学位論文要旨



No 119942
著者(漢字) 北沢,光子
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,ミツコ
標題(和) 深海潜水艇によって得られた高分解能ベクトル磁気異常の研究 : 解析手法、地磁気永年変化と海底の年代決定
標題(洋) High resolution vector magnetic anomalies acquired on a deep-sea submersible : methodology, geomagnetic variations and seafloor dating
報告番号 119942
報告番号 甲19942
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4671号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 IPGP Dr. J,DYMENT
 東京大学 助教授 沖野,郷子
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 助教授 上嶋,誠
 東京大学 教授 歌田,久司
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 海底地磁気異常は、連続的な地球磁場変動の記録である。従来の海底地磁気異常の研究では、海面磁力計(surface magnetometer)を使用し、海面近くで観測を行うのが一般的である。海面地磁気測定では、比較的長波長な地磁気異常が観測される。海面磁力計で観測される磁化構造より細かい構造の研究をするには、深海曳航型磁力計(deep-tow magnetometer、下記はDTで省略)で観測を行う。DTは、海底面より数百メートル上で観測を行う為、海面磁力計で得られる異常より短い波長の地磁気異常(図1)が、DT記録から発見されている。それらの短波長異常は、Tiny Wiggleと名付けられ(Cande and LaBrecque, 1974;Blakely, 1974;Cande and Kent, 1992;Gee et al., 1996)、地磁気異常だけでなく、堆積物の磁化変動でも存在することが確認されている(Valet and Meynardier, 1993;Lanci et al, 1997;Roberts et al;2000)。Tiny Wiggleの起源は今だに議論されているが、世界各地でTiny Wiggleが観測されていることから、グローバルな地球磁場の変動により形成されていると考えられている(Gee et al, 1996;Gee et al, 2000;Pouliquen et al, 2001;Ravilly et al, 2001)。したがって、この様な短波長な磁気異常を用いれば、海底の年代が従来より高い分解能で推定することができるはずである。

 本研究では、過去78万年(Brunhes期)の高解像度の磁気異常を求め、海底の年代を推定することを目的として行った。

観測

 DTより高解像度な磁気異常の記録を得る為、本研究では、深海三成分磁力計を潜水艇Nautileに搭載し、海底面より数メートル上で磁気観測を行った。この測定法により、中央インド洋海嶺(Central Indian Ridge、下記はCIR)、南緯19度で、2つの測線を取得した。各測線は、8ダイブ(北側の測線)と9ダイブ(南側の測線)をつないで形成されている。各測線の両端は、Brunhes-Matuyama境界まで達している為、全Brunhes期での地磁気永年変化が取得されたことになる。

 南緯19度のCIRでは、拡大速度が約4.5cm/yr(full rate)である。Reunionホットスポットの影響で(Briais, 1995)、滑らかな地形が観察されている(Briais and Sauter, 1998;Dyment et al, 1999)が、その他の複雑なテクトニクスの影響が少ないと考えられ、磁気観測には適している地域である。

データ処理

 深海三成分磁力計は、潜水艇Nautileに搭載している為、観測された磁場は、外部磁場と潜水艇の船体磁場(誘導磁場と残留磁場)の重ね合わせである。CIRでの海底地磁気異常を求める為には、潜水艇の船体磁場を補正する必要がある。船体磁場は、潜水艇が下降時に行う回転データを使用し、本庄法(Honsho, 1999)に修正を加えた方法で見積もられた。本研究で開発した方法により、潜水艇の誘導磁場はほぼ一定であるが、残留磁場は深さと共に線形的に変化していることが分かった。潜水艇の残留磁場と深さの関係を考慮し、潜水艇の磁場の補正を行った。

 地磁気異常は、補正された磁場から外部磁場(IGRF)を引いて求める。外部磁場(IGRF)は、観測時に、観測地域で見積もった地球磁場である。海底付近で観測を行っている為、地磁気異常は、潜水艇の上下運動と海底地形の影響を大きく受けている。その影響を、forward modelを用いて見積もった。Forward modelでは海底が1A/mの磁化を持つ、500mの厚みの二次元層であることを仮定し、潜水艇の上下運動と海底地形のみを考慮し、synthetic磁気異常を計算した。観測された磁気異常に、潜水艇の上下運動と海底地形を取り除く為、観測された磁気異常とsynthetic磁気異常との比をとって海底の磁化強度をspectralメソッド(Fast Fourier Transform(FFT))で求めた(Parker and O'Brien, 1997)。

