学位論文要旨



No 119925
著者(漢字) 富田,浩行
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ヒロユキ
標題(和) I型活動銀河核の可視、近赤外領域における連続光変動成分の研究
標題(洋) A study of the variable continuum component of typeI AGNs in the optical and near-infrared wavelength regions
報告番号 119925
報告番号 甲19925
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4654号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 教授 尾中,敬
 国立天文台 教授 野口,邦男
内容要旨 要旨を表示する

MAGNUM (Multicolor Active Galactic Nuclei Monitoring) プロジェクトは専用の望遠鏡と観測装置をハワイマウイ島ハレアカラ山頂に設置し、多数の活動銀河核を可視と近赤外線波長域で長期間にわたって観測するプロジェクトである。プロジェクトでは、新たに考案した距離決定の原理により、得られた観測データから天体までの距離を決定し、宇宙論パラメータを決定する試みを進めている。その距離決定の原理は、次のようなものである。

 活動銀河核の中心部には、高温の降着円盤が存在し、その周りをダストトーラスが取り巻いており、中心降着円盤の放射を受けて温められ赤外線を再放射していると考えられている(図1 左)。降着円盤に近い領域ではダストは昇華温度を越え存在できないが、そのダストの存在できない領域の大きさは中心降着円盤の紫外線放射強度を反映する。ここでもし中心降着円盤の紫外線放射強度が変動した場合、ダストトーラスからの赤外線の再放射は、降着円盤とダストトーラスとの距離分だけ遅れて変動する事になる(ダスト反響, 図1 右)。降着円盤からの紫外線と可視光の放射は同期して変動する事が知られているので、観測では、可視と近赤外線の変動時間遅延を測定し、これを中心降着円盤とダストトーラスの距離に相当するものと考え、そこから中心降着円盤の絶対光度を推定し、それと見かけの明るさを比較する事によって観測した天体までの距離を決定する。

 ダスト反響はこれまで多くの活動銀河核で確認されているが、より正確に中心降着円盤とダストトーラスとの距離を測定する為には、降着円盤の赤外波長域でのスペクトルと、ダストトーラスの温度構造について知る必要がある。すなわち、降着円盤の赤外線放射やダストトーラスの温度構造が存在していて、近赤外波長域の見かけの放射変動に関係すると考えられている。

 こういった背景のもと、本研究ではMAGNUM プロジェクトによって得られた11 個の活動銀河核の可視と近赤外波長域での高精度光度曲線を基に、新しい連続光変動成分解析の方法を用いる事によって活動銀河核の降着円盤とダストトーラスの構造を明らかにする事を試みた。

 本研究では、恒星に比べ大変温度が高い活動銀河核の降着円盤(〜数万度) と非常に温度の低い(〜1500 度)ダストを研究の対象としており、装置の校正を行い信頼性を確認する事が重要であった。そこで、多数の標準星の観測結果から装置の性能を評価し、MAGNUM 望遠鏡とMIP (Multicolor Imaging Photometer) 観測装置が非常に高い精度で天体の測光を行う能力がある事を確認した。

 このMAGNUM 望遠鏡により観測されている活動銀河核の中から11 個を選び、解析を行った。活動銀河核は必ずその母銀河と共に観測され、その影響が大きい上に、その影響を正確に取り除く事が困難である事が問題になっていた。そこで本研究では、母銀河等の影響を受けない変動成分のみに注目して降着円盤成分とダストトーラス成分の解析を行う事とした。

 可視域の降着円盤成分のスペクトルを得るために、Flux Variance Gradient(FVG) 解析(Choleniewski (1981),Winkler et al.(1992)) を適用した。赤外域においては、ダストトーラスの放射の他に、降着円盤からの赤外線放射とダストトーラスの温度構造を考慮に入れる必要がある。そこで本研究ではこれらの要素を考慮に入れ、変動成分を降着円盤とダストトーラスの各成分に分離する変動成分解析の方法を新たに考えた。この解析は、重回帰分析を基本としたもので、降着円盤の可視-赤外波長域のスペクトルとダストトーラスの赤外波長域のスペクトル、さらにダストトーラスからの放射変動の赤外バンド間時間遅延を得る事ができる。

