No | 119933 | |
著者(漢字) | 中西,裕之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカニシ,ヒロユキ | |
標題(和) | 天の川銀河および近傍銀河団銀河の原子・分子ガス円盤についての観測的研究 | |
標題(洋) | Observational Study in Atomic and Molecular Gas Disks of the Milky Way Galaxy and Nearby Cluster Galaxies | |
報告番号 | 119933 | |
報告番号 | 甲19933 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4662号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 我々は電波観測データを用い、天の川銀河および近傍銀河団銀河の中性ガス円盤における原子水素(HI)および水素分子(H2)ガスの分布を詳細に調べ、HI・H2の分布についての比較を行った。 まず、天の川銀河の最新のHIおよび一酸化炭素(CO)ガス輝線サーベイ観測データと回転曲線を用いて天の川銀河ガスディスクの3次元構造を描き出した。COガス輝線はH2ガス分布をほぼ再現していると言えるので、H2ガスディスクの構造はCOデータから構築した。ガスの距離は銀河が回転しているという仮定に基づいた力学的距離(kinematic-distance)を用いて決定した。この手法では、太陽軌道よりも内側の領域で同じ速度に対して、距離の解が2つ存在するという 近遠問題(near-far problem)があるが、ガスのz方向(z:銀河面に対して垂直方向)のモデル分布を仮定することにより、解決した。 HI、COガスはそれぞれ銀河系ガスディスクの外側、内側の構造を探るのに有利であったが、我々は両者を組み合わせることにより、天の川銀河全体の渦巻き腕構造を広範囲にわたって描き出すことができた。これまで知られていた、いて座―りゅうこつ座腕(the Sagittarius-Carina arm)、ペルセウス座腕、局部あるいはオリオン腕(the local or Orion arm)、たて座―みなみじゅうじ座腕(the Scutum-Crux arm)、じょうぎ座腕(the Norma arm)、外部腕(the Outer arm)のすべてを描き出し、ピッチアングルが11-15°であると考えると、じょうぎ座腕と外部腕が同一の腕構造であるということがわかった。 渦巻き腕構造に加え、ガスディスクが外側大きく歪んでいるWarpと呼ばれる構造がHI、H2ディスク両方に見られた。特にHIガスディスクは銀河面から約1 kpcも歪んでいた。また内側のディスクも100 pc程度、銀河面から上下していた。 HI、H2ディスクの厚みは銀河中心部から外側に向かって増大していく。増加率はHIガスディスクの方がより顕著であった。さらに半径方向の大きな変化に加え、同じ半径内でも厚みが変化することがわかった。その変化は腕で薄く、腕の間で厚いという傾向であった。重力的な要因では説明がつかないほど大きく、他のシナリオが示唆される。 HIガスディスクは第4象限の方向で、広がりが大きくなっていた。このような非対称性をLopsided構造と呼ぶが、銀河系でもこのような構造がはっきりと存在し、さらに第2象限方向も第1・3象限方向に比べて広がりが大きいことがわかった。 全ガス密度に対する分子ガス密度の比を分子ガス比fmolと定義し、fmolの変化を調べた。fmolは銀河中心部において ほぼ1で一定であり、ある半径方向を境にその外側ではほぼ0で一定となる。分子ガス比fmolの急激な変化は6 - 8kpc付近で起こり、これは分子前線(Molecular Front)と呼ばれている。半径方向の大局的な変化に加え、渦巻き腕前後におけるfmolの変化も見られた。このような変化は、渦巻き腕で急速に(一千万年)原子―分子ガス間の変化が生じていることを示している。全ガス密度に対するfmolの値は、全ガス量が大きいほど大きくなり、全ガス量に関して一価関数となっている。 全ガスの体積密度とHI、H2ガスの体積密度との間の関係を調べたところ、全ガス密度が小さい範囲ではHIガスが優勢であるが、ある一定値を超えるとHIガス量は一定となり、H2ガスが全ガス量の増加と共に増えていくことが分かった。このようなHIガスの飽和密度が存在することが分かった。このような関係は銀河を真上(face-on)から見たときの柱密度でも、同様の関係があることがわかった。ガスのz方向の分布について解析的なモデルを考え、体積密度での飽和密度を考慮すると、積分したときも同様の関係が見られることが解析的に示された。またHI飽和密度は銀河系の外側と内側でも異なることが分かった。 次に我々は野辺山45 m望遠鏡とマルチビーム受信機BEARSを用いて、おとめ座銀河団に属する12銀河のCO観測を行った。