No | 119972 | |
著者(漢字) | 中西,和嘉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカニシ,ワカ | |
標題(和) | カチオン性フラーレン集合体による新規遺伝子導入法の開発 | |
標題(洋) | New Transfection Method Based on Cationic Fullerene Assembly | |
報告番号 | 119972 | |
報告番号 | 甲19972 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4701号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞への外来遺伝子の効率的導入は,遺伝子治療の発展において改善されるべき重要な課題である.現在,安全性の高い非ウィルス性遺伝子導入剤の開発が注目されており,リポフェクチン(Fig.1)に代表されるように,カチオン性の脂質類似の分子を中心に研究が進められている.最近,球状の疎水性基であるフラーレンを利用した遺伝子導入剤1(Fig.1)が報告されており,フラーレンを用いた新しい遺伝子導入剤の開発が可能である事が見いだされている. 本論文では,アミノフラーレン1が血清存在下で効率的な遺伝子安定性発現が可能であり,リポフェクチンより優れていることを報告している.また,アミンからの基底状態のフラーレンへの電子移動を鍵とした高効率アミノ化反応を開発している.この反応は,単工程で4つのアミンを導入でき,様々な官能機を有するアミノフラーレンを合成する事に成功している.この反応を用いる事により,C60を二工程の反応操作により高い遺伝子導入機能をもつ分子(アミノフラーレン2,Fig.1)に変換できる事を見いだしている.本論文は,研究の概要と,以下に要約される6章よりなる. 第1章ではフラーレン,カーボンナノチューブの生物学的応用についての背景を述べている.フラーレン,カーボンナノチューブは生体内に類を見ない特異な構造と性質を持ち,その応用が注目されている.現在までに報告されている主な生物学的応用例において,その利点と問題点を挙げている. 第2章ではアミノフラーレン1による遺伝子導入の特徴と,導入機構の解明について述べている.アミノフラーレン1はDNAと安定な複合体を形成し,酵素による切断や血清による会合阻害の影響を受けず,さらに遺伝子安定性発現が可能である事を見いだしている.試験管内実験により,アミノフラーレン1と結合したDNAは保護され,酵素存在下で分解されない事を示している.また,細胞内においてもアミノフラーレン1と結合したDNAは保護されていることを示している.このことは,細胞内でのDNAの分解が抑えられ,遺伝子導入効率を向上させる事で知られているリソソーム阻害剤(クロロキン)の効果がない事から結論している.また,エンドサイトーシス阻害剤(サイトカラシンB)により,遺伝子導入効率が低下したことから,DNAはエンドサイトーシスにより細胞内に導入されることを示している.血清は細胞の成長に必須であるが,脂質系の遺伝子導入剤において,血清存在下では遺伝子導入能が低下し,問題となっている.本研究では,アミノフラーレン1による遺伝子導入時に血清を存在させると逆に導入効率が向上することを見いだしている.脂質系試薬では血清中に含まれる生体分子が,脂質集合体とDNAとの会合を阻害するが,DNA-フラーレン複合体はより高い安定性をもっているため,会合阻害を受けない事が示唆されている.また,血清を添加することによりDNA-フラーレン複合体のサイズが小さく均一化されている事も見いだしており,血清存在下ではエンドサイトーシスに有効なサイズの複合体が多く生成したと結論している.さらに,アミノフラーレン1により高い効率で安定性遺伝子導入が可能である事を見いだしている(0.73%).リポフェクチンでは遺伝子安定性発現が見られたのはわずか0.039%である.血清存在下の一過性遺伝子導入実験ではアミノフラーレン1はリポフェクチンの約4倍の遺伝子導入効率であったのに対し,遺伝子安定性発現では差が大きく見られ,アミノフラーレン1による遺伝子安定性発現はリポフェクチンの19倍であった.このことから,アミノフラーレン1による遺伝子導入が,遺伝子安定性発現に対して効果的な機能をもっていることが示されている. 第3章では,フラーレンのアミノ化反応について述べている.DMSO混合溶媒中で,アミンから基底状態のフラーレンへ一電子移動が起こり,一工程によりフラーレンに対するアミン四重付加反応が進行する事を見いだしている.DMSO混合溶媒中では,アミンからフラーレンへの一電子移動によりC60ラジカルアニオンが生成し,アミンとのラジカルイオンペアとして安定に存在することが近赤外線吸収から確認されている.DMSOを添加しない系では,ラジカルアニオン由来の吸収は観測されないことから,DMSOによりラジカルイオンペアが安定化されていることを示している.