 これらの変動成分解析を行った結果、降着円盤のスペクトルは、可視から近赤外波長域においておよそ周波数の0 から0.5 乗のベキ型スペクトルを示す事がわかった。このスペクトルは、多数の活動銀河核に対してFVG 解析を可視波長域において行ったWinkler et al. (1992) やWinkler (1997) の結果と良く一致した。しかし、得られたスペクトルは、LBQS (Large Bright Quasar Survey) やSDSS (Sloan Digital Sky Survey) 等の大規模サーベイ観測によって得られた活動銀河核のcomposite spectrum に比較してかなり青い。活動銀河核が明るくなるとスペクトルが青くなると言う報告と変動成分の解析が母銀河等の非変動成分の影響を受けない事を合わせて考えると、過去の観測、報告は、母銀河等の赤い非変動成分に青い降着円盤の変動成分が合わさったものを見ていた、すなわち母銀河等の影響が非常に大きかったと考える事ができる。

 得られた降着円盤のスペクトルと、最近のNGC7469 やArk564 における紫外から可視領域における変動時間遅延の波長依存性の観測結果(Collier et al. 1998, Collier et al. 2001) を合わせて考えると、標準降着円盤がその中心から照らされている、反射標準降着円盤が存在していると考える事ができる。また、降着円盤成分についておよそ一定のベキ型スペクトルが近赤外波長域まで伸びていた事から、降着円盤が赤外線を放射する領域まで広がって存在していると考える事ができる。標準円盤モデルにおいてこの距離は典型的なSeyfert 型活動銀河核で、中心からおよそ1000Rg(Rg=GM/c2)になり、これはBroad Line Region (BLR) が存在すると考えられている領域とかなり近く、降着円盤の最も外側はBLR と相互作用している可能性が考えられる。さらに、得られた降着円盤の可視近赤外スペクトルをより詳しく調べると、可視領域において赤いものは、可視-赤外のカラーも赤くなる傾向を示し、活動銀河内部での減光による効果が示唆された。

 一方、重回帰分析によって抽出された赤外領域におけるダスト成分の温度は、1500 度から2000 度の狭い範囲に分布し、1750 度の黒体放射が全体を最も良く表す事ができた。この温度はダスト(graphite grain) が昇華する温度によく一致し、抽出した赤外放射成分はダスト分布の最も内側の昇華温度付近まで温められた所から放射されていると考える事ができる。

 また、7 つの活動銀河核については、降着円盤からのスペクトルの近赤外域への混入を除いても、有意にダスト放射が波長に依存した変動時間遅延を持っている事が示された。これは、ダストトーラスの温度構造についての重要な情報であり、今後のダストトーラスモデルの研究に役立つものと期待される。

 また、本研究において観測していた天体の一つについて、ダスト反響現象に関する大きな発見があった。z=0.35 の遠方にあるRXJ2138.2+0112 の可視赤外光度曲線から可視と赤外(K バンド) に200 日の変動時間遅延を観測した。この天体については重回帰分析を適用する事ができなかったが、降着円盤のスペクトルについて反射標準降着円盤のスペクトルを仮定して赤外波長域から差し引いた所、ダストトーラス成分の色温度が重回帰分析によって得られたダストトーラス成分の色温度と一致した。従って、この時間遅延の観測は、中心降着円盤とその回りのダストトーラスの最内縁の距離が200 光日であることを示していると考える事ができる。そして、この結果は近傍活動銀河核における中心光度と可視赤外時間遅延の関係(Minezaki et al. 2004) と良く一致しており、本研究におけるこの結果はダスト反響モデルが宇宙論的距離にある天体においても成立する事を観測的に示した事になる。

 本研究によって、降着円盤とダストトーラスの各成分についてより正確な理解を得る事に成功した。この理解のもとに本研究にて解析した11 天体の観測結果から、降着円盤の明るさを示す可視放射(V バンド) とダストトーラスの明るさを示す赤外放射(K バンド) の絶対等級を計算した。すると両者は非常に相関の良い傾き1 の比例関係にある事がわかった。このことは、活動銀河核中心から見たトーラスの立体角が明るさによらず一定であり、ダストトーラスの大きさが中心降着円盤の明るさだけで決まっている事を示している。

図1: ダスト反響モデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、活動銀河核(AGN)の可視・近赤外線波長域における高精度光度曲線を用いて、AGN の構造を明らかにすることを試みたものである。この研究に使える光度曲線を得るためには、2-3 年以上にわたる光度変化の高精度モニター観測が必要であるが、論文提出者は、それを実現するためのMAGNUM プロジェクトにその立ち上げ期から長期間参加し、観測装置の開発と測光精度の確認及び大量のデータ処理システムの開発に重要な貢献をした。

 論文は7 章よりなる。第1 章のイントロダクションでは、AGN の構造に関する現在の知識と未解決の問題が記述されている。AGN の中心にはブラックホールがあり、周囲から吸い込まれる物質からなる高温の降着円盤がブラックホールを取り巻いている。そのさらに外側に塵(ダスト)を多く含む物質が円環状に分布していると考えられ、ダストトーラスと呼ばれている。可視光領域では降着円盤からの放射が支配的で、近赤外線領域ではダストトーラスからの熱放射が主な寄与をする。本論文では未解決の問題の一つである変動成分を主に扱う。

