学位論文要旨



No 119947
著者(漢字) 中井,宗紀
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,ムネノリ
標題(和) 融液成長YAG/コランダム共晶体複合材料の結晶学的研究
標題(洋) Crystallographic studies on the melt growth YAG/corundum eutectic composite
報告番号 119947
報告番号 甲19947
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4676号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東北大学 助教授 吉川,彰
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 一方向凝固酸化物共晶体は耐熱・耐酸化強度材料として注目されている。酸化物共晶体は一般に3次元的に相互に入り組んだ特徴的な微細組織をもつ。この微細組織は界面に異相が析出しない、結晶方位がそろっている、単位体積あたりの界面密度が大きく効果的に転移の伝播を止めるなどの特徴があり、このことが機械的強度を支配する重要な要素と考えられている。本材料の強度特性を最大限に引き出すためには、この微細組織と結晶方位を評価することが不可欠となる。中でも相転移による体積変化を伴わず、各相の熱膨張係数に大きな差がないYAG/コランダム(Y3Al5O12/Al2O3)共晶体はその筆頭候補である。一連の関連化合物はコランダム相とYAG相が相互に入り組んだ'Chinese script structure'とよばれる特異な微細構造を示す。本博士論文では、YAG/コランダム共晶体関連物質の微細組織と結晶方位を研究した。

 実験

 合成:共晶体ファイバーサンプルはmicro-pulling down(μ-PD)法で合成した。μ-PD法はAr雰囲気下でIrるつぼ内の融液を穴から種結晶を用いて引き下げる。短時間で解析に適した大きさの結晶が得られる便利な合成法である。引き下げ速度で微細組織のサイズを、また種結晶で結晶方位を制御できる利点がある。YAG/コランダム共晶組成は81mol%Al2O3と19mol%Y2O3である。この基本組成におけるAl2O3の3%、5%および10%をCr2O3,Fe2O3およびSc2O3で置換したサンプルを合成した。

 観察:無置換のサンプルについて、バルク全体の結晶方位はX線回折、主としてプレセッション写真とラウエ写真を用いて解析した。同時に、方位決定を容易にするため回折パターンを再現するソフトを作製した。置換サンプルにおいては後述する各々のコロニー間で結晶方位が異なるため、電子線後方散乱(EBSP)をもちいて、個々のドメインの結晶方位決定を行った。微細組織はSEMで観察した。

 結果と考察

 (1)基本的なYAG/コランダムの場合。

 合成したサンプルは典型的な"Chinese script structure"を示した。コランダム<001>種結晶からファイバーの成長方向に沿ってコランダム相の結晶方位の変化を測定した。成長開始点では共晶体ファイバーのコランダム相の結晶方位は種結晶と完全に一致した。ところが、シードからさらに離れた点において、<001>軸は成長方向に垂直になることが観察された。

 共晶組成からコランダムリッチ側にずらした組成の試料の観察から、この方位変化が引っ張り速度の変化に伴い最大温度勾配が変化したことによるものであることが分かった。コランダムの<001>は常に最大温度勾配と垂直になる。

 ガーネットとの方位関係については、ファイバーの大半を占める部分で、<001>コランダム//<112>yAG⊥成長方向の結晶方位関係がみられた。μ-PD法で合成したコランダム、YAGそれぞれの単結晶の晶癖から、コランダムの<001>とYAGの<112>は、成長の遅い軸であることが分かった。そして、共晶体中では、これらの2軸が成長過程で最も温度勾配の小さい方向を向くように一致することが示唆された。奈良県二上山で採取された砂中からも、{001}コランダムと{112}ガーネットが観察された。天然鉱物でもある一定条件下でこれらの2軸が成長の遅い方向となることが示された。コランダム多結晶を種結晶として共晶体を合成してもこの方位関係が確認できた。この方位関係に関する知見は、既報文献とも一致し、この共有軸をキーポイントにコランダム相とYAG相の方位関係が整理されることが示唆できた。またこの方向において、<112>YAG(29.4A)=9/4×<001>コランダム(13.0A)の関係が認められた。

