学位論文要旨



No 119923
著者(漢字) 渡辺,英徳
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,エイトク
標題(和) 超対称性のある閉弦の場の理論において境界状態が満たす非線形関係式
標題(洋) Nonlinear Relations among Boundary States in Supersymmetric Closed String Field Theories
報告番号 119923
報告番号 甲19923
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4652号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 弦の場の理論を用いて、境界状態の間に成り立つ非線形方程式を議論する。弦理論は素粒子間の相互作用を重力まで含めて無矛盾に記述する量子論であると考えられている。現在弦理論の持つ性質を理解すべくさまざまな研究が行われている。

 私はタキオン凝縮に代表される弦理論の非摂動的な振る舞いを理解するため、弦の第二量子化に基づいた理論を考察してきた。弦理論には非摂動的な自由度としてDブレインが存在するが、これは開弦の端が束縛される面であると同時に閉弦の吸収・放出をする源とみなすことができる。後者の立場にたった場合、Dブレインは閉弦を通して記述することができ、具体的にはDブレインから放出された閉弦を表す境界状態により表されると考えられる。この魔界状態を閉弦の場の理論で考察し、それらの間に成り立つ非線形な関係式(冪等方程式)を得た。さらにこの方程式の解に許される変形には、開弦の質量殻条件が課されることを見つけた。加えてベクトル的な変形には横波条件も導かれる。冪等方程式は弦の相互作用を表すリーマン面上のDirichlet条件が課された2つの穴が融合し、1つになる過程を表していると考えられる。

 本論文では、冪等方程式をまずボソン的閉弦の場の理論を用いて2通りの方法で証明する。まず、弦の場の理論の振動子表示を用いて忠実に計算を実行する。次に共形写像を用いて弦の場の理論を再定式化し、より一般の共形理論を背景とする場合に証明を行う。次にそれぞれの方法で冪等方程式の解の変形には開弦の質量殻条件が課されることを示す。

 後半では以上のボソン的弦理論での結果を超対称性のある閉弦の場の理論へ拡張するための試みを議論する。ボソン的閉弦の場の理論には主に畑-伊藤-九後-国友-小川によって提唱されたHIKKO型と呼ばれるものと、九後-国友-末広およびZwiebachによって提唱された非多項式型があり、私は、ボソン的な場合に冪等方程式を証明する際に主にHIKKO型の理論を用いて議論した。超対称性を持つLorenzt共変な閉弦の場の理論は未だ満足に建設されていない。特に、HIKKO型開弦理論においてはその一部である3弦相互作用のみが作られている。これは開弦の理論としては不十分であるが、閉弦の相互作用としては充分であると考えられる。そこで、私は超対称性を持つ開弦の3弦相互作用を閉弦の場合に拡張し、その上で冪等方程式を議論しようと試みているが、この場合は必要なノイマン行列の相互の関係を得るに至っていないため、議論が完結していない。一方光円錐ゲージでのII型超弦の場の理論はすでに知られており、最近ではpp-wave背景中の弦の相互作用を表すものとして注目されている。私はこの光円錐ゲージの超弦の場の理論においても冪等方程式が成立していると推測し、それを示すための解析を行った。

 本論文では以上の研究をまとめ、解説している。

審査要旨 要旨を表示する

 重力を含めた相互作用の統一理論の構築に向けて、超弦理論はすでに30年を越える研究の歴史があるが,ここ10年位ほどの間に起こった新展開によりその内容の深さがますます認識されてきた.特にそれまではほとんどわかっていなかった超弦理論の非摂動的な側面について飛躍的な進展がなされた.そこで鍵になる役割を果たしているのは,D.ブレーンと呼ばれる弦理論の新しい自由度である.Dブレーンは,摂動的な弦理論の描像では,開弦の端点によって記述されるが,弦理論特有の自己完結的性質により,弦とは異なった力学的実体とみなせる.Dブレーンは,弦のラモンーラモン(RR).セクターの基底状態であるゲージ場に関する保存チャージを有する場合には安定に存在できるが,そのような安定なDブレーンの他に様々な不安定なDブレーンも存在する.弦理論で無数に可能な摂動的な真空状態の間の相互関係や,その間で起こりえる相互転移の力学を調べるには,Dブレーンを取り入れた摂動論を越えた取り扱いが不可欠である.

