学位論文要旨



No 119939
著者(漢字) 松澤,孝紀
著者(英字)
著者(カナ) マツザワ,タカノリ
標題(和) 地震すべりと摩擦溶融の相互作用に関する数値シミュレーション
標題(洋) Numerical Simulations of the Interaction between Seismic Slip and Frictional Melting
報告番号 119939
報告番号 甲19939
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4668号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 井出,哲
 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 武尾,実
 京都大学 教授 嶋本,利彦
内容要旨 要旨を表示する

 地震時に断層面で発生する摩擦熱の影響については、熱の生成を地震波や地殻変動のデータから推定することが困難であることもあり、これまで地震の動的破壊過程における主要な問題としてはとりあげられてこなかった。しかしながら、断層面での急激な温度上昇によって岩石の融解現象が発生する場合には、摩擦力が急激に低下し、断層運動の進展に大きな影響を与えることが予想される(例えば、Jeffreys,1942;なお本論文では、このような挙動をmelt lubricationと表現する。)。

 地震による岩石の融解が実際に存在することは、断層面で観察されるシュードタキライトの研究より示されており、また高速摩擦すべり実験(Tsutsumi and Shimamoto, 1997; Hirose and Shimamoto, 2004)からは岩石融解時の摩擦挙動が明らかにされつつある。高速摩擦すべり実験では、岩石が部分融解を開始するとともに摩擦力が強くなる結果が得られており、melt lubricationとは逆に、岩石が融解して生じる高い粘性摩擦力によって、断層運動が抑制される可能性が指摘されるようになった(本論文ではこの挙動を、viscous brakingと表現する。)。

 従来の摩擦熱に関する数値的な研究では融解に達するまでの温度場の計算を行うにとどまっており、先に挙げたような融解現象が生じた場合に断層運動が促進されるか、抑制されるかという問題に対して、定量的な議論を行う段階には至っていなかった。本研究では、断層運動の開始から融解後までの断層面での摩擦挙動をモデル化することで、上に述べたような融解現象と地震すべりの相互作用を、数値シミュレーションを通じて明らかにすることを目指した。

 断層運動の開始から融解後までを含む断層運動をシミュレーションするために、本研究では、摩擦挙動を次の3つのregimeに分けて考えることにした。(1)すべり開始後の一定の摩擦レベルを示す、摩擦すべり過程(2)断層で部分融解が開始することによって、徐々に粘性摩擦が支配的になっていく、遷移過程(3)連続した融解層が形成され、徐々に層厚が増加していく、粘性摩擦過程、である。遷移過程での摩擦力については、層内の温度上昇に従って摩擦すべりから粘性すべりへと徐々に遷移するよう与えた。また、融解層での摩擦については、温度の関数として与えられる粘性係数と融解層内での層流を仮定して与えた。この摩擦力を規定するのは温度場と融解層の厚さ(および融解層境界面でのすべり速度)であり、これらのパラメターの時間発展を有限差分法によって計算した。一方、弾性体側については一次元と二次元の弾性体による応答を考えた。一次元弾性体についてはradiation damping model(Rice,1993)を用いてモデル化し、Runge-Kutta法による計算を行った。二次元問題についてはMode IIIの破壊を扱うこととし、速度と応力で表現したstaggered gridによる有限差分法による計算を行った。このような弾性体に先の摩擦挙動を境界条件として加えることで断層運動と摩擦溶融の相互作用を数値的にシミュレーションした。

 上に述べた摩擦のモデル化によって、高速摩擦すべり実験から得られている部分融解の開始に伴って生じる摩擦力の上昇、および、連続した融解層が形成された後に摩擦力が降下していく挙動を再現することができた。また、一定速度のすべりが与えられた場合の時間発展、および一次元弾性体との相互作用を加えた場合の時間発展の計算から、摩擦応力やすべり速度、発熱層厚さ、熱拡散係数、粘性率等のパラメターが摩擦挙動に与える影響を評価した。これより、すべりの継続と断熱的状況であるかどうかがmelt lubricationに至りうるかに強く関係していることが示唆された。

 さらに、この摩擦モデルと二次元の弾性体をカップリングさせた問題を解くことで得られた、断層面上の各点でのすべり速度と応力の履歴の例が、それぞれ図1と図2に示されている。摩擦の遷移過程において断層面上での応力が上昇することによって、viscous brakingの状態が現れるものの、すべりが継続することによって、完全な融解が生じ、大きな応力降下およびそれに伴う大きなすべりが見られる。以上のようなシミュレーションを様々なパラメターについて行い、20kmの大きさのアスペリティーですべりがおきた場合を想定して、melt lubricationが見られうるかどうかを示したのが図3、4、5である。

