学位論文要旨



No 119936
著者(漢字) 牛久保,孝行
著者(英字)
著者(カナ) ウシクボ,タカユキ
標題(和) 同位体及び希土類元素を用いた炭素質隕石中の難揮発性包有物の起源物質及びリムの形成に関する研究
標題(洋) Isotopic and REE studies of refractory inclusions in carbonaceous chondrites : formation of their precursors and rims
報告番号 119936
報告番号 甲19936
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4665号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 教授 杉浦,直治
 茨城大学 教授 木村,眞
 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 助教授 比屋根,肇
内容要旨 要旨を表示する

 始源的隕石に見られる難揮発性包有物;Refractory inclusion(又は Ca-,Al-richinclusion: CAI)は、太陽系起源物質では最古のPb-Pb年代をもつ難揮発性物質(Ca,Al等)に富む粒子であり、O,Mg,Ca,Ti等の様々な元素に同位体比異常がみられることから、その起源や形成機構を理解する事は太陽系初期の環境を理解する上で重要であると考えられる。

 しかし、CAIの鉱物学的特徴や同位体の特徴が多様であることや、複数回の熱プロセスを経て形成された可能性がある一方でその熱源が明らかでないことから、CAIが如何にして形成されたかは必ずしも明らかにされていない。本研究では、東京大学にある二次イオン質量分析計(SIMS)を用いて複数元素の同位体比測定と希土類元素濃度測定を行い、個々のCAIを形成した起源物質の同位体比や希土類元素(REE)濃度の特徴を明らかにし、それらを用いてCAIの起源や形成プロセスに制約を与えることを試みた。

 CAIのうち、Coarse-grained CAI に分類される大型のCAI(〜1cm)は、熔融を伴う複雑なプロセスを経て形成されたと考えられている。Coarse-grained CAIはWark-Lovering(W-L)rimと呼ばれる特徴的な層構造で外縁を囲まれている事が知られている。W-Lrimは内側から(1)spinel(MgAl2O4)と少量のperovskite(CaTiO3)層,(2)melilite(Ca2{Al2-MgSi}SiO7)もしくは変成鉱物層,(3)diopside(CaMgSi2O6)層の3層構造を持つ(図1)。W-L rimは厚さが僅か50μmの程度の薄い層構造であること、CAIの最外殻に位置することから、CAI形成の最終的なプロセスを反映している事が予想される。そのため、CAI内部とW-L rimの比較を行うことで、coarse-grained CAIがどの程度多様な起源物質を取り込んで形成されたか、また如何にして形成プロセスが終了したかを理解する上で、W-L rimそのものの形成プロセスの解明は重要である。本研究では、まずW-L rimのMg,O同位体比とREE濃度の局所分析を行い、rim形成起源に関する考察を行った。

 CAI内部及びW-L rimのMg同位体比測定の結果を(図2)に示す。F(Mg)はMg同位体比分別の大きさを示す(単位は‰/amu)。Coarse-grained CAI内部は重いMg同位体に濃集(F(Mg)>0)している事が知られており、熔融時にMgの蒸発を経験した為と考えられている。本研究では、W-L rimのspinel層にも重いMg同位体の濃集(F(Mg)>0)がある一方で、diopside層には重い同位体の濃集は見られない(F(Mg)〜0)事を明らかにした。これは、W-L rimのspinel層とdiopside層の起源が単一でない事を示している。また、REE濃度分析の結果、W-L rimのspinel層(図3 茶色)とdiopside層(同 緑)のREE濃度はCAI内部(同 青)と類似する事が解った。Spinel層の重いMg同位体の濃集は、spinelがCAI内部物質の熔融・固化の際に晶出したと考えると説明できる。これは、Coarse-grained CAIの平均組成とも調和的である。融解した物質は放射により表面から冷却が進行し、結晶の晶出はまず表面で行われる事が予想される。W-L rimのspinel層は、融解した液滴の表面で晶出したspinelの痕跡であると考えられる。一方で、外側の構造は原始太陽系星雲ガスから供給されたと解釈せざるを得ない。これは、diopside層のMg同位体比が重い同位体に濃集していないという測定結果と矛盾しない。Diopside層とCAI内部のREE濃度パターンが類似する原因は明らかではないが、spinel層を挟んで内部の物質と反応した可能性があるが、結晶化に伴う希土類元素の分配とは調和的ではない。本研究の結果は、CAI内部と類似のREE濃度パターンを持つ物質が集積したと考えると調和的である。この場合、coarse-grainedCAIは共通のREE濃度パターンを起源物質とする、極めて限定的な環境で形成されたことを示唆している。

