが膜をはさんだその濃度の差によって流れるエネルギーをc環の回転エネルギーに変換し、ポンププロセスにおいては、逆に外部(F1、図1参照)からの力によってc環の回転が駆動され、水素イオンを濃度勾配に逆らって膜の外側にくみ出す。すなわち、c環の回転という力学的なエネルギーと、水素イオンのチャンネル通過に伴う化学エネルギーを交換するはたらきをもっている。 このようなはたらきを、以下に述べるようなモデルによって記述する。c環を構成するcサブユニットはc環の表面に水素イオンの結合するサイトを1個もっており、そのサイトは膜のどちらの表面からもほぼ等距離のところにある。。水素イオンの通るチャンネルは、aサブユニットとc環の境界部分であり、そこには2つのサブユニットが入っている。一方は膜の外側から、もう一方は膜の内側からの水素イオンの経路がある(図1参照)。c環は周りの分子との衝突により拡散運動し、また外力によって図1において左方向へ回される。その運動はこのチャンネル内部のcサブユニットの水素イオン結合サイトの状態-水素イオンの結合の有無-によって制限される。水素イオンが結合していないときはサイトがイオン化による化学的な理由、もしくは構造上の理由によってcサブユニットの運動がチャンネルの内部のみに限定される。一方、すなわち、水素イオンがサイトに結合しているとき、そのcサブユニットの運動はチャンネルの内部に限定されない。膜の内部と外部の水素イオン濃度は異なるので、チャンネル内右側のサイトと左側のサイトの水素イオンの結合もしくは解離速度定数はおのおの異なっており、それは平衡系における詳細釣合を破っている。膜の外側の水素イオン濃度は内側のそれよりも高く、右のサイトに水素イオンが結合している確率のほうが高いので、c環は平均で右に回ることができる。モーターとポンプのきりかえは、c環に与えられる有効な外力の変化によるものであると考えた。言いかえると、モーターに対しては外力は負荷となり、ポンプに対しては駆動力としてはたらく。拡散による運動が外力に打ち勝つときモーター、外力が拡散より強いときポンプである。モーターとしてはたらくとき、これは時間、空間の反転非対称性を利用して、方向性のないゆらぎから平均して正味の方向を持つ運動を取り出す、いわゆるブラウンモーターの一種である。また、ポンプとしてはたらく場合、そのゆらぎ、拡散運動によってその有効なはたらきが乱されることになり、どのように有効に方向を持った運動を利用するかが問われることになる。 このモデルにおいては、同じエネルギー入力-モーターでは水素イオンの通過によるエネルギー、ポンプでは外力による回転エネルギー-であっても、他の条件に依存して、出力が変化しうる。筆者はその条件として具体的に、前述の化学反応速度と、対流-拡散系の緩和時間の逆数との大小関係が系の物理量のふるまいに大きな影響を及ぼすことを見出した。チャンネル内のサイトのtransition rateを〓(i=R,:L;j=in,out)と表す。たとえば、〓は、右側のサイトに水素イオンがついていないとき、おおよそ(〓)-1ていどの時間で膜の外側から水素イオンが結合することを意味する。また、緩和時間Trelaxは、系の拡散係数D、粘性係数γ(この2つは、アインシュタインの関係式D=γkBTをみたす;kBはボルツマン定数、Tは系の温度)、および外力γを用いて、Trelax=D/(γτ)2とあらわされ、cサブユニットがチャンネルの境界をまたいで動くときの特徴的な時間をあたえている。したがって、これらの大小関係は、cサブユニットのチャンネルの境界をまたいでの運動が水素イオンの結合、解離によって制御されることを示しており、この調整によってエネルギー変換のロスをもたらす過程を抑えることが可能であると考えられる。いくつかの物理量のこの大小関係の変化への依存性、とくに、モデルのエネルギー変換効率、すなわちエネルギーの出力/入力の比が高くなるための条件について重点を置いて考察した。 モータープロセスにおいては、エネルギー効率は実際に外力に逆らって移動するのに費されるエネルギーを、水素イオン1個通過するときのエネルギーと通過の個数との積でわったもので定義する。このプロセスにおいてもっともエネルギー効率が高くなるとき、これらの量が満たすべき不等式は (1) である。いくつかのtransition ratesの相互の不等式は、膜の内外の水素イオンの濃度の差や、生体において妥当と思われる条件などによりあらかじめ決まる。不等式〓>〓は、外力によってc環が左方向に押し流されないために必要な条件であると解釈される。水素イオンの流れと生み出される回転は必ずしもタイトに結合しておらず、回転を生み出すことなく水素イオンがチャンネルを通り抜けてしまうという形でエネルギー変換のロスが生じうる。