学位論文要旨



No 119928
著者(漢字) 山田,善彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシヒコ
標題(和) 分光学的年齢と金属量を用いた楕円銀河の星の種族の研究
標題(洋) Stellar Population Study of Elliptical Galaxies Using Spectroscopic Age and Metallicity
報告番号 119928
報告番号 甲19928
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4657号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 家,正則
 東京大学 教授 小林,秀行
内容要旨 要旨を表示する

 楕円銀河は宇宙において最も普遍的に存在する天体である。また、楕円銀河は星生成の元となるガスを殆ど持たず、渦状銀河のような特徴的な構造も持たない。その数の多さと構造の単純さ故に、多くの研究がなされてきた。楕円銀河における、明るいものほど色が赤いという色-等級関係や、表面輝度・有効半径・速度分散で定義される基準平面の存在は、楕円銀河の形成が宇宙の初期にあった事の証拠だと思われてきた。遠方の銀河団に於ける楕円銀河の色等級関係の存在も、楕円銀河の形成時期はz〓2であり、ここ100億年以上星生成を行っていないことの証拠だと思われてきた。しかし、近傍銀河のスペクトルの分光観測に因れば、年齢が数十億年といった若い星を持つ銀河も存在する事がわかってきた。

 年齢は、銀河の中でどのような世代の星が支配的か、楕円銀河の星が古いのか新しいのかを直接語る量であり、年齢を求めるために様々な研究が行われてきた。しかし、楕円銀河のスペクトル中では年齢と金属量の効果が縮退しており、測定する事が極めて難しかった。Worthey(1994)は水素のバルマー吸収線Hβの吸収線指標が年齢に対する感度が比較的高い事を発見した。しかし、この吸収線指標も依然として年齢と金属璽の縮退を完全に解いたとは言えず、さらに輝線の補正にも不安が残る物であった。Vazdekis&Arimoto(1999)はHγσという吸収線指標を定義し、これを用いれば金属量を知らなくても年齢が測定できる事を示した。HγはHβよりも輝線の影響を受けにくく、この点に於いてもHβの吸収線指標よりも優れている。これを用いてVazdekis et al.(2001)とNakamura(2001)はそれぞれ6個の乙女座銀河団の楕円銀河と7個のフィールド楕円銀河の年齢を測定した。前者は銀河団の色等級関係が主に金属量の違いによるもので、楕円銀河は古いという結論を、後者は楕円銀河の中には二次的な星生成を行ったものがある可能性を示した。

 本研究では、上記2つの研究と同じHγσを用いる方法を使うが、銀河数・等級(質量)を従来の研究より大幅に拡張、近傍の楕円銀河27個の年齢を測定した。さらにこの指標と金属吸収線の指標を組み合わせる事により、元素ごとの金属量も求めた。重元素は主に星の内部で作られ超新星爆発や恒星風により星間裂間に放出されるものである。例えば、鉄は主に星生成が始まってから10億年程度経たないと発生しない白色矮星の爆発によるIa型超新星から、マグネシウムなどのα元素は大質量星の爆発によるII型超新星爆発から、炭素や窒素は進化が進んだ星から放出される。このことから金属量は様々な星の進化タイムスケールを反映したものであり、銀河に於けるこれらの組成比がわかれば、星生成史を探る事が出来る。

 乙女座銀河団にある14個の楕円銀河をすばる望遠鏡とWHTで観測し、年齢と金属量を求めた。速度分散の大きな(質量の大きな)銀河は基本的に100億年以上といった古い年齢を示すのに対し、速度分散で120km/s以下の小さな銀河は30億年から100億年以上といった大きな年齢の分散を示した(図1)。この事から、大きな銀河では星生成を宇宙初期に終えているのに対して、小さな銀河では形成過程に差がある事が推測される。また、鉄とマグネシウムの吸収線から求めたそれぞれの金属量の比[ZMg/ZFe]は大きな銀河ほど大きいという結果を得た(図2)。これらは小さな銀河ほど星生成期間が長かったという事を示唆するものである。我々はこれらの年齢・金属量と星の種族合成モデルを用いる事により、色を再現することを試みた。結果として、大凡の色は再現できるものの、幾つかの銀河に於いて若干の食い違いが見られた。これは種族合成モデルが太陽の化学組成のみに限られている事、種族合成モデルが単一の年齢・金属量の星の系であるのに対し実際の銀河は様々な年齢・金属量の星が集まって出来ている事が理由だと考えられる。

