No | 119964 | |
著者(漢字) | 齋藤,輝伸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイトウ,テルノブ | |
標題(和) | ビス(トリアリールメチリウム)化合物の創製と酸化的カップリング反応への応用 | |
標題(洋) | Synthesis of Bis(triarylmethylium) Compounds and Their Application to Oxidative Couplings | |
報告番号 | 119964 | |
報告番号 | 甲19964 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4693号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | カルボカチオンは、様々な反応の中間体として知られており、そのカチオン中心の反応性は、隣接する置換基の種類や構造によって大きな差がある。そこで筆者は、カルボカチオンに隣接する置換基としてアルキルチオ基およびアリール基に着目し、これら置換基の共鳴効果によって安定化されたカルボカチオン種を活用して、新しい有機合成手法すなわち、ケテンジチオアセタールを用いる3成分連結反応、また、ビス(トリアリールメチリウム)化合物の創製とそれを用いた酸化的カップリング反応を開発することができた。 1.ケテンジチオアセタールを用いる3成分連結反応 2-メチルジエチルケテンジチオアセタールは、トリメチルシリルトリフラートの存在下でアセタール1に求核攻撃し、2つのアルキルチオ基で安定化されたカルボカチオン中間体3を生成する。そのカチオン中間体に、エステルエノラートやアルキル金属、金属ヒドリドなどの求核剤を作用させると、アセタール、ケテンジチオアセタール、求核剤の3成分が連結したβ-メトキシジチオアセタール4がone-potで合成できる(Scheme 1)。 アルデヒドを求電子剤とし、トリメチルシリルトリフラートの存在下、環状ケテンジチオアセタール6sとの反応を行うと、鎖状遷移状態Aを経由してカルボカチオン中間体が生成するため、その中間体をRed−Al(NaH2Al(OCH2CH2OCH3)2)還元するとβ-ヒドロキシジチオアセタールのsyn体7sが優先して得られる。また、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体とジエチルケテンジチオアセタール6aの組み合わせで同様の反応を行うと、6員環遷移状態Bを経て反応しanti体のβ-ヒドロキシジチオアセタール7aが優先して生成する。遷移状態を決める要因は、活性化剤の対アニオンの求核性とケテンジチオアセタールのアルキルチオ基の立体障害である。対アニオンの求核性が小さくかつアルキルチオ基の立体障害が大きい場合は、鎖状遷移状態を、一方対アニオンに求核性がありかつアルキルチオ基の立体障害が小さい場合には6員環遷移状態を経由しやすくなる(Scheme 5-2)。 2.ビス(トリアリールメチリウム)化合物の創製とそれを用いた酸化的カップリング反応 2.1ビス(トリアリールメチリウム)化合物の創製と酸化反応への応用 ナフタレンの1,8位にトリアリールメチリウム部位をもつジカチオン化合物11は、これまで合成されたことはなく、その構造の特徴から新しい反応性を期待した。すなわち、ジカチオン化合物11は、近接した位置に2つのトリアリールメチリウム部位が固定されているため、トリフェニルメチリウム塩などのモノカチオン化合物に比べてメチリウム中心付近が立体化学的に非常に込み入った構造となり、モノカチオン化合物とは異なる反応性をもつカチオン化合物になると考えた。 ジカチオン化合物11の合成は、前駆体としてエーテル10を選び、1,8-ジブロモナフタレンから誘導したジオール9をトリフルオロ酢酸で脱水処理して合成した。このエーテル10をヘキサフルオロ-2-プロパノール中過塩素酸トリメチルシリルで処理すると、エーテル酸素がヘキサメチルジシロキサンとして脱離して無水条件で望みのジカチオン化合物11が得られ、それをX線結晶構造解析により確認した(Scheme 3)。 