学位論文要旨



No 119958
著者(漢字) 上等,和良
著者(英字)
著者(カナ) ウエラ,カズヨシ
標題(和) ビニルシランとロジウム化合物との金属交換反応 : 触媒的カルボニル化合物合成法の開発
標題(洋) Transmetalation between Vinylsilane and Rhodium Complex : Development of Catalytic Synthesis of Carbonyl Compounds
報告番号 119958
報告番号 甲19958
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4687号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 助教授 中村,正治
内容要旨 要旨を表示する

 有機ケイ素化合物は空気中でも安定な有機典型金属化合物であり、合成化学的には炭素求核剤としての利用が期待されるが、求電子剤に対する反応性は低く、その利用は限られていた。筆者は、ロジウム(I)カルボニル錯体がビニルシランやアシルシランなどのsp2炭素‐ケイ素結合を有する有機ケイ素化合物との金属交換に高い活性を示すことを見出し、これを利用してアシルシランを用いるアルキンの触媒的アシル化反応やビニルシランの触媒的アシル化反応を開発した。

1.アシルシランを用いるアルキンの分子内アシル化

 5-アルキノイルシラン1aに酢酸存在下で触媒量の二核ロジウムカルボニル錯体([RhCl(CO)2]2)を作用させると、アルキン部位の分子内アシル水素化が進行する(式1)。この反応は、アシルシラン1aとロジウム(I)錯体との金属交換により一価アシルロジウム錯体Bが生成し、アルキン部分が挿入して生成する一価ビニルロジウム錯体Cが酢酸によりプロトン化されて、環状ケトン2を与えるという機構が考えられている。これまでに有機ケイ素化合物がロジウム錯体と金属交換する反応はほとんど例がなく、この反応(式1)の機構を詳細に調べることとした。

SiMe2Ph Ph 5mol%[RhCl(CO)2]2 CH3COOH/Toluene70℃,12h[IIICI Rh-Sime2ph Ph]A→[RhI Ph] B →[RHI Ph] C →H+ O H Ph(1) 2 82% (1)

 まず、アシルシラン1aと[RhCl(CO)2]2が直接金属交換を経由して一価アシルロジウム錯体Bが生成するのか(1a→B)、アシルシラン1aが[RhCl(CO)2]2へ酸化的付加した後、クロロシランの還元的脱離を経由して生成するのか(1a→A→B)を調べた。末端アルキン部位を有するアシルシラン1bに酢酸を添加せずに[RhCl(CO)2]2を作用させたところ、アルキンのアシルシリル化が進行した化合物3が低収率ながら得られた(式2)

 これまでにアシルシランが遷移金属錯体に酸化的付加した例はなく、[RhCl(CO)2]2を用いることでアシルシランの酸化的付加反応を初めて見出した。従って、式1のアシル水素化の機構は、5-アルキノイルシラン1aの[RhCl(CO)2]2による直接金属交換を完全に否定するものではないが(1a→B)、アシルシラン1aの[RhCl(CO)2]2への酸化的付加とクロロシランの還元的脱離によって(1a→A→B)進行することを示唆している。

 次に、一価アシルロジウム錯体Bへ分子内アルキン部分が挿入して生成する一価ビニルロジウム錯体Cを、酸無水物で捕捉することを試みた。アルキノイルシラン1cに触媒量の[RhCl(CO)2]2と酸無水物を作用させたところ、アシル炭素化体4が得られることがわかった(式3)。このアシル炭素化体4の生成は、一価ビニルロジウム錯体Cに対する酸無水物の酸化的付加、三価アシル(ビニル)ロジウム錯体Dにおける脱一酸化炭素、還元的脱離を経由している。

 以上のように、アルキノイルシランとロジウム(I)錯体との反応について詳細に検討し、アシルシランがロジウム錯体に酸化的付加することを見出した。また、5-アルキノイルシランに触媒量のロジウム(I)錯体と酸無水物を作用させると、アルキンのアシル炭素化が進行することが明らかとなった。

2.ビニルシランの触媒的アシル化

 ビニルシランは通常遷移金属錯体に対する反応性が低く不活性なビニル金属化合物として扱われるが、上述のアシルシランを用いるロジウム触媒反応の検討の中で、ロジウム(Ι)カルボニル錯体([RhCl(CO)2]2)がビニルシランとも金属交換することを見出した。すなわち、ビニルシラン5に化学量論量の[RhCl(CO)2]2を作用させると、クロロジメチル(フェニル)シランの生成が1H NMRで確認された(式4)。