 他の酸化物共晶体の文献値をもとに結晶方位関係が界面の整合性で決まっているものと優先成長方位で決まっているものとに分類した。例えば、MgAl2O4/MgOは前者であり、mZrO2/Al2O3は後者である。

 コランダムの高温で活性化されるすべり面は{001}である。これがファイバーと平行になることは、引っ張り強度における破断において転位が通過しなければならない距離が最大になることを意味する。これは強度発現において望ましいことと考えられるが、{001}すべり面をファイバーと垂直にできれば、さらに強度を向上できる可能性がある。そこで方位を制御する試みを行った。共晶点で晶出させる限り体積比、温度は変えられない。そこで、不純物元素を系に添加することにより微細組織と結晶方位を修飾した。

 (2)元素置換YAG/コランダムの場合。

 Al2O3成分の3,5および10mol%をCr2O3,Fe2O3およびSc2O3で置換すると、典型的な"Chinese script structure"中にコロニー状構造が形成された。Cr2O3,はコランダム相、ガーネット相の双方に分布した。Sc2O3はガーネット相のみに分布した。還元されたFeOはhercynite FeAl2O4相を生成し、かつhercynite相にのみ取り込まれた。<001>コランダム//<112>YAG⊥成長方向の結晶方位関係は置換体でも個々のコロニー内で維持される傾向が認められた。

 しかし、10mol%以上のAl2O3をSc2O3で置換したサンプルでは微細構造と結晶方位に顕著な変化がみられた。微細組織はYAG初生相がロッド状にファイバー方向に晶出し、共晶体部分は不均一なコロニー状構造になった。また、課題である<001>コランダム//<100>ガーネット//ファイバー方向の結晶方位関係が観察され、Scの添加により両相の優先成長方位が変化したことが明らかとなった。X線構造解析により、このロッド状YAG初生相ではScは8配位サイトを置換することが分かった。しかし微細組織のコロニー化を伴うため、強度の向上には至っていない。

 最近Al2O3/Y3Al5O12/ZrO2系で、ガーネット相の晶癖を反映する'geometric structure'を示し、<001>コランダム//<100>ガーネットの方位関係を持つ共晶体が発見された。この共晶体は、同組成でコランダムc軸がファイバー方向と直行する'Chinese script structure'を示す共晶体よりもはるかに高い機械的強度を示す。このgeometric structureタイプの共晶体の微細組織はは、ガーネット相がロッド状に初生相として晶出した後も優先的に成長し、その後コランダムとジルコニアの2元系共晶体が晶出したことを示唆している。これらを参考に、今後はScを添加するなどガーネット相を初生相として晶出させ、かつ系に平衡状態を与えないような条件での合成が高い機械的強度を示す共晶体の開発に有望であると考えている。

 下図左:μPD法

 下図右:典型的なChinese script structure

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、6章からなる。超高温強度素材としてのコランダム基共晶体複合材料の微細組織については、形状、サイズなどにの観点からのいくつかの研究報告があるが、組織を構成する結晶の方位関係についての体系的な研究はない。また、一定の結晶方位関係が観察される要因を物理化学的に考察したものもない。本論文の価値は上記2点、組織構造と結晶方位関係の記載を詳細に行いその成因を考察することによって、高温高強度材料の観点から望まれる結晶方位関係を作製する融液成長プロセスを提案したことにある。

 第1章は、現在の超高温強度素材の展望、力学強度に影響する要因、微細組織および結晶方位について概説している。

 第2章は、本研究で用いた実験手法を説明している。試料合成はμPD法を用いている。微細組織観察はSEMで、結晶方位観察はEBSD法とプレセッション・ラウエカメラ法を併用した。特にバルクの結晶方位評価では、プレセッション・ラウエカメラ法を多用するため、回折パターンを再現するソフトを自作して方位決定を効率的に行った。また、複合材料の残留応力に関しては、コランダムに含まれるCrの蛍光のピークシフトを用いて推定した。また、構成結晶相に関しては、単結晶構造解析、粉末構造解析およびEPMA法を併用している。

