学位論文要旨



No 119961
著者(漢字) 貝原,麻美
著者(英字)
著者(カナ) カイハラ,アサミ
標題(和) 細胞シグナルの時空間生物発光検出法
標題(洋) Genetically Encoded Bioluminescent Indicators for Spatio-Temporal Analysis of Cellular Signaling
報告番号 119961
報告番号 甲19961
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4690号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 助教授 島田,敏宏
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

(Chapter1)

 細胞内シグナルのひとつであり様々な機能を担っている蛋白質間相互作用を検出することは,非常に重要であり,酵母Two-hybrid法の開発により多くの核近傍の蛋白質間相互作用が明らかにされてきた.その後,スプリットさせたβ-galactosidaseを用いる方法,プロテインスプライシングを用いる方法などが開発され検出対象となる蛋白質を拡張した.しかしながら,依然としてこれらの方法は,形成する蛋白質あるいはその基質から生成される化合物が安定であり細胞内に拡散することから,蛋白質間相互作用の時空間解析は不可能であった.本研究において,生きた細胞内において蛋白質間相互作用をin vivo時空間解析可能にすることを目的として,ウミシイタケ発光蛋白質Renilla luciferaseの生物発光を用いた方法の開発を行なった(図1).

 生物発光酵素蛋白質であるRenilla luciferaseをN末側とC末側の二つに切断し,その各々に相互作用を起こす蛋白質を結合した融合蛋白質を作製し細胞内に導入する.蛋白質間での相互作用により二つに切断されているRenilla luciferaseが近接し発光酵素活性が回復,その結果,基質coelenterazineを酸化し発光させることを見い出した.細胞内シグナルにおいて重要な3つの蛋白質間相互作用を検出することにより,この生物発光が即時一過性であり,蛋白質間相互作用の時空間解析が可能になることを示した.分子量が小さく発現が容易なRenilla luciferaseのATP非要求性発光酵素反応により酸化された細胞膜透過性の基質は近赤外領域まで波長がおよぶ光子を放出することから,本研究において開発した方法は細胞内のみならず生物個体内でも細胞内シグナルを検出することを可能にする方法である.

【研究内容】

(Chapter2)生細胞内における蛋白質間相互作用の空間解析

 インスリンシグナル伝達に非常に重要であると考えられるIRS1の941番目チロシンリン酸化部位周辺のアミノ酸ペプチド(Y941)とPI3Kのp85サブユニットSH2nドメインの相互作用を検出した.細胞にインスリンを添加すると,ペプチドがリン酸化され相互作用が起こる.この相互作用により発光強度が増大する最適なRenilla luciferaseの切断位置を見い出した.また,相互作用によるRenilla luciferaseの基質に対する発光酵素活性が可逆的であることを確認し,発光活性がY941のリン酸化による相互作用依存的であることを確認した.この生物発光がspontaneousで一過性であったことから,生きた細胞内においてインスリン添加によるIRS1とPI3kinaseのSH2ドメインの相互作用が細胞膜近傍のみでのみ起きていることを顕微鏡下で検出することに成功した(図2).

(Chapter3)細胞内Ca2+発光検出法

 細胞内のCa2+が引き起こすcalmodulinとM13の相互作用をsplit Renilla luciferaseを用いて検出し,細胞内のCa2+の濃度変化を発光強度の変化として検出した.N末側Renilla luciferaseにcalmodulinとM13を介してC末側Renilla luciferaseを直列に連結させた1つの融合蛋白質を作製し,MCF-7細胞に発現させた(図3).細胞内Ca2+濃度を一過性に上昇させることが知られているATPあるいはhistamine添加した場合,発光強度の増大が検出された(図4).その増大は,非常にはやい一過性の細胞内Ca2+の濃度上昇に対応するものであった.本方法により細胞内Ca2+濃度変化を生物発光により検出することが可能になった.

(Chapter4)ERK2の二量体形成過程の発光検出法

 重要な細胞内シグナルの最下流の蛋白質MAPKの一つであるERK2の二量体形成過程を検出した.ERK2は様々な情報伝達経路を介してThreonineとTyrosineがリン酸化されることにより活性化する.リン酸化したERKは二量体を形成し迅速に核内移行し,蛋白質の発現を調整する様々な蛋白質を基質としてリン酸化することで,細胞の分化,成長,癌化を制御している.従来の方法では,その二量体形成過程を検出することは不可能であった.本研究において,ERK2の二量体を生物発光により細胞内において可視化する方法を開発した(図5).

 N末側Renilla luciferaseに2つのERK2を介してC末側Renilla luciferaseを直列に連結させた融合蛋白質を作製した.ERK2の二量体の形成によりRenilla luciferaseのN末とC末が近接し発光酵素活性を回復する.本新規方法を導入したMCF-7細胞を血清非存在下で培養しERK2を非活性化した後,内皮成長因子(EGF)を添加したところ,ERK2の二量化に伴う発光強度が増大することが確認できた(図6).生物発光によりERK2の二量体形成過程を可視化する本プローブの開発は,ERK2の活性を検出する従来法とは異なる新規方法であり,MAPKの活性化による蛋白質発現調節機構に対して多くの新規知見を得ることが期待できる.