 通常、ビニルシランと遷移金属錯体間の金属交換には、ケイ素原子上にアルコキシ基やハロゲンを導入するか、フッ化物イオンや水酸化物イオンを添加する必要があるが、単純なジメチルフェニルやトリメチルビニルシランでも金属交換が進行し、活性化のため添加剤を加える必要もない。そこで、この金属交換を利用する触媒反応の開発を目指し、ビニルシラン5に触媒量の[RhCl(CO)2]2と酸無水物を作用させたところ、α,β-不飽和ケトン6が良好な収率で得られることがわかった(式5)。

 従来はビニルシランと酸ハロゲン化物からα,β-不飽和ケトンを合成するためには、塩化アルミニウムなどの強力なルイス酸を等モル量以上用いる必要があったが、ビニルシランの触媒的アシル化に初めて成功した。

 式5の反応ではビニルシランのアシル化剤として酸無水物を用いているが、代わりにカルボン酸が利用できれば本反応の適用範囲が広がる。二炭酸ジ-t-ブチル存在下で、ビニルシラン5に触媒量の[RhCl(CO)2]2とカルボン酸を作用させると、反応系中で混合酸無水物が生成し、カルボン酸由来のアシル基をビニルシランに導入できることが明らかとなった(式6)。この手法により、酸無水物の調製が困難なカルボン酸も、ビニルシランのアシル化剤として利用できる。

 さらに、この触媒反応をα-ジケトン類の合成に応用した。アシルシランから容易に合成できる(1-アシロキシビニル)シラン7へ触媒的アシル化を行ったところ、α-アシロキシエノン8が高収率で得られた。α-アシロキシエノン8 は、α,α-ジアルコキシケトン9や非対称α-ジケトン10に、容易に変換することができる(式7)。この非対称α-ジケトンの合成手法は、従来の酸化法などに比べて官能基許容性が高く、さらに非対称α-ジケトン10の二つのカルボニル基が選択的に保護されたα-アシロキシエノン8やα,α-ジアルコキシケトン9の合成も可能である。

 今回開発したロジウム(I)カルボニル錯体([RhCl(CO)2]2)とビニルシランとの金属交換は、有機ハロゲン化物とのカップリングにも利用することができる。(1-アシロキシビニル)シラン7に触媒量の[RhCl(CO)2]2)存在下で、ハロゲン化アリールやハロゲン化アルケニルを作用させると、カップリング体11が生成することを見出した(式8)。

 ロジウム錯体を用いる有機典型金属化合物とsp2 ハロゲン化物とのカップリング反応はこれまでに例がない。また、(1-アシロキシビニル)シラン7にヘキサクロロアセトンなどのα-ハロケトンを作用させるとカップリング生成物にかわり、自己二量化体12が生成する(式9)。

 以上、筆者は博士課程において、ロジウム錯体がトリアルキルビニルシランやアシルシランと金属交換することを見出した。従来ビニルシランを金属交換させるためには、フッ化物イオンなどの活性化剤を添加したり、特殊なシリル置換基を導入する必要があったが、本交換反応は全く特別な操作を用いることなく進行する。さらに、これを利用してビニルシランの触媒的アシル化反応などを開発し、各種エノンや非対称ジケトン誘導体の実用的合成法を提供することができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、アシルシランやビニルシランなどsp2炭素‐ケイ素結合を有する有機ケイ素化合物とロジウム化合物との金属交換反応、及びこれを利用する触媒的カルボニル化合物の合成法を開発した結果について、2章にわたって述べたものある。

 有機ケイ素化合物は空気中でも安定な有機典型金属化合物であるが、反応性に乏しく合成化学的に炭素求核剤としての利用は限られていた。筆者は二核ロジウムカルボニル錯体([RhCl(CO)2]2)がビニルシランやアシルシランなどのsp2炭素‐ケイ素結合を有する有機ケイ素化合物との金属交換に高い活性を示すことを見出し、これを利用してアシルシランを用いるアルキンの触媒的分子内アシル化反応、さらにビニルシランの触媒的アシル化反応を開発している。

 第一章では、ロジウム触媒によるアシルシランを用いる分子内アルキン部位のアシル化反応について述べている。5-アルキノイルシラン1aに酢酸存在下で触媒量の[RhCl(CO)2]2を作用させると、アルキン部位の分子内アシル水素化が進行し、2-アルキリデンシクロペンタノン2が生成する(式1)。反応機構としては、一価アシルロジウム錯体Aを経由して中間に生成する一価ビニルロジウム錯体Bが酢酸によりプロトン化される機構が提唱されている。

