学位論文要旨



No 119938
著者(漢字) 中東,和夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカヒガシ,カズオ
標題(和) 長期広帯域海底地震観測による日本海東部下のマントルウェッジ構造に関する研究
標題(洋) A study on the structures of the mantle wedge beneath an eastern part of the Japan Sea revealed by long-term broadband seafloor seismic observations
報告番号 119938
報告番号 甲19938
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4667号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金沢,敏彦
 海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター長 深尾,良夫
 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 助教授 森田,裕一
 東京大学 助教授 篠原,雅尚
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 背弧海盆である日本海は、その形成過程を明らかにする為に様々な地球物理的観測が行なわれている。地震学的手法では、制御震源を使った地殻構造探査が数多く行なわれている。しかし、制御震源ではエネルギーが深部まで伝わらない事もあり、日本海下のマントルに至るまでの深部構造は得られていない。また、表面波やトモグラフィーなど自然地震を使った深部構造の解析も行なわれているが、日本海には地震観測点が無いために、大局的な構造は得られているが、分解能が高くない。日本海の形成過程を考察する為には、日本海深部、マントルウェッジの構造を知る必要がある。そこで、日本海において長期広帯域海底地震観測を行い、日本海下のマントルウェッジの構造を求め、日本海の形成を考察する事を目的として本研究を行なった。

2. 観測概要

 2001年10月から2004年5月までの2年半にわたり、広帯域海底地震計(BBOBS)を3回繰り返し同一地点4カ所に設置し、観測を行なった。センサーには観測周波数帯域0.0028〜50Hzの広帯域地震計を主に使用した。3回の観測で、のべ10台の海底地震計を使用した。一部のBBOBSでは記録を得られなかったものもあるが、それ以外の地震計ではおおむね良好な記録を得ることができた。また、長期観測広帯域観測を行なっている測線下の地殻構造を知るために制御震源を用いた構造探査実験も行なった。

3. 日本海における地震学的雑微動レベル

 日本海ではこれまで長期にわたる広帯域海底地震観測が行われたことはなく,今後の観測のためにも,広帯域の地震学的雑微動の特性を知っておく必要がある.そのために,得られたBBOBSの長期連続データより、日本海での地震学的雑微動レベルを求めた。解析には,観測期間すべてにわたって,1時間分のデータからFFTにより,パワースペクトル密度を求めた.得られた雑微動レベルと陸上の地震観測点の雑微動レベルを比較すると、観測期間すべてにわたって,陸上の観測点で雑微動レベルが高いと言われるHigh Noise Modelよりも低く、日本海における広帯域海底地震観測は,陸上観測と比較しても遜色のないことがわかった.

4. 地殻構造探査

 一般には海底には,地震波速度が遅い堆積層が厚く存在している.そこで,海底地震計を用いて,走時データから深部の構造を推定するためには,観測点直下、特に堆積層の走時への影響を正しく見積もる必要がある.また,長期広帯域観測を行っている測線下の地殻構造を求めることは,結果を解釈するときに有用な情報となる.そこで、長期地震観測を行なっている測線上に短期型海底地震計(OBS)8台を設置し,制御震源(エアガン25l)を使用した地殻構造探査を行なった。観測船とOBSの位置、制御震源の発震時刻と位置を正確に求めたのち、破線追跡法(Zelt and Smith 1992)を用いて試行錯誤的に速度構造を求めた.その結果,測線下の堆積層の速度と厚さが正確に求まり,広帯域海底地震計のデータ解析に必要な情報が得られた.また,大和海盆中央部を横切っている長期観測測線下の地殻の厚さは約12kmであることがわかった。

5. 表面波解析

 本研究の長期海底地震観測では,地殻の速度構造が大まかには同じと考えられる領域に2点の海底広帯域地震観測点が存在するために,2観測点法による表面波の解析を容易に行える.解析は,地震計の特性補正を施した上下動記録を用いて、地震計間のレーリー波位相速度の分散曲線を2観測点法によって求めた。データには2観測点を結ぶ測線から方位差1度以内の地震5個を用いた。その後、DISPER80(Saito,1988)により計算された分散曲線と観測で得られた分散曲線を比較することにより、試行錯誤的にS波一次元モデルを推定した(図1)。大和海盆から大和碓にかけての上部マントルS波地震波速度構造モデルははっきりとした高速のlidは見られず、低速度層の速度変化は緩やかである。これは海洋プレートの構造よりもむしろ、大陸下で見られる構造に近い。

6. 実体波トモグラフィー

 日本海に地震観測点を設置したことにより,観測点がある大和海盆から大和碓にかけての測線下の上部マントルを通る地震波を観測することができた.そこで,日本海の長期海底地震観測点と陸上観測点で得られたデータを使用して実体波トモグラフィー法(Zhao et al.,1992,1994)により,能登半島沖から大和碓にかけての日本海下のP波、S波速度構造モデルを求めた。使用した観測点は大学、気象庁の205点、BBOBS4点の209点である。震源は1997年10月からの気象庁一元化震源5180個(BBOBS読みとり197個)、震央距離30〜90度の遠地地震100個を使用した。BBOBSの走時は構造探査で得られた地殻構造より,構造の変化による走時を補正した。得られた結果(図2)から大和海盆下深さ150kmまでの上部マントルのP波速度は、IASP91に比べて、速いことが判った。また、深さ300km付近のプレート境界直上から、日本列島の火山フロントにかけて低速度域が連続していることがわかった。