 第2 章では、使用した口径2m のMAGNUM 望遠鏡と多波長カメラの解説、及び多数のフィルターを有する測光システムの特性と較正結果が述べられている。第3 章では、今回の観測対象とした6 個のAGN の選定と、観測の戦略及び手順が述べられている。今回選んだ6 個は、降着円盤とダストトーラスをほぼ正面から見ていると考えられているセイファート1 ないし1.5 型に属する。第4 章はデータの処理・整約と明るさの測定及び誤差の評価にあてられている。膨大なデータの半自動処理システムの構築、誤差の評価方法、AGN からの放射のみを取り出すための母銀河成分の差し引き法などには論文提出者独自の工夫が凝らされている。

 第5 章と第6 章に、本論文の中心となる解析方法とその結果及びAGN の構造に関する新しい知見が述べられている。解析は先行する研究で得られていたデータを加えて、11 個のAGN に対して行った。可視光と近赤外線の波長帯で観測した光度曲線は時間変動を示す。論文提出者はまず、従来から行われているFlux Variance Gradient (FVG) 解析という手法を用いた。その結果、可視光領域における連続光の変動成分は冪指数型スペクトルfν ∝ vα (α 〜 0 - 0.5) でよく表現できることを示した。この結果は近年の大規模な二つのサーベイから得られたAGN の平均スペクトル(α = -0.3 〜 -0.4) よりかなり青い。従来の結果がバルマー連続光や鉄の輝線の寄与等により影響を受けていた可能性もあるが、AGN の変光に関する新しい物理が潜んでいる可能性も捨てきれない。

 一方近赤外線領域における連続光の変動は、異なる色を持つ複数の成分からなっていることがFVG 解析から示唆された。そこで論文提出者は、独自の手法に基づく重回帰分析を行った。この分析に用いたモデルでは、近赤外域での変動は、降着円盤からの放射(可視光の変動に同期する)とダストトーラスからの放射の和からなるとする。ただし、後者は、近赤外域にある波長帯の間でも変動に時間差があると仮定する。このモデルで観測結果がよく説明できることが示された。特に3 個のAGN においては、統計的に有意な、波長に依存する変動の時間差が求められた。これはダストトーラスの温度構造に関する重要な情報である。モデルから得られた降着円盤からの近赤外域での放射は、可視域と同様にfν ∝ vα (α 〜 0 - 0.5) で表現できた。従って、降着円盤からの放射の変動は、可視から近赤外の広い波長範囲で同じ冪指数α を持つことがわかった。重回帰分析から得られたダストトーラスからの熱放射の温度は、1500-2000K の狭い範囲に集中し1750K が代表値であることがわかった。この温度はダスト(graphite grain) が蒸発する温度に一致しているので、熱放射は、トーラスの最も内側の高温部分から放射されたと考えることが出来る。

 さらに、赤方偏移z =0.35 にあるAGN において、可視光バンド(V,R,I の合成)と赤外K バンドの間に200 日の変動時間遅延が観測された。標準的なダスト反響モデルによると、このことは、中心の降着円盤とダストトーラスの最も内側の距離が200 光日であることを示している。ダスト反響モデルはこれまで近傍のAGN に適用され、AGN の光度と可視一赤外の変動遅延時間の関係が求められているが、このAGN のデータもその関係に合致する。従来の最遠方記録はz =0.165 であったので、今回の観測は、ダスト反響モデルの適用可能性をさらに一歩遠方に広げたものである。これは、ダストトーラスからの放射を分離できる新しい解析法を用いた結果可能になったものである。

 第7章は全体の要約で、さらに補遺として、重回帰分析の詳細とその結果の統計的有意性を示すグラフ、観測された光度曲線の数値データがまとめられている。

 以上要するに、論文提出者は長年の取り組みによって、AGN の光度曲線を長期にわたりモニター観測するシステムの構築に貢献し、それによって得たデータの解析から、AGN の構造に関する多くの新たな知見を得た。この論文の背景となるMAGNUM プロジェクトは、吉井譲、小林行泰、峰崎岳夫、塩谷圭吾、菅沼正洋、青木勉、越田進太郎、山内雅浩、Bruce A. Peterson の諸氏との共同研究であるが、本論文に関しては論文提出者が中心となってデータ取得、解析、解釈を行ったもので、その寄与は充分と判断する。

 以上により、委員会は論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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