学位論文要旨



No 119930
著者(漢字) 伊吹山,秋彦
著者(英字)
著者(カナ) イブキヤマ,アキヒコ
標題(和) ダストで覆われた高赤方偏移にある星形成銀河の化学力学進化
標題(洋) Chemodynamical Evolution of Dusty Star Forming Galaxies at High Redshift
報告番号 119930
報告番号 甲19930
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4659号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 助教授 茂山,俊和
内容要旨 要旨を表示する

 近年、遠方銀河の観測が進み、遠方には近傍の銀河とは異なる銀河種族が存在することが明らかとなってきた。これらの銀河はその観測的な特徴から、極赤天体(ERO)、BzK銀河(BzK)、遠方赤色銀河(DRG)、サブミリ銀河、ライマンブレイク銀河(LBG)などに分類されている。こういった銀河の一部は合体衝突をへて成長する途上にあると考えられている。そのため、非常に不規則な形状をもち、また強いダストによる吸収をうけることがある。このような銀河種族に対しては、既存のダストを考慮しないモデル、あるいはダストの吸収を考慮したもののダストの空間分布に対称性を仮定したモデルでは、観測結果を理論的に解釈することは困難である。したがって遠方の銀河種族間はお互いにどのような関係にあるのか、またそれぞれの遠方銀河種族は近傍のどのような銀河へ進化するのかという点は未解明である。

 また銀河形成理論においては宇宙の初期ゆらぎが重力による合体成長を経て銀河へ成長するという概要こそ明らかであるものの、実際の化学力学進化をモデル化して数値実験をおこなうと、以下の2点において観測事実を再現できない。第一に、銀河の周辺の構造について、モデルからは典型的な銀河の周辺に1000個程度の小規模な衛星銀河が存在することが予言される。しかし銀河系の周囲には矮小銀河は40個程度しか発見されておらず、大きな矛盾をきたしている。これはミッシングドワーフ問題と呼ばれている。また、既存のモデルでは銀河内星間ガスの冷却が急速に進むため、超新星爆発によって放出されたガスから新たな世代の星が効率的に形成され、早期型銀河でも星形成が現在まで継続することが予言される。そのために既存のモデルは観測される早期型銀河の色等級図を再現できず、これはオーヴァークーリング問題と呼ばれている。このような問題を解決する方法として近年提唱されているのがこれまで無視されてきた紫外線の効果を銀河モデルにとりいれることにより、銀河内のガスが光電離によって加熱される過程をモデル化しようという考え方である。現在のところ、紫外線を扱ったモデルによりミッシングドワーフ問題が解決される可能性が示唆されているが、これは一様な紫外線を仮定しなおかつダストの吸収を無視するというあまり現実的とはいえない仮定を置いている。

 このように、既存のモデルは近傍の銀河の観測を再現できず、また遠方にしばしばみられるような不規則な形状をもちダストの吸収を受けた銀河の観測を解釈できないという限界を抱えている。これを克服するためわれわれは新たに銀河内輻射輸送を考慮した化学力学進化モデルを構築した。本モデルは銀河の形成、進化において基礎となる物理過程である星形成、構造形成および銀河内輻射輸送を全て整合的にモデル化したものである。われわれのモデルはN体SPH法により宇宙論的な枠組内での構造形成を計算する。本モデルでは銀河内でガスが冷却、収縮しジーンズ不安定になると、ガス密度の1.5乗に比例するような形で星が形成される。このようにして形成された星は、銀河内で進化し、恒星風あるいは超新星爆発の形で星間空間にガス、エネルギーおよび重元素を再放出する。さらにわれわれは銀河内輻射輸送をモデル化することにより、OB型星による星間ガスの加熱効果を考慮した。OB型星から放射される輻射のスペクトルを恒星種族合成モデルから導いた上で、その輻射と周囲の星間物質の相互作用として、中性水素の紫外綜による電離電離された水素の再結合、ダストによる紫外線の吸収という3つの物理過程をモデル化した。OB型星の放射する紫外線は中性ガスを光電離するため、ガスの冷却は妨げられる。さらに銀河内の輻射輸送をモデル化したことから、銀河内が合体衝突の仮定にあり、不規則な形をしているときでもダストによる吸収を正確に計算して銀河のスペクトルエネルギー分布を導出することが可能となる。

 われわれは初期条件として、宇宙背景放射のゆらぎの強度スペクトルを再現するような領域を生成し、9通りの数値実験を行った。その数値実験の結果に対し、銀河の形状、質量形成史、合体衝突の歴史、ガスの銀河への流入とガスの流出、密度プロファイルの進化、星形成史、スペクトル進化および金属量分布の進化を議論した。紫外線による星間ガスの加熱を考慮した場合、紫外線を考慮しなかった場合には見られなかったガスの銀河からの流出が見られる。星形成はz=3付近で顕著であり、もっとも星形成活発な時期には80M〓yr-1に達する。その後Z=2からz=1の間では星形成は断続的であり、10M〓yr-1程度の星形成をおこなう期間と星形成率が1M〓yr-1以下となる静穏な時期とを往復する。また紫外線を考慮するとz<1での星形成が抑制される。

