学位論文要旨



No 119940
著者(漢字) 安藤,亮輔
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,リョウスケ
標題(和) 高速時空間境界積分方程式法の開発と,断層帯の形成と地震破壊のダイナミクスに関する理論的研究
標題(洋) Development of Efficient Spatio-temporal Boundary Integral Equation Method and Theoretical Study on Dynamics of Fault Zone Formation and Earthquake Ruptures
報告番号 119940
報告番号 甲19940
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4669号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 防災科学技術研究所 主任研究員 福山,英一
 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 助教授 吉田,真吾
 東京大学 助教授 加藤,尚之
内容要旨 要旨を表示する

 近年の理論的および実験的,観測的研究の進展により,地震学の対象が,震源での破壊現象の開始から成長,停止に至る全過程の動力学的考察に拡がった.ところが,現在の震源研究の到達点は,同時に,その地震学の標準的な枠組みに重大な課題を提起している.断層構成則の理解はそのような地震破壊を理解するのに重要であるが,様々な素過程が複雑に絡み合った非線形現象を定式化する必要があるので,その原理的理解にはまだ困難が伴っている.従って現在の震源研究の標準的枠組みでは,その定式化には,基本法則は室内実験により導かれ,それに,自然地震の波形インバージョン解析より導いた臨界滑り量Dcの値が加味される経験則を用いることが一般的である.

 地震破壊現象は,鉱山での山跳ねから大地震まで,非常に大きなスケール範囲で生じる現象である.それに対して,現在の地震学が標準的に採用している,実測のための手法,つまり室内実験と地震波解析が対象とできるスケール範囲は,それぞれ極めて限られていて互いに大きな乖離がある.本来,経験則は,その実測が行われた範囲内でその正当性が主張されるべきであるものであり,おのずと適用限界が定まるべき性質のものである.しかし,現在の地震学が要請する地震破壊の支配法則に関する知見は,従来定式化されてきた経験則の適用限界を遙かに超えているのである.従って,その原理的理解,特に実験室系と自然地震の発生する現実の系の間のスケール関係は,ほとんど解明されていないのである.

 一方,自然の断層の重要な特徴は,断層帯という内部構造を持っていることである.しかし,従来の地震破壊モデルでは,断層は一枚の無限に薄い面として扱われているため,このような厚みを持った断層帯の動力学的挙動は考慮されていなかった.

 本研究では,断層帯内部の複雑な幾何学的構造にこの動的破壊の全過程を理解する鍵があるとの考えの基に,新たにマルチスケール地震破壊モデルという概念とそのための新たな計算手法を導入し,地震破壊現象を基本的に理解することを試みる.このモデル化では,断層帯の幾何学的内部構造を直接モデル化する必要性から,室内実験スケール以下の微視的スケールから,断層を無限に薄い面と近似できる巨視的スケールまでが,その中間スケールのメゾスコピックを介して多重階層構造になっているのが特徴的である.ここで言うメゾスコピックスケールの断層構とは,主断層長よりもはるかに小さな幾何学構造を言う.断層帯に典型的に現れる分岐や飛び,屈曲などは,メゾスコピック構造の典型例である.さらに,それぞれの階層間で,下位階層における物理過程の平均像を上位階層の物理量と物理過程として定式化するという手法を用いる.

 ところで,破壊現象は基本的には非線形的現象であり,現実的な問題を扱うには数値計算を行うことが必須となっている.また,地震は非常に広い空間スケールにまたがって起きる破壊現象であり,大規模な数値計算を実行する必要がある.本研究では,まず,大規模計算を効率的に実行するため動弾性積分方程式の漸近表現を用いた新しい高速解法を開発した.

 本手法では,平面断層のみではなく,非平面断層へも適用可能である.面内剪断変形の場合,例えば3%の誤差に対して,計算量は35%程度削減でき,メモリ容量は65%程度削減できることが分かった.また,面外剪断変形の場合は,計算時間とメモリ容量ともに,3%の誤差に対して70%程度の削減が可能である.さらに,本手法では使用するメモリ容量の大幅な削減が可能となるので,積分核の時間方向の並進対称性を用いたメモリの効率的利用を行えば,計算時間の時間ステップNへの依存性をN2からNへと削減できる.

