学位論文要旨



No 119934
著者(漢字) 深川,美里
著者(英字)
著者(カナ) フカガワ,ミサト
標題(和) 中質量星の原始惑星系円盤における形態の多様性
標題(洋) Morphological Diversity of Protoplanetary Disks Surrounding Intermediate-Mass Stars
報告番号 119934
報告番号 甲19934
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4663号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 川邊,良平
 東京大学 教授 村上,浩
内容要旨 要旨を表示する

 星周円盤は、星の形成過程において、母体となる分子雲が角運動量をもつことから必然的につくられる構造である。星周構造のおおまかな進化に関しては、太陽質量程度の低質量星(T タウリ型星)と中質量星(Herbig Ae 型星)において、すでに理解が進んでいる。星の年齢が105 年の段階では、中心の星と円盤を囲むエンベロープ構造(1000 AU スケール)が卓越するが、星が106 年になるとエンベロープが散逸して円盤(100 AU スケール)のみが残され、観測されるようになる。この円盤は惑星形成の現場となることから「原始惑星系円盤」と呼ばれ、その性質を知ることは惑星系形成過程を理解する上で重要となる。特に、撮像観測により描き出される空間構造は、温度、密度構造などを反映して変化していくはずであるから、円盤の形態の普遍性や進化を探ることで、惑星系形成理論に大きな制限を与えることができる。

 円盤構造に関するこれまでの研究としては、天体のエネルギー分布(SED) を再現するように構造のモデルを構築するという手法が一般的であった。しかしながらこのような間接的な方法によって構造を一意に決めることは困難であり、また、円盤内の詳細な構造を推測することは不可能である。そのため、円盤の撮像観測の重要性は以前より認識されており、ミリ波干渉計などによる観測が行われてきたが、サイズの小さい円盤を観測するには解像度が不十分であったため、我々は円盤の存在とその大きさ(半径)について知るのみであった。

 円盤半径は大きくても数100 AU であり、空間構造を分解するには0.1 秒角程度の高解像度が必要となる。これを直接撮像で実現できるのは可視光、近赤外線での観測であるが、この波長帯においては中心星が円盤に比べて明るすぎるため、中心星の寄与を軽減するコロナグラフなしには観測が難しい。このため、限られた装置でのみ撮像が可能であり、空間分解例が極めて少ないのが現状である。すばる望遠鏡は、大気揺らぎを抑える補償光学装置とコロナグラフカメラを備え、地上からの撮像観測をいち早く可能にした。そこで我々は、円盤を検出してその形態を探ることを目的とし、主に前主系列段階にある中質量星(Herbig Ae 型星)を観測対象として、近赤外線(波長1.65 ミクロン)コロナグラフ撮像観測を行った。Herbig Ae 型星は、惑星系形成の残骸円盤をもつとされる主系列星(ベガ型星)の前進化段階にあたり、したがってHerbig Ae 型星の円盤を知ることは、ベガ型円盤の起源、すなわち中質量星における惑星系形成過程への理解につながる。

 観測は、年齢106 -107 年の前主系列段階にあるHerbig Ae 型星15 天体について行った。なるべく高い解像度を得るため、近傍(距離約150 pc )の天体を多く選んだ。また、比較のために年齢105 年のHerbig Ae 型星、Herbig Be 型星を1 天体ずつ、さらに主系列段階にある中質量のベガ型星を4 天体観測した。まず観測初期において、年齢105 年のHerbig Ae 型星(VY Mon )の周囲に、大きさ約2500 AU のエンベロープ構造をとらえた。このエンベロープの詳細構造は、中心星のPoint Spread Function (PSF) を引き算して始めて見えてきた構造であり、PSF 引き算を円盤観測に適用するにあたってその有効性を確認し、画像解析手順を模索することにも役立った。そして、円盤検出を目的とした観測においては、Herbig Ae 型星5 天体について円盤構造をとらえることに成功した。この観測で得られた解像度は平均約0.1 秒角(距離150 pc の天体で約15 AU )であった。また、コロナグラフの使用により、星から1 秒角離れた場所において中心星のハローの明るさはピークの1000 分の1 まで減少し、PSF 引き算によってさらに2 桁暗い円盤構造まで検出することができた。

 検出した5 個の円盤のうち3 個(HD 142527 、HD 150193 、HD 169142 )については本観測によって初めて構造が分解された。また、2 個(AB Aur 、HD 163296) についてはすでに可視光の観測で円盤がとらえられているが、より波長の長い近赤外線を用いると円盤の外側に存在するダスト雲を見通すことができるため、そのようなエンベロープを有するAB Aur については、本観測によって初めて明確なスパイラル構造が明らかとなった。