 次に、本研究ではhibonite(CaAl12O19)を主成分とする細粒のCAI(〜100μm)(図4),hibonite inclusions,のMg,O,Ca,Ti同位体比の測定を行いその特徴について議論した。CAIには特徴的な酸素同位体比異常(δ17O〜δ18O〜-50‰)があることが知られており、CAI形成領域に酸素同位体比異常があったと考えられている。Hibonite inclusionsにはさらにCa,Ti同位体比異常を持つものがあることが知られている。しかし、CaやTiに同位体比異常があるCAIに関するO同位体比のデータがほとんど無いため、Ca,Ti同位体比異常を持つCAIは特殊な(酸素同位体比的にも特異な)ものなのか十分に議論されなかった。多くのCAIの比較分析を行うため、薄片上のCAIを測定するだけでなくFreeze-thaw法により隕石を破砕し直接CAIを取り出す手法を用いた。図5にCa,Ti同位体比の測定結果を、図6に酸素同位体比の測定結果を示す。

 Ca,Tiの同位体比異常は48Caと50Tiに典型的に見られるため、図5には48Caと50Tiの同位体比異常のみ示した。PLACs及びHib+Px spherule(図4参照)に大きなCa,Tiの同位体比異常(-40‰〜+40‰)を持つものが見つかったが、酸素同位体比はCAI全般に見られるCCAMlineと呼ばれる直線上に分布した(HAL-type inclusions を除く)。図5に見られるδ48Caとδ50Tiの正の相関は、これまで見つかっているCa,Ti同位体比異常の傾向と一致している。この事から、Ca,Tiに大きな同位体比異常を持つCAIも含めて、他のCAIと同様の酸素同位体比異常を持つ事が示唆される。

 また本研究では、幾つかのPLAC及びHib+Px spheruleの中に負の26Mg同位体比異常を持つものがある事が明らかになった(図7)。図7はPLAC及びHib+Px spheruleと、一般のCAIのうち26Alの放射壊変の影響の少ないMg-rich 鉱物(27Al/24Mg<3)のF(Mg)とδ26Mgを同時に示したもので、それぞれ25Mg/24Mg、26Mg/24Mgの同位体比異常の大きさに相当する。本研究におけるδ26Mgの測定精度は1‰程度であり、δ26Mg〜-3‰は有意な値と考えられる。一般に、典型的なCAIには太陽系初期に存在した短寿命放射性各種;26Al(半減期71万年で26Mgに壊変)の放射壊変に伴う正の26Mg同位体比異常が見られる事が知られている。一方で、大きなCa,Ti同位体比を持つPLACsとHib+Px spheruleは26Alの痕跡が有意に小さい(26Al存在量が少ない)ことが知られているが、単に26Alの存在量が少ないだけならば、δ26Mg=0になるはずである。δ26Mgの負の同位体比異常の存在は、太陽系形成初期にはCaやTi等の難揮発性元素の同位体ばかりでなく、比較的揮発性の高いMgにも同位体比異常(26Mgの欠乏、あるいは24Mgの欠乏)が残されていた証拠と考えられる。

 δ26Mgの負の同位体比異常は、PLACsやHib+Px spheruleに高い確率で見られる一方で、他のCAIからは有意な26Mgの負の同位体比異常は見られなかった。これは、他のCAIに大きなCa,Ti同位体比異常が見られない事と調和的である。Mg,Ca,Ti等の同位体比異常は、PLACsやHib+Px spheruleが形成された時期には太陽系内に同位体比の不均一があった事を示すと考えられる。また、そのような物質はcoarse-grainedCAIなどの形成には寄与していないことも示唆される。

 現在のところ、太陽系初期の同位体比の不均一性については十分な理解が得られていない。MgはCaやTiに比べて極めて同位体比測定の容易な元素である。今後、太陽系初期の同位体比の不均一に関する研究を行う上で、Mg同位体比測定は有力な手段になる事が期待される。

図1 Coarse-grained CAIとW-L rimの模式図

図2 CAI内部及びrimのMg同位体比

図3 CAI内部及びrimのREE濃度

図4 Hibonite inciusionsのSEM像。HiboniteからなるPLACs(上)Pyroxeneを含むHib+Px spherules(下)

図5 Hibonite inciusionsのCa,Ti同位体比。δ48Ca,δ50Ti同位体比異常に正の相関がある。

図6 Hibonite inclusionの酸素同位体比。δ48Ca,δ50Tiに大きな同位体比異常を持つものもCCAM line上に分布する。

図7 F(Mg)‐δ26Mgプロット。PLACSとHib+Px spheruleにδ26Mg<0がみられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章およびAppendix2章からなり、CAIといわれる太陽系最古の固体物質の原物質と、CAI形成に関する制約を、2次イオン質量分析計(SIMS)を用いた詳細な鉱物化学的および同位体的研究により進めた結果が示されている。研究の結果、CAIの形成環境、形成過程につき、新しい制約を与えている。

