学位論文要旨



No 119931
著者(漢字) 倉山,智春
著者(英字)
著者(カナ) クラヤマ,トモハル
標題(和) はくちょう座UX星の距離測定とVERAデジタルフィルタバンクの評価
標題(洋) Distance Measurements of UX Cyg and Evaluation of VERA Digital Filter Bank
報告番号 119931
報告番号 甲19931
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4660号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 教授 福島,登志夫
 東京大学 助教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

 VERA を用いた、太陽近傍ミラ型変光星の周期光度関係の確立のために、VLBA を用いた位相補償VLBI 観測でUX Cyg の年周視差を0.54 ± 0.06 mas と求めた。また、VERA の観測装置で電波望遠鏡のバックエンドシステムとして初めて導入されたデジタルフィルタバンクの周波数応答特性の測定を行った。

 セファイド、こと座RR 型変光星など一部の変光星には、周期光度関係と呼ばれる変光周期と絶対等級(光度) の間の関係があることが知られている。これらの関係は天文学における「距離はしご」の1 つとして、比較的近傍にある銀河の距離の測定などに用いられているが、周期光度関係の原点、すなわち周期と絶対等級の間の関係がどの変光星の場合にもよくわかっていないため、現在のところ相対的な距離指標に過ぎず、周期光度関係だけから距離を求めることはできない。

 ミラ型変光星の場合、周期光度関係は大マゼラン雲のミラ型変光星を用いてよく研究されているが、太陽近傍(銀河系内) のミラ型変光星については周期光度関係がどうなっているのかよくわかっていない。これは、大マゼラン雲の場合にはすべてのミラ型変光星までの距離が等しいと仮定して見かけの等級の差をそのまま絶対等級の差と考えられるのに対して、太陽近傍の場合にはミラ型変光星までの距離を求める必要があるためである。ミラ型変光星は距離1kpc 以上のものがほとんどで、精度1 mas のHipparcos の年周視差を用いてもまだ精度が不足するのである。よって太陽近傍のミラ型変光星までの距離を精度よく測定し、ミラ型変光星の周期光度関係の原点を得ることができれば、ミラ型変光星を絶対的な距離指標にすることができる。また、恒星までの距離を求めることは、恒星の半径、光度の実測に不可欠であり、恒星物理学に対する寄与も大きい。

 そこで、ミラ型変光星UX Cyg に付随する水メーザーと、天球上でその近くにある系外連続波電波源をほぼ同時に観測する位相補償VLBI 観測を4 回行い、連続波源を天球上の位置基準とした各メーザーの位置変化から、年周視差と各メーザー源の固有運動を求めようとする観測をVLBA で行った。7 つのメーザースポットの運動を共通の年周視差と直線運動でフィッティングし、年周視差が0.54 ±0.06 mas 、距離にして1.85+0.25 -0.19 kpc という値を得ることができた。これを大マゼラン雲での周期420 日以上での周期光度関係と比較すると、大マゼラン雲の距離を55.0+9.0 -7.2 kpc と見積もることができる。これはほかの方法での値と矛盾しない。また、年周視差と固有運動の値から、UX Cyg の銀河系内での3 次元的な位置や3 次元速度、さらにわれわれの銀河系内での運動範囲を得ることができた。これらの結果は位相補償VLBI 観測による位置天文学観測の可能性と、VERA の大きな目標の1 つである銀河系の運動学の解明の可能性を示すものである。

 しかし、今回得られた1 回の観測での位置精度0.2 mas は、UX Cyg の距離測定は可能な範囲であるが遠くの天体にとっては十分な精度であるとはいえない。銀河系内全体のミラ型変光星の年周視差を測定するためには、やはりVERA を用いて約0.1 mas の位置精度を目指す必要がある。このために私はVERA の中でデジタルフィルタバンクの性能評価を分担し、周波数抑圧特性の測定を行った。

 デジタルフィルタバンクは、電波望遠鏡のデジタルバックエンドとしてはVERA で初めて導入され、野辺山のBEARS で使用されているほか、今後はALMA、EVLA、KVN などでも採用されることが決まっており、これからの電波望遠鏡のバックエンドシステムの標準になろうとしている。このデジタルフィルタバンクの基礎的な特性として、周波数応答特性の測定を行っている。測定としては、雑音にCW 信号を混入した信号をデジタルフィルタに通し、フィルタリング前後のスペクトルを比較する形で行っている。VERA のデジタルフィルタバンクには較正位相検出装置へのスループットがあるため、較正位相検出装置でデジタルフィルタバンクへの入力スペクトルを測定し、分光器として取り付けられているNRFD を用いてデジタルフィルタバンクからの出力スペクトルを測定することができる。ただし、較正位相検出装置は2 つのビーム間の相互相関スペクトルしか測定することができないため、A/D 変換機の前のアナログの状態で同一の信号を2 分配し、2 つのビームに入力することで測定を行っている。デジタルフィルタの入出力のスペクトルを両方ともデジタルで測定するため、非常に高い精度(測定誤差0.06 dB) が得られる。帯域幅16 MHz と64 MHz の場合について測定を行い、16 MHz 幅の場合は約−35 dB 、64 MHz 幅の場合は約−25 dB の抑圧率が得られている。

 また、実際のVERA の観測データのデモンストレーションも行った。J1424+0434 と3C273B、W3OH とJ0244+6228 の位相・振幅のスペクトルを作成し、(1) 帯域内での特性がフラットである、(2) 異なるIF 間での較正を行わなくても、複数のIF にわたりフラットな位相・振幅特性が得られるといったデジタルフィルタバンクの特長を確認した。また、理論的な抑圧特性と観測スペクトルとの比較を行い、自己相関では折り返し雑音の効果が見られるのに対して、相互相関ではVLBI の高いフリンジ周波数により折り返し雑音の影響が消えることを確認した。