 第3章は、コランダム基共晶体の中で最もよく研究されているコランダム/ジルコニア系共晶体とYAG/コランダム系共晶体の残留応力を比較した。後者は前者より冷却時の相転移もなく、構成両相の熱膨張率の差が小さいことから、低い残留応力が期待され、強度素材としてより望ましいことを明瞭にした。

 第4章は、YAG/コランダム系共晶体の微細組織(Chinese script structure)と結晶方位関係について報告している。まず、共晶体のコランダム相のc軸は、ファイバー成長方向と直角であることを明らかとした。そして、化学組成の異なるさまざまな共晶体の組織構造を考察し、コランダムのc軸は最大温度勾配と常に直交することを突き止め、さらにファイバーの成長に伴い観察されるコランダム相の成長方位変化は引っ張り速度の上昇に伴う温度勾配の方向転換に起因すると解釈した。また本研究では、YAG/コランダム系共晶体で頻繁に観察できる<112>YAG//<001>コランダム⊥ファイバーの結晶方位関係を、μ-PD法で合成された単結晶の晶癖と比較検討している。そして、本研究の実験条件下では、<112>YAGと<001>コランダムがともに各単結晶で最も成長の遅い軸のひとつと推定され、これら2つの軸が合成途中で最も温度勾配の小さい方向を向くように一致する上記方位関係が現れたと解釈している。本実験結果を総括することによって、より高強度の素材を開発するためには、コランダムc軸をファイバー方向に整列することが肝要であることをも指摘している。

 第5章は、共晶組成のAl成分の一部をSc,CrおよびFeの各元素で置換し、微細組織および結晶方位に関する変化を観察している。元素の置換によって、置換体の微細組織は、典型的なChinese script structureから、棒状のセルが束ねられたような不均質なコロニー状構造へと変化する。置換割合の低いサンプルでは、各セル内で基本的なYAG/コランダム系共晶体で観察された方位関係<112>YAG//<001>コランダム⊥成長方向が保持されていたが、置換割合が増えるに従いこの方位関係は不明瞭になることを明らかとした。特に、Sc置換サンプルに、<100>YAG//<001>コランダム//ファイバーの新たな結晶方位関係を見いだし、この全く新しい微細組織のパターンと結晶方位関係の生成原理を、単結晶構造解析、SEM-EDSによる化学分析および相図を巧みに利用し解説している。また、YAG/コランダム/cubic ZrO2共晶体に関する研究では、Geometric structure と呼ばれる新しい微細組織をもつサンプルが、Chinese script structure のサンプルよりはるかに高い高温機械的強度を示すことを、コランダムの結晶方位関係から明瞭に解説している。そして、高温で良好な機械的強度を示すYAG/コランダム/cubic ZrO2三元系共晶体材料の作製には、コランダムの優先成長方位をc軸にすること、Scなどの添加によってYAGをa軸優先成長させること、正確な共晶組成で不均一な微細組織を避けることさらに引き下げ速度を速くし最大温度勾配をファイバー方向に一致させることなどが、成長プロセス条件として不可欠な要素であることを示している。

 第6章は、結論である。本研究によって得られた結論(1)残留応力と組織構造の観点から、コランダム/YAG系が最適であること、(2)<001>コランダム//<112>YAG⊥fiberの結晶方位関係は優先方位成長のメカニズムで説明可能なこと、(3)<001>コランダム//fiberの方位関係は強度材料として最適であることを明瞭に総括している。そして、高温酸化環境において最大強度を示す共晶体の作製に最適な結晶方位関係およびそれを実現する結晶成長プロセスを提案している。

 以上のように、本論文は、融液成長したYAG/コランダム共晶体複合材料の結晶方位関係の制御機構の解明と制御技術の開発に大きな結論を与えるものであり、鉱物学および結晶学をはじめとして地球科学の研究分野の発展に貢献するところが少なくない。よって、博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいと認められる。

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