 第1章は本研究のイントロダクションで、隕石の分類、難揮発性包有物に関する今日的到達点がまとめられ、未解決の問題、本研究の目的が示されている。本章において、CAIが太陽系最古の固体物質としてもつ鉱物化学的特徴を、組織・組成・同位体的特徴・REEの特徴にもとづき整理し、特にその成因の不明なものとして、粗粒CAIに普遍的にみられるWark-Lovering Rim(W-L rim)といわれる層構造、同位体異常を示す原物質の意義にもとづき、CAIの研究が与える初期太陽系における物質進化理解への制約が予測的に述べられ、本研究の目的とその意義が示されている。

 第2章においては、研究方法が述べられ、試料の準備、SEMによる組織観察、SIMSによるデータ処理の方法、酸素同位体・Mg同位体・CaおよびTi同位体・REE分析のそれぞれの手順、分析の誤差が述べられている。

 第3章は試料の記載で、研究をおこなった粗粒CAI5個、細粒CAI2個、アメーバー状かんらん石包有物3個、HAL型包有物1個、斜長石を含む包有物8個、スピネル型包有物5個、ヒボナイトー輝石型包有物2個、スピネルー輝石型包有物6個、未知型1個の記載をこなっている。この結果、従来の研究に比して、本研究が網羅的であり、結果の普遍性を保証するうえで大切なものとなっている。

 第4章は分析結果の章で、酸素、Mg,Ca,Ti同位体分析結果が、CAIの型ごとに示されている。重要な発見は、W-L rimのもっとも内側であるspinel層にはCAI内部同様の重いMg同位体の濃集(F(Mg) >0)がある一方、その外側のdiopside層には重い同位体の濃集は見られない(F(Mg)〜0)ことである。さらに、spinel層もdiopside層もREE濃度は個々のCAI内部と類似する事が示された。Mg同位体が重いことは、CAI形成時に融解、部分蒸発がおこり、現在のCAIはその残渣であることがわかる。一方diopsideの軽いMg同位体は、部分蒸発ガスの再凝縮であると理解されるが、REEの存在量のパターンがCAI内部と同一であることは、個々のCAIのREEの特性はCAI形成以前に獲得され、揮発性成分の蒸発再凝縮はきわめてローカルな反応であることを示している。この結果、spinel層は融解した液滴から晶出したもの、diopside層はリムの最外層とガスの反応の結果生じたことが示された。本研究の結果、CAI形成が太陽系星雲の冷却のにともなう大規模なプロセスという従来の考えかたは誤りであり、局所的な加熱メカニズムによることが初めて明らかにされた。

 第6章では、hibonite(CaAl12O19)を主成分とする細粒のCAI(〜100μm)(図4),hibonite inclusbns,のMg,O,Ca,Ti同位体比の測定、CaとTiの同位体比が相関する異常を示すこと、それらの酸素同位体比は、従来CAIに一般的に報告されている見られる16Oの多寡による混合線上の値をもつことが明らかになった。CaおよびTi同位対比異常は元素合成過程以外では作り得ないものであることを考えると、本研究の結果初めて示されたそれら元素と酸素同位体費異常の関連は、酸素同位体異常も元素合成過程に由来すると考えるべきであることを示唆している。隕石の酸素同位体異常については、最近太陽系内の光化学反応によるものとする考えも示されているが、本研究の結果は、超新星などにおける幻想合成過程がその原因であり、そこで作られた同位体異常をさまざまな元素に関してもっている固体粒子が太陽系前駆物質にとりこまれ、初期太陽系におけるガスの凝縮の不均質核形成のサイトとなったことを示した。

 また本研究では、いくつかの包有物中に負の26Mg同位体比異常を持つものがあることを発見した。これは従来全く知られていなかった事実で、しかも、ある種の包有物に高い確率で見られる一方、他のCAIからは見いだされないことから、初期太陽系内に同位体比の不均質があったことを示したことになる。

 本論文6章は、杉浦直治、平井健一、木村眞、橋元明彦と、比屋根肇との共同研究であるが、分析はすべて本論文提出者がおこなったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上のようにく本博士論文は、詳細な分析を通じ、初期太陽系における固体物質の形成と進化に関し、重大な制約をあたえ、従来の多くの考え方の誤りを指摘した点で、当該分野の研究の発展に大きな貢献をした。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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