学位論文要旨



No 119932
著者(漢字) 土居,明広
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,アキヒロ
標題(和) 低光度活動銀河核の電波放射
標題(洋) Radio Emission of Low-Luminosity Active Galactic Nuclei
報告番号 119932
報告番号 甲19932
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4661号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 奥村,幸子
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 小林,秀行
 国立天文台 助教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

 低光度活動銀河核 (low-luminosity active galactic nuclei; LLAGNs) の連続波電波放射に関する観測的研究を報告する。近傍の銀河の約4O%以上には、中心に活動している超巨大ブラックホールが存在し、そのほとんどがLLAGNに分類される。その低光度は、低い質量降着率と低い放射効率のせいだと考えられており、その降着円盤は、光学的に薄く幾何学的に厚い移流優勢降着流 (advection-dominated accretion flow; ADAF) モデルで説明される。その円盤は高温であることが期待されるため、最も高い空間分解能を達成できる電波帯の超長基線電波干渉計 (very-long-baseline interferometers; VLBIs) での直接撮像が、近い将来有望視されている。そのため、ADAFの実証とLLAGNでの電波帯での調査が求められている。LLAGNのスペクトルエネルギー分布 (spectral energy distribution; SED) は、一般の明るいAGNに見られるようなbig-blue bumpが見られず、ハードなスペクトルが特徴的だ。我々の銀河系中心Sgr A*をはじめ、いくつかの近傍LLAGNのSEDは、ADAFモデルでうまく再現されている。しかし、低周波の電波に限って、モデルは、観測された光度を説明できない。つまり実際には、円盤に加えて何か別の放射成分が存在している可能性を示唆している。そのため、ジェット―ADAFモデル(電波帯の足りない光度をジェットで補う)や、熱的・非熱的電子の混合流のモデル(シンクロトロン放射効率の良い非熱的電子を混ぜる)が提案されており、いずれも非熱的ジェットの生成を示唆している。AGNとは規模は違うが、銀河系内で見られるブラックホール連星(マイクロクェーサー)の観測によると、ジェットはlow-hard stateと呼ばれる時期に生成されていることがわかっている。この時、降着円盤はADAFのような状態になっていると考えられるため、ジェットの生成にはADAFと直接的な関係があると考えられる。このように、ADAFを持つと考えられているLLAGNは、降着円盤そのものと、ジェット生成における降着現象との関係を探る上で、重要な天体なのである。

 しかしながら、LLAGNは一般にとても暗い電波源なので、系統的な調査はまだ始まったばかりである。周波数5 GHzでのVLBI観測と、15 GHzでの1秒角以下での干渉計観測がとくに精力的におこなわれており、中心のコンパクトな成分の調査に集中している。ところが、肝心の、円盤の放射が見えやすくなってくるとされる高周波帯(ミリ波サブミリ波)に関するデータは、観測が大変難しいために、ほとんどない。また、広がった電波放射成分(ジェット)に関する系統的な研究もまだない。そして、観測データに基づいた、ジェットと円盤の関係という観点での考察にはまだほとんど及んでいないと言っていい。そこで我々は、これらの問題を明らかにするため、独自の観測データを交えた膨大な量のLLAGNに関する電波データを解析し、その性質に迫る。

 第一の研究は、広がったジェットに注目した。中心核から放出され広がったジェットは、光学的に薄くなるので、右下がりの電波スペクトルを示す。それゆえ、低分解能で低周波の観測で検出しやすい。しかし、LLAGNは弱い電波源なので、母銀河に付随した星形成活動によるシンクロトロン放射に埋もれてしまうことが多い。そこで我々は、非AGN銀河で良く知られた遠赤外―電波光度相関関係を用いて、その星形成による放射成分を差し引くことを試みた。その結果、LLAGNの母銀河は、星形成がそれほど活発でない渦巻き銀河に見られた非線形の遠赤外―電波光度相関と同じような関係が見られた。我々のサンプルの中には、その相関関係から有意に外れて電波で明るいLLAGNが約2O%存在した。それは、ジェットからのシンクロトロン電波によるものと考えられる。このように、すくなくとも約2O%のLLAGNの中心核には、広がった(キロパーセクスケール)のジェットを生成する能力があることがわかった。さらに、コンパクトな成分の検出率と、この広がったジェットの存在率は、2型AGNよりも、1型AGNの方がはっきりと高いことがわかった。これは統一モデルに反する結果である。統一モデルでは、1型と2型の違いは、観測者と中心核を隠すダストトーラスとの角度関係による違いで説明され、中心核は本質的に同じものだとしている。明るいセイファート銀河中心核ではこの描像は確立されている。電波はダストトーラスに対して透明なので、1型も2型も同じように見える。しかし、我々のLLAGNの調査では、そうではなかった。低光度帯では2型は1型とは本質的に異なるという観測的示唆が可視光帯やX線帯でも報告されており、われわれの結果はこれを更にサポートする。

