学位論文要旨



No 119946
著者(漢字) 橘,由里香
著者(英字)
著者(カナ) タチバナ,ユリカ
標題(和) 希ガス同位体と構造解析に基づいたキンバーライト中のオリビンの研究
標題(洋) Isotopic study of noble gas and structure analysis on olivines from kimberlite
報告番号 119946
報告番号 甲19946
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4675号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 教授 山岸,晧彦
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と意義

 キンバーライトは、ダイアモンドやカンラン岩ノジュールを含む超苦鉄質の噴出岩である。その産地はクラトンの断裂隆起帯に沿って分布し、噴出年代は6億年前以降のものが大半である。キンバーライトのマグマソースの生成深度は未解決であり、ダイアモンドの形成の温度圧力条件から地下150km以下であるとされるが、地下2900kmまで未だ諸説ある(Dawson, 1972、Smith, 1983、Ringwood, 1992等)。深いマントル起源を示唆する先行研究としては、ブラジル産キンバーライト中のダイアモンドに入っているガーネット・インクルージョンから下部マントル起源が示唆されうるという報告もあった(Harte, 1994等)。もし、揮発性成分とREEに富むキンバーライトが上部マントル起源物質であるMORBよりも深いマントル起源であれば、地球の内部状態を知る上での鍵として大いに期待ができる。

 キンバーライトは、その固体同位体組成(143Nd/144Ndと87Sr/86Sr)等からグループI・グループIIに分類され(Smith, 1983)、グループIキンバーライトがOIBの領域やバルクアースの位置とほぼ同じ値を示すのに対して、グループIIキンバーライトはエンリッチな物質の影響が強く見られることから二次的な影響をより受けていると考えられている。よってグループIが、キンバーライト本来のソースマテリアルの特徴を示していると考えられている。しかし、グループIキンバーライトがOIB様のソースマテリアルを持つかについては、143Nd/144Ndと87Sr/86Srの組成では「OIB様の物質」と「上部マントル起源の物質と地殻物質のミキシング」の見分けがつかない。そこで、上部マントル起源の物質とそれより深いマントル起源の物質で明らかに異なる値を示す3He/4He比を用いることが有用である。3He/4He比では、MORB様の物質は世界中でほぼ均一の値である8±1R/Raを示し、MORB様の物質よりも高い3He/4He比を示す物質は、地球上では現在までにOIB様の物質でしか報告されていない。

 本研究では、西グリーンランド産のキンバーライト中のオリビンから、OIB様の上部マントルより深いソースに匹敵する高い3He/4He比を持つことを初めて示した。また、希ガス分析に用いるキンバーライト中のオリビンについて、化学分析や構造解析(主にFeのM1サイトとM2サイトへの依存性)も併せて行い、キンバーライト中のオリビンについて総合的な見地を得ることを試みた。

2. 試料

 キンバーライトのソースマテリアルを決定するのには、3He/4He比の値をMORBやOIBと比較することが有用であることは以前から知られていたにもかかわらず、今までほとんど研究されてこなかった。その理由は、キンバーライトは一般に風化や変質がひどく、また地下水等の二次的な影響を多大に受けているため、ソースマテリアルの希ガス情報が効果的に取り出すことができなかったことにある。そこで本研究では、細心の注意を払って試料を吟味した。使用した試料は西グリーンランド(Sarfartoq、噴出年代600Ma)産と南グリーンランド(Pyramidefjeld、噴出年代200Ma)産で、シルから採集されたことから、風化や変質はほとんど見られなかった。さらに、ハンドピッキングと酸処理によって、新鮮なオリビンのみを取り出した。また、キンバーライトでは10mmを超えるようなオリビンはほぼ確実にゼノクリストであるとみなされているので、数cmの大きさの南アフリカ(Monastery,噴出年代90Ma)産のオリビン・メガクリストについても、西・南グリーンランド産のキンバーライト中のオリビンと同様の希ガス分析・化学分析・構造解析を行い、結果を比較した。