結果

 本研究では、CIR(19°S)で潜水艇に三成分磁力計を搭載し、海底付近で、磁気観測を行い、2つの測線の磁気異常を取得した。その測線は、全Brunhes期の地磁気永年変化を含んでいる。観測された磁気異常から潜水艇の上下運動と海底地形の影響を取り除き、海底の磁化強度を求めた。求めた磁化強度の記録は、同時に採取された岩石サンプルの自然残留磁化とよく一致し、海底の磁化は主に岩石(玄武岩)の自然残留磁化であること(Irving et al., 1970;Gee and Kent, 1994;Johnson and Tivey, 1995;Ravilly et al, 2001)が確認された。

 本研究で求めた磁化強度の記録は、堆積物から求めた地磁気永年変化の記録(Guyodo and Valet, 1999)と比較が出来るような高解像度な記録であり、両記録を比較した。堆積物から求めた地磁気永年変化の年代は、astronomical calibrationやAr39/Ar40などを用いて、年代測定を行っている(Valet and Meynardier, 1993;Tauxe et al, 1996;Langereis et al, 1997)。両記録を比較しながら主な磁気イベントを認定し、海底の年代を推定した(図3)。

 推定された海底の年代と測定場所との対比により見かけの拡大速度(apparent spreading rate)を求めた(図4)。その結果、インドプレート側の見かけの拡大速度がアフリカプレートの見かけの拡大速度より速いことが分かった。この非対称拡大は、北側の測線より、南側の測線の方により顕著に見られることも分かった。

 結論

 本研究により、従来の観測手法(海面及びDT)によるものに比べ、高解像度の地磁気永年変化の記録が得られた。

 観測された磁場は、潜水艇の船体磁場と外部磁場を重ねた磁場であり、潜水艇の船体磁場を見積もり、補正をする必要がある。潜水艇の残留磁場は、深さと共に線形的に変化しているため、潜水艇の磁場を補正する場合には、潜水艇の残留磁場と深さの線形的な関係を考慮する必要があることが分かった。

 本研究で得られた海底地磁気異常から、海底の磁化強度を求めた。これを堆積物から求めた地磁気永年変化の記録と比較し、主な磁気イベントが認識された。磁気イベントの年代は堆積物から求められているので、海底の年代を推定することができる。

 更に、海底の年代を使用して求めた見かけの拡大速度から、観測地域のCIRでは、インドプレート側の方がアフリカンプレートより速いという、非対称な拡大をしていることが示唆された。

図1:海底拡大と海底地磁気異常。(a):DTと海面磁力計で観測された地磁気異常の記録。DTで観測された異常は、海面地磁気異常より短波長である。(b):海底拡大と海底に記録されている地球磁場の逆転。、海洋地殻は、中央海嶺(Mid-Ocean Ridge,略してMOR)で形成され、形成時の磁場を記録する。地磁気には、現在と同じ向きの状態(正、黒で表示)と、北極と南極が入れ替わった状態(逆、白で表示)の2つの状態がある。

図2:潜水艇に搭載した三成分磁力計(矢印)

図2:北側の測線で観測された地磁気異常(黒)、Forward modelで求めたsynthetic磁気異常(青)とFFTで求めた海底の磁化強度。海底地形(下)は、黒線で表示されている。

図3:海底の年代推定。磁気イベントは、本研究で求めた磁化強度の記録と堆積物から求めた地磁気永年変化の記録を比較し、認定された。磁気イベントは、イベントが観測された場所の海洋底地殻と同年代であり、海底の年代を推定することができる。確認されイベントは、(1):zero-age point(0 kyr),(2):Blake(110-120 kyr),(3):Jamaica(205-215 kyr),(4):Big Lost-Emperor(560-570 kyr),(5):Delta(690 kyr),(6):Brunhes-Matuyama boundary(780 kyr)である.

