学位論文要旨



No 119966
著者(漢字) 佐藤,宗太
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ソウタ
標題(和) 置換シクロペンタジエノンアセタールの合成と多置換ベンゼン合成への応用
標題(洋) Studies on Synthesis of Substituted Cyclopentadienone Acetals and Application to Synthesis of Polysubstituted Benzene Derivatives
報告番号 119966
報告番号 甲19966
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4695号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 市川,淳士
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

 Diels-Alder反応は,協奏的[4π+2π]環化付加反応により六員環骨格を構築する反応であり,有機合成で最も重要な反応の一つである.環状ジエン,特に五員環骨格を持つジエンは高い反応性を持つことが知られ,シクロペンタジエノンアセタール(CPDA)はジエノフィルとDiels-Alder反応することが報告されている.しかし,これまでその効率的な合成法がなく,有機合成化学的な応用研究は限られている.本論文では,熱的条件下またはパラジウム触媒存在下,シクロプロペノンアセタール(CPA)とアセチレンとの[3+2]型環化付加反応が進行し,置換CPDAを効率的に合成できることが述べられている.さらに,CPDAのジエンとしての反応性を利用し,アセチレン類とのDiels-Alder反応を鍵として多置換ベンゼンを簡便に合成できることが見いだされている.5章からなる本論文の各章の内容を以下に要約する.

 第1章では,本研究以前のCPDAの合成とそのDiels-Alder反応に関する知見がまとめられている.CPDAは,五員環ジエンであることからその構造や反応性に興味が持たれ,反応化学的研究や理論化学的研究が行なわれてきた.その誘導体の一般的な合成法はないものの,これまでにいくつかの類縁体の合成が報告され,その高いDiels-Alder反応性が明らかにされてきた.近年では多環式化合物の合成に応用されるなど,CPDAの有機合成上の有用性が示されてきている.

 第2章ではCPAとアセチレンを用いたCPDAの合成について述べられている.第2章1節では,熱的条件下,CPAの開環反応により生成するビニルカルベン活性種を中間体とし,これをアセチレンで捕捉することでCPDAを合成している.無置換CPAとアセチレン類との環化付加体は得られない.しかし,置換CPAを用いた場合にはアセチレン類との[3+2]型環化付加反応が進行し,CPDAを合成できることが見いだされている(式1).

 この環化付加反応では,ビニルカルベン中間体が生成する際に開裂する結合の選択性により,CPDAの異なる位置異性体が生成する可能性がある.本論文では,種々の置換基をもつCPAとアセチレン誘導体との熱反応が高い位置選択性で進行すること,またほとんどの場合,内部に置換基をもつビニルカルベン中間体からの反応のみが進行することが示されている(Figure 1).これまで一般にCPDAは自己二量化しやすく,単量体として安定に存在する例は数例のみに限られていた.本論文では,複数の置換基をもつCPDAが単量体として単離可能な安定な化合物であることを示している.

Figure 1.

 第2章2節では,遷移金属触媒を利用したCPDAの合成法の開発が述べられている.この検討では,遷移金属触媒によりCPAの環開裂,続くアセチレンとの環化付加反応が進行することが見いだされている.これまでCPAの開環-環化反応はニッケル錯体を用いた[1+2]型環化付加反応のみが知られていたが,本研究では酢酸パラジウム(II)を触媒とすることで[3+2]型環化付加反応が効率的に進行し,CPDAが高収率で得られることが見いだされている.この検討では種々の置換基をもつCPDAの合成が行われており,触媒反応を利用した合成法の有効性が示されている(Figure 2).

Figure 2.

 さらに本節では,本環化付加反応の反応機構について考察が述べられている.副生成物の構造解析から,反応中にビニル金属中間体が生成することが確認されており,環化付加反応での反応活性種が金属カルベン錯体ではなくビニル金属錯体であることが推測されている(Scheme 1).

Scheme 1.

 第3章では,置換CPDAがDiels-Alder反応において高い反応性を示すことが述べられている.CPDAと各種オレフィンとのDiels-Alder反応が検討され,電子不足,電子豊富,単純オレフィンのいずれとも定量的に反応が進行することが見いだされている(Figure 3).分子軌道計算を用いた解析から,CPDAはHOMOが高く,LUMOが低いために,通常の電子要請型,さらに逆電子要請型のDiels-Alder反応がともに良好に進行することが示されている.

Figure 3.

 さらに本節では,CPDAとオレフィン類とのDiels-Alder付加体を変換することで,多置換ベンゼンの合成が可能であることが述べられている.この検討ではノルボルナジエンとの反応から得られた付加体を熱分解すると,シクロペンタジエン,ジアルコキシカルベンの脱離により3置換ベンゼンが得られることが示されている(式2).

 第4章では,CPDAとアセチレンとのDiels-Alder反応を利用することで,多置換ベンゼンの形式的[2+2+2]型環化合成が可能であることが述べられている.この検討では,CPDAとアセチレン誘導体との熱反応において,Diels-Alder反応,続いてキレトロピー反応が進行し,一工程で多置換ベンゼンが合成できることが示されている.種々のアセチレン誘導体を用いることで,他の手法では合成困難な多置換ベンゼンが合成されている(Scheme 2).

Scheme 2.