プロピオフェノンから調製したエノラートにジカチオン化合物11を作用させたところ、11へのエノラートの求核攻撃はほとんど起こらず、代わりにエノラートの酸化的カップリングが進行し1,4-ジケトン13が生成した。このときジカチオン化合物11は、2つのメチリウム中心が結合した1,1,2,2-テトラフェニルアセナフテン14として回収され、ジカチオン化合物11が2電子酸化剤として働いたことを確認できた。同じ反応をトリフェニルメチリウム塩で行うと、1,4-ジケトン13は全く得られず、代わりにエノラートのトリフェニルメチル化体が得られた。この結果より、ジカチオン化合物11が求核剤の求核攻撃を受け難いカチオン化合物であることが明らかになり、モノカチオン化合物との反応性の差を明らかにした(Scheme 4)。 さらに、ジカチオン化合物11の2電子酸化剤としての性質を利用することにより以下の3種のアニリン類の酸化反応を見出した。 2.2ジカチオン化合物11を用いるN,N-ジアルキルアニリンの酸化的カップリング N,N-ジアルキルアニリン15とジカチオン化合物11を反応させると、窒素原子上の脱アルキル化などの副反応は全く進行せず、15の酸化的カップリングが進行しベンジジン16が得られた。本反応は、N,N-ジアルキルアニリンのオルト位やメタ位でカップリングしたものは全く得られず、パラ位のみで選択的にカップリングする。特に、メタ位に置換基を持つものほど高収率でベンジジンを与え、3,5-ジメチル-N,N-ジエチルアニリンからは定量的に生成する。同様の酸化的カップリングをDDQで行うと反応は全く進行せず、アミニウムラジカルカチオンを用いると多くの副生成物が生じた。このことから、ジカチオン化合物の酸化力はDDQよりも強く、アミニウムラジカルよりも穏やかであると予想できる(Scheme 5)。 2.3ジカチオン化合物11とアニリン誘導体を用いるヘテロ原子上のアリール化反応 ジカチオン化合物11がくいN,N-ジアルキルアニリン類の酸化的カップリングに有効であることがわかったため、11によるN,N-ジアルキルアニリン類と他分子のクロスカップリングを試みた。フェノール類17とジカチオン化合物11を予め反応させそこに4-フェニルチオ-N,N-ジエチルアニリンを添加すると、フェニルチオ基とフェノキシ基のイプソ位置換が進行しジアリールエーテル19が得られた。フェノール類からのジアリールエーテル合成反応は、従来長時間の加熱還流を必要とするものが多いが、ジカチオン化合物11を用いると低温かつ短時間でジアリールエーテルが合成できる。DDQやアミニウムラジカルなどの他の有機酸化剤では収率良く目的物が得られず、ジカチオン化合物11が他の酸化剤にはない特徴をもっていることがわかった(Scheme 6)。 また、4-フェニルチオアニリン18とジカチオン化合物11を反応させ、そこに4-ジエチルアミノフェニルスズ21を作用させると、硫黄原子上への4-ジエチルアミノフェニル化が進行し、トリアリールスルホニウム塩22が高収率で得られることを見出した(Scheme 7)。トリアリールスルホニウム塩は合成困難であるが、ジカチオン化合物11を用いる新しい酸化的な合成法を開発した。さらに、4-フェニルチオアニリン18のラジカルカチオン20の分子軌道計算を行ったところ、SOMOの係数が硫黄原子上で最も大きいことがわかった。そのため、4-ジエチルアミノフェニル基はラジカル的に硫黄原子上を攻撃することが示唆された。 以上筆者は、カルボカチオン、特にアルキルチオ基あるいはアリール基で安定化されたカルボカチオンに着目し、ケテンジチオアセタールを用いる3成分連結反応およびビス(トリアリールメチリウム)化合物の創製とそれを酸化剤として用いるアニリン類の酸化反応を開発した。 Scheme 1. Scheme 5-2. Scheme 3. Scheme 4. Scheme 5. Scheme 6. Scheme 7. | |
