学位論文要旨



No 119959
著者(漢字) 海老澤,紀子
著者(英字)
著者(カナ) エビサワ,ノリコ
標題(和) 始原的隕石中のハロゲン由来希ガスとI-Xe年代測定 : 初期太陽系におけるハロゲンの挙動に関する研究
標題(洋) Halogen-derived Noble Gases and I-Xe Dating of Primitive Meteorites : Constraints on Halogen Behaviors in the Early Solar System
報告番号 119959
報告番号 甲19959
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4688号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 蒲生,俊敬
 東京大学 助教授 中井,俊一
 東京大学 助教授 島田,敏宏
内容要旨 要旨を表示する

 始原的隕石は太陽系形成初期の蒸発・凝縮・熱変成および水質変成等の情報を保持している。ハロゲンは揮発性が高く、イオン化して水中にも存在可能なことから、熱変成史と水質変成史の両方を探る有効なツールとなるはずである。しかし微量ハロゲンのその場定量が難しいことや、地球上で受けるコンタミネーションの問題もあり、これまでその宇宙化学的挙動について十分な解明がなされていなかった。そこで本研究では、隕石中のハロゲンの一部が宇宙空間での中性子捕獲反応で希ガスになっていることを利用し、ハロゲンを直接分析する代わりに、高感度質量分析計を使って希ガス同位体を測定する。段階加熱法による全岩分析や、レーザーによる局所的ガス抽出法を組み合わせ、ハロゲンの存在形態を明らかにしていく。それにより隕石形成およびコンドリュールやインクルージョンの形成・変成過程でハロゲンが移動・再分布した様子を調べ、同時に得られるハロゲン由来ではない希ガス同位体の情報も含めて、最終的には太陽系形成初期に起こった出来事を解明することを目的とした。この手法では宇宙線と隕石構成元素との核反応で形成される二次中性子を利用しているため、地球のハロゲンに汚染されてしまった隕石についても、その汚染とは無関係に隕石固有のハロゲンを分析することができるという利点がある。

 修士課程では太陽系初期の情報を保持している始原的隕石の一つAllende隕石に含まれている白色の不定形包有物(CAI)を研究対象とした。その結果、主にsodaliteからなるCAIの変成域に消滅核種129Iの壊変核種129Xeが高濃度で存在することを見出した。これはハロゲンの濃集を伴った変成作用が129Iの残存していた太陽系のごく初期に起こった証拠であり、原始太陽系におけるハロゲンの存在形態の一つを明らかにすることができた。

 太陽系初期の星雲中や形成直後の小天体上で起こったハロゲン分配の時系列を知るには、消滅核種129I(半減期1570万年)とその娘核種129Xe(図1)を利用したI-Xe年代が重要な情報源となる。試料を原子炉で中性子照射することにより安定核種127Iを128Xeに変換し、高精度で測定可能な129Xe/128Xe比からハロゲン含有組織が形成された時の129I/127I比を求め、標準物質との差から相対形成年代を決める。I-Xe年代は太陽系形成期のイベントの発生時期を100万年単位で決められる他に代替のない重要な情報であるにもかかわらず、中性子照射した試料の分析は放射線管理区域で行うことが義務付けられていることや、微量希ガス同位体分析の困難さなどの制約から、これまで国内では測定が試みられていなかった。そこで、東京大学アイソトープ総合センターに設置されて40Ar-39Ar年代測定に用いられていた質量分析計VG3600を改造して利用することにし、国内初のI-Xe年代測定を目指した。

【I-Xe年代測定用希ガス質量分析システムの開発】

 質量分析計は、既存の二種のイオン検出器の低ノイズ・高安定化を行なうとともに、微量のKrやXeを高感度分析するためにイオンカウンティング装置を組み込んだ。希ガス抽出精製ラインでは、抵抗加熱炉とレーザーによる局所的加熱の2 種の希ガス抽出法ができるようにした。新たに設計したコンピューターで温度制御できる全岩試料加熱用の炉は、タングステンフィラメントでモリブデン製ルツボを加熱する方式である。約700ワットで1700℃を達成し、通常の隕石の分析に十分な温度を効率よく得ることができた。レーザー加熱による希ガス抽出では、数十ミクロン径に集光させたArレーザーで試料を局所的に加熱する。抽出された極微量希ガスを分析するために、精製ラインの内容積はできるかぎり小さくし、ブランクの低下に努めた。

 測定試料はそれぞれアルミホイルに包み、直径11mm長さ60mmの純アルミ製カプセルに図2のように詰め、日本原子力研究所大洗研究所材料試験炉で中性子照射を行なった。I-Xe年代の標準試料として一般的に用いられているBjurbole隕石(L4)は図2に示した部分に入れ(計12個)、カプセル内での中性子束のモニターとした。各Bjurbole試料から1200℃以上で放出されたXeの128Xe/132Xe,129Xe/132Xe比を図3に示す。いずれもほぼ一直線上に並んでおり、カプセル各部で中性子フラックスが一定であることを示している。ヨーク法(xとyそれぞれの測定誤差の逆数の二乗を重みとした)で回帰した直線の傾き2.20を基準に他の試料のI-Xe年代を決定できる。