 第二の研究は、これまで調査が及んでいない、ミリ波サブミリ波帯でのスペクトルに注目した。この周波数帯では、ADAFモデルのSEDを卓越して存在する追加の放射成分が少なくなると期待されるので、円盤からの放射を直接調べることができる可能性がある。しかし観測が難しいため、観測例はなかった。我々は世界で一番連続波感度の良い野辺山ミリ波干渉計 (Nobeyama Millimetre Array; NMA) を用いて、コンパクトな成分をもつLLAGN 20天体について96 GHzの連続波観測を実行した。また、347 GHzで観測されたJames Clerk Maxwell Telescope (JCMT) のアーカイブデータを取得し、解析した。その結果、コンパクトな中心核電波源はサブミリ波帯では検出できなかった(ダスト放射が卓越していた)が、ミリ波帯では、明るいコンパクトな成分がたくさん検出された。半数以上のLLAGNで、センチ波―ミリ波間で右上がりのスペクトルが確認され、Sgr A*の高周波スペクトルと良く似ていた。これは、ADAFモデルのSEDを支持する。一方、右下がりのスペクトルを示している天体については、広がったジェットの存在の証拠が別にあり、中心核のコンパクトな成分よりもジェットが電波スペクトルを卓越していることがわかった。また、VLBIで検出された電波光度とスペクトルには強い相関関係が発見された。電波光度が大きいものほど、スペクトルが右下がりになる傾向がある。すなわち、中心核のコンパクトな成分とジェットの放射パワーの比は天体によってまちまちで、ジェットが弱い場合に限り、コンパクトな成分の右上がりのスペクトルが見えてくる。ここでも1型と2型の違いが見られ、1型はほとんどが右上がりのスペクトルを示していたのに対し、2型には右上がりスペクトルの証拠は見つからなかった。これも統一モデルに反する結果である。

 第三の研究はジェットと降着現象の関係に注目した。たくさんの近傍のAGN(これらはほとんどがLLAGN)について、主にバルジの星の速度分散とブラックホール質量の関係から、ブラックホール質量を推定し、バルマー輝線の光度から全放射光度を推定し、質量降着率を算出した。降着現象における最も基本的なパラメータと考えられるブラックホール質量と降着率を手に入れたことになり、さらに観測された電波光度とあわせて、3次元空間にプロットしたところ、Merloni et al. の見出したものと同じような、ある平面に沿った傾向があることを見出した。ただし異なるところは、彼らは質量降着率ではなくエディントン光度に対する光度を用いていることである。 我々は、ADAFモデルの放射効率を仮定して、エディントン降着率に対する実際の降着率で示した。これにより、仮定が1つ入るが、降着率が実際に他のパラメータとどう関係しているかが明瞭にわかるようになった。3次元プロットの結果、重たいブラックホールほど、高い降着率ほど電波で明るくなる傾向がわかった。また、電波光度は実際に落ち込んだ物質の量だけに依存して決まるという理論からの予想をサポートする結果を示していた。一方で、全放射光度のブラックホール質量と降着率に対する依存性は、電波光度のそれとは有意に異なるので、全放射光度が明るいと電波光度も明るいかというと、そうとも限らない状況が生まれることに気づいた。伝統的に使われてきた指標、radio loudness は可視光連続波に対する電波連続波のフラックス密度比で、これとブラックホール質量と降着率との3次元プロットを作成した結果、やはりある平面に沿った傾向があることを発見した。重たいブラックホールほど、降着率が低いほど、radio loudになる傾向がある。ある一定の全放射光度または電波光度に注目したとき、広い範囲のradio loudness 値が観測されるという問題が、このプロットではすっきりと説明できている。なぜクェーサーはradio loudとradio quietの両方あるのか、なぜ狭輝線セイファート中心核はradio quietなのか、なぜLLAGNはradio loudなのか、という謎も説明できる。このように、電波放射(ジェット)も、降着現象の2つの基本的なパラメータに支配されており、その依存性も明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、低光度活動銀河核(low-luminosity active galactic nuclei;以下LLAGN)の連続波電波放射の起源を観測的に考察した論文である。