審査要旨 | 本論文は、アルキルチオ基あるいはアリール基で安定化されたカルボカチオンを利用する新しい合成手法の開発について、4章にわたり述べたものである。 カルボカチオンは非常に不安定な化学種として知られており、その確認には低温かつ超強酸性条件を必要とする。しかし、カルボカチオンの反応性は、カチオン炭素に結合する置換基の種類により大きく異なる。筆者は、アルキルチオ基およびアリール基のカルボカチオン安定化効果に着目し、比較的安定なカルボカチオンを合成反応の中間体あるいは合成試剤として利用することを目的に研究を行い、3成分連結反応および新しい2電子酸化剤の創製とそれを利用した酸化反応を開発している。 第一章では、2つのアルキルチオ基で安定化されたカルボカチオンを合成中間体とする反応の開発として、ケテンジチオアセタールを用いる3成分連結反応について述べている。 ケテンジチオアセタール2は、トリメチルシリルトリフラートの存在下でアセタール1に求核攻撃し、2つのアルキルチオ基で安定化されたカルボカチオン中間体3を生成する。そこに高次有機銅試薬を作用させると、ケテンジチオアセタールのオレフィン両末端にアセタール部位とメチル基が導入されたβ-メトキシジチオアセタール4がワンポットで合成できる。 また、アセタールの代わりにアルデヒドで同様に反応を行うと、用いる活性化剤の種類により生成するβ-ヒドロキシジチオアセタール4のジアステレオ選択性が大きく変化することを明らかにしている。特に、環状ケテンジチオアセタール6sとトリメチルシリルトリフラートの組み合わせではsyn体の生成物7sが、ジエチルケテンジチオアセタール6aとBF3・OEt2の組み合わせではanti体の生成物7aが、優先して得られる。 第二章から第四章では、ナフタレンの1,8位にトリアリールメチリウム部位をもつ新しいジカチオン化合物の創製と、それを2電子酸化剤として用いる酸化反応について述べている。 筆者は2つのトリアリールメチリウム中心が分子内の非常に近い位置に固定されているジカチオン化合物10を設計した。2つのトリアリールメチリウム中心を近接に固定することにより、メチリウム中心に対する求核剤の求核攻撃が立体障害の影響で抑えられ、代わりに2電子酸化剤として働くことを期待している。ジカチオン化合物10は、1,8−ジブロモナフタレンから容易に誘導できるエーテル9にヘキサフルオロ-2-プロパノール中過塩素酸トリメチルシリルを作用させ、エーテル酸素をジシロキサンとして取り除くことにより無水条件で合成することに成功している。 合成したジカチオン化合物10にケトンのエノラートを反応させると、予想したようにエノラートのジカチオン化合物10に対する求核攻撃はほとんど起こらず、酸化的カップリングが進行して対応する1,4−ジケトン12が得られる。この結果より、ジカチオン化合物10が求核剤に対しても2電子酸化剤として働くことを明らかにしている。 次に、求核剤としてN,N-ジアルキルアニリンを選び、同様の酸化的カップリングを試みている。N,N-ジアルキルアニリン類にジカチオン化合物10を作用させると、高収率でパラ位同士が結合した二量化体が得られる。窒素原子上の置換基は、メチル基、エチル基だけでなくベンジル基やアリル基の場合にも、同様のカップリング反応が高収率で進行する。 また、フェノール類15にジカチオン化合物10を作用させて低温下でフェノキシルラジカルを調製し、そこに4-フェニルチオアニリン16を添加すると、フェニルチオ基とフェノール類15のイプソ位置換が進行し、ジアリールエーテル17が収率良く合成できることを見出している。 さらに、ジカチオン化合物10を用いる酸化反応をスルホニウム塩合成反応に展開している。すなわち、4-フェニルチオアニリン16とジカチオン化合物10を反応させて調製できるラジカルカチオン17に4-ジエチルアミノフェニルスズ18を作用させると、4-ジエチルアミノフェニルラジカルが硫黄原子上に付加し、トリアリールスルホニウム塩19が合成できることを見出している。 以上述べたように、安定化されたカルボカチオンを合成中間体あるいは2電子酸化剤として活用する新しい合成手法の開発を行っている。特にジカチオン化合物の創製とその特徴ある反応性明らかにした研究業績は、有機構造化学や有機合成化学の分野に貢献すること大である。本研究は、向山光昭、市川淳士、多田智之、神保尚久、吉田優、との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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