学位論文要旨



No 119935
著者(漢字) 本田,充彦
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,ミツヒコ
標題(和) 若い星のまわりでのケイ酸塩微粒子の進化
標題(洋) Silicate Dust Processing around Young Stars
報告番号 119935
報告番号 甲19935
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4664号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 小林,尚人
 東京大学 教授 永原,裕子
内容要旨 要旨を表示する

形成中の多くの若い星のまわりにはガスと微粒子(ダスト)からなる原始惑星系円盤が存在している。原始惑星系円盤の中でダストの主成分であるケイ酸塩微粒子が集積することで、最終的に地球型惑星や木星型ガス惑星コアが形成すると理論的に考えられている。そのダスト集積の初期段階として原始惑星系円盤のダストサイズが星間空間の値(〜0.1μm)よりも大きくなっていると、さまざまな観測から指摘されているが、原始惑星系円盤の進化に応じてダストサイズ分布がどのように変わっていくのかという系統的な観測的研究はまだなされていない。

 また、太陽系内の始原天体(彗星・小惑星)やそこから飛来したと考えられる隕石や惑星間塵の研究から、われわれの太陽系形成についてのさまざまな情報が得られているが、これらの研究と太陽系外の惑星系形成現場の観測的描像とは必ずしもすっきり一致していないのが現状である。特に、隕石にありふれた存在であるFeを含むケイ酸塩鉱物が、太陽系外の若い星のまわりではこれまで見つかっていない。

 我々は、このような問題に対してすばる望遠鏡に搭載した中間赤外線観測装置COMICS(COoled Mid-Infrared Camera and Spectrometer)を用いた分光観測により迫ろうと考えた。COMICSのカバーする大気の窓の一つであるNバンド(波長8-13μm)には、ケイ酸塩鉱物のSi-O伸縮振動に由来したダストフィーチャが存在する。このダストフィーチャのプロファイルを解析することで、若い星のまわりに存在するダストのサイズ、組成、結晶状態の情報を導き出すことが可能である。さらに、すばる望遠鏡の集光力によりCOMICSはこれまでの中小口径望遠鏡に搭載された観測装置よりも高感度であるため、これまで観測が難しかったより暗い天体の観測をすることが可能となった。そこでわれわれは(A)太陽質量程度の低質量の若い星のまわりの原始惑星系円盤のダスト、および(B)原始惑星円盤から進化した残骸円盤のダストをCOMICSを用いた分光観測によって詳しく調べた。その結果上記(A)、(B)に関して次のような結果を得た。

(A)低質量の若い星のまわりの原始惑星系円盤のダスト

1.10μmシリケイトフィーチャの強度はsub-μmサイズ粒子が多ければ強く、μmサイズ粒子が多くなれば弱いという関係が見られた。このことは、シリケイトフィーチャ強度がダストサイズ分布の指標として使えることを意味する。

2.シリケイトフィーチャ強度と原始惑星系円盤の性質との関係を調べると、原始惑星系円盤が若い性質(LHα〓10-3L〓,Mdisk〓0.01M〓,LNIR/LIR〓4,Ldust/L*〓0.25)を示すとき、フィーチャ強度はさまざまな値(1〜3)を示したが、進化した円盤の性質を示すときはフィーチャ強度は弱い値(1〜2)を示した(図1)。このことは、進化した円盤のダストにはμmサイズ粒子が多く、sub-μmサイズ粒子はかなり減少していることを示す。円盤の進化に伴い、ダストがより大きな粒子に集積していることを示唆している。

3.若い性質を示す円盤でもフィーチャ強度が弱い天体が見られたが(図1の赤い点)、これらの天体は顕著なアウトフロー活動を示しており、円盤の内部加熱によってフィーチャ強度が弱められている可能性が高い(粒子成長ではない)。

4.非常に若い段階(〜1Myr)から5-20%のケイ酸塩ダストが結晶化していることが明らかとなった(図2)。このことは、原始星段階での円盤内側での加熱による結晶化とダストの円盤内での拡散モデル(e.g. Bockelee-Morvan et al.2002)の予言と調和的である。

(B)残骸円盤のダスト

 ベガ型星候補天体HD145263の周囲のダストから、ベガ型星で2例目となる結晶質ケイ酸塩ダストを検出した。さらに、隕石にありふれた存在であるFeを含むケイ酸塩鉱物の存在の手がかりを天文環境で初めて示唆した。ベガ型星のまわりのダストは、原始惑星系円盤のダストの生き残りではなく、微惑星や彗星などから再生成したダストであると考えられている。隕石も微惑星のような隕石母天体から飛来した破片であると考えられているため、隕石にありふれた存在であるFeを含むケイ酸塩鉱物ダストがベガ型星星周で見られることは、ベガ型星のダストが確かに微惑星起源であることの鉱物学的証拠であると考えられる。