3. 実験

 希ガス同位体分析には希ガス用質量分析装置を用いた。測定方法には破砕法と熔融法があるが、結晶中の235U・238U・232Thや40Kの放射壊変による4Heや40Arの付加、宇宙線の影響による3Heの付加の影響を最小限にするために破砕法を用いた。また、3He/4He比だけでなく、他の希ガス同位体比(20Ne/22Ne、21Ne/22Ne、40Ar/36Ar、129Xe/132Xe、136Xe/132Xe等)も測定し、3He/4He比の結果と矛盾がないかを考察した。構造解析には、4軸型X線回折装置を用いた。希ガス分析に用いたそれぞれの試料からオリビンの単結晶を複数個取り出して構造解析し、生成の温度圧力条件に依存する鉄のM1・M2サイト依存性を探った。また、EPMAや蛍光X線による化学分析も試みた。EPMAは、同じ試料の中での組成比の分布や違う試料との組成比の相違や類似性を通して、希ガス分析の結果と比較したり、X線構造解析の結果の有用性についての議論に用いたりするために行った。蛍光X線分析では、主要元素と、希ガス分析で4Heや40Arの付加の原因となるU、Th、Kの量の見積もりを行った。

4. 結果と考察

 希ガス同位体分析では、西グリーンランドの試料のうちWGR-1・WGR-6・WGR-9からすべて15R/Ra以上、最高で26.6±1.04R/Ra(1R/Raは大気中の3He/4He)という高い3He/4He比が測定された。上部マントル起源の場合、3He/4He比はMORBに代表されるように、8±1R/Raとほぼ一様な値を示し、地殻物質はそれよりさらに低い値を示す。MORBより高い3He/4He比はOIBのようなマントルプリューム起源のものしか示さず、特に30R/Ra近い値は、ハワイやアイスランドなどごく限られた地域でしか見られない。西グリーンランド産の一部や南グリーンランド産のキンバーライト中のオリビンではMORBと同様かそれよりも低い3He/4He比を示す試料もあったが、そのような試料は4Heの量が多く、また、40Arの量も多いので、radiogenic componentsの影響を受けたと考えられ、キンバーライトソース本来の特徴を示していないと考えられる。Xe、Neの同位体比の値も、このソースがOIB様の起源を持つことに矛盾しなかった。一方、南アフリカ産のオリビン・メガクリストは、MORBと同様かやや低い3He/4He比が測定された。この値はサブコンチネンタル・マントルゼノリスの3He/4He比の値の傾向とほぼ同じであるため、これらはゼノリスとしてキンバーライト・マグマに混入した可能性が高いと考えられる。

 化学分析からは、キンバーライト・マグマ本来の性質を反映していると思われる西グリーンランドの試料(WGR-1・WGR-6・WGR-9)では、MgO/MgO+FeOやMnOとNiOの組成比において同様の傾向が見られた。また、UやThの量については西グリーンランド産の試料ではradiogenic componentsの影響が強いと思われるサンプル(WGR-12・WGR-15)においてより多く測定されたが、同様にradiogenic componentsの影響が強いと思われる南グリーンランド産の試料では顕著な量は測定されなかった。また、Kの量については明らかな傾向は見られなかった。今回、測定に用いた西・南グリーンランド産の試料は、元来、キンバーライトの状態を表す指標として用いられてきたC.I(contamination index=(SiO2+Al2O3+Na2O)/(MgO+2K2O))で見ると、すべての試料においてcontaminationがないという結果が出た。しかし、希ガス測定の結果と併せ見ることで、C.I.では希ガスやincompatible elementのcontaminationという観点が見積もれず、限界があることが示された。4軸X線回折装置での構造解析では、キンバーライト・マグマ本来の性質を示していると思われる西グリーンランドのサンプルでは、Feの量の増加とともにM2サイト依存性が強くなり、またκDは減少する傾向があることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、7章からなる。キンバーライトはダイアモンドの母岩であり、その起源がマントルに由来すると考えられることから、従来から多くの研究がなされてきた。しかしその生成深度については諸説あって、未だ結論が得られていない。本論文の最も重要な成果は、キンバーライトの主要な構成鉱物であるオリビンに着目して、希ガス同位体分析やX線構造解析などを用いて総合的に研究し、キンバーライトのマグマソースがOIBのような下部マントルに由来すると考えられているマントルプリュームに深く関係していることを初めて示したところにある。