 レーザーによる局所加熱法では、集光させたArレーザーで厚さ300μmの試料片の直径約100μmの領域を局所的に加熱できる。ここで、段階加熱法では1100℃以下で放出される低129Xe/132Xeかつ高128Xe/132Xeの成分が、年代測定のための相関を得る妨げとなることがわかった。この影響を除くため、試料片を真空チャンバー導入後、レーザー用ガラス窓を通してイメージ炉で試料を700℃以上に加熱した。上記と同カプセル内で中性子照射したAllende隕石の研磨片(厚さ300μm)を分析した結果を、CAIと細粒物質(matrix)に分けて図4に示す。いずれも比較的良い相関が取れ、得られたBjurboleに対する相対I-Xe年代(CAI:-435±73万年、matrix:-160±140万年)も過去の報告と整合的であった。

【Zag】

 Zag隕石は1998年にモロッコに落下した角礫岩隕石(H3-6)で、内部からmmサイズの岩塩結晶(halite)が見つかったことで有名である。haliteは隕石母天体上での熱水活動により形成されたとみられている一方、太陽系最古のI-Xe年代を示し、形成プロセスはいまだ明らかになっていない。

 本研究で用いたZag隕石には、肉眼で暗く見える部分(dark phase)と明るく見える部分(light phase)があり、dark phaseの表面に0.4mm程度のhaliteが見つかった。段階加熱法による希ガス同位体分析を行ったところ、haliteが見つかったdark phaseから過剰129Xeが検出された。走査型電子顕微鏡を用いてこのdark phaseを観察したところ、haliteは確認できなかったが塩素を含む鉱物chlorapatite Ca5(PO4)3Clが存在していることがわかった。レーザーによる局所的ガス抽出法を使ってchlorapatiteの希ガス同位体分析を行ったが、段階加熱法で検出された量を説明するだけの過剰129Xeは検出されなかった。このことから、chlorapatiteの形成時には129Iはすでに消滅していたか、ヨウ素を取り込みにくい鉱物学的性質を持つ、などの可能性が示唆された。次に岩塩が水に可溶なことを利用し、129Xeの過剰が検出されたdark phaseを様々な粒径に粉砕し精製水で3時間煮沸した。水処理を行ったものと行わなかったものとで129Xe量を比較したところ、80%以上の岩塩が溶解していないことがわかった。このことから、岩塩結晶のサイズはかなり小さく(0.15mm以下)、ケイ酸塩に完全に覆われていたため水に触れず残存したと推測した。

 Zag隕石の各phaseのI-Xe年代測定の結果を図5に示す。haliteが見つかったdark phaseでは1720±120万年、見つからなかったdark phaseでは2030±140万年、light phaseでは3440±710万年、Bjurboleより若いI-Xe年代を示すことがわかった。これらは一般的に知られている原始太陽系星雲の寿命(〜100万年)よりも長く、形成年代とは考えにくい。I-Xe年代系は熱変成や水質変成などによりリセットされやすい性質を持つため、いずれかの変成が起こった年代を示しているものと考えられる。ただし、1200℃以上で放出されたXeについて相関を得ているので、熱変成で年代をリセットするにはこれ以上の温度が必要となり、この場合halite(融点約900℃)の共存が説明できない。熱変成後に母天体外部からhaliteがもたらされた可能性もある。水質変成であった場合、haliteが母天体上の熱水活動で形成されたとするなら、その約2000万年後に再び母天体上に水が登場したことになる。以上のことから、haliteの存在形態や形成プロセス、さらに隕石母天体上熱水史に新たな知見を加えることができた。

【Yamato-74191】

 Takaoka and Nagaoが1979-1980年に行った希ガス同位体分析の結果、Yamato(Y)-74191隕石(L3)には129I起源の129Xeを含め、ハロゲン由来の希ガス同位体が高濃度に存在することがわかっている。しかし高濃度ハロゲンの存在形態や濃集時期は不明であった。

 ハロゲンの存在形態を明らかにするために、SEMによる組織観察の後、レーザー抽出法による希ガス同位体分析を行った。その結果、変成を受けたような組織にハロゲン由来の希ガス同位体が局所的に濃集していることがわかった。

 I-Xe 年代測定の結果を図6に示す。3試料とも、それぞれBjurboleよりも2760±180万年、1660±110万年、1620±90万年、若い年代を示した。変成度の低い普通コンドライトでこのように若い年代を示した例はこれまでに報告されていない。これは水質変成により起こったと思われるハロゲンの移動・濃集が隕石母天体上で起きたことを示すものであり、母天体上に水が存在していた期間について新たな制約を加えることができた。

