学位論文要旨



No 119943
著者(漢字) 木村,治夫
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ハルオ
標題(和) 島弧間の衝突帯のアクティブテクトニクス : 伊豆半島の例
標題(洋) Active tectonics of a collision zone between island arcs : a case study of the Izu Peninsula in central Japan
報告番号 119943
報告番号 甲19943
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4672号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池田,安隆
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 浜野,洋三
 千葉大学 教授 伊藤,谷生
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 フィリピン海プレート上の伊豆―小笠原弧は本州弧に対してN35゜Wの方向で衝突している[Seno et al., 1993].この場合,フィリピン海プレート北縁のプレート境界の一部を成すと考えられている国府津―松田断層[杉村,1972]は,その走向が北西―南東方向であることから右横ずれ断層となるはずであるが,横ずれの活断層であることを示す証拠は見つかっておらず,垂直変位が卓越する[活断層研究会,1991].実際に富士市を基準としたGPSによる地殻変動をみると,伊豆南部は北西進し,伊豆北西部は衝突によって停止しているのに対して,伊豆北東部はフィリピン海プレートの運動方向とは有意にずれて北進している[石橋・井澗,2004].この北進は国府津―松田断層の逆断層運動とは整合的であるが,伊豆半島の中で北東部のみがフィリピン海プレートとは異なる運動をしているのは一見,異常な現象である.伊豆半島北東部に関しては,小山[1995]によってマイクロプレートと考えられている.このマイクロプレート仮説を検証するためには,測地学的に検出された伊豆半島北東ブロックの北進をさらに長い時間帯域で調査する必要がある.そこで,本研究では伊豆半島北東ブロックの境界部においてその運動速度を求め,伊豆北東ブロックの運動を明らかにすることを目的とした.具体的には,伊豆北東ブロックの西縁を成す丹那断層帯において古地磁気測定を行い,断層でのくいちがいに加えて断層周辺の塑性変形量も加えた横ずれ平均変位速度を求めた.また,伊豆北東ブロックの北縁を成す国府津―松田断層帯松田北断層において反射法地震探査を行って地下構造を明らかにすることにより平均変位速度の探査測線に沿った水平短縮成分を求めた.さらに,国府津―松田断層において過去に行われた反射法地震探査の結果からも同じようにして水平短縮成分を求めた.なお,伊豆北東ブロックの南縁を成す東伊豆単成火山群においてはその伸長速度が小山[1993]によって約17〜20 mm/yr以下と見積もられている.

2.丹那断層帯

 従来,丹那断層で得られている横ずれ平均変位速度は2mm/yr[活断層研究会,1991]という値があるが,これは断層そのものでのくいちがいから求めたものであり,断層周辺の広範囲な塑性変形に関しては考慮されていない.しかし,Kimura et al.[2004]によって高山盆地南東縁の江名子断層において横ずれ断層周辺に広範囲な塑性変形が存在することが示された.これにより,丹那断層においても,真の横ずれ変位量を求めるためには断層周辺の塑性変形も考慮しなければならない可能性が出てきた.そこで,この塑性変形による横ずれ量を見積もるために,本研究では丹那断層周辺に分布する多賀火山(約0.6Ma)において12地点で古地磁気測定試料を採取した.方位付けについては磁気コンパスを用いた.採取した試料より得た試料片について,段階熱消磁実験及び段階交流消磁実験を行った.その結果から残留磁化の主成分解析を行い,本地域における多賀火山噴出物の安定な初生残留磁化成分を分離した.そして各試料採取地点で地点平均方位を算出した.これによって得られた古地磁気方位の偏角と試料採取地点から丹那断層までの距離の関係を求めたところ,断層から少なくとも約3kmの範囲においてこれらの間には強い相関があることが明らかになった.つまり,断層に近づくほど反時計回りの回転が大きくなるという関係が得られた.この関係から,断層周辺の広範囲な塑性変形による横ずれ変位量を計算すると約7.9km以上という値が得られた.また,丹那断層そのものでのくいちがいによる横ずれ変位量は約1km[久野,1936]である.ゆえに,丹那断層における多賀火山噴出物堆積時以降の総横ずれ変位量は約8.9km以上であり,丹那断層における約0.6Ma以降の総横ずれ平均変位速度は約14.8mm/yr以上である.