 第1章は序論として、キンバーライトの岩石学的な特徴が述べられ、キンバーライトに関する先行研究の成果とともに、希ガス同位体分析の利点を他の分析法と比較しつつ、本研究の目的と意義が記述されている。

 第2章は、本研究に使用された試料の説明である。研究対象としたグリーンランド産および南アフリカ産のキンバーライト中のオリビンについて産地と岩石学的・鉱物学的な記載、薄片観察の結果について書かれている。

 第3章は、希ガス同位体分析の実験と結果について述べている。最初に、キンバーライト研究に希ガス同位体分析を適用した理由を述べ、He同位体比(3He/4He)、Ne同位体比(20Ne/22Ne、21Ne/22Ne)、Ar同位体比(40Ar/36Ar)、Xe同位体比(129Xe/132Xe、136Xe/132Xe)について、希ガス同位体分析の詳細を説明している。この章では、最も重要な成果として、西グリーンランド産のキンバーライト中のオリビンから15Ra(大気の15倍)以上、最大で26.6±1.04R/Raの3He/4Heが測定され、その結果から、キンバーライトのソースマテリアルがOIBと深い関連があることを示している。また、外来物質と考えられる南アフリカ産のキンバーライト中のオリビンの3He/4Heも測定し、MORBと同じかやや低い値であったことを指摘している。3He/4Heが低い値を示すグリーンランド産のサンプルについては、4He、40Ar共に多いことから、二次的な影響の可能性が高いことを指摘している。さらに、Ne同位体比、Xe同位体比についても測定を行い、西グリーンランド産のキンバーライト中のオリビンは同様にOIB様の性質を示したことが記述されている。

 第4章では、化学分析の実験と結果について述べられている。化学分析については、EPMA、蛍光X線分析、ICP-MASS分析を行っている。次章で記述されているX線回折実験のために必要なオリビンの化学組成を決定し、また従来、キンバーライトの二次的な影響の指標になっていたContamination Indexについて検討している。

 第5章では、希ガス同位体分析に用いたオリビン試料について行った4軸単結晶X線回折装置による結晶構造解析の実験手法、結果が記述されている。特にキンバーライト・マグマ本来の性質を示していると思われる西グリーンランドのオリビン試料では、Feの量の増加とともにFeがM2席に選択的に濃集する傾向があることを初めて示した。一方、外来起源と考えられる南アフリカ産のオリビン試料では、Fe量の席選択性は観察されなかったことが指摘されている。

 第6章は、第3章から第5章の結果を踏まえた考察である。キンバーライト試料の噴出年代が古いため、経年変化も考慮して希ガス同位体分析の結果を論じている。その結果、経年変化を考慮してもキンバーライトのソースマテリアルを反映していると思われるサンプルの3He/4Heは、OIB様の値を示すことを指摘している。また、希ガス同位体分析、化学分析、X線回折による構造解析による結果を総合的に検討して、グリーンランド産のキンバーライトのソースがOIB様の起源を持つことと、南アフリカ産のキンバーライト中のオリビンが外来起源であることを結論づけている。

 第7章はまとめである。

 本論文は、希ガス同位体分析とX線構造解析を総合的に用いることによって、キンバーライトのマグマソースがOIBのようなマントルプリューム起源のものに深く関係していることを初めて示したものであり、キンバーライト研究に新しい知見をもたらした。このことは、キンバーライトのソースマテリアル生成の解明に大きく寄与するものであり、従って、博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいと認めた。

UTokyo Repositoryリンク