7.まとめ

 日本海で初めて長期海底地震計による繰り返し地震観測を行った。その結果,日本海での長期地震観測データを得ることができ,長期にわたる日本海海底での地震学的な雑微動特性を明らかにした.制御震源構造探査により、地殻のP波速度構造を明らかにし、大和海盆の地殻の厚さは海洋地殻よりも厚いことがわかった.また,表面波解析により,大和海盆下の深さ150kmまでのS波構造は大陸下で見られるものに近いことを明らかにした.さらに、実体波トモグラフィー法を用いて,大和海盆下のマントルウェッジP波およびS波速度構造を明らかにし,大和海盆では深さ150kmまでは,P波速度が標準構造よりも速いこと,深さ300km付近のプレート境界付近から低速度領域が日本列島下に連続していることを示した.これらの結果は,大和海盆が形成するときに海洋底拡大によるものというよりは,大陸地殻が伸張して形成されたという考えを支持する。

図1表面波解析の結果

赤線:本研究 赤領域:誤差範囲

黒線:0-4Maの海洋(Nishimura and Forsyth 1989)

黒破線:中国大陸(Tsai and Wu 2000)

図2

実体波トモグラフィー法により得られたP波

速度構造

赤色が高速度、青色が低速度を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる。第1章は、序論であり、背弧海盆の形成過程に視点をおいて、プレートテクトニクスによる島弧―海溝系についての研究と背弧海盆である日本海形成に関する地球物理学的研究をレビューし、日本海深部特にマントルウェッジの構造の解明が日本海形成の研究に新たな展開をもたらすことが述べられている。

 第2章は、日本海における長期広帯域海底地震観測について述べられている。日本海で最初の広帯域地震観測である2年半におよぶ広帯域の連続地震観測データを解析して、日本海海底の地震学的雑微動レベルが陸上観測点で得られているHigh Noise Modelよりも低いこと、大洋底では雑微動レベルの変動がより強く風速と相関しているのに対して日本海海底では雑微動レベルの変動はより強く気圧変化に相関していることが述べられている。日本海で雑微動レベルが広帯域地震観測を行うに十分なほどレベルが低いことと、日本海という縁海ではその変動の要因が大洋底と異なっているという結果は、本論文による新たな知見である。

 第3章は、日本海大和海盆の地震波地殻構造について述べられている。長期広帯域海底地震観測が行われた測線上で人工地震による構造調査を行い、中部大和海盆の地殻の二次元地震波速度構造を、τ―p法と二次元波線追跡法(Zelt and Smith, 1992)により求めている。海底地震計直下の地殻構造は、日本海深部・マントルウェッジ構造の精度のよい解析を進める上で不可欠な情報である。地殻最下部の上面および下面のP波速度は、それぞれ6.6km/s、6.9km/s。モホ面の深さは海面下約18kmであり、最上部マントルのP波速度は約8.0km/sであることが得られた。Hirata et al.(1989)による7.1-7.2km/sのP波速度を持つ領域が地殻下部に厚く存在しまた7.2-74km/sのP波速度を持つ高速度層がモホ面直上に存在するという地殻構造に対比すると、本論文で得られた地殻構造および周辺海域で得られている地殻構造には高速度層が確認できないという点で大きな相違がある。そのような厚い高速度層は大和海盆の中心部にのみ局在しているのではないかという可能性が述べられており、大和海盆の形成過程を理解する上で重要な新たな知見である。

 第4章は、表面波を用いた日本海大和海盆下のS波速度構造について述べられている。広帯域の海底地震計に明瞭に記録された表面波を解析して、海底地震計間の基本レーリー波位相速度の分散曲線を二観測点法(Sato, 1955, Dziewonski and Hales, 1972)により求めている。得られたS波構造モデルは、最上部マントルで4.4km/s、深度とともにS波速度は遅くなり深さ150kmで約4.2km/s程度となる。典型的海洋や大陸で得られている構造と比較して、大和海盆から大和堆にかけてのマントル構造が大陸下の構造に近いという新たな知見が得られている。

 第5章は、日本海東部下マントルウェッジの地震波速度構造について述べられている。大和海盆から大和堆にかけて設置した4観測点で上部マントルを通る地震波を初めて捉え、205点の陸上観測点データを加えた実体波トモグラフィ法(Zhao et al., 1992, Zhao et al., 1994)により、能登半島から大和堆にかけての日本海下のP波とS波の速度構造が求められている。大和海盆下深さ150kmまでの上部マントルのP波速度はIASP91に比べて速いこと、また沈み込むスラブにほぼ並行な低速度域が深さ300km付近のプレート境界直上から連続して日本列島の火山フロントまで存在するという新たな知見が得られている。

 第6章は、結論であり、本研究で求められた深さ300km付近までの日本海東部下のマントルウェッジ構造に関する新たな知見は、大和海盆が大陸地殻の伸張により形成されたことを支持することが述べられている。

 本論文は、長期広帯域海底地震観測という最近開発された観測手法を利用して、これまで地震観測点のなかった日本海で全く新しい地震観測データを蓄積し、日本海東部下のマントルウェッジ構造に関する新たな知見が得られている点において、また島弧―海溝系のダイナミクスについての理解を進める上でも重要な知見が得られている点において、博士論文として十分に評価できる。

 なお、本論文は、篠原雅尚・山田知朗・酒井慎一・望月公廣・金沢敏彦・塩原肇・植平賢司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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