 第5章では,置換CPDAの合成法およびその反応性について総括し,その結論が述べられている.さらにCPDAならびに多置換ベンゼン合成法について有機合成的観点から見た今後の展望について述べられている.

審査要旨 要旨を表示する

 Diels-Alder反応は,協奏的[4π+2π]環化付加反応により六員環骨格を構築する反応であり,有機合成で最も重要な反応の一つである.環状ジエン,特に五員環骨格を持つジエンは高い反応性を持つことが知られ,シクロペンタジエノンアセタール(CPDA)はジエノフィルとDiels-Alder反応することが報告されている.しかし,これまでその効率的な合成法がなく,有機合成化学的な応用研究は限られている.本論文では,熱的条件下またはパラジウム触媒存在下,シクロプロペノンアセタール(CPA)とアセチレンとの[3+2]型環化付加反応が進行し,置換CPDAを効率的に合成できること,さらに,CPDAのジエンとしての反応性を利用し,アセチレン類とのDiels-Alder反応を鍵として多置換ベンゼンを簡便に合成できることが述べられている.5章からなる本論文の各章の内容を以下に要約する.

 第1章では,本研究以前のCPDAの合成とそのDiels-Alder反応に関する知見がまとめられている.CPDAは,五員環ジエンであることからその構造や反応性に興味が持たれ,反応化学的研究や理論化学的研究が行なわれてきた.その誘導体の一般的な合成法はないものの,これまでにいくつかの類縁体の合成が報告され,その高いDiels-Alder反応性が明らかにされてきた.近年では多環式化合物の合成に応用されるなど,CPDAの有機合成上の有用性が示されてきている.

 第2章ではCPAとアセチレンを用いたCPDAの合成について述べられている.第2章1節では,熱的条件下,CPAの開環反応により生成するビニルカルベン活性種を中間体とし,これをアセチレンで捕捉することでCPDAを合成している.無置換CPAとアセチレン類との環化付加体は得られない.しかし,置換CPAを用いた場合にはアセチレン類との[3+2]型環化付加反応が進行し,CPDAを合成できることが見いだされている.

 この環化付加反応では,ビニルカルベン中間体が生成する際に開裂する結合の選択性により,CPDAの異なる位置異性体が生成する可能性がある.本論文では,種々の置換基をもつCPAとアセチレン誘導体との熱反応が高い位置選択性で進行すること,またほとんどの場合,内部に置換基をもつビニルカルベン中間体からの反応のみが進行することが示されている.これまで一般にCPDAは自己二量化しやすく,単量体として安定に存在する例は数例のみに限られていた.本論文では,複数の置換基をもつCPDAが単量体として単離可能な安定な化合物であることを示している.

 第2章2節では,遷移金属触媒を利用したCPDAの合成法の開発が述べられている.この検討では,遷移金属触媒によりCPAの環開裂,続くアセチレンとの環化付加反応が進行することが見いだされている.これまでCPAの開環-環化反応はニッケル錯体を用いた[1+2]型環化付加反応のみが知られていたが,本研究では酢酸パラジウム(II)を触媒とすることで[3+2]型環化付加反応が効率的に進行し,CPDAが高収率で得られることが見いだされている.この検討では種々の置換基をもつCPDAの合成が行われており,触媒反応を利用した合成法の有効性が示されている.

 さらに本節では,本環化付加反応の反応機構について考察が述べられている.副生成物の構造解析から,反応中にビニル金属中間体が生成することが確認されており,環化付加反応での反応活性種が金属カルベン錯体ではなくビニル金属錯体であることが推測されている.

 第3章では,置換CPDAがDiels-Alder反応において高い反応性を示すことが述べられている.CPDAと各種オレフィンとのDiels-Alder反応が検討され,電子不足,電子豊富,単純オレフィンのいずれとも定量的に反応が進行することが見いだされている.分子軌道計算を用いた解析から,CPDAはHOMOが高く,LUMOが低いために,通常の電子要請型,さらに逆電子要請型のDiels-Alder反応がともに良好に進行することが示されている.

 さらに本節では,CPDAとオレフィン類とのDiels-Alder付加体を変換することで,多置換ベンゼンの合成が可能であることが述べられている.この検討ではノルボルナジエンとの反応から得られた付加体を熱分解すると,シクロペンタジエン,ジアルコキシカルベンの脱離により3置換ベンゼンが得られることが示されている.

 第4章では,CPDAとアセチレンとのDiels-Alder反応を利用することで,多置換ベンゼンの形式的[2+2+2]型環化合成が可能であることが述べられている.この検討では,CPDAとアセチレン誘導体との熱反応において,Diels-Alder反応,続いてキレトロピー反応が進行し,一工程で多置換ベンゼンが合成できることが示されている.種々のアセチレン誘導体を用いることで,他の手法では合成困難な他置換ベンゼンが合成されている.

 第5章では,置換CPDAの合成法およびその反応性について総括し,その結論が述べられている.さらにCPDAならびに多置換ベンゼン合成法について有機合成的観点から見た今後の展望について述べられている.

 本研究は置換CPDAの新しい合成法の開発に成功し,その反応性を応用して多置換ベンゼン誘導体の合成法を確立したものであり,有機合成化学の分野に多くの知見を与えた.したがって,博士(理学)を授与できると認める.

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