 フィールド・銀河群といった銀河密度の低い環境にある13個の楕円銀河の観測はWHTとNTTで行った。小さな銀河に於ける年齢の分散は銀河団の結果と同じであるが、大きな銀河についても60億年から100億年以上という年齢の幅が見られた(図1)。金属量の傾向は銀河団と特異な差は見られなかったが、その分散は大きいことを見いだした(図2)。また、乙女座銀河団の3つの若い銀河のうち2つも銀河団の端に位置する事から、銀河密度が低い領域では星生成を最近に起こした銀河も多いと言える。

 従来の研究では低波長分解能(10A)で主にHβ指標を用いたものが多く、その年齢・金属量はスペクトル上でのそれら効果のの縮退の影響を強く受けていた。Hγσを用いる方法は年齢・金属量の縮退の影響を受けないため、従来の方法よりも正確な年齢を導出できる。この年齢はSSPモデルとフィッティングする方法による年齢とも矛盾しない。我々のデータにてHβによる年齢と比較した所、輝線がない限りほぼ一致する事が分かった。これは、我々が用いたような比較的高波長分解能(2-3A)のデータに於いては、Hβでも完全とは言えないもののほぼ年齢・金属量の効果を分離する事ができることを意味する。今回の観測では、近傍の銀河である事と長時間露出によって、より正確なHγσの方法を用いるために必要な非常に高い品質(S/N/A〜100-400)のデータを得る事ができたが、多く・遠くのサンプルを用いた研究はなかなか困難である。従って、本研究でHβによる年齢をHγσで較正したことにより、より多くの又は遠くの銀河については、輝線がない場合には比較的高波長分解能(2-3A)のスペクトルデータとHβ指標を用いることで容易に年齢測定ができると言える。

 これらは銀河の中心に於ける年齢と金属量であった。我々はさらに、年齢勾配・金属量勾配も測定した。中心部での星生成は年齢・金属量勾配を急にし、銀河の衝突合体はこれらの勾配を緩くすると推測される事から、勾配は銀河の衝突合体史を探る上で重要な鍵となるはずである。前述のサンプルのうち、M32は我々に最も近い楕円銀河であり明るいため、短時間の観測にも拘わらず、非常に高いS/N比のデータが得られた。この銀河を用いて、銀河の色勾配とMg2勾配に於いて、いかに年齢・金属量が縮退しているかを確認した。我々が求めた年齢・金属量勾配と星の種族合成モデルから色を求めた所、M32の平坦な色勾配を再現する事に成功した。また、M32はかなり急な年齢・金属量勾配を持つにも拘わらず、Mg2は平坦であった。これらのことから、従来の研究で用いられてきた色勾配やMg2勾配は銀河の形成を探る上で余り手助けにならないと結論できる。Hγσ指標は極めて高いS/N比を必要とするため、残念ながらM32以外の銀河には適用できない。しかし、前述のように銀河が輝線を持たない、かつ比較的高波長分解能のスペクトルを用いるならば、Hβでも比較的正確な年齢を求められるということを明らかにしたので、残りの銀河についてはHβ指標を用いた。その結果、殆どの銀河について、中心ほど若くなるような年齢の勾配を持つ事が分かった。これは銀河の星生成は外縁部では早く終わり、最終的には中心部で起こっている事を示すものである。また、金属量の勾配は、中心部ほど金属量が高いものの、それは散逸収縮説が予測するよりも緩く、平坦であった。フィールド・銀河団銀河とも、その質量に関わりなく、勾配にはばらつきがある事がわかった。この大きなばらつきは、銀河の衝突合体史が銀河によってまちまちである事を示している。古来提唱されてきた、大きなガス雲の散逸的収縮から星が爆発的に生成しその後は静的に進化するという散逸収縮説、ガスの多い銀河同士の単純な衝突合体説のどちらも、我々の年齢・金属量・それらの勾配の傾向を説明できるものではなく、楕円銀河の形成はもっと複雑なものであると推測される。近年の、低温暗黒物質が支配的な宇宙の中で、複雑な階層的合体収縮を繰り返す、という描像はある程度我々の本論文の結果と一致する。