 筆者は、本反応の詳細な機構の解明を目指し、一価ビニルロジウム錯体Bの生成確認及び一価アシルロジウム錯体Aの生成機構等について検討を行っている。まず、一価ビニルロジウム錯体Bの生成を確認するため、Bを酸無水物で捕捉することを試みている。5-アルキノイルシラン1bに触媒量の[RhCl(CO)2]2存在下で酸無水物を作用させると、アルキン部分のアシル炭素化が進行することを見出した(式2)。このアシル炭素化体の生成は、一価ビニルロジウム錯体に対する酸無水物の酸化的付加、三価アシル(ビニル)ロジウム錯体Cにおける脱一酸化炭素、還元的脱離を経由している。

 次に、一価ビニルロジウム錯体Bの前駆体である一価アシルロジウム錯体Aの生成機構について検討している。末端アルキン部位を有するアシルシラン1cに酢酸を添加せずに[RhCl(CO)2]2を作用させると、アシルシラン1cの[RhCl(CO)2]2への酸化的付加を経由して、アシルシリル化体4生成することを見出した(式3)。

 これまでにアシルシランの遷移金属錯体に対する酸化的付加は例がなく、式3の反応は[RhCl(CO)2]2を用いることでアシルシランの酸化的付加反応が進行するという新しい知見を提供している。このことから、アシルシラン1aと[RhCl(CO)2]2から一価アシルロジウム錯体Aの生成は、アシルシランの酸化的付加、クロロシランの還元的脱離という段階的な金属交換の機構(1a→D→A)を経ていることを明らかにしている(式4)。

 以上のように、アシルシランの炭素‐ケイ素結合切断にロジウム錯体が高い活性を示すことを明らかにし、分子内アルキンの触媒的アシル水素化、アシル炭素化、アシルシリル化反応を開発している。

 第二章では、ビニルシランとロジウム錯体との金属交換反応とこれを利用する触媒反応の開発について述べている。トリアルキルビニルシランは通常遷移金属錯体に対する反応性が低く、これまでは不活性なビニル金属化合物として扱われてきた。今回筆者は、ロジウムカルボニル錯体([RhCl(CO)2]2)とビニルシランとの金属交換が速やかに進行することを見出し、この金属交換を触媒的な炭素‐炭素結合生成反応に活用している。すなわち、ビニルシラン5に触媒量の[RhCl(CO)2]2存在下で酸無水物を作用させると、ビニルシランのアシル化が進行し、α,β-不飽和ケトン6を良好な収率で得ることができる(式5)。

 従来はビニルシランと酸ハロゲン化物からα,β-不飽和ケトンを合成するためには、塩化アルミニウムなどの強力なルイス酸を等モル量以上用いる必要があったが、ビニルシランの触媒的アシル化に初めて成功した。

 また、反応の一般性を広げるため、カルボン酸を用いるビニルシランの触媒的アシル化についても検討を行い、二炭酸ジ-t-ブチル存在下で、ビニルシラン5に触媒量の[RhCl(CO)2]2とカルボン酸を作用させると、カルボン酸由来のアシル基をビニルシランに導入できることを明らかにしている(式6)。

 さらに、この触媒反応をα-ジケトン類の合成に応用している。すなわち、アシルシランから容易に調製可能な(1-アシロキシビニル)シラン7に触媒的アシル化を行うと、α-アシロキシエノン8を高収率で合成することができ、これは穏やかな条件下でα,α-ジアルコキシケトン9や非対称α-ジケトン10に変換可能である(式7)。この非対称α-ジケトン合成法は従来法と比較して強い酸化剤などを用いないため、官能基許容性の高い合成手法である。

 今回開発した[RhCl(CO)2]2とビニルシランとの金属交換は、有機ハロゲン化物とのカップリングにも利用することができる(式8)。

 また、(1-アシロキシビニル)シラン7にヘキサクロロアセトンなどのα-ハロケトンを作用させるとカップリング生成物にかわり、自己二量化体11が生成することも見出している(式9)。

 以上述べたように、アシルシランやビニルシランとロジウム化合物との金属交換反応にもとづく触媒的カルボニル化合物合成法に関する本研究業績は、有機合成化学及び有機金属化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は、山根基、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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