 検出された原始惑星系円盤の典型的な半径は数100 AU であり、その表面輝度は1 平方秒あたり10 等級から18 等級の範囲に分布する。約0.1 秒角の高解像度によって空間的に分解された円盤は様々な形態を示し、スパイラル状の円盤(AB Aur) 、バナナ型の構造にアームが付随した円盤(HD 142527) 、方位角方向に非一様で、かつ明るさが半径に応じて急勾配で変化する円盤(HD 150193) 、また、リング状の円盤もあれば(HD 163296) 、そういった構造のない、ごく普通と思われてきた円盤も検出された(HD 169142) 。すなわち、SED 等を用いた研究から示唆されてきた描像とは大きく異なる円盤が、実際に多数存在することが明らかとなった。

 この観測により近赤外線においてまとまったサンプルが得られ、ハッブル宇宙望遠鏡(HST) により撮像された1 個を合わせると、合計で6 個の原始惑星系円盤の像が得られたことになる。さらに、円盤未検出のサンプルを含めると、距離250 pc 以内の撮像済み天体はこれまでの2 倍に増え、14 天体となった(HST による可視光観測も含む)。そこで、円盤どうしの明るさの比較および円盤検出率の考察を行った。観測された円盤は光学的に厚く、近赤外線での撮像は円盤上層のダストによる散乱光をとらえる。円盤の鉛直方向の高さが半径とともに増加する形状の場合、すなわちフレアしている場合には、円盤上層のダストは中心星からの光を効率良く受け止めることができるため、散乱光で観測されやすい。一方、フレア構造は円盤の温度分布に影響することから、天体のSED をもとにフレア構造の有無が予測されている。実際、円盤の検出率はフレア円盤と予測された天体で高くなっており、星の年齢や星周物質の量には依らない。加えて、散乱光で明るい円盤を持つ天体は、年齢とは無関係に、エンベロープが長く残存している天体であるという傾向が見られた。そして、それら散乱光で明るい円盤にはスパイラルアームが付随するという対応関係が得られた(AB Aur 、HD 100546 、HD 142527)。

 スパイラルアームを持つ天体のうち、AB Aur とHD 100546 は単独星である可能性が高いことから、構造は円盤の自己重力不安定性が原因で生じていると推測される。この場合、円盤物質の中心星への質量降着によって円盤は次第に安定化するはずであるが、スパイラル構造にはエンベロープが付随していることを考慮すると、エンベロープから円盤への質量供給が弱い不安定性を長時間(106 -107 年) 維持する役割りを担っている可能性が示唆される。また、円盤が重すぎると、強い不安定性によってケプラー時間程度(104 年以下)でスパイラルアームが分裂し、パターンが消滅してしまうと予測されるため、スパイラル円盤は106 -107 年の前主系列星に付随する円盤質量の上限を形成していると考えられる。スパイラル構造を持つ天体の割合を見積もるにあたって、ミリ波観測から推定される円盤質量は、これを基準にして重力不安定性の可能性を見積もるには不定性が大きい。そこで、本観測から得られた傾向、すなわちエンベロープの有無を基準にすると、最大でもHerbig Ae 型星の10%程度であろうと推測できる。標準的な惑星形成理論では、円盤中のダスト成長により惑星コアが形成されるが、この場合、円盤物質が散逸しないうちにガス惑星を作ることが難しいとされている。そこで、重い円盤の重力不安定性によって短いタイムスケールで惑星が形成されるとする仮説も提唱されている。本観測はそれらの中間の状態として、弱い不安定性によるスパイラル構造が存在することを示したものであり、このような円盤における効率的な惑星形成の可能性について、理論的研究を促すこととなった。