 われわれのモデルはz=0で星形成率が低く、Hemquist分布で近似できるような密度分布を示している。これは近傍楕円銀河の性質と一致している。さらにモデルと近年の遠方銀河との詳細な比較を行った。近年の遠方銀河の観測との比較からは次のような進化経路が示唆される。われわれの数値計算の結果、代表的なモデルでは、銀河は当初、z=4.5、3.0および2.8でLBGとなる。さらにz=3.0からz=1.8にかけてはBzKとなる。その後z=1.6での星形成の低いEROの時期を経て、近傍楕円銀河へと進化する。すべての数値実験においてz=4付近のLBGから1.8<z<3のBzKを経て楕円銀河へ進化するという経路は一致している。2.5<z<4の時期では可視光や紫外光がダストによる強い吸収を受ける場合には銀河はDRGとなるが、吸収が強くない場合はLBGとなる。1<z<1.8の時期での進化もダストの吸収に依存し、星形成率が低く古い星が多いEROとなる場合と、ダストに覆われ星形成中のEROとなる場合の両者がある。われわれのモデル銀河はどれも遠方のサブミリ銀河の観測に見られるような850μmでの強い輻射は示さなかった。通常、サブミリ銀河の星形成率は1000M〓yr-1程度と見積もられていることから、この矛盾はわれわれの選んだ初期条件が星形成の高い環境を再現できないことではないかと考えられる。また、この矛盾点はダストの取り扱いをより精密化すること、またモデルの分解能をより高くすることでも改善される可能性がある。

 構造形成、星形成、輻射輸送をすべて整合的に扱うことによってはじめて、遠方銀河の進化に対してモデルを観測と比較し、その進化経路を詳細に議論することが可能となった。われわれは、ライマンブレイク銀河がBzK銀河となり、最終的に楕円銀河へ進化する、という結果を得た。

 本論文の構成は下記の通りである。第一章で近年の遠方銀河の観測とそれに付随する未解決課題について概観する。第二章では銀河の理論モデルについて歴史的背景を踏まえ概説する。第三章で、本研究で新たに構築したモデルの構築を行い、第四章で数値実験の結果を述べるとともに輻射輸送をモデル内で考慮したことの効果について述べる。さらに第五章で最新の遠方観測の結果と数値実験の結果を比較し、第六章で最終的な議論の結果を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6 章からなる。第1 章は近年の遠方銀河観測の現状についてまとめている。遠方銀河は合体衝突を経て成長する途上にあると考えられており、その観測的特徴から極赤天体(EROS) 、BzK 銀河(BzK)、遠方赤色銀河(DRG) 、サブミリ銀河(SMM)、ライマンブレイク銀河(LBG) など多様に分類されていること、それぞれの進化段階や互いの関係、また近傍の対応銀河などについては未解明であり、それを考察する手段として銀河形成進化を一貫して扱うモデルが必要であることを述べている。

第2 章は従来の銀河モデルを概説し、不規則形状や強いダスト吸収の兆候を示す遠方銀河を考察するためには、これらの要素を考慮した化学力学進化モデルを構築しなければならないことを指摘している。

第3 章は本研究で新たに構築したモデルの説明である。宇宙の構造形成論の枠組みにおいて進行する銀河形成過程とそこでの星形成及び化学進化をN 体SPH 法で追跡し、銀河内の輻射輸送をMonte Carlo 法で扱っている。ここでは、銀河のスペクトルエネルギー分布を恒星種族合成から導出し、OB 型星を起源とする紫外線による周囲のガスの電離と加熱、電離されたガスの再結合、ダストによる紫外線吸収と赤外波長域での再放射を新しくモデル化している。

第4 章は数値実験の結果である。宇宙背景放射ゆらぎの強度スペクトルを再現する領域を生成し、それを初期条件として9通りの銀河形成過程の数値実験を行った。その結果、ほぼ共通の傾向として、星形成はz =3 付近で80M〓/yr に達した後は断続的になり、10M〓/yr の活性期と1M〓/yr 以下の静穏期を往復し、やがてz< 1 で減衰し、近傍楕円銀河の特徴に近づいていくことが示された。また、従来のモデルでは超新星による加熱だけでは銀河風の発生が見られないという難点があったが、ここでは紫外線によるガスの加熱を加えることによって銀河風の発生が確認されたことも示された。

第5 章は数値実験の結果と遠方銀河の観測とを比較することにより、銀河はLBG (z 〜 4) からDRG(z 〜 2.5 - 4)、BzK(z 〜 1.8 - 3) になり、次いでEROS (z 〜 1.6) を経て近傍楕円銀河に進化するというほぼ一般的な描像を提出している。その一方で、ここでの数値実験の範囲では、遠方のSMM が示す1000M〓/yr という莫大な星形成率を再現できておらず、初期条件の違いに帰すことも含め、今後の課題としている。

第6 章は結論に当てられている。

本研究の独創的な点は、従来の銀河モデルの限界を克服し、OB 型星からの紫外線による電離と加熱、またダストを含む銀河内の輻射輸送を本格的に取り入れた化学力学進化モデルを新たに構築したことである。特に、銀河内の輻射輸送を考慮したことにより、合体や衝突を繰り返す銀河についてもそのスペクトルエネルギー分布を正確に導出できることが著しい特徴になっている。これによって、不規則形状やダスト吸収の兆候を示す遠方銀河の形成や進化過程を一貫して考察することを可能にしたことは、高く評価できる。また、宇宙の構造形成論に基づいた銀河の形成過程を数値実験し、多様に分類されている遠方銀河種族を赤方偏移ごとの進化系列として解釈することに成功している。これらの結果は銀河形成の理解に重要な意味を持ち、さらには、今後の遠方銀河観測においても重要な指針になるもので、高く評価できる。

本論文の第2 章から第5 章までは有本信雄氏との共同研究であるが、その多くは論文提出者が主体となってモデル構築、数値計算、及び解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学) の学位を授与できると認める。

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