 本手法では,従来では別の枠組みで行われてきた動的解析と準静的解析を同一の枠組みの中で,高精度かつ高速に取り扱うことができる.それにより従来不可能であった非平面断層上の,応力蓄積過程から準静的滑り過程,不安定破壊へといたる地震サイクルの全過程を単一の枠組みで数値実験を実行することも可能となる.また,本手法で用いた積分核の漸近表現は,3次元問題に対しても導出可能である.

 次に,マルチスケール地震破壊モデルを用いて,メゾスコピック構造としての断層帯内部構造の形成過程とその幾何学的特徴を考察した.それにより,断層帯に典型的に現れる,飛びと屈曲の構造は,近接した断層が相互作用により結合したために形成されると考えると,自然に理解できることを示した.また,同様に分岐構造の構造は,主断層が動的に破壊するのに伴って生じる二次的破壊として理解できることも分かった.

 また,本研究の結果によると,屈曲や飛びの構造に対しても,分岐の構造に対しても,断層帯幅は主断層長に比例することが分かったが,これは自然の断層帯の観察結果とも調和的である.さらに,主断層周辺に分岐断層が形成されるとき,主断層が短い場合には,メゾスコピック分岐断層が成長し,その長さは主断層長に比例するが,主断層が一定以上長くなった場合には,主断層長がある一定の長さを超えると,分岐断層の中のいくつかは不安定成長を開始し,単純な比例関係は破れることも分かった.また,この現象を,相転移論的に解釈できることを示した.さらに,このような相転移が生じると,断層帯幅と主断層長との単純なスケーリング則に破れが生じることを示した.

 さらに,本研究では,メゾスコピック断層構造が,巨視的観点から見た断層構成則に与える効果を考察した.ここでは,メゾスコピックスケールの物理過程の平均像を得るために新しい平均化の手法を開発した.それは,メゾスコピック断層構造を考慮して計算した滑り速度を,平面断層に投影して,その面上での応力変化を得るというものである.

 その結果,メゾスコピックスケールの断層屈曲や飛びは,巨視的視点から見ると,応力降下量を減少させslip-hardening効果を生じさせる効果を持つことが分かった.また,メゾスコピックスケールの分岐構造は,巨視的視点で見ると臨界滑り量を増加させる効果を持つことも分かった.さらに,メゾスコピックスケールの断層帯構造が,巨視的視点で記述されるエネルギー解放率Gと破壊エネルギーGcの間に,及ぼす影響を,現象論的に定式化し,断層長Lの関数として

{G∝Ln (n=1) G∝Lk (k=1) (1)

となることを示した.ここで,それぞれのスケーリング則のベキ係数に注目すると,常に

η=κ (2)

の等式が成り立つので,現象論的には,破壊は大きくなってもより進展しやすくなることはないことを示唆している.

 それぞれの,現象論の背景にある物理的実体は明瞭である.すなわち,断層の屈曲形状がスケールに依存せず自己相似的であるならば,巨視的応力降下量は断層屈曲形状の波長と振幅の比のみで決まるため,スケールに依存することはないということである.また,破壊エネルギーは,主断層面上だけではなく,周辺媒質に分岐断層を形成することでも消費されるのである.

 一方で,上記のような現象論的法則の適用可能範囲には,十分注意を払わなければならない.本研究で示したのは,いくつかの単純化した設定を与えた場合であって,より複雑な場合には,それを理解する手がかりとはなるが,そのままここで示した法則が使えるわけではない.例えば,本研究では考慮しなかった,断層構成パラメタや断層形状に不均質性が強く現れている場合には,平均的に扱う領域をより狭く限定しなければ物理的に妥当な結論は導けない.さらに,本研究で明らかになった重要な点は,3章で示したように,メゾスコピックスケールの分岐群が,巨視的スケールの分岐へと不安定成長するという,相転移が生じない範囲でこの現象論的法則を適用すべきことである.

