学位論文要旨



No 119949
著者(漢字) 長島,佳奈
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,カナ
標題(和) 粒度・ESR分析に基づく日本海への風成塵運搬ルートの千年スケール変動復元
標題(洋) Reconstruction of millennial-scale variation in eolian dust transport path to the Japan Sea based on grain size and ESR analyses
報告番号 119949
報告番号 甲19949
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4678号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 横山,祐典
 岡山理科大学 助教授 豊田,新
 東京大学 教授 植松,光夫
 東京大学 助教授 阿部,彩子
 東京大学 教授 多田,隆治
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 1990年代初頭,グリーンランド氷床コアGRIP,GISPIIを用いた研究から,最終氷期に数百年〜数千年間隔で繰り返された気候変動の存在が明らかにされた(e.g., Johnson et al., 1992;GRIP members, 1993).僅か10年余りのうちに〜10℃もの温度上昇を伴う急激な温暖化によって特徴付けられる変動の繰り返しは,Dansgaard-Oeschger Cycles(以下D-O Cyclesと呼ぶ)と呼ばれ(Dansgaard et al., 1993),現在の気候システムの安定性を理解する上でも重要な現象として注目を集めた.その後,この変動は,世界各地の陸上および海洋における高分解能古環境変動記録に認められることが報告され,少なくとも北半球全域に及ぶ現象であることが明らかになってきた.しかしD-O Cyclesの究極原因や伝播メカニズム,特に後者における大気循環の役割は明らかにされていない.

 1990年代後半以降,日本海の有機炭素含有量(Tada et al., 1999)や,中国南東部のHulu caveの石筍の酸素同位体比(Wang et al., 2001)から,東アジア夏季モンスーンの降雨量変動がD-OCyclesに連動していた可能性が示され,D-O Cyclesに連動した大気循環変動の存在が示唆された.しかし,それらの具体的変動様式については明らかにされていない.そこで本研究では,日本海堆積物に含まれる風成塵の供給源,粒径,含有量などの情報の抽出法を確立し,運搬風の強さや供給源からの距離に関する情報を記録すると言われている風成塵の粒径や供給源の乾燥度や広がりにについての情報を記録すると言われる風成塵のフラックスについて,その時代変化及び緯度方向の変動を復元することにより,D-O Cyclesに連動した大気循環の存在を検証すると共に,その空間的変動様式の解明を目指した.

2.日本海堆積物中の砕屑物の供給源推定

 日本海半遠洋性堆積物には,風成塵以外に,周囲の陸域の河川から供給され,サスペンション(浮遊)によって運ばれた砕屑物も含まれていることが示唆されている(Irino and Tada, 2000, 2002).そのため,日本海堆積物から風成塵に関する情報を抽出するには,それらの影響を評価し分離する必要がある.また分離した風成塵要素についてその供給源を特定することが出来れば,風成塵運搬経路についての情報を得ることができる.そこで,砕屑物の供給源推定には,風成塵の主要構成要素である石英を用い,その生成年代を反映するESR信号強度(e.g., Toyoda, 1992),および生成条件を反映する結晶化度(Murata and Norman, 1976)を用いて日本海半遠洋性堆積物に含まれる砕屑物の供給源を推定し,風成塵の寄与率を推定すると共に,それが主にどの粒度フラクションに存在するかについて検討した.

 分析対象には,日本海南北2地点から得られた過去15万年間に相当する半遠洋性堆積物を用いた.さらに日本海に砕屑物を供給していると考えられる(Irino and Tada, 2000, 2002)日本島弧試料には,本州秋田沖の陸棚斜面上から採取され,その堆積速度や組成から,日本島弧からの砕屑物の供給が卓越すると考えられる(Matsui, 1999MS)PC-9コアを,風成塵を代表する試料としては,主要な風成塵供給源の一つである黄土高原のレス試料を用いた.

 日本海半遠洋性堆積物に含まれる石英のESR信号強度,結晶度分析結果は,ESR信号強度をX軸,結晶化度をY軸とするX-Y座標上で,およそ(9, 11),(7.5, 7.2),(22, 8.5)を頂点とする三角形内の領域に分布し,(9, 10.5)の頂点付近には黄土高原試料の細粒シルトフラクションが,(7.5, 7.2)の頂点付近には日本島弧clayフラクション(0〜4μm)がそれぞれ対応した.残る一つの頂点(22, 8.5)については,その高いESR 信号強度から考えて,日本海の北西に位置し,高いESR強度をもつ石英が報告されているシベリア〜中国東北部起源のシルトが対応すると考えられる.これらのことから,日本海半遠洋性堆積物に含まれる石英が,タクラマカン砂漠〜中国黄土高原細粒シルトフラクション,日本島弧clayフラクション,シベリア〜中国東北部細粒シルトフラクションをエンドメンバーとする3成分系の混合で説明されることが示唆された.また,日本海半遠洋性試料について,日本島弧起源石英の割合と砕屑物全体に占めるclayフラクション(0〜4μm)の割合との関係を調べたところ,両者には正の相関が見られ,日本海に運搬される日本島弧起源の石英はほとんど全て日本海半遠洋性堆積物のclayフラクション(0〜4μm)に含まれ,タクラマカン砂漠〜中国黄土高原,シベリア〜中国東北部の2地域から供給された風成塵起源の石英は主にシルトフラクション(4〜μm)に含まれていることがわかった.また,風成塵の供給源については,氷期極相期および亜氷期には,シベリア〜中国東北部からの寄与が卓越し,間氷期極相期,および亜間氷期には中国黄土高原からの寄与が卓越する可能性が示唆された.

