No | 119950 | |
著者(漢字) | 西澤,学 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシザワ,マナブ | |
標題(和) | 太古代表層環境の地球化学的研究 | |
標題(洋) | Geochemistry of Archean surface environment | |
報告番号 | 119950 | |
報告番号 | 甲19950 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4679号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 太古代(25億年以前)の表層環境がどのようなものであったかを解読することは地球科学の第一級のテーマであり大気海洋や生命の共進化を考察する上できわめて重要である。太古代表層での生物地球化学物質循環は当時の大気の化学組成や同位体組成に反映されたと予想され、大気の情報を地質試料から読み取ることが重要となる。また地球に生命が誕生した時期を特定することは表層での諸元素の循環過程の進化を考察する上できわめて重要である。上の2つの目的を達成するため本研究では太古代海底熱水系の痕跡と考えられる試料(35億年前:西オーストラリア・ピルバラ地塊・ノースポール地方)と太古代初期の堆積岩試料(38億年前:西グリーンランド・イスア地方)を東京工業大学丸山教授から提供していただき、流体包有物や岩石の地球化学分析を行った。35億年より古い堆積岩のなかで比較的変成度が低い岩石は上述の地域にあり初期地球環境の解読のうえで最適である。また本研究では流体包有物や岩石に微量にしか存在しないためこれまで報告例が限られていた生物必須元素の窒素に着目し、静作動型質量分析計を用いた極微量(サブナノモル)窒素の同位体測定法を用いることで、地球初期の窒素循環過程に制約を与え、また原始生命の痕跡と考えられる物質を検出した。以下、それぞれについての研究成果を報告する。 I.西グリーンランド・イスア地方の38億年前の堆積岩を使った初期生命痕跡の探査 西グリーンランドには38億年前の堆積岩が存在し、地球最古の生命痕跡の発見を目的とする研究が多くの研究者によって行われてきた。すなわち全岩試料の酸処理で取り出した炭質物の炭素同位比を測定し、炭質物の起源が初期生命の合成した有機炭素であるか否かが検討されてきた。しかし、この地域の岩石は複数回の変成、変質を経験しているため岩石の識別が難しく従来堆積岩だと考えられていた岩石の多くが変質を受けた火成岩である可能性が近年指摘された。さらに2次的に混入した有機物が岩石中の結晶粒界に相当量あることが徹底的な電子顕微鏡観察により近年指摘された。その結果、分析した岩石の起源や2次的な有機物の影響が十分考慮されていなかった従来の研究の結論はその信頼性が低下した。以上を踏まえ本研究ではイスア地域の中で最も変成度が低い地域から採取された石英と磁鉄からなる鉱縞状鉄鉱岩(BIF;堆積岩)を試料とした。そして段階加熱法を用いて、試料の中から一次的な炭素・窒素同位体比を二次的な炭素・窒素同位体比と分離して測定した。そして一次的な炭素・窒素同位体比が有機物の炭素・窒素同位体比と調和的であるかを初めて判定した。その結果、高い温度段階(1000-1200度)で太古代初期のケロジェンと調和的な炭素・窒素(δ13CPDB=-30‰、δ15NAIR=-3‰)が初めて検出された。そしてBIFを構成する各種鉱物のクラッキング温度を比較することで、この高温炭素・高温窒素は磁鉄鉱の結晶内に存在したと推定された。またBIF の磁鉄鉱は続成時に晶出したと考えられるため、高温炭素・高温窒素は一次的であると推定された。窒素は炭素と同様に生物必須元素であるので岩石中での窒素の存在を示すことは初期生命探査において重要であることは以前から指摘されていた。しかしケロジェンの窒素は炭素に比べ変成によって損失しやすいため、熱耐性の低いサイト(粒界や石英結晶内など)に存在する炭質物を主に分析していた従来の研究は窒素の存在を示すことができなかった。一方段階過熱法を用いた本研究によって、熱耐性は高いが不透明鉱物であるため(内包されたケロジェンが認識されず)従来見過ごされてきた磁鉄鉱の中に窒素をよく保存したケロジェンが存在することが初めて示唆された。上述したように窒素も炭素と同様に生物必須元素であるので、本研究で発見された一次的な高温炭素・高温窒素は初期生物起源である可能性がある。また同じBIFに含まれるアパタイトのREEパターンを測定したところ、BIFは海底熱水系付近で堆積した可能性が示唆された。以上をまとめると、初期生命が海底熱水系で誕生したという従来の仮説と調和的な化学的情報を38億年前のBIFから発見した点で本研究は独創的である。 