図4:観測地域での見かけの拡大速度。インドプレートは黒線、アフリカンプレートは赤線で表示されている。北側(a)と南側(b)の測線は、非対称である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、三成分磁力計を潜水艇に搭載し、海底の磁化構造に関する研究を行ったものである。三成分磁力計を潜水艇に搭載して観測を行う例はまだ少なく、データの処理方法はまだ確定されていない。本研究では、中央インド洋海嶺(CenTral Indian Ridge,以下、CIRと省略)で潜水艇三成分磁力計による観測を実施し、潜水艇三成分磁力データ処理手法を大幅に改良することによって、高い分解能の深海底地磁気異常データを得ることに成功している。また、その結果を使用し、従来困難であった、Brunhes期(0-780kyr)内の海底の年代を詳細に決定することが可能であることを明らかにし、海洋地磁気異常研究に大きな貢献をしている。本論文は、全7章とまとめから構成され、第1章では、地球磁場及び海底地磁気異常に関する過去の研究成果の概要、第2第と3章では、三成分磁力計の磁気データの処理方法のついて、第4章では、観測地域や観測の仕方に関して述べている。第5章では、ナビゲーションデータ及び地磁気データの処理を行い、第6章ではデータ処理の解像度の問題を議論し、第7章では、解析結果に基づく地質学的、地球物理的な議論を行っている。最後の結論の章に、本論文で述べられたことがまとめられている。

 第1章では、序論として、現在の地球磁場や海底地磁気異常の研究状況と、本論文の研究の方向性、Brunhes期に関する海底地磁気異常の研究の位置づけを簡潔に述べている。

 第2章では、船上三成分(伊勢崎他、1986)と深海三成分(本荘、1999)の地磁気データの処理方法を紹介し、パラメーターチェックを行っている。

 第3章では、CIRの三成分磁力データに、大西洋で行われた観測の三成分磁力データを加え、従来の処理法では潜水艇の影響が正しく補正されていないことを明らかにしている。有人潜水艇の残留磁場が深さによって線形的に変化していることを基に、新しい潜水艇の磁場の新しい補正法を導入している。本補正法によって、潜水艇搭載型三成分磁力計の処理体系が確立されたものとして高く評価できる。

 第4章は、観測地域に関する過去の研究結果の紹介、潜水艇を用いて観測の仕方を詳細に述べている。

 第5章では、本研究で使用した観測データの処理について述べている。高い分解能の地磁気異常を求めるには、信頼性の高い潜水艇の位置データ(ナビゲーションデータ)が必須であるため、5―1節では、潜水艇の位置データの処理法について述べている。5―2節と5―3節では、海底地磁気異常から海底の磁化強度の求め方を説明し、5―3節では、磁化強度の計算に使用されているパラメーターをチェックし、本研究に最適なパラメーターを設定している。

 第6章では、本研究で導かれた新しい処理法の評価を行っている。6―1節では、本研究で求まった海底地磁気異常と過去の研究で得られた海底地磁気異常とを比較し、本研究では従来の観測で得られる異常より短波長の異常が観測できることを確認している。6―2節では、潜水艇の残留磁場が線形的に変化していることを考慮し、従来の補正法と比較し、新しい処理法の評価を行っている。6―3節では、本研究で求まった海底の磁化強度と潜航中に採取された岩石サンプルの磁化強度を比較し、両者が整合的であると結論している。潜水艇三成分磁力計により、信頼できる海底磁化強度が算出できることを示した貴重な結果となっている。

 第7章では、本研究で求めた磁化強度の測線と堆積物から求まった磁化強度の記録を比較し、議論している。7―1節では、Central Anomaly Magnetic High(CAMH)に関する議論をし、7―2節では、磁気異常のパターン認識を行い、海底の年代を推定している。7―3節では、本研究で求まった磁化強度の測線をスタックし、短波長の磁気異常と地球磁場の関係を確認している。7―4節では、では、求められた高分解能の海底年代に基づき、従来では行うことのできなかった精度で拡大速度の非対称性を明らかにし、周辺ホットスポットと中央海嶺の相互作用に関し議論を行っている。

 本研究は、潜水艇に搭載された三成分磁力計によって海底直近で観測された超高解像度地磁気異常データの補正処理法を確立しており、今後の潜水艇搭載磁力計の標準的な処理法を提示したものとして高く評価できる。また、本処理法を使用して本研究で実施された、従来にはない高分解度能の海底年代の決定は、今後盛んになると思われる深海底高精度海底地磁気異常研究に先鞭をつけるものとして高く評価される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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