3.日本海南北における風成塵粒径に基づくアジアモンスーン/偏西風のオービタル,千年スケール変動の検証

 石英のESR信号強度・結晶化度を用いた石英粒子供給源の検討から,日本海に堆積する石英のシルトフラクション(4〜μm)は風成塵起源であり,一方clayフラクション(0〜4μm)は日本島弧からの石英を主体とすることが明らかにされた.そこで,日本海半遠洋性堆積物に含まれる砕屑物のシルトフラクションを抽出してその粒径や含有量を測定した.

 日本海南北2地点でのシルトフラクションの中央粒径は,過去15万年の間にオービタルスケールおよび千年スケールで約7〜10μmの間で変動し,特にMIS3〜5において,D-O Cyclesに連動した変動を示した.シルトフラクションの中央粒径は,北緯30°における夏の日射量の極大期、および亜間氷期に極小となり,日射量極小期および亜氷期に極大となる傾向を示した.さらに,日本海南北2地点でのシルトフラクション中央粒径を比較すると,間氷期極相期には日本海南部地点が北部地点よりも粒径が大きく,亜間氷期には2地点の有意な差がなく,氷期極相期およびほとんどの亜氷期では日本海北部地点が南部地点よりも粒径が大きい傾向を示した.一方,日本海南北2地点でのシルトフラクションのフラックスは,過去15万年間で約0.5〜3.4 g/cm2/kyrの間で変動し,日射量極大期におけるシルトフラクションのフラックスは日本海北部で小さく南部で大きな値を示し,日射量極小期には日本海南北ともほぼ同じ大きな値を示した.

 オービタルスケールおよび千年スケールでの風成塵供給源,粒径,フラックス,それらの南北差の変動の原因をさらに調べるために,ESR信号強度・結晶化度から認定された風成塵の供給源および各供給源からの風成塵フラックスの時代変化を復元した.シルトフラクションのフラックスおよびESR信号強度・結晶化度を用いた日本海南部地点における風成塵供給源推定から,日射量極小期にはシベリア〜中国東北部から運搬される風成塵フラックスの増加と,タクラマカン砂漠〜中国黄土高原から運搬される風成塵フラックスの減少が,また日射量極大期にはその逆の結果が示された.現在の風成塵の発生および運搬が,東アジアにおける夏季と冬季の降雨量,および偏西風やアジア冬季モンスーンに由来する強風によって規定されていることを考慮すると,この結果は、偏西風ジェット軸の南北振動に加え,冬季モンスーン強度変動,夏季モンスーンフロント変動,または冬季の高緯度における降雨量の変動を示していると考えられる.すなわち日射量極小(極大)期には,冬季モンスーンの強化による強風の頻度の増加か,もしくは夏季モンスーンフロントが後退したか冬季の高緯度における降雨量が減少したことでシベリア〜中国東北部が一年を通じて乾燥化(湿潤化)し,シベリア〜中国東北部からの風成塵フラックスが増加(減少)した,一方偏西風は現在よりも南下(北上)してタクラマカン砂漠〜中国黄土高原からの風成塵フラックスが減少(増加)したと考えられる(図1).

 一方,千年スケールでの風成塵供給源,粒径,その南北差の変動は,オービタルスケールでの変動同様に,偏西風ジェット軸の南北振動に加え,冬季モンスーン強度変動,夏季モンスーンフロント変動,または冬季の高緯度における降雨量の変動で説明される.すなわち亜氷期(亜間氷期)には,冬季モンスーンの強化による強風の頻度の増加か,もしくは夏季モンスーンフロントが後退したか冬季の高緯度における降雨量が減少したことでシベリア〜中国東北部が一年を通じて乾燥化(湿潤化)し,シベリア〜中国東北部からの風成塵フラックスが増加(減少)した,一方偏西風は現在よりも南下(北上)してタクラマカン砂漠〜中国黄土高原からの風成塵フラックスが減少(増加)したと考えられる(図1).

図1.オービタルスケールおよび千年スケールでの風成塵供給源,粒径,フラックス変動の解釈

(a)日射量極大期および亜間氷期における風成塵指標の変動は、偏西風ジェットの北上に加え,冬季モンスーンの弱化,夏季モンスーンフロントの前進,または冬季の降雨量の増加で説明される.