それらと比較するためにVLA C-arrayを用いて3銀河のHIの観測を行い、アーカイブから3銀河の生データを取得し解析を行った。まずCOの観測ではおとめ座銀河団の半径方向の分子ガス分布が3種類に分類された。もっとも多いのは指数関数型であり、12銀河のうち9銀河がそのような分布を示していた。それに加え、2銀河がリング構造、1銀河が一次関数で表される分布をしていた。HI観測では ほとんどの銀河でガスの半径方向の分布は指数関数型では示されず、中心ではなくある半径でピークをもつことが分かった。 HI、COデータから全ガス量の半径分布を調べたところ、おとめ座銀河団の北側に位置する銀河では、全ガス密度の分布は一つの指数関数で表された。一方、南側に位置する銀河では全ガス密度の分布は一つの指数関数では表されず、フィールド銀河の性質と似ていることがわかった。 またHI、COデータを比較したところ、NGC4402, NGC4419, NGC4569, NGC4579, NGC4689では銀河団内の環境効果を受けてHIガスが剥ぎ取られ、HIガスの量が少なくなっていることがわかった。HIガスディスクの広がりはCOガスディスクとほぼ同じかそれ以下であることが分かった。天の川銀河と同じように全ガスの柱密度とfmolの関係を調べてみたところ、NGC4402, NGC4419, NGC4569, NGC4579, NGC4689以外では天の川銀河と同様な全ガスの柱密度に関する一価関数であることが分かった。一方、NGC4402, NGC4419, NGC4569, NGC4579, NGC4689ではfmolが異常に高いことが分かった。特にNGC4569などではfmolの値が大きな分散をもっていることが分かった。(1) HIガスディスクの広がりがCOガスディスクと同じかそれ以下であること、(2)HIガスはram圧で剥ぎ取られる条件を満たすが、H2(CO)は剥ぎ取りの影響を受けないこと、(3)異常に高いfmolを示すこと、を考えると、これらの銀河中心部でHIガスの剥ぎ取りが起こっていることが示唆される。さらに分子雲の寿命が数千万年から数億年であることを考えると、それよりも短い時間にHIガスの剥ぎ取りが起こったと考えられる。 おとめ座銀河団銀河のうち、HIガスの剥ぎ取りがあまり起こっていないと考えられるNGC4192, NGC4254, NGC4535, NGC4536, NGC4548, NGC4654について、全ガスの柱密度とHI・H2の柱密度を比較したところ天の川銀河同様にHI飽和密度が存在することがわかった。HI飽和密度の値は銀河によって異なり、典型的には5 −20 Mo/pc2であることが分かった。 最後におとめ座銀河団銀河の一つNGC4569の中心部をNMAで高分解能CO輝線観測した結果を示す。分子ガスは中心部に集中した分布をしており、速度場・位置一速度図は顕著な非円運動をしていることが分かった。さらに2"分解能で見ると、中心部に楕円形をしたリング状構造が発見された。この構造は銀河が非軸対称の棒状ポテンシャルを持っていることに起因していると考えられる。非円運動を示す銀河の場合、回転曲線が求められず銀河の質量分布を求めることができない。そこで非円運動を示す場合でも質量分布が求められる方法を考案した。この方法は、ある回転系(パターン速度Ωpで回転)で見た時に軌道が閉じているとした場合、角運動量を保存量とするとガスの2次元軌道を決定することができ、それを用いることで質量分布が求めることができる、というものである。我々はこの方法をNGC4569に適用し、2次元軌道と質量分布を求めた。ただしパターン速度は不明なため、これまで知られているパターン速度の値を網羅的に代入して求めた。求まった質量分布からポテンシャルを計算し、そのポテンシャル下でガスの運動をSPHコードでシミュレーションしたところ、Ωp>65km/s/kpcでNGC4569の中心部に見られたリング構造が形成されることがわかった。このことからパターン速度がΩp>65km/s/kpcであるという制限がついた。また我々が提案した手法で決定した質量分布を用いて、実際に観測されるガス分布が再現されたことから、我々の新しい手法が良い質量分布の決定法であることがわかった。 本論文の全体を通して、天の川銀河およびおとめ座銀河団銀河の中性ガスディスクの諸性質を様々な角度から観測データに基づいて明らかにした。特に、HI飽和密度が天の川銀河・系外銀河で発見されたということは星間ガス化学の上から重要である。そして全ガス量に対する分子ガス比の関係が銀河団環境効果を考える上で有力なパラメータであることが分かった。 | |