 本研究では、応力降下量5MPa、摩擦応力20MPa、発熱層厚さ2mmという、実際に十分実現可能と考えられるパラメター内でmelt lubricationが引き起こされることが示された。パラメターを変化させた結果(図3、4、5)より、摩擦応力レベルの上昇、応力降下量の増加、断層厚さの増加、熱拡散係数の低下、粘性係数の低下、融解完了温度の上昇が、それぞれmelt lubricationを引き起こしやすくする傾向が得られた。これらのうち、応力降下量や厚さに対する依存性は、相反する相互作用が考えられるために定性的な説明のみでは予測できないものであり、興味深い結果といえる。この計算においては、融解が容易に生じうるような結果が得られたが、実際の断層においては融解の証拠と考えられるシュードタキライトはそれほど多く見つかっていない。これは、断層運動のシミュレーションに用いたモデルと実際の断層運動の相違によって生じているものであり、実際の断層運動においては非弾性変形の領域が、本研究の仮定よりも相当に広がっていることが予想される。これ以外にも、部分融解の開始によって生じる高い応力が周囲の断層のすべりを開始させることによって、すべり領域が拡散している可能性や、周囲の岩石の注入脈への融解物質の流入のために、たとえ融解が始まった場合においても摩擦力が十分に低下せず、さらなる融解を引き起こすような応力降下を示さない可能性なども考えられる。しかしながら、シュードタキライトが観察されていることは事実であり、地震波の観測において、viscous brakingによってself healing pulse的な挙動を示した波の後に同じ場所からの大きな波が得られた場合には、本研究で見たような融解が起きている可能性があり、アスペリティーからの波を詳細に解析することによって、融解の可能性を指摘することも期待される。

図1. 断層面での各点でのすべり速度の履歴。黒、赤、紫、緑、青の線はそれぞれ、破壊開始点から、0,2,4,6,8kmの点に対応。

図2. 断層面での各点での応力の履歴。線の色については図1と同じ。

図3. 初期モデルから摩擦応力と応力降下量を変化させた場合。○はmelt lubricationあり。△はなし。

図4. 発熱層の初期厚さと熱拡散係数を変化させた場合

図5. 融解完了温度Tmと粘性率を変化させた場合

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は地震すべりと摩擦溶融についての論文であり、以下の六章から成り立つ。第一章はイントロダクションであり、この論文の地震研究における位置づけを既往の研究と関連付けて説明している。第二章はこの論文中最も重要な摩擦溶融モデルについての説明である。第三章では数値シミュレーションに導入する方法、第四章ではその数値シミュレーションの実行結果について説明されている。第五章では観測事実との対比や残された問題点についての考察を行い、第六章で結論を述べている。

 地震は高温高圧化の高速摩擦すべり運動と考えられており、古くから断層面上での摩擦溶融が示唆されてきた。溶融により断層面上の応力状態が劇的に変化するのでその重要性は多くの研究者が認識していた。地質観察における断層溶融岩の存在や、岩石摩擦実験における溶融層の生成などその証拠と考えられる事実も少なくない。しかし最近摩擦についての理解が急速に発展した間にも、その最中に相変化を伴うような複雑な問題については理論研究が及んでいなかった。特に相変化後の議論はほとんどされていなかった。

 論文提出者はこのような現実的な摩擦溶融の問題に初めて理論的に取り組んだといってよい。そのポイントは固体摩擦領域と粘性摩擦領域をつなぐ遷移領域のモデル化にある。溶融が現実的な融点より低い温度から始まるという仮定の下に、遷移領域の摩擦法則を固体摩擦と粘性摩擦との線形結合で表現した。彼はこの摩擦溶融モデルを用いて様々な数値シミュレーションを実行している。

 一定速度で運動する岩石間の摩擦溶融シミュレーションは実際に行われた摩擦溶融実験と対比できる。本研究の結果はHirose and Shimamoto(2004)の岩石実験の定性的な特徴を良く捉えている。また一次元ばねや二次元クラックという理論的によく研究されている問題に適用することで摩擦溶融の効果がはっきりと示される。本研究の摩擦溶融法則から導かれる摩擦すべり過程の最も特徴的な点は摩擦溶融の開始とともに粘性摩擦効果で断層面での応力が急増し、すべりが抑制される場合があるということである。この様な振る舞いは広いパラメター範囲でみられることも明らかになった。これは地震の断層すべり過程を考える上で重要な要素である。

 これまで手がつけられなかった問題に挑戦し、理解可能な形でモデルを提出したことの意義は審査員全員の高く評価するところである。そのモデルのもっともらしさも数値シミュレーションでよく検討されている。問題点がないわけではないがこのような挑戦に解決されない問題点が残るのは当然であり、むしろ今後の発展性があるとして評価したい。扱いやすい形でのモデルの提唱により地震の動的破壊における摩擦溶融の問題が今後より重要視されるのは確実であり、この研究はそれらの研究に先鞭をつけたものとして今後さらに評価が高まることであろう。

 尚、本論文は武尾実教授の指導の下に行われた研究をまとめたもので、共同研究として公表されるが、論文の骨格は論文提出者自身の発想に基づくものであり、結論に至るまでの数値計算も論文提出者が主体的に行ったものである。従って論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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