学位論文要旨



No 119927
著者(漢字) 小山,友明
著者(英字)
著者(カナ) オヤマ,トモアキ
標題(和) 銀河系中心近傍メーザー源の固有運動精査
標題(洋) Accurate Measurements of Proper Motions of Maser Objects around the Galactic Center
報告番号 119927
報告番号 甲19927
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4656号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
 東京大学 助教授 奥村,幸子
 国立天文台 助教授 和田,桂一
内容要旨 要旨を表示する

我々の銀河系中心近傍数pc、そしてその中心に位置するSgrA*は近年X線、赤外線の観測技術の進歩により、様々な描像が明らかになりつつある。特にはSgrA*(距離8kpc)を焦点とする近傍の星の運動計測が赤外線によって精密に行われ、近点距離124AUまで近づいた星の速度が5000km/sである事が発見され、またそのケプラー回転軌道からSgA*の質量4×10^6太陽質量を導き、その大部分が巨大ブラックホールの質量である確証が得られつつある。

 しかしながら赤外線で固有運動が測定可能な領域は視野の制限から(30×30")中心0.2pc以内に限られる。より外側(0.2-100pc)の領域について固有運動を用いて議論するには電波等別の方法で探査する必要がある。またその3次元運動の軌道決定にはSgrA*本体を赤外線で検出する事が困難な事から、赤外線のマップ上でのSgrA*の位置の不確定性がその軌道決定、しいては質量推定精度等に影響を及ぼす。近年多数発見されているX線、赤外線、電波でのFlareの位置の同定には座標系の一致が必要であり、これはBHやその周りの降着円盤の性質を知る上で大変重要である。

 そこで我々は固有運動による質量分布導出、赤外、電波の座標系一致等を目的に、銀河系中心数pcに存在する赤外線で明るくかつ一酸化珪素メーザーの付随する晩期型星に着目した。晩期型星の観測は過去にも視線速度等大規模にサーベイされてはいるが固有運動も含めた3次元速度の精査については、銀河中心8kpcでは40km/sの運動が1mas/yearと大変小さい事から装置的な制約もあり、イメージ検出にとどまり、精査されていなかった。

 そこで我々はメーザーが点源でなく、空間的、速度的に複雑な分布をしている事からVLBAにより個々のメーザーフィーチャーを同定し、高精度な固有運動を得る目的で8epochのモニター観測を実施した。(2001年5月〜2004年3月)。手法として、銀河中心に位置する弱いメーザー源(数100mJy)を検出する為に、位相補償VLBIによる長時間積分を実行し、銀河中心では数masの領域に広がるメーザー源の速度、空間構造を詳細に精査し、VLBI初検出であるSIO13を含むIRS10EE,IRS15NEの3っの晩期型星の固有運動を0.1mas/yearを超える精度で検出する事に成功した。それにより、過去のVLAで行われた結果と比較し、IRS10EEのEast方向速度成分において、計測精度が向上し、その結果SgrA*が恒星系に対して動いている可能性を示唆する結果を得た。また固有運動と視線速度の結果から3次元空間速度を導き、その値を用いて各星の銀河中心からの投影距離以内にある質量の下限値を推定し、一例として0.34pc以内に含まれる質量下限値を0.32×10^6太陽質量と見積もった。一方で円運動を仮定し3次元の位置を推定する事により、質量分布関数を得た。これらの結果は位相補償長時間積分を行った天体の位置計測精度が0.1masを切る精度で達成可能な事を示すものであり、今後多数の銀河中心に存在する弱い(約1Jy)メーザー源の付随した晩期型星を国立天文台で推進されている位相補償VLBI専用装置VERAで観測することにより、固有運動を精査し、銀河中心の力学構造、回転曲線等を詳細に導く事ができる事を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、我々の銀河系中心近傍数パーセック以内に分布する晩期型星に付随する一酸化珪素メーザー輝線源について、超長基線(VLBI)電波観測を行い、視線速度と固有運動の測定から3次元運動を推定し、銀河系中心のブラックホールの質量に精度のよい制約を与え、かつ中心ブラックホールとその近傍の恒星系の相対運動を検出した結果について述べた論文である。

第1章では、銀河系中心ブラックホール質量の測定についての従来の方法と結果が要約され、本電波観測を行う意義について述べている。従来、Sgr A* 近傍の星の運動計測が赤外線によって精密に行われ、中心ブラックホールの質量が導かれているが、赤外線で固有運動が測定可能な領域は視野の制限から中心0.2 パーセック(30"×30")以内に限られ、より外側の領域での固有運動を測定するには、電波等別の方法で探査する必要があることが強調されている。特に、3 次元運動の決定には、固有運動と視線速度を同時に測ることのできる、電波輝線のVLBI 観測が有利であり、そのために一酸化珪素メーザー源をもつ晩期型星に着目して、観測計画をたてた経緯について述べている。

第2章では、VLBI 観測法を詳細に解説している。特に本研究で銀河系中心に初めて適用した、位相補償干渉計によるVLBI 観測の原理と有効性について論じている。

第3章と4章では、観測の実際とデータ整約の方法が述べられている。観測には、米国のVLBA を使用し、2001 年5 月から2004 年3 月の4年間8回にわたって、銀河系中心1〜2パーセックの領域に広がる3個の晩期型星の一酸化珪素メーザー源、すなわちVLBI 初検出である天体SIO 6、およびIRS 10EE, IRS 15NE について、固有運動と視線速度のモニター観測に成功した。メーザー源が星の周りに分散する強度が弱い点源群であることによる困難を克服するために、論文提出者は、位相補償VLBI による長時間積分を実行した。その結果、固有運動を、0.1 ミリ秒角/年を超える精度で測定する事に成功した。本研究の特色である位相補償干渉法によって、この領域では世界最高の精度を達成したことは、観測およびデータ解析技術の観点から高く評価される。また銀河系中心1〜2パーセックの領域における星の精密な位置速度計測としては、他に追随を許さない精度の研究であり、今後の発展が期待される。

第5章と6章では、観測の結果と誤差の見積もり、およびそれをもとに考察した結果が述べられている。高精度の固有運動と視線速度の測定から、まず、銀河中心のこれらの星がSgr A*に対して、毎秒20 km の速度で動いているとする結果を得たが、これは、銀河系中心におけるブラックホールの形成に重要なデータを与えるものであり、本論文の中でも特に高く評価される。さらにメーザー源の3次元運動から、中心ブラックホール質量の下限値を1.9×106 太陽質量と見積もり、新たな下限値を与えたことも重要な成果である。これらに加えて、晩期型星からの質量放出に関して、有用なデータを提供しており、銀河系中心領域の恒星物理という観点からも興味ある研究であり、今後の発展が期待される。

第7章は、全体のまとめである。

本研究は出口修至、三好真氏らとの共同研究であるが、観測、データ解析、考察の各過程において、論文提出者が中心的な役割を果たしていると判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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