 本研究では乙女座銀河団14個、フィールド・銀河群13個の楕円銀河について、Hγσ法を用いて年齢と金属量を測定した。年齢と金属量の縮退を完全に解く事ができなかったため、或いはサンプルの選択が曖昧だったため従来の研究でははっきりしなかった、銀河団に於ける小さい銀河での大きな年齢の分散や[ZMg/ZFe]と速度分散の相関、フィールドに於ける大質量で若い銀河の存在などを、Hγσ法による精密な年齢・金属量測定によって明らかにした。これら年齢・金属量の傾向から、楕円銀河の星生成史・衝突合体史は個々の銀河に於いて多少の違いを持つが、基本的には質量の大きなもの程、銀河密度が高い所にあるもの程、早く星生成を終えると言える。

Figure1:年齢と速度分散の関係。左がフィールドの楕円銀河、右が乙女座銀河団の楕円銀河。上はHγσから求めた年齢、下はHβからのもの。

Figure2:各種元素の金属量比と速度分散の関係。左がフィールドの楕円銀河、右が乙女座銀河団の楕円銀河。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6 章からなる。第1 章はイントロダクションであり、宇宙全体における星形成史を決定する上での楕円銀河の重要性と、楕円銀河自体の年齢を決定することの難しさ、具体的には年齢と金属量の縮退と、それを回避するために考案されたHβ 及びHγσ 法についてまとめられている。

 第2 章では、おとめ座銀河団の14 個の楕円銀河の観測を行い、上の2 方法で年齢を決定した結果が述べられている。主要な結論は、大きな(速度分散が大きい) 楕円銀河は年齢が10Gyrs 以上と一様に古いのに対して、小さな楕円銀河は3 から10 Gyrs 以上までと年齢の幅が広いことである。第3 章では同じおとめ座銀河団の楕円銀河について、金属量が決定され、その結果と第2 章の結果を踏まえて楕円銀河における星形成史について考察されている。鉄の存在比は速度分散、年齢、絶対等級等と良い相関があることが示された。これに対して、マグネシウムの鉄に対する相対量は速度分散と良い相関を示し、速度分散が小さい銀河では相対的に鉄が多い。鉄の存在比が高いことは、Ia 型超新星の寄与が大きいことを意味すると考えられる。Ia 型超新星は1Gyr 程度と形成から爆発までの時間が長いので、このことは、速度分散が小さい銀河では、年齢が古いものでも星形成のタイムスケールが長かったことを示唆するものである。

 第4 章では13 個のフィールドの楕円銀河について年齢、金属量が決定され、おとめ座銀河団の楕円銀河と比較されている。フィールドの楕円銀河でも年齢、金属量の傾向は銀河団銀河と似ているが、大きな違いはフィールドでは大きな楕円銀河も年齢の幅が広いことである。金属量についても同様に分散が大きくなっている。第5 章ではいくつかの楕円銀河について年齢、金属量の銀河内での分布、すなわち中心からの距離に対する勾配を議論している。勾配は楕円銀河がどのように形成されたかという歴史を反映すると考えられるが、決定された勾配は多様であり年齢等との明確な相関はみられず、これは楕円銀河の形成過程の多様性を示唆するものと解釈されている。第6 章は結論に当てられている。

 以上の結果の中で特に重要なことは、Hγσ 法という信頼性が高く、年齢と金属量の縮退を分離できる手法と、従来から使われてきたが信頼性に問題があるとされていたHβ 法で、結果に極めて良い一致を見たことである。これは信頼性を落とす原因となる強い輝線をもたない銀河を選び、またHβ 法でも従来より高分散のスペクトルを使うことにより達成されたものである。この結果は非常にS/N の高いデータを必要とするHγσ 法を適用することが困難な遠方の楕円銀河についても正確な年齢測定をする可能性を示したものであり、高く評価できる。また、フィールドと銀河団での年齢分布の違いも信頼できる形で明確に示されている。さらに、Hβ 法によって楕円銀河の年齢、金属量の勾配を正確に決定した結果、楕円銀河の形成過程の多様性を明確に示すことに成功している。これらの結果は銀河形成史の理解に重要な意味を持つものであり、高く評価できる。

 本論文の第2 章から第4 章までについては、有本信雄、R. F. Peletier 及びA. Vazdekis との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学) の学位を授与できると認める。

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