図1:Hαのルミノシティ(横軸)に対するシリケイトフィーチャ強度(縦軸)の関係。活発な質量降着を示す天体(LHα〓10-3L〓)はさまざまなフィーチャ強度を示すが、降着活動が弱い天体のフィーチャ強度は弱いものがほとんどである。

図2:ケイ酸塩微粒子における結晶質微粒子の割合(質量%、縦軸)の中心星年齢(横軸)に対する変化。〜1Myrでも18%の結晶質粒子を含むものが存在している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、5 章と6 つのAppendix からなり、すばる望遠鏡に搭載された中間赤外線観測装置(COMICS; COoled Mid-Infrared Camera and Spectrometer )の分光機能を用いて行った、小質量前主系列星、および主系列星の星周円盤中の塵が放射するケイ酸塩鉱物に特有な放射スペクトル(以下、シリケイトフィーチャーと記す)の観測結果をまとめたものである。中質量星に比べて観測例が少ない小質量星の回りの原始惑星系円盤に対して、30 例という多くのシリケイトフィーチャーのデータを取得して詳細な解析を行うことにより、星・惑星形成に伴うケイ酸塩の塵の成長や結晶化等を、初めて系統的に調べることを可能にした。また、Vega 型星(塵円盤を持つ主系列星)に対しても、これまでで2例目となる結晶化したケイ酸塩塵によるシリケイトフィーチャーを検出し、その組成についても考察を加えている。

第1 章では、ケイ酸塩鉱物の組成や結晶構造等の解説から始まり、本研究の背景説明に至る丁寧な導入がなされている。

第2 章には、すばる望遠鏡中間赤外線観測装置によって得られたデータの処理の流れが記述されている。

第3 章は本論文の中心となる章である。ここでは、類似の他論文に比べて圧倒的に多い33 個の小質量前主系列星について、N バンドでの分光観測結果が提示されている。このうち、赤外線超過が検出されない、あるいは暗いためにデータの品質が悪い3 つの星を除いた30 個の星が示すシリケイトフィーチャーに対し、円盤中の塵が組成や結晶構造の異なる5種類のケイ酸塩の塵(それぞれが0.1μm と1.5μm の2 サイズの塵の混合物と仮定)、及び、やはりN バンド内に特有の放射を出すPAH(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon )から構成されるモデルによるフィッティングを行い、これら構成要素の相対的存在量を導出した。この解析の結果、シリケイトフィーチャーの連続波成分に対する相対強度は、サブミクロンサイズの塵が多いほど大きく、塵のサイズの良い指標となっていること、塵のサイズは中心星の年齢とは明確な相関が見られないが、原始惑星系円盤自身の若さの指標である水素のHα線強度や円盤の質量との間には、それらが大きいほど、すなわち円盤が若いほどサブミクロンサイズの塵が多い系が存在するという、円盤進化に伴う塵の成長を示唆する結果が得られている。また、結晶化したケイ酸塩塵の割合は、サンプル中で最も年齢が若いと見られる系においても5〜20%であり、原始星の段階から結晶化が起きていることを示している。

第4 章では、Vega 型星HD145263 の星周塵円盤のシリケイトフィーチャーについて議論している。ここではVega 型星ではβPic に次いで2 例目となる結晶化したケイ酸塩の存在を示すスペクトルが得られているが、スペクトル形状の詳細な検討に基づき、鉄を含むケイ酸塩の存在が示唆されている。明確な結論は今後の研究を待たねばならないが、我々の太陽系では隕石中に豊富に含まれるにもかかわらず太陽系外では見つかっていない鉄を含むケイ酸塩鉱物が、初めて同定された可能性がある。

第5 章では、以上の結果と、今後の研究計画が簡潔に述べられている。

これまで述べたように、本論文は、すばる望遠鏡の大集光力を活かした中間赤外線領域の分光観測により、小質量星の原始惑星系円盤中の塵が放射するシリケイトフィーチャーの観測を初めて系統的に行い、さらに主系列星の星周塵円盤にも観測を拡大したものとなっている。原始惑星系円盤のシリケイトフィーチャーの解析で用いられたモデルの妥当性の検討や、塵のサイズや結晶化ケイ酸塩の割合と円盤の年齢指標との相関が単純ではなく、若い系で大きな多様性を示すことの理解等、今後の研究に期待せねばならないことも多い。しかし、赤外線分光観測によって塵の組成やサイズ、結晶構造の変化をとらえ、惑星形成過程を理解しようとするこの研究分野はいまだ黎明期にあり、多くの小質量星周りの原始惑星系円盤、さらにはVega 型星の塵円盤についても最新の観測結果を与え、それらの解釈に向けて第一歩を踏み出した本論文の価値は非常に高い。

なお本論文は、伊藤周、岡田陽子、岡本美子、尾中敬、片坐宏一、酒向重行、左近樹、田窪信也、藤吉拓也、宮田隆志、山下卓也との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測・データ整約・解析・議論をすべて行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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