図1.I-Xe系

図2. 中性子照射

図3.Bjurbole(>1200℃)

図4.laser分析(Allende)

図5.Zag(>1200℃)

図6.Y-74191(>1200℃)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章はイントロダクションとして隕石および隕石に含まれる希ガス同位体成分の分類を行うとともに、ハロゲン起源の希ガス同位体が太陽系初期の隕石母天体進化過程の研究において有用であることを述べている。第2章は本研究を行う上で最も重要なI-Xe年代測定装置の製作、第3章から第5章までが本論文、第6章が全体のまとめとなっている。

 太陽系形成過程の解明おいて、初期の蒸発・凝縮・熱変成および水質変成等の情報を保持している始原的隕石は重要な研究対象である。これら始原的隕石については様々な手法を用いた研究がなされているが、ハロゲンを用いた研究は微量ハロゲンのその場定量が難しいことや、隕石落下後に地球上で受ける地球起源ハロゲン汚染のため、これまでその宇宙化学的挙動について十分な解明がなされていなかった。ハロゲンは揮発性および反応性が高いなど特有の化学的性質を持つため、熱変成史と水質変成史の両方を探る有効なツールとなるはずである。申請者は、隕石中のハロゲンの一部が宇宙空間で宇宙線照射起源中性子を捕獲して希ガス同位体になることを利用し、ハロゲンを直接分析する代わりに希ガス同位体を測定することにより隕石中のハロゲンの挙動を明らかにするという、世界的にもあまり類を見ない研究を行った。このために、超高感度希ガス質量分析装置を用いた様々な分析技術を駆使した分析を行うとともに、ハロゲンの一つであるヨウ素の消滅核種129Iとその娘核129Xeの組み合わせを利用したI-Xe年代測定を国内で初めて可能にした。

 第2章では、I-Xe年代測定装置の開発について述べられている。この年代測定法は、隕石試料を原子炉で熱中性子照射するが、照射試料の分析は放射線管理区域内で行うことが義務付けられていることや、微量Xe同位体分析の困難さなどの制約から、これまで国内では試みられていなかった。申請者は、東京大学アイソトープ総合センターに設置されて40Ar-39Ar年代測定に用いられていた質量分析計VG3600を改造するとともに、新たに設計製作した希ガス抽出精製ラインを用いて国内初のI-Xe年代測定を可能とした。

 第3章では、太陽系初期凝縮物とされるAllende隕石中のCAI(Calcium Aluminum rich Inclusion)に検出された塩素濃集域について電子顕微鏡観察、EPMAによる塩素を含む元素分布分析、レーザー加熱法による局所希ガス同位体分析を行い、このCAIが隕石母天体へ凝集する前に原始太陽系ガス中で水質変成を受けた可能性が高いことを示した。

 第4章では、Zag隕石の研究について述べられている。この隕石は1998年にモロッコに落下した角礫岩隕石(H3-6)で、内部からmmサイズの岩塩結晶が初めて見つかったことで有名である。岩塩結晶は隕石母天体上での熱水活動により形成されたとみられている一方、太陽系最古のI-Xe年代を示すことが報告されているが、形成プロセスはいまだ明らかになっていない。本研究に用いたZag隕石の岩塩結晶が見つかった部分には過剰129Xeが検出され、多量の微小岩塩結晶の存在を示唆した。レーザーによる局所的希ガス分析や、煮沸処理の結果、大部分の岩塩結晶のサイズは0.15mm以下でありケイ酸塩に完全に覆われている可能性が高いことを示した。I-Xe年代は、Bjurbole隕石より2000−3000万年も後に隕石母天体上で水質変成が起こったことを明らかにした。

 第5章ではYamato-74191隕石(L3)について述べられている。この隕石は129I起源の129Xeを含め、ハロゲン由来の希ガス同位体が高濃度に存在する特異な隕石であるが、高濃度ハロゲンの存在形態や濃集時期は不明であった。ハロゲンの存在形態を明らかにするために、電子顕微鏡観察の後レーザー抽出法による希ガス同位体分析を行った結果、変成鉱物からなる組織にハロゲン由来希ガス同位体が濃集していることがわかった。I-Xe年代はBjurbole隕石よりも1600−2700万年若い年代を示し、変成度の低い普通コンドライト母天体でハロゲンの移動・濃集を伴う水質変成が従来考えられていたより長期間持続したことを明らかにした。

 以上の研究は、隕石を用いた太陽系初期進化過程をハロゲン元素の化学的性質とI-Xe法という年代測定法を用いて解明する新たな手法を示したものであり、今後の地球惑星化学の発展に寄与するところが大きい。

 なお、第2章に述べられているI-Xe年代測定装置の開発は他の研究者たちとの共同研究であるが、申請者が装置の設計製作に最も深く主体的に関わったものである。

 したがって、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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