II.西オーストラリア・ノースポール地方の太古代熱水系試料の地球化学 地球大気の窒素の同位体比がどのように変化してきたかを知ることは各時代のケロジェンの窒素同位体比を解釈する基盤となり、生物地球化学的窒素循環の変遷を解明するうえで重要である。特に太古代のケロジェンの窒素同位体比は現在とは大きく異なる値を持つものがあり、当時の窒素循環を解読する上で太古代の大気窒素の同位体比の情報は欠かせない。しかしその値についてはいまだ定説がない。西オーストラリア・ノースポール地方には35億年前の海底熱水脈の痕跡と考えられる石英脈が玄武岩質緑色岩に多数貫入している(Isozaki et al., 1997)。この石英脈と同時期に形成されたと推定されるメノウ脈には流体包有物が豊富に保存されている。この流体包有物は当時の海水を保存していると予想され、流体包有物に溶存した窒素の同位体比から当時の大気に存在した窒素の同位体比を推定できる可能性がある。しかし石英脈の形成年代はこれまで放射年代測定法で決定されてこなかった。そこで本研究では1、石英脈の中に存在するアパタイトのU-Pb年代を測定し、石英脈と流体包有物の年代を推定した。その結果をもとに流体包有物の起源を推定し、2、真空破砕法を用いて流体包有物の中の窒素やアルゴンの同位体比や元素比を測定して、端成分として含まれる海水溶解大気窒素の同位体比を推定した。 II-1 アパタイトの年代測定 石英脈中のアパタイトには硫化物と連晶をなすものや硫化物を包有するものが観察され、これらが脈中で晶出したことが示唆された。これはアパタイトの年代から石英脈の年代が推定可能であることを示す。アパタイトは直径約10μmと微小で鉱物分離による回収は困難であったので、本研究では薄片試料の中のアパタイト1粒1粒に対して2次イオン質量分析計(SIMS)による局所U-P測定を行った。また同様の手法でアパタイトの希土類元素(REE)存在度のパターンを測定し、アパタイトの起源について化学的に考察した。アパタイトのREEパターンは火成岩起源のアパタイトのそれと明らかに異なり、アパタイトが石英脈中で晶出したことが産状とは独立に推定された。アパタイトのPb-Pb、U-Pb年代は誤差範囲内で一致し3.20±0.15Ga(Ga=10億年前)であった。石英脈を産するこの地域は32億年前に変成を被ったことがこの地域の岩石記録から示唆されており、アパタイトの年代と調和的である。ここで緑色岩の鉱物組み合わせから見積もられた石英脈の変成温度は300〜400℃であり、その上限値はアパタイトのU-Pb閉鎖温度(380〜410℃)と同程度であった。したがって3.2Gaはアパタイトが晶出した年代であるのか、アパタイトのU-Pb系がリセットした年代であるのかを特定することはできなかった。つまり石英脈と流体包有物は35億年前もしくは32億年前のいずれかで形成したと結論された。 II-2 流体包有物の窒素同位体比 アパタイト年代測定の結果から流体包有物は35億年前の海水または32億年前の変成流体であると推定された。前者の場合は35億年前の海水に溶解した大気由来の窒素が流体包有物に保存されていると考えられる。一方、変成流体の窒素の起源は緑色岩の間隙に存在する海水、石英脈に存在する有機物及びマントル物質であると考えられる。したがって後者の場合でも流体包有物には32-35億年前の海水が端成分として保存されていると予想される。真空破砕法により得られた流体包有物の40Ar/36Ar比から流体包有物にはマントル起源物質が存在しないことが示された。一方、窒素同位体比とN2/36Ar比の関係から包有物中の窒素には2つの端成分が存在することが示唆された。一つは石英脈の有機物を起源とする窒素であり、もう一方は古海水に溶解した大気起源の窒素であると推定された。そして後者のN2/36Ar比は現在の海水に溶存した大気のN2/36Ar比に比べ3倍高い値を持つことが示された。この高いN2/36Ar比は当時の大気・海洋に(N2に比べて)溶解度が高いアンモニアが存在したことに起因すると示唆された。また流体包有物の端成分の窒素同位体比から32-35億もしくは35億年前の大気の窒素同位体比が4‰以下であることが推定された。本研究で推定された太古代の窒素同位体比と従来の研究で推定された太古代のマントルの窒素同位体比を考慮すると、大気の窒素同位体比は32-35億年前から現在にかけて最大でも4‰しか変動しなかったと結論された。 | |