(b)日射量極小期および亜氷期における風成塵指標の変動は、偏西風ジェットの南下に加え,冬季モンスーンの強化,夏季モンスーンフロントの後退,または冬季の降雨量の減少で説明される.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ユーラシア大陸から飛来し日本海に堆積する風成塵の粒径・フラックス・供給源を復元し、数千年〜数万年スケールでのアジアモンスーンの強度および偏西風ジェットの位置の変動を考察した論文である。論文は全部で3章からなる。

 第1章では、過去約10万年の間に繰り返し起こった千年スケールでの急激な気候変動(いわゆるダンスガード-オシュガー・サイクル;D-Oサイクル)と同じタイミングで、アジアモンスーンが急激な変動を繰り返したとする先行研究を挙げ、しかしアジアモンスーンがどのように変動したのか、具体的な変動様式が明らかにされていない点を指摘している。そして本研究の目的が、日本海の南北2地点に堆積する風成塵を指標として用い、数千年スケールでのアジアモンスーン・偏西風の空間的な挙動を明らかにする事であることを述べている。

 第2章では、日本海半遠洋性堆積物から風成塵を抽出する方法を確立するために、日本海半遠洋性堆積物に含まれる砕屑物の供給源特定が試みられている。先ず砕屑物の供給源特定に用いた日本海の2つのコア試料(MD01-2407、PC-5)、そして供給源地域の試料について、各々の採取地点、および年代モデルについて説明がなされている。次にこれらの試料について、石英のESR(Electron Spin Resonance)分析および結晶化度の測定が行われ、石英の供給源について議論されている。その結果、日本海堆積物に含まれる石英の供給源が、タクラマカン砂漠〜中国黄土高原、シベリア〜中国東北部、そして日本島弧であることが明らかにされた。さらに、全石英に占める風成塵起源の石英の含有量と、砕屑物中のシルトおよびクレイの各粒度フラクションの含有量との比較から、日本海半遠洋性堆積物に含まれるシルトフラクションは、ほとんどが風成塵から構成され、クレイフラクションは主に日本島弧起源の砕屑物から構成されていることが示されている。この結果から、日本海半遠洋性堆積物に含まれるシルトフラクションを抽出することで、風成塵の情報が得られることが明らかにされた。また、風成塵の供給源として特定された、タクラマカン砂漠〜中国黄土高原とシベリア〜中国東北部の両地域から日本海へと供給される風成塵の相対的な寄与率は、北半球の夏の日射量に連動した2〜3万年周期の変動や、数千年周期での変動を示すことが明らかにされた。

 第3章では、第2章で得られた結果に基づき、日本海南北の半遠洋性堆積物に含まれるシルトフラクションを抽出し、その粒径やフラックスの復元が試みられた。復元された各々の指標の時系列変化から、北半球の夏の日射量に連動した変動が、さらに風成塵粒径の時系列変化からは、D-Oサイクルに連動した数千年スケールでの変動が示された。そこで、これらの結果に基づき、風成塵供給源の乾燥度や、風成塵を巻き上げる強風の発生頻度についての制約条件が列挙された。そして制約条件が意味するアジアモンスーンや偏西風の挙動について、考えられる説を列挙した上で、先行研究に基づきそれらの説の妥当性が検討された。以上の結果から、数万年スケールで偏西風ジェット軸が南北に移動したことが結論付けられ、さらに夏季モンスーンフロンとの移動、または冬季モンスーン強度の変化、または高緯度地域における冬季の降雨量変化が起こった可能性が示された。また、数万年スケールでの検討に基づき、数千年スケールでの変動についても同様に解釈された。即ち、D-Oサイクルに連動して、偏西風ジェットの位置が南北に移動したこと、また夏季モンスーンフロントや冬季モンスーン強度が変わった可能性が示された。

 審査委員会においては、本論文を、無機化学、古海洋学、古気候学的側面から総合的に審査を行った。そして、研究を進める際に先ず、i)粒度による風成塵の認定方法を徹底的に吟味した事、ii)その供給プロセスを考察する上で重要な起源の復元を定量的に行い、新たな指標(石英の結晶度)の有効性を発見した事、iii)ESRによる供給源の復元について、日本島弧起源の砕屑物を定量的に評価することによって、氷期極相期及び亜氷期における南シベリアー中国東北部地域からの風成塵供給の重要性を示しことなどが評価された。これらは、無機地球化学的に見て、また古気候・古海洋学的にも、極めて独創性の高い研究であると判断された。更に、論文の後半においては、v)過去15万年間にわたる南北2地点から得られた日本海深海堆積物中の風成塵を、本研究で確立した方法を用いて高時間解像度で復元、vi)約10万年スケールの粒度の変動を発見し、それらが北半球の日射量変動と相関が良いことから、偏西風やアジアモンスーンの強度やパターンによって引き起こされたものだと考察した。vii)更に数千年スケールの風成塵の変動を新たに指摘した事は、複雑で困難な課題に果敢に挑んで得た成果であると高く評価された。

 なお、本論文第2章は谷篤史、豊田新、多田隆治との共同研究であり、第3章は松井裕之、多田隆治、谷篤史、豊田新との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 上記の点を総合的に審査した結果、本論文は古気候・古海洋学の新しい発展に寄与するものであり、博士(理学)の学位に十分値すると結論した。

UTokyo Repositoryリンク