審査要旨 | 本論文は4部(8章)からなり、第1部のイントロダクションに続き、第2部では天の川銀河の星間物質の大局的な三次元的構造についての研究結果、第3部では近傍の銀河団であるおとめ座銀河団の渦巻き銀河についての研究結果が示され、第4部で全体がまとめられる構成を取っている。 第1章(第1部)では、渦巻き銀河中の星間物質の電波観測による知見について、とくに銀河スケールで見た中性原子ガス成分と分子成分の存在量およびその比、天の川銀河中の原子ガスおよび分子ガスの大局的分布、おとめ座銀河団の渦巻き銀河中の星間ガスに対する環境効果、の観点から概観されている。 第2章(第2部)では、天の川銀河について、中性水素原子が放射する波長21cm の電波スペクトル線の出版されたデータを解析することにより、原子ガスの大局的な三次元分布を描き出している。ガスの三次元分布を描くには運動学的距離を使用するが、天の川銀河の内域では、一般に一つの視線上一つの視線速度に二つの運動学的距離が対応する二意性が存在する。そこで申請者は、銀河系内域で距離の二意性が存在しない、太陽と銀河中心を直径の両端とする円周上の点において、ガス層の銀河面に垂直な方向の厚みを見積もり参照しつつ、距離の二意性が発生する点につき銀緯分布を2成分に分離して近い点、遠い点それぞれのガス量を求める方法を考案した。このようにして初めて描かれた原子ガス分布の三次元の大局的構造から、円盤周縁部のゆがみなどの既知の特徴に加えて、円盤の外形が非対称な楕円形をしている特徴が発見された。 第3章(第2部)では、第2章で展開された手法を、一酸化炭素CO の波長2.6mm の電波スペクトル輝線の出版されたデータに適用し、天の川銀河全体の分子ガスの大局的な三次元構造を初めて描き出している。その図から、これまで部分的に認識されていた渦巻き腕がより大局的なスケールで確認された。 第4章(第2部)では、前の2章で作成した原子ガスおよび分子ガスの三次元分布を合成して、星間ガス全体の三次元分布を描くとともに、原子ガスおよび分子ガスの存在量を相互に比較している。原子ガスと分子ガスの面密度の比較からは、半径6-8 kpc で分子の割合が急変する特徴(分子前線)が再確認されたが、さらに渦巻きの腕に対応して分子ガスの割合が上昇する特徴が初めて見いだされた。これは分子ガスと原子ガスの比が変化するタイムスケールに、1千万年という上限を与える。三次元分布を描き出した本研究で、さらに天の川銀河全域にわたる原子ガスと分子ガスの体積密度の比較が可能となる。その結果、ある全ガス密度を境に、それ以下では原子ガスが優勢であるが、それを超えると原子ガス密度は一定となり、あとは分子ガス密度のみが増加するという一般的傾向が初めて見いだされた。また、原子ガス層と分子ガス層の厚みを踏まえた解析から、もし天の川銀河を遠方から観測したならば、ガスの面密度においても同様の傾向が観測されるであろうことが推論された。 第5章(第3部)では、おとめ座銀河団に属する12 個の渦巻き銀河の、COスペクトル輝線による観測結果が示されている。観測は申請者らが国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m望遠鏡を用いて行ったものである。 第6章(第3部)では、第5章でCO 観測の結果が示された銀河のうち6 個について、水素原子スペクトル輝線による観測結果が示されている。うち3 個は、申請者が米国立電波天文台のVLA に提案して観測を行ったもの、3個はアーカイブされた生データを申請者が再解析したものである。 第7章(第3部)では、前の2章で示した観測データに出版されているデータを加えて、おとめ座銀河団の11 個の渦巻き銀河について、原子ガスと分子ガスの分布を比較している。銀河団の中心に近い5 個では、星間ガス中の分子ガスの割合が異常に高い。銀河間ガス中を銀河が高速で運動することによる原子ガスのはぎ取りの条件を吟味した結果、異常に高い分子の存在比は、原子ガスのはぎ取りの影響であることが推論された。原子ガスのはぎ取りの影響が顕著でない他の6 個について原子ガスと分子ガスの面密度を比較したところ、天の川銀河で見いだされたものと同様、全ガス面密度がある臨界値を超えると原子ガスの面密度が飽和する傾向が見られ、この現象が普遍的であることが確認された。飽和する面密度は銀河により異なるが、それが銀河のどのような特性を反映しているかは興味深く、今後の研究課題である。 第8章(第4部)ではそれまでの結論がまとめられている。 以上のように本論文は、申請者の独自の工夫にもとづく天の川銀河の星間ガスの三次元構造の描出を足がかりに、天の川銀河の原子ガスと分子ガスの間の密接な関係を見いだし、さらにそれが近傍の銀河団の渦巻き銀河についても成り立つ普遍的な傾向であることを確認した重要な研究であり、高く評価できる。なお、本論文は、祖父江義明、久野成夫、小野寺幸子、佐藤奈穂子、廣田晶彦、江草芙実、濤崎智佳、徂徠和夫、中井直正、塩谷泰広、幸田 仁との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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