 そのような方向に向け,弦の非摂動的な定式化としてもっとも古くから議論されているのは,原理的には弦の生成・消滅を取り扱うことが可能な方法論である弦の場の理論である.この立場からのDブレーンに関するこれまでの仕事の多くはDブレーンが開いた弦の端点のなす超平面に他ならないことから,開いた弦の場理論を用いるものであり,過去数年でざまざまな進展がなされた.これに対し,本論文では,閉じた弦の立場ではDブレーンを閉じた弦の源としての境界状態(|B>)と呼ばれる特別の状態として定式化できることに着目し,この境界状態そのものを閉じた弦場理論のある種の力学的方程式によって特徴づける可能性を探究した.それによって,本論文で"Idempotency relation"(冪等関係式)と呼称される関係式

|B>*|B>〜 k|B>

が成り立つことをボソン弦の場合についていくつかの異なった方法により示し,さらにフェルミ弦を含む超対称弦理論への拡張を議論した.

 次に各節の概要を述べる。序論である第1節では本論文の背景である最近の弦理論の発展,特にDブレーンの弦場理論による定式化に関するこれまでになされたアプローチによる結果とその特徴,残された課題等を論じた.

 次に本文に入り第2節は,本論文の以後の議論への準備として,境界状態の基本的性質が纏められている.第3節では,共変的弦場理論の具体例として知られているいわゆるHIKKO理論の概要について説明がなされている.第4節では,まず前章で議論したHIKKO理論で定義されている弦場の積の規則に基づいて,Idempotency relationの導出を,二つの異なった方法で遂行している.一つは,演算子形式により直接境界状態の積を計算する方法である.二つ目は,共形場の理論の方法を援用して共形写像を用いて弦場の積を計算する方法である.ただし,二つ目の方法では,弦の積の定義において境界状態に対する条件が保存されるという必要条件の議論にとどまっている.さらに,共変的弦場理論で通称Witten型と呼ばれる弦場の積の定義の場合についても同様な関係式が成立することが示されている.続く第5節では,前節で導かれた関係式に対して微小な摂動を加えたときに,この関係式を保存するために摂動が満たすべき条件を分析している.特に,摂動として境界上に開いた弦の頂点演算子を挿入した場合について,開いた弦の自由伝播に対応する質量条件および横波条件が得られている.次に,第6節は本論文の内容のうちこれまではまだ公表されていない部分であり、超対称性のある弦理論への拡張が論じられている.第4節で導かれたボゾンの場合の関係式における係数kは実は発散を含んでいるが,この発散はボソン弦に含まれる虚数質量状態(タキオン)によっているという議論が可能である.それによれば,超対称性理論の場合には,真空が超対称であればタキオンが存在しないので,この発散は避けられると予想される.このような性質を確かめる上でも,超対称な場合への拡張は重要である.しかし,共変的な閉弦場の定式化では超対称性の十分に満足のゆく定式化は,いまのところ知られていないのが現状である.このため本論文では,まず光円錐量子化方による非共変的弦場理論での弦場の積を用いて議論している.相互作用項のいわゆるprefactorを無視する近似での計算により,この場合でもボソン弦と同様なIdempotency relationが成立しているのが確からしいことが,Dインスタントンの場合を例として議論されている.ただし,近似の不十分さのため,係数が有限になるかどうかについては確定的な議論はできていない.しかし,少なくともボソン弦の場合より発散の程度は落ちる事は明確にされている.次に,RNS形式に基づいたHIKKO型の弦場の積の場合に同様な議論をして,係数の発散の程度が確かにDブレーンの持つ超対称性に応じて変化することを示す証拠が提出されている.以上が本論文の主要な内容である.本論文にはさらに,付録としてA-Iまでの節に分けて本論文の計算に必要な弦場相互作用の数学的性質が論じられている.

 以上のように、本論文は閉弦の場の理論に基づき,Dブレーン状態の特徴づけについて考究し,Idempotency relationという新しい関係式の存在を示し,その意味について摂動論に基づく考察を行なった.この関係式の弦の力学の立場からの有効性や解釈などについてはまだ解明されるべき点もいくつかあるが,これまでと異なった視点から新しい関係式を見いだしたことは,この分野の進展にとって有用な新知見であり,本論文は博士論文として十分な内容を備えている。

 なお本論文は,松尾泰,岸本功との共同研究に基づくが,論文提出者が主体となって計算および分析を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 よって、審査委員会は全員一致で本論文が博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。

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