 本研究によって,従来曖昧であった地震破壊現象におけるスケール概念が,物理的考察を基にしてより明瞭なものとなり,室内実験で定式化された断層構成則と地震波解析で定式化された断層構成則の関係性が明らかになった.このことは,本研究の範囲にとどまるものではなく,今後の震源研究において,微視的破壊の物理過程から大地震の破壊の物理過程までを,統一的に理解するための筋道を明確にするものともなろう.また,本研究の結果は,地震破壊の開始から成長,停止までの全過程の力学的理解のためには,メゾスコピックスケールの断層帯構造を十分に考慮することの重要性を示している.そのためには,天然の断層帯の幾何学的特性とそのスケーリング則を,地球物理学と地質学の手法を駆使して定量的に測定し,その力学的意味を考察することが重要である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる.第1章は序論であり現在の地震学特に震源物理学の抱える問題についての議論がされる.その中で,ミクロな実験室レベルの断層摩擦構成則と巨視的レベルで見た摩擦構成則の間に大きなギャップがあることについて,マルチスケールモデリングの必要性が指摘され,中間のメゾスケールの断層構造モデルを考慮したマルチスケール地震破壊モデルが提案される.第2章は,上記モデルでの大規模数値計算を効率良く行うために漸近解を用いた手法の開発とその応用について述べられている.本論文で漸近解の導出がされ,計算領域を,漸近解を使う領域とそうでない領域に分けて計算することにより計算の高速化が図られている.なお領域の分割について誤差評価とともに議論されている.第3章では,メゾスケールでの断層帯内部構造として断層の屈曲と飛び,分岐の影響について述べられている.まず飛びについての数値計算結果が示され,飛びのある亀裂が屈曲して連結し,より大きな断層の成長することが提案される.次に分岐を許す条件で計算を行うと,主断層の成長と共に分岐帯が成長していくことが示された.この過程で破壊伝播は停止しやすくなり,従来の断層モデルの欠陥である断層の成長と共に停止し難くなることを解決している.また断層長さがある程度増すると分岐断層のいくつかは不安定成長をすることが示され,相転移論的な解釈が可能であることを示した.第4章では,数値計算をもとに地震学の観測量である巨視的なパラメータの性質が得られる.分岐構造をもつ断層に対し,地震学の解析で行われているような1枚の平面で取り扱うこと模して巨視的な断層の性質,断層構成則が得た.現在,断層面には滑り弱化モデルが作用すると考えられているが,その重要なパラメータである臨界滑り量が,断層長さと共に長くなること,これに関係して巨視的な「地震の破壊エネルギー」が長さと共に大きくなることも得られた.これらは,地震学的に得られた巨視的な「地震の破壊エネルギー」は主断層だけでなく周辺媒質に分岐断層を形成することでも消費されていると考えられる.以上の結果は,地震学,震源物理の重要なパラメータである臨界滑り量や破壊エネルギーの観測量の物理的意味や,性質に対する重要な知見を与えている.

第5章は,まとめである.本研究によって,従来曖昧であった地震破壊現象におけるスケール概念が,物理的考察をもとにしてより明確なものとなり,室内実験で定式化された断層構成則と地震波解析で定式化された断層構成則の関係が明らかになった.このことは今後の地震学研究において微視的破壊の物理過程から大地震の破壊の物理過程までを,統一的に理解するための筋道を明確にするものと期待される.以上のように,本論文は,地震学、特に震源物理研究分野に重要な貢献をなすものである.

 また,本論文のうち第3章の一部は,東京大学・山下輝夫教授,東京理科大学・多田卓博士との共同研究であり,すでに査読つき英文国際誌(Ando R., T.Tada, T. Yamashita[2004], Dynamic evolution of a fault system through interactions between fault segments, J. Geophys. Res., 109, B05303, doi:10. 1029/2003JB002665. )に印刷されているが,論文提出者が主著者であり,論文提出者が主体となって行った研究である.

 従って,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

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