 また,丹那断層南方に位置する巣雲山―奥野断層で同様にして,断層周辺に分布する宇佐美火山(約0.8Ma)について7地点で古地磁気測定を行い,横ずれ断層周辺の広範囲における塑性変形による横ずれ量を算出したところ,断層から約4kmの範囲において約6.8km以上という値が得られた.よって,巣雲山-奥野断層における約0.8Ma以降の総横ずれ平均変位速度は約8.5mm/yr 以上である.

3.国府津―松田断層帯

 本研究では松田北断層においてP波浅層反射法地震探査を行った.松田北断層は上下変位速度が1mm/yr以上と見積もられている[活断層研究会,1991].探査測線は足柄平野から酒匂川をこえて松田山地域に至る約3.2km,標高差約400mの区間である.本調査では300チャネルを使用し,受振点間隔・発震点間隔は10mとした.震源は急傾斜地での登坂能力から地球科学総合研究所(株)の中型インパクターJMI-200を用いた.サンプリング間隔は1 msec 及び2 msecであり,記録長は3secである.データ解析は通常の共通反射点重合法を用いて,本測線における非常に大きな標高差に留意して行った.その結果得られた重合後マイグレーション処理を施した深度変換断面から,傾斜角23゜の断層が認められた.これが活断層としての松田北断層の主体を成すと判断される.この傾斜角と従来知られている上下変位速度から,この測線に沿った方向(N10゜E)での松田北断層の平均変位速度の水平短縮成分は2.4mm/yr以上と見積もられる.

 また,国府津―松田断層は松田北断層の南東延長部に位置し,その上下変位速度は3.4〜5mm/yrと見積もられている.国府津―松田断層において佐藤・他[2004]によって行われた反射法地震探査の結果から国府津―松田断層の傾斜角は約45゜であるということがわかった.よって,この測線に沿った方向(N20゜E)での国府津―松田断層の平均変位速度の水平短縮成分は約3.4〜5mm/yrと見積もられる.

4.まとめ

 伊豆北東ブロックの運動をまとめると北北東方向への移動速度は南縁で約17〜20 mm/yr以下,中部で約15mm/yr以上,北縁で約3〜5mm/yrであり,南縁と中部の値は整合的であるが,北縁では小さくなっている.この差は丹那断層北東部から足柄平野・大磯丘陵の変形によるものと考えられる.

 本研究では丹那断層周辺における古地磁気測定,及び,松田北断層における反射法地震探査から以下のことがわかった.

 (1) 丹那断層から約3kmの範囲で塑性変形が生じており,それを含めた総横ずれ変位量は約8.9km以上であり,総横ずれ変位速度は約14.8mm/yr以上である.

 (2) 巣雲山―奥野断層から約4kmの範囲で塑性変形が生じており,それによる横ずれ変位量は約6.8km以上であり,横ずれ変位速度は約8.5mm/yr以上である.

 (3) 松田北断層における平均変位速度のN10゜E方向での水平短縮成分は約2.4 mm/yr以上である.

さらに,伊豆半島の斜め衝突に伴う伊豆北東ブロックの運動として以下のことが考えられる.

 (1) 伊豆北東ブロックは移動速度が約14.8-17mm/yr程度で北北東進している.

 (2) しかし,伊豆北東ブロック北縁の国府津―松田断層帯で解消される速度は最大約5mm/yrであり,丹那断層北東部から足柄平野・大磯丘陵の変形により残りの約10mm/yrが解消されると考えられる.