審査要旨 | 太古代の表層環境の解明は地球の大気・海洋・生命の起源と進化を解明するうえで重要である。中でも岩石試料の同位体地球化学的研究は、未だ詳細が不明な太古代の大気・海洋での物質循環の復元において極めて有効である。すでに太古代岩石の炭素・硫黄の同位体比が精力的に測定されてきたが、生物必須元素の一つである窒素については試料中での存在度が低いため測定例が限られている。従って生命誕生期の窒素循環については定説がない。本研究では静作動型質量分析計を用いたナノモル量の窒素同位体測定法を初めて太古代の岩石試料に適用し、上述の難問の解明を試みた。その結果、太古代の岩石試料の窒素・炭素の同位体比、アパタイトのウラン-鉛年代、および希土類元素の濃度が測定された。得られたデータをもとに太古代の原始生命の痕跡や生息環境そして太古代地球表層における窒素循環を評価した。本論文は6章からなり、各章の概要を以下に示す。 第一章 太古代の地球表層環境に関する従来の研究のレビューを行い、問題点の整理がなされている。その中で、太古代の地球表層における窒素の挙動が重要であることを指摘し、主要な研究目的を明示している。さらに、この目的のために有効な分析試料および分析手法の選択についての概要が紹介されている。 第二章 本研究で分析した岩石試料について、採取地域(西グリーンランド及び西オーストラリア)の地質と岩石の特質に関する詳細が述べられている。 第三章 本研究で行った測定法について概要が述べられている。 第四章 西グリーンランドに産する地球最古(38億年前)の堆積岩にたいして二次イオン質量分析計を用いた局所分析法によるアパタイトの希土類元素存在度やウラン―鉛年代の測定、段階加熱法による炭素・窒素の同位体測定(炭素・窒素の同時測定は世界初)を行い、試料の堆積環境や変成度の推定と初期的に含まれる炭素・窒素の検出とその起源の推定をしている。一連の測定の結果から、縞状鉄鉱層は38億年前の海底熱水系付近で堆積したこと、この縞状鉄鉱層には38億年前の生命に由来する初生的炭素・窒素が高温でも分解しないマグネタイト中に保存されている可能性が示唆された。これは初期生命が海底熱水系で誕生したという近年の仮説を裏付けており、堆積岩試料の希土類元素存在度や窒素・炭素同位体比という地球化学的証拠を得た点において本研究の独創性が認められる。 第五章 太古代地球表層における窒素循環を解明する基盤となる太古代大気の窒素同位体比を西オーストラリアの35億年前の玄武岩質緑色岩に貫入するメノウ脈の流体包有物の窒素同位体比から推定した。地質学的証拠は、この流体包有物が35億年前の海底熱水の痕跡であることを示している。本章前半(5-1)ではこのメノウ脈と同時期に形成された石英脈に産するアパタイトのウラン-鉛年代測定を行い、流体包有物の年代と流体包有物中の窒素の起源を考察している。本章後半(5-2)では流体包有物の化学組成、窒素・アルゴン同位体比のデータを組み合わせて太古代の大気窒素同位体比を推定した。アパタイトのウラン-鉛年代の結果から、流体包有物には35億年前もしくは32-35億年前の海水に溶解した大気由来の窒素が端成分として保存されていると推定された。また流体包有物の40Ar/36Ar比、窒素同位体比そしてN2/36Ar比から30億年前以前の海水にはアンモニアが大量(海水に溶解平衡で存在するN2と同程度)に溶解していたと考察している。これは当時の海洋が現在の海洋に比べて還元的な雰囲気下にあったことを示唆する。また30億年以前の大気の窒素同位体比(δ15N値)が4‰以下であると推定され、同時代のケロジェンの窒素同位体比との違いから当時の窒素循環が解読可能であることを示した。 第六章 本研究のまとめが述べられている。 第四章、第五章の前半部分は共著として公表及びに公表予定(印刷中)である。第四章は、本人が第一著者であるInternational Geology Review誌で印刷中の論文に加筆・修正を行った。投稿論文の共著者は、高畑直人(東京大学海洋研究所)、寺田健太郎(広島大学大学院理学研究科)、小宮剛(東京工業大学大学院理学研究科)、上野雄一郎(東京工業大学大学院総合理工学研究科)、佐野有司(東京大学海洋研究所)である。地質試料の提供を受けた他は測定、論文執筆ともに本人が行った。また第五章前半部は、本人が第一著者であるGeochemical Journal誌に掲載された論文に加筆・修正を行った。投稿論文の共著者は寺田健太郎(広島大学大学院理学研究科)、上野雄一郎(東京工業大学大学院総合理工学研究科)、佐野有司(東京大学海洋研究所)である。地質試料の提供を受けた他は測定、論文執筆ともに本人が行った。また第五章後半部は本人が第一著者としてGeophysical Research Letter誌に投稿予定である。地質試料の提供を受けた他は測定、論文執筆ともに現在本人が行った。いずれも論文提出者が主体となって執筆しており、十分評価される。したがって博士(理学)を授与することを認める。 | |
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