 さらに、今後のデジタルフィルタバンクの開発のために、フィルタ係数のタップ数とワード長(数を表すビット長) を変化させての抑圧特性の測定を行った。フィルタリング過程は周波数領域での入力波形と矩形関数の掛け算で表現することができるので、フーリエ変換すれば時間領域では入力波形と矩形関数のフーリエ変換との畳み込みで表される。入力波形に畳み込む矩形関数のフーリエ変換はフィルタ係数と呼ばれ、デジタルフィルタバンクではこのフィルタ係数を変化させることによってさまざまな帯域のフィルタリングを簡単に切り替えることができる。しかし実際の装置内の計算では、フィルタ係数の時間方向の長さであるタップ数は無限ではなく有限であり(VERA の場合1024)、フィルタ係数自体も無限桁数が表現できるわけではなく、ある有限のビット長(VERA の場合13 ビット) での計算となる。さらに入出力のデータは量子化されており(VERA の場合はほとんどの場合入出力とも4 レベル)、これらの影響は無視することができない。しかし一方でタップ数とビット長により装置の物量が決まるので、フィルタリング過程に影響を与えない最小のタップ数とビット長を求めることは、デジタルフィルタバンクを設計する上で大変重要である。しかも、タップ数やビット長を減らすことはフィルタ係数に0 を入れることで容易に実現でき、抑圧特性の測定を実機で行うことができる。タップ数を減少させると時間領域で打ち切りの矩形関数をかけるのと等価になるため、周波数領域ではシンク関数の畳み込みを行うことになる。このシンク関数の幅はタップ数が少ないほど大きくなるため、タップ数を減らしていくと帯域内外でのリップルが大きくなる。また、ビット長を減らすと量子化雑音が増えることになるので、リップルが大きくなる。

審査要旨 要旨を表示する

 超長基線干渉計(VLBI)は各種望遠鏡のなかでも抜きん出た空間分解能で知られているが、最近は位相準拠法を利用して、精密な位置測定がなされるようになってきた。精密な位置測定により年周視差を利用して、天文学の基本的パラメータである距離の直接測定が、遠方の天体まで可能になる。国立天文台で建設されて現在立ち上げ調整が進んでいる天文広域精測望遠鏡(VERA: VLBI Exploration of Radio Astrometry )は、位相準拠法による世界初のVLBI 観測システムであり、本論文はその利用・発展を念頭におき、ミラ型変光星の周期・光度関係の確立と、VERA システムの観測精度向上の為に行なわれた研究である。

 本論文は全4章からなる。第1章では変光星の周期・光度関係について概観し、AGB 星、特にミラ型星の周期・光度関係について紹介している。さらに周期・光度関係を確立するためにVERA を利用した位相準拠法の重要性を述べ、そのシステム確立のステップとなる本論文の目的および意義を示している。

 第2章はミラ型星として良く知られた、はくちょう座UX 星について、米国のVLBA を利用した観測結果を述べ、その結果について議論をしている。周波数22 GHz で2001年2月から2002年2月までの1年間に4回、観測天体と位相準拠天体とを交互にスイッチングする観測で、はくちょう座UX 星に付随する7個の水メーザー源を観測した。それぞれの固有運動および共通である年周視差を求めて、はくちょう座UX 星の距離を1.85+0.25-0.19 kpc と決定した。これはVLBI による位相準拠法による距離測定のなかで、より精密な測定が今後期待できる高周波数22 GHz で初めて行なわれた成果である。この結果は大マゼラン雲中にあるミラ型星の周期・光度関係と、誤差の範囲内で一致する事を示した。さらに、はくちょう座UX 星の銀河系内の3次元的位置を示し、VERA による2ビームシステムを用いた位相準拠法を用いてミラ型星の周期・光度関係を確立することによって、銀河系の理解が大きく進展する事を述べている。

 第3章では、上記のVLBA 観測精度0.2 ミリ秒角では銀河系内の遠方天体の距離を年周視差から求めるのは困難であること、従って高精度なVERA システムの確立が第2章で述べた議論を発展させるためには重要であること、を述べ、高精度化のためにVERA システムで採用されたデジタルフィルタの性能の評価について述べている。VERA に搭載されているデジタルフィルタ入出力の振幅の周波数特性を0.06 dB の精度で測定して比較し、透過帯域幅内の位相特性の一様性および帯域外抑圧度を求めた。また実際の観測データを使って、予測通りの性能が得られる事を実証した。さらにこの測定系を利用して、デジタルフィルタ特性の基本パラメータであるタップ数とワード長を変化させてフィルタ特性を実測した。これから今後の設計に対する基本データおよび最適値を得て、精密位置測定システムの精度向上に寄与した。

 第4章では以上の結果をまとめ、VERA の精度向上のための今後のヒントについてコメントしている。

 VLBI の位相準拠法観測と今後の高精度化が期待される高周波数22GHz を用いて、実際に天体の距離を世界で初めて求めたこと、およびその過程で得た経験を活かしてVERA システムの高精度位置計測に重要な役割を果たすデジタルフィルタの性能評価を高精度で行なったこと、は今後のVLBI 観測の基礎的な方向を確認し進展させる上で大きな価値を持ち、本論文の学術的意味は大きい。また本論文の第2章および第3章の内容はそれぞれ、投稿および掲載予定である。論文提出者はそれぞれの筆頭著者であり、その貢献は十分に顕著であると認められる。

 なお、本論文第2章は笹尾哲夫、小林秀行、第3章は井口聖、川口則幸、川上和幸とのそれぞれ共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ取得・解析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上をもって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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