 (3) 伊豆北東ブロック北部の下には北北東―南南西方向の短縮に伴うデタッチメントの存在が推定される.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,島弧と島弧が衝突するプレート境界である伊豆半島北端部における現在および第四紀のテクトニクスを,主として古地磁気学的手法によって解明した.本論文は5章からなる.第1章では,過去の研究をレビューし,本研究の背景を説明する.伊豆弧の本州弧に対する相対運動は,剛体的プレート回転モデルからの予想ではN35゜W方向である.従って,これら2つの島弧間のプレート境界である国府津―松田―相模湾断層上では右ずれが期待され,水平短縮成分は生じないはずである.しかし,地震時(1923年関東地震)の測地データと地形・地質学的な観測事実は,このプレート境界上で大きな水平短縮成分が存在することを示している.この矛盾を解決するために小山(1995)は,ヒィリピン海プレート北東端部にマイクロプレートを想定した.このマイクロプレートの西縁は丹那断層であり,南縁は東伊豆単成火山群を経て伊豆大島に至る拡大境界で限られると考えた.この仮説は,国府津―松田―相模湾断層上でのすべりに関する上記の矛盾を定性的には説明する.しかし,丹那断層上でのすべり速度が従来求められている2mm/yrという小さな値であるとすると,この仮説は定量的には破綻している.

 第2章と第3章では,丹那断層とその南方延長に位置する巣雲山―奥野断層について,断層周辺の広い範囲で火山岩の古地磁気測定を行い,そのデータに基づいて断層周辺部における塑性変形速度を見積もった.丹那断層周辺に分布する多賀火山(約0.6Ma)において12地点で古地磁気測定試料を採取し,各試料片について,段階熱消磁実験及び段階交流消磁実験を行った.その結果から安定な初生残留磁化成分を分離し,各試料採取地点で地点平均方位を算出した.これによって得られた古地磁気方位の偏角と試料採取地点から丹那断層までの距離の関係を求めたところ,断層から少なくとも約3kmの範囲において,断層に近づくほど反時計回りの回転が大きくなるという関係が得られた.この関係から,断層周辺の広範囲な塑性変形による横ずれ量を計算すると約7.9km以上という値が得られた.また,丹那断層そのものでのくいちがいによる横ずれ量は約1km[久野,1936]である.ゆえに,丹那断層における多賀火山噴出物堆積時以降の総横ずれ量は約8.9km以上であり,丹那断層における約0.6Ma以降の総横ずれ速度は約14.8mm/yr以上であることが分かった.また,巣雲山―奥野断層で同様にして,断層周辺に分布する宇佐美火山(約0.8Ma)について7地点で古地磁気測定を行い,横ずれ断層周辺の広範囲における塑性変形による横ずれ量を算出したところ,断層から約4kmの範囲において約6.8km以上という値が得られた.よって,巣雲山―奥野断層における約0.8Ma以降の総横ずれ速度は約8.5mm/yr以上であることが分かった.

 第4章では,国府津―松田断層帯断層帯のおける水平短縮速度についての吟味を行った.本研究では同断層帯北端部の松田北断層においてP波浅層反射法地震探査を行った.その結果得られた重合後マイグレーション処理を施した深度変換断面から,傾斜角23゜の断層が認められた.これが活断層としての松田北断層の主体を成すと判断される.この傾斜角と従来知られている上下変位速度から,この測線に沿った方向(N10゜E)での松田北断層の平均変位速度の水平短縮成分は2.4mm/yr以上と見積もられた.また,国府津―松田断層は松田北断層の南東延長部に位置し,その上下変位速度は3.4〜5 mm/yrと見積もられている.既存の反射法地震探査の結果から国府津―松田断層の傾斜角を推定することによって,同断層帯の水平短縮成分は約3.4〜5 mm/yrと見積もられる.

 第5章では,以上の結果に基づいて伊豆半島北端部における現在および第四紀のテクトニクスを議論した.丹那断層から約3kmの範囲で塑性変形含めると,同断層の総横ずれ変位速度は約14.8mm/yr以上である.しかし,伊豆北東ブロック北縁の国府津―松田断層帯で解消される速度は最大約5mm/yrであり,丹那断層北東部から足柄平野・大磯丘陵の変形により残りの約10mm/yrが解消されると考えられる.

 以上のように,本論文はフィリピン海プレート北端部におけるプレート運動のパラドックスを,定量的なデータに基づいて実証的に解決したという点において,従来の研究には見られない独創性認められる.

 なお本論文第4章は,佐藤比呂志・伊藤谷生・宮内崇裕・松多信尚・河村智徳・石山達也・岡田真介・加藤直子・荻野スミコ・楮原京子・小田晋・野田克也との共同研究であるが,論文提出者が主体となって調査・解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.よって博士の学位を授与できると認める.

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