不等式〓>〓はこのエネルギーロスを抑える役割をもつ。 いっぽう、ポンププロセスに関しても同様の議論を行うことができる。こちらのプロセスにおける効率は、モーターの場合とは逆に、水素イオンが濃度句配に逆らってチャンネルを通るのに必要なエネルギーの総量を外力によってあたえられたc環の回転のエネルギーでわることで与えられる。エネルギー効率が高くなるために要求される不等式は、 (2) である。Tloadはもうひとつの力学的なプロセスに関する量で、外力によってcサブユニットがチャンネルの境界を越えて動くときの特徴的な時間を表す。ポンププロセスでは、有効なエネルギー変換を妨げる2つのプロセスがある。ひとつは、水素イオンのポンプを行わずにc環が空転することであり、もうひとつはc環が外力によってポンプとしての方向に回転しているにもかかわらず、拡散運動を利用して水素イオンが濃度勾配に沿ってチャンネルを通過する逆流現象である。不等式〓>〓は第1のプロセスを、不等式〓〓〓と〓>〓は第2のプロセスをそれぞれ抑える意味をもつ。また、ポンププロセスにおいて外力の変化について効率がどう変化するか調べたところ、ある有限の値にたいして最大値をとることがわかった。 2つのプロセスに対して導かれた不等式を比較すると、要求される反応速度相互の大小関係は一致している。また、外力が変わることによって両方の不等式を満たすことが可能であることがわかった。この意味で、導かれた2つの条件は矛盾していない。 このような異なる種類の特性時間の関係によって系のふるまいが変化することは、系の詳細によらない普遍的なものであり、他のブラウンモーター系においても同様の性質が成り立つものと考えられる。 図1:ATP合成酵素。アルファベットで表された部分がFoを、ギリシャ文字で表された部分がF1をそれぞれ形成する。水素イオンはaとc環の境界を通り、影のついた部分が回転することでそのはたらきを行う。図において膜の上部が膜の内部を、下部が外部を表す。水素イオン濃度は常に外部のほうが高くなるよう保たれている。モーターにおいてはc環は図で右方向へ、ポンプでは左へ回転する。 | |
審査要旨 | 生体膜に埋め込まれたタンパク質複合体Foは、膜内外のプロトン濃度差を利用して回転するモーターであると共に、回転力によってプロトンを輸送するポンプとしても機能する。本論文では、Foのモーター・ポンプとしての機能をブラウニアン・ラチェットの原理を導入してモデル化し、そのエネルギー効率を評価した。 本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、小さな系における熱ゆらぎの影響、ブラウニアンモーターの概要、Foモーターの概要、論文の目的と構成が述べられている。 第2章では、Foの機能をモデル化する方法が述べられている。Foの回転を4種類のプロトン遷移速度定数や緩和時間等を導入することでモデル化し、フォッカー-プランク方程式を用いて定式化を行い、その解を導いている。更に、平均回転速度とプロトン移動率を導出している。 第3章、第4章では、Foの振る舞いが具体的に解析されている。第3章では、モーターとして機能するときのFoのエネルギー効率が調べられている。まずモーターとして機能する際のプロトン移動の効率的プロセスと非効率的プロセスについて定性的に述べ、エネルギー効率を定義している。更に遷移速度Kを導入し、その大きさに対する平均回転速度、プロトン移動率、エネルギー効率を解析している。そしてエネルギー効率が最大となる場合にプロトン遷移速度定数と緩和時間が満たすべき大小関係を明らかにした。第4章では、外部から回転力が与えられたときのプロトンポンプとしてのFoのエネルギー効率が調べられている。第3章と同様に、プロトン移動の効率的プロセスと非効率的プロセスについて定性的に考察している。また、遷移速度Kの大きさに対する平均回転速度、プロトン移動率、エネルギー効率を解析している。そしてエネルギー効率が最大となる場合にプロトン遷移速度定数・緩和時間および回転力が満たすべき大小関係を明らかにした。 第5章ではまとめと今後の展望について述べられている。 本論文は以上のように、Foのモーター・ポンプとしてのメカニズムをブラウニアン・ラチェットの原理を導入して解析すると共に、エネルギー効率が高くなる場合のプロセスや条件を提示して新たな知見を与えている点で意義があると認められる。 なお、本論文第2章、第3章、第4章は佐藤昌利・甲元眞人との共同研究であるが、論文提出者が主体となってモデル化及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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