【まとめ】

(chapter6)

 生きた細胞内で,蛋白質間相互作用を時空間解析可能にする新規方法の開発を行ない,Renilla luciferaseをスプリットさせて用いる生物発光検出法の開発に成功した.Renilla luciferaseの生物発光は,その発光酵素活性にATPを必要とせず,基質が10-9秒以下で近赤外領域におよぶ波長の光子が放出することから,開発した方法は,蛋白質間相互作用を生きた細胞内において時空間解析するのみならず生物個体で蛋白質間相互作用を検出することも可能にする.インスリンシグナル経路における蛋白質間相互作用,細胞内のCa2+依存的な蛋白質間相互作用,および乳癌細胞内におけるMAPK経路の蛋白質の二量体形成過程を検出し,相互作用依存的な生物発光が即時一過性の生物発光であることを示した.本方法は様々な細胞内シグナルの可視化への応用が期待できる新規方法である.

図1 蛋白質間相互作用発光検出法

図2 IRS1とSH2ドメイン相互作用の発光検出

図3 細胞内Ca2+発光検出法

図4 細胞内Ca2+発光検出

図5 ERK2の二量体形成過程の発光検出法

図6 ERK2の二量体形成過程の発光検出

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章より成る.第1章は序論であり,本研究の動機と目的が簡潔に述べられている.細胞内シグナルのひとつであり様々な機能を担っている蛋白質間相互作用を検出することは重要であり,酵母Two-hybrid法の開発により多くの核近傍の蛋白質間相互作用が明らかにされてきた.その後,スプリットさせたβガラクトシダーゼを用いる方法,プロテインスプライシングを用いる方法などが開発され検出対象となる蛋白質の種類を拡張してきた.これらの方法は蛋白質相互作用により精製するレポーター蛋白質自身あるいはその基質から生成される化合物が安定であり細胞内に拡散することから,蛋白質間相互作用の時空間解析は困難であった.生きた細胞内において蛋白質間相互作用をin vivo時空間解析可能にするために,ウミシイタケ発光蛋白質Renilla luciferaseの生物発光を用いた方法の開発が本研究の目的であることが述べられている.

 第2章は,生細胞内における蛋白質間相互作用の空間解析について述べられている.生物発光酵素蛋白質であるRenilla luciferaseをN末側とC末側の二つに切断し, その各々に相互作用を起こす蛋白質を結合した融合蛋白質を作製し細胞内に導入する.蛋白質間での相互作用により二つに切断されているRenilla luciferaseが近接し酵素活性が部分的に回復,その結果,基質セレンテラジンを酸化し発光させることをインシュリンシグナル系において検証した.

 すなわちインスリンシグナル伝達の部分におけるIRS1の941番目チロシンリン酸化部位周辺のアミノ酸ペプチド(Y941)とPI3Kのp85サブユニットSH2nドメインの相互作用を検出している.細胞にインスリンを添加すると,ペプチドがリン酸化され相互作用が起こる.この相互作用の検出を例に発光強度が増大する. Renilla luciferaseの最適な切断位置を見い出した.相互作用によるRenilla luciferaseの基質に対する発光酵素活性が可逆的であること,発光活性がY941のリン酸化による相互作用依存的であることを確認している.この生物発光が即時一過性であったことより,生きた細胞内においてインスリン添加によるIRS1とPI3kinaseのSH2nドメインの相互作用が細胞膜近傍のみでのみ起きていることを顕微鏡下で検出することに成功している.

 第3章は,細胞内Ca2+発光検出法に関するものである.細胞内のCa2+が引き起こすカルモデュリンとM13の相互作用をsplit Renilla luciferaseを用いて検出し,細胞内のCa2+の濃度変化を発光強度の変化として検出した.N末側Renilla luciferaseにカルモデュリンとM13を介してC末側Renilla luciferaseを直列に連結させた1つの融合蛋白質を作製し,MCF-7細胞に発現させた.細胞内Ca2+濃度を一過性に上昇させることが知られているATPあるいはヒスタミンを添加した場合,発光強度の増大が検出された.その増大は,速い一過性の細胞内Ca2+の濃度上昇に対応するものであった.本方法により細胞内Ca2+濃度変化を本生物発光により検出することが可能であることが結論されている.

 第4章は,ERK2の二量体形成過程の発光検出法についての記述である.重要な細胞内シグナルの最下流の蛋白質MAPKの一つであるERK2の二量体形成過程を検出した.ERK2は様々なシグナル経路を介してトレオニンとチロシンがリン酸化されることにより活性化する.リン酸化したERKは二量体を形成し迅速に核内移行し,蛋白質の発現を調整する様々な蛋白質を基質としてリン酸化することで,細胞の分化,成長,癌化を制御している.従来の方法では,その二量体形成過程をその場検出することは困難であった.本研究において,ERK2の二量体を生物発光により細胞内において可視化することを初めて可能にしている.

 第5章は,本研究で開発した蛋白質相互作用の発光検出法の本人の今後の研究展望を簡単に述べている.

 第6章は,本論文全体の結論である.生きた細胞内で,蛋白質間相互作用を生物発光時に検出するスプリットRenilla luciferase法を開発し,これをインスリンシグナル経路における蛋白質間相互作用,細胞内のCa2+依存的な蛋白質間相互作用の検出,および乳癌細胞内におけるMAPK経路の蛋白質の二量体形成過程の検出により方法の検証を行ったことをまとめている.

 これらは理学の発展に寄与する成果であり,博士(理学)取得を目的とする研究として十分であると審査員一同が認めた.なお,本論文は各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者の寄与は十分であると判断する.

 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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