第1章では、LLAGN について、スペクトルエネルギー分布(以下SED)の起源を説明する放射モデルである移流優勢降着流(advection-dominated accretion flow;以下ADAF)モデルを紹介し、2つの問題点を抽出している。1つは、LLAGN を説明するADAF モデルの妥当性の観測的な検証が必要であること、2つめは、モデルの妥当性を踏まえ、LLAGN の電波連続波放射の特徴の1つである、radio loudness(可視光連続波に対する電波連続波のフラックス密度比)が大きいことが降着円盤の物理から理解される必要性が述べられている。

第2章では、電波低周波側で観測されたLLAGN のSED が、ADAF モデルからずれる点について考察している。この点に関して、本論文提出者は、星形成活動による超新星残骸からのシンクロトロン放射が寄与していると考え、近傍の非AGN 銀河で用いられている遠赤外―電波光度相関関係の適用を検討した。その結果、星形成がそれほど活発でない渦巻き銀河に見られる遠赤外―電波光度相関関係と同様な関係を発見し、LLAGN のSED から星形成による放射成分を差し引き、降着現象に寄与する成分のみを取り出すことに成功した。さらに上記サンプルの20%は、相関関係から有意に電波強度が大きく、これらは電波ジェットの寄与による可能性が極めて高いと考察している。

第3章では、第2章の考察に基づき、LLAGN を有し、電波ジェットの寄与が少ないと考えられる20 天体を選んで、新たに野辺山ミリ波干渉計で電波高周波(96GHz)の連続波フラックス観測を行った結果を報告している。ADAF モデルは、電波高周波側で特徴的な右上がりのスペクトルを示しているが、これまで、10 を超えるまとまった数のLLAGN についての系統的な観測は行われていなかった。今回の96GHzの観測結果と、既存の15GHzまでの結果からスペクトルを求め、さらに、第2章で考察した星形成によるシンクロトロン成分と345GHzのアーカイブデータから抽出した中心核周辺のダスト連続波成分の差し引きを行った。その結果、LLAGN の降着現象に付随するスペクトル成分のみを求めることができ、20 天体の半分以上が、ADAF(移流優勢降着流)モデルの特徴である、電波高周波側で右上がりのスペクトルを示すことが明らかになった。この結果は、LLAGN に対するADAF モデルの妥当性を統計的に強めるものとして高く評価できる。

第4章では、近傍のAGN(ほとんどがLLAGN)について、radio loudness が大きいことが降着円盤の物理(ブラックホール質量と質量降着率)からどのように説明されるかを検討している。近傍AGN を上記3つのパラメータで表すと、3次元プロットのある平面に沿って分布することがわかった。すなわち、ブラックホールが重いほど、降着率が低いほど、radio loud になる傾向であった。この関係性においては、LLAGN の全放射光度とradio loudness とで、ブラックホール質量と質量降着率に対する依存性が異なることから、一定の全放射光度に着目したとき、広い範囲のradio loudness が観測されることも明快に説明できることがわかった。

本研究の独創的な点は、LLAGN の電波領域におけるSED をこれまでになく詳細に検討・考察し、独自の観測を実行して、その結果から、LLAGN に対するADAF モデルの妥当性を、初めて統計的に検証したことである。

本研究は、井上允、亀野誠二、河野孝太郎、徂徠和夫、中西康一郎との共同研究であるが、モデル検証に必要な観測を自ら提案し、観測、データ解析、考察の各過程においても、本論文提出者が中心的な役割を果たしていると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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