これまでに,36当量という,大過剰のアミン存在下,フラーレンの光励起によりアミン四重付加反応が進行する事が報告されているが,本研究では,光励起を必要とせず反応が進行し,さらにアミンを6当量に減らすことができる事を見いだしている.さらに,酸化剤としてクメンヒドロペルオキシド(CHP)を用いることでも,光励起を必要とせず反応が進行することを見いだしている.これら光を必要としないアミン四重付加反応は様々な第二級アミンにおいて進行し,種々官能基を有するアミノフラーレンをC60から1工程で合成する事に成功している. 第4章では第3章で開発した高効率アミノ化反応を用い,アミノフラーレンを種々合成し,それらのDNA結合能・遺伝子導入能について述べている.第2章でフラーレンを用いた遺伝子導入法がこれまでの試薬とは異なった利点をもつことを明らかとしたが,アミノフラーレン1は複雑な合成工程を要し,100mg程度の合成が限度であり実用試薬としての展望は極めて限られたものであった.本研究では,合成したアミノフラーレンの中から,遺伝子導入試薬として有効であり,かつキログラム単位で合成可能な化合物2を開発している.合成したアミノフラーレンの中で,カチオン性のアミンを有するものは全て高いDNA結合能を有した.さらに,一過性の遺伝子導入能をアミノフラーレン1と比較することにより,第二級アミンを有する2が1と同程度の高い遺伝子導入能を持つことを見いだしている.構造活性相関により,中程度から高度の遺伝子導入活性をもつアミノフラーレンは,細胞内でのアシル化や加水分解によりカチオン性のアミンを失い,DNAを細胞内で放出できる構造を持つことを示している.また,DNA-フラーレン複合体のサイズを動的光散乱法により求めた結果,複合体形成時に用いる緩衝液により複合体のサイズに変化が生じる事を見いだしている.千ナノメートル以上の大きい複合体が形成された時,遺伝子導入効率が低下することが見いだされている.数百ナノメートル以上のサイズをもつ物質はエンドサイトーシスにより効率的に取りこまれないため,大きい複合体では遺伝子導入効率が低下すると結論している.以上により,アミノフラーレンが高い遺伝子導入能を持つためには,DNAとの結合能だけでなく,細胞内でのDNAの放出能を持つ事,複合体のサイズを数百nm以下に制御することが重要であることを見いだしている. 第5章ではフラーレンへの五重付加反応にも用いられる有機銅の反応性を,理論化学計算により解明した結果を述べている.フラーレン遺伝子導入剤を開発する手法として,3章で述べたアミン四重付加反応以外に,定量的に進行する五重付加反応を挙げている.この反応では有機銅試薬が用いられている.このように有機銅試薬を用いた有用な反応例が数多く報告されているが,同族の銀・金ではそのような反応例は珍しい.中心金属による反応性の違いを,有機銅の反応をモデルとして,それぞれ反応性を比較している.一価有機金属の求核性について,また,三価有機金属中間体の安定性について中心金属による影響を比較した結果,有機銅化合物は求核性が高く,不安定であるため反応性が高い事を見いだしている.これらの反応性の違いは,d軌道のエネルギーレベルの違いや,相対論効果により生じる事が結論付けられている. 第6章ではフラーレン遺伝子導入剤について総括し結論を述べている.アミノフラーレン1による遺伝子導入は,血清存在下でDNAとの複合体が均一な粒子となり,遺伝子安定性発現を効率的に行うことが可能であることを見いだしている.さらに多様なライブラリ構築の可能とするアミン四重付加反応を開発し,C60を二工程の反応操作により効率的に高い遺伝子導入機能をもつフラーレン遺伝子導入剤2を開発した.フラーレン遺伝子導入剤において高効率な遺伝子発現を実現するためには,DNAとの結合能を有するだけではなく,DNAとの複合体を細胞に取り込みやすいサイズに制御し,さらに細胞内でDNAを放出可能な設計が必要である事を見いだしている.また,新たなフラーレン遺伝子導入剤を開発する手法として,定量的に進行する五重付加反応を挙げている.この反応では有機銅試薬の反応性が鍵であり,有機銅の反応性を理論化学的に解明している. 報文 "Reactivity and Stability of Organocopper(I),Silver(I and Gold(I)Ate Compounds and Their Trivalent Derivatives"Nakanishi,W.;Yamanaka,M.;Nakamura,E.J.Am.Chem.Soc.2005.127,1446-1453. Fig.1 Structures of Lipofectin,aminofullerene1and2. | |