 高解像度撮像観測によって原始惑星系円盤の形態が様々であることが分かり、現在我々が見ているこの多様性は、連星であるかどうか(HD 142527 、HD 150193 )や、初期円盤質量(AB Aur 、HD 100546 )に依る可能性が高いことが分かった。特にAB Aur のスパイラル構造は、円盤半径全域にわたる顕著な構造としては初めての検出であったため、スパイラル円盤の存在を実証したとして、理論、観測両面で興味を喚起した。観測的には、散乱光のコントラストは密度構造を直接反映しないため、サブミリ波干渉計などによる多波長観測により、密度や温度情報を得、円盤の理解を深める試みが始まっている。本研究をきっかけに、実存する円盤形態に基づいた惑星系形成の理解の発展が見込まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、すばる望遠鏡に搭載された近赤外線コロナグラフ撮像装置(CIAO) を用いて、17 個の中質量の前主系列星及び4個の主系列星の周りに存在する星周円盤からの散乱光の観測をおよそ0.1 秒角の高空間分解能で行い、その結果をいくつかの視点から比較検討したものである。このうち、可視域ですでに検出されていた天体2個を含む5個の前主系列星において、原始惑星系円盤からの散乱光の検出に、近赤外線で初めて成功した。その結果、これらの円盤の形態が、渦巻き構造あるいはリング状の構造などの多様な構造を持つことを明らかにし、中質量前主系列星の原始惑星系円盤で、自己重力不安定性が生じている可能性を観測的に初めて示したものである。

論文は、7章と3つのAppendix からなる。

第1章は、簡潔に本研究の背景がまとめられている。

第2章では、本論文で対象とする前主系列星及び主系列星の星周円盤について、これまでの観測・研究の結果がまとめられている。ここでは、これまで可視域で空間的に分解されている原始惑星系円盤の数がわずか3個で、詳細な構造が得られているものが少なく、また統計的に詳しい研究が行われていないことが示されている。これに対して、本論文の近赤外線の観測は、可視の観測と比較し、周囲の星間物質に遮蔽されている円盤構造の詳細な研究に有利であることが主張されている。

第3章では、本論文で行った観測の概要、及びデータ整約の詳細が記述されている。円盤の検出には、中心星の光の除去を精度よく行うことが非常に重要である。本論文では、コロナグラフの観測において、点光源のパターン(PSF) の時間変動を定量的に評価する方法を開発し、中心星から1秒角離れた領域で、中心星からの寄与の1万分の1以下の輝度の円盤の検出を可能とした。

第4章では、本論文で検出された5個の原始惑星系円盤の結果が、それぞれの天体について詳細に記述されている。AB Aur の原始惑星系円盤では、明瞭に渦巻き構造が検出され、HD142527 の円盤はバナナ型の構造を示している。また、HD150193 の原始惑星系円盤は、非軸対称でかつ散乱光輝度の動径方向依存性が急勾配を持ち、伴星の潮汐力による影響を示唆する。HD163296 の円盤は、リング状の構造を示す一方、HD169142 では、微弱で比較的特徴のない円盤を検出している。なおこのうちAB Aur とHD163296 については、ハッブル宇宙望遠鏡ですでに原始惑星系円盤の存在が示されているが、本研究の近赤外線での観測により、円盤の外側の詳細な渦巻き構造が明らかになった。本論文の観測結果は、前主系列星の原始惑星系円盤が、従来の研究でエネルギースペクトルから推定されていた単純な構造ではなく、非常に多様な構造を持つことを複数の天体について初めて明瞭に示した。

第5章では、円盤が検出されなかった観測天体についてそれぞれ詳細にデータを吟味し、慎重にデータを評価している。

第6章では、他の観測で検出された1個の円盤を加えた6個の円盤について、観測データをまとめ、他の波長観測データも取り入れた詳細な解析を行っている。渦巻き構造を持つ円盤は、周囲の星周物質がまだ散逸せずに多く残っている天体に検出されており、円盤の自己重力不安定性に起因する可能性を示唆する。一方、近赤外線での散乱光の強度は、中心星の年齢、星の質量、円盤ダスト質量、円盤の熱放射強度、熱放射スペクトル、偏光、Hα強度とは直接明瞭な相関がないことが示された。

第7章では以上の結果が簡潔に要約されている。

以上のように本論文は、近赤外線のコロナグラフを用い、21個の中質量の前主系列星及び主系列星の観測を行い、うち5個の前主系列星に原始惑星系円盤を検出し、その性質を詳細に解析したものである。5個のうち3個は本論文による初めての検出であり、またその詳細構造は、本論文により初めて明らかにされた。本論文は、近赤外線での星周円盤の撮像という新しい分野の観測から、実在する円盤の形態を明らかにし、従来の放射スペクトル観測のみからでは見いだされなかった円盤の多様性を示すと同時に、自己重力不安定性が生じている円盤の存在を示唆し、今後の理論的研究に大きなインパクトを与えるものである。なお本論文は、田村元秀、林左絵子、大朝由美子、伊藤洋一、林正彦等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測・データ整約・解析・議論を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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