審査要旨 | 本論文は,研究の概要と,6章より構成されており,カチオン性フラーレン集合体による新規遺伝子導入法の開発研究について述べられている. 第1章ではフラーレン,カーボンナノチューブの生物学的応用についての背景を述べている.フラーレン,カーボンナノチューブは生体内に類を見ない特異な構造と性質を持ち,その応用が注目されていることが述べられている.現在までに報告されている主な生物学的応用例を列挙しているが,フラーレンを遺伝子導入剤に応用した例はほとんど無く,その作用機序や利点が未知であり,研究の必要性が述べられている. 第2章ではすでに報告されているアミノフラーレン(第一世代アミノフラーレン)による遺伝子導入の特徴と,導入機構について述べている.第一世代アミノフラーレンは既存の脂質系遺伝子導入剤とは異なり,DNAと安定な複合体を形成し,酵素による切断や血清による会合阻害の影響を受けず,さらに遺伝子安定性発現が可能である事を見いだしている.また,DNAはエンドサイトーシスにより細胞内に導入されることを示している. 第3章では,フラーレンのアミノ化反応について述べている.DMSO混合溶媒中で,アミンから基底状態のフラーレンへ一電子移動が起こり,一工程によりフラーレンに対するアミン四重付加反応が進行する事を見いだしている.この反応は,36当量という,大過剰のアミンとフラーレンの光励起が必要であったが,本研究でDMSO混合溶媒中で光励起を必要とせず反応が進行し,さらにアミンを6当量に減らすことができる事を見いだしており,多様なアミノフラーレンを大量に合成する事が可能となったことが示されている.反応は様々な第二級アミンにおいて進行し,種々官能基を有するアミノフラーレンをC60から1工程で合成する事に成功している. 第4章では第3章で開発した高効率アミノ化反応を用い,アミノフラーレン(第二世代アミノフラーレン)を種々合成し,それらのDNA結合能・遺伝子導入能を調べている.第2章でフラーレンを用いた遺伝子導入法がこれまでの試薬とは異なった利点をもつことを明らかとしたが,第一世代アミノフラーレンは複雑な合成工程を要し,100mg程度の合成が限度であり実用試薬としての展望は極めて限られたものであった.本研究では,合成したアミノフラーレンの中から,遺伝子導入試薬として有効であり,かつキログラム単位で合成可能な第二世代アミノフラーレンを開発している.合成したアミノフラーレンの中で,カチオン性のアミンを有するものは全て高いDNA結合能を有した.さらに,ある第二世代アミノフラーレンが第一世代アミノフラーレンと同程度の高い遺伝子導入能を持つことを見いだしている.構造活性相関により,アミノフラーレンが高い遺伝子導入能を持つためには,DNAとの結合能だけでなく,細胞内でのDNAの放出能を持つ事,複合体のサイズを数百nm以下に制御することが重要であることを見いだしている. 第5章ではフラーレンへの五重付加反応にも用いられる有機銅の反応性を,理論化学計算により解明した結果を述べている.フラーレン遺伝子導入剤を開発する手法として,3章で述べたアミン四重付加反応以外に,定量的に進行する五重付加反応を候補として挙げている.この反応では有機銅試薬が用いられている.中心金属による影響を銅・銀・金で比較した結果,有機銅化合物は求核性が高く,不安定であるため反応性が高い事を見いだしている.これらの反応性の違いは,d軌道のエネルギーレベルの違いや,相対論効果により生じる事が結論付けられている. 第6章ではフラーレン遺伝子導入剤について総括し結論を述べている.第一世代アミノフラーレンが細胞内外で高いDNA保護効果を持ち,血清存在下で効率的な遺伝子安定性発現が可能であり,既存の脂質系試薬リポフェクチンより優れていることを報告している.また,アミンからの基底状態のフラーレンへの電子移動を鍵とした高効率四アミノ化反応を開発している.この反応を用いる事により,C60を二工程の反応操作により高い遺伝子導入機能をもつ分子(第二世代アミノフラーレン)に変換できる事を見いだしている.また,新たなフラーレン遺伝子導入剤を開発する手法として,定量的に進行する五重付加反応を挙げており,この反応の鍵となる有機銅試薬の反応性について理論化学的に解明している. 本研究は,反応開発により実用可能な遺伝子導入剤を開発し,生物化学的,有機合成化学,理論化学の分野に多くの知見を与えた.したがって,博士(理学)を授与できると認める. | |
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