学位論文要旨



No 119978
著者(漢字) 井野,麻美
著者(英字)
著者(カナ) イノ,アサミ
標題(和) 突然変異高感度検出用トランスジェニック・マウスを利用した個体での遺伝子ターゲッティングの試み
標題(洋) Attempts of gene targeting in vivo with mutation-reporter transgenic mice
報告番号 119978
報告番号 甲19978
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4707号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 講師 名川,文清
内容要旨 要旨を表示する

 相同組換えによるゲノム情報の書き換え、すなわち遺伝子ターゲティングは、強力な手法として、微生物からほ乳類にいたる遺伝的な解析のために使用されている。特にマウスでは、遺伝子に改変を導入した胚幹細胞を使用して、生殖組織にいたるまで遺伝子改変された成体へと成長させることが可能となっている。もし、in vivoにおける個体の体細胞内での遺伝子ターゲティングが可能となった場合、様々な遺伝子機能の解析だけではなく、遺伝病およびほかの疾病への遺伝子治療のひとつの手段となるだろう。

 しかしin vivoにおける遺伝子ターゲティングをおこなうには、二つの大きな障壁がたちはだかる。一つは、遺伝子ターゲティングの頻度が低いことによる、産物の検出と解析の困難さである。このような低頻度の事象を検出するには、高感度かつ、精度の高い実験システムの構築が不可欠となる。in vivoにおける遺伝子改変の検出には、PCR法が用いられることが多いが、この検出法は不正確で、人為的な産物が生産されやすい。

 二つめの問題として、遺伝子ターゲティングによるゲノム情報の改変の不正確さが挙げられる。原核生物や下等な真核生物においては、遺伝子ターゲティングによるゲノムの改変は正確におこなわれる。これとは対照的に、ホ乳類培養細胞では、遺伝子ターゲティングはかなり頻度が低く、正確さに欠ける。それは、ホ乳類の細胞においては、非相同組換えが、相同組換えをはるかに凌ぐ頻度でおこるためである。in vivoにおける遺伝子ターゲティングにおける不正確な遺伝子改変は、遺伝子機能の解析および治療的な目的、両方にとって有害である。

 マウス体細胞内における遺伝子改変を、高感度に検出、および解析するために、また、上記のような、PCR法による検出の潜在的な欠点を排除するために、突然変異体検出用に開発されたレポーター・トランスジェニック・マウスMutamouseの利用を試みた。この実験システムは、突然変異体頻度の、高感度かつ定量的な検出が可能であることが報告されている。様々な突然変異原、例えばDNAに直接作用するN-methyl-N-nitrosoureaなどの暴露による、肝臓を含む様々な器官での、突然変異体頻度の上昇が数多く報告されている。このマウスの染色体上には、野生型lacZ遺伝子をもつバクテリオファージゲノムが約40コピー、タンデムに挿入されている。マウスゲノムDNAのin vitroパッケージングによってバクテリオファージ粒子が形成される。galEに変異を持つ大腸菌株にphenylbeta-D-galactoside(p-gal)を含む培地で感染させると、lacZ遺伝子に変異をもつファージが、選択的に増殖しプラークを形成する。これは、p-galがlacZのコードするベーターガラクトシダーゼによって有毒な中間体に変換され、その中間体がGalEを欠く菌内で蓄積することによって、細胞死を引き起こすことを利用した選択法である。

 正確な遺伝子ターゲティングのためのドナーに関しては、2種類の方法を使用した。一つは、特殊なオリゴヌクレオチドである、RNA/DNAオリゴヌクレオチドキメラを使用した。このキメラオリゴを使用して、齧歯類培養細胞、マウスおよびラット個体、さらには植物細胞において、高頻度な遺伝子ターゲティングをおこなったと報告されている。キメラオリゴとポリエチレンイミンの複合体をラットへ尾静脈注射した場合、肝臓における遺伝子ターゲティングの頻度は約10%とKrenらにより報告されている。しかし、これらの実験系の再現性、及び定量性が問題となっている。lacZの活性中心に点変異を導入するように設計したキメラオリゴを、hemagglutinating virus of Japan(HVJ)のタンパクを含むリポソーム、HVJ-リポソームに封入し肝臓へ直接注入した(図1)。HVJ-リポソームを利用したトランスフェクションは、高頻度かつ信頼度の高い方法である。

 2つめの方法として、ドナー配列及びその導入方法として、複製能欠損型アデノウイルスベクターを使用した。培養細胞における正確な遺伝子改変は、複製能欠損型アデノウイルスベクターを使用することによって、当研究室のFujitaらによって達成された。In vivoの遺伝子ターゲティングをおこなう上で、もっとも重要なのは、アデノウイルスゲノムが、宿主の染色体へほとんど挿入されないことである。また、培養細胞をもちいた、遺伝子ターゲティングの実験でも非相同組換え頻度は低く抑えられていた。導入遺伝子の発現という、マウスへのアデノウイルスを使用した遺伝子治療の研究は数多くなされている。マウス尾静脈へのアデノウイルスベクターの注入は、約半数の肝細胞がベクター由来の遺伝子を発現することが報告され、すでに確立した方法となっている。そこで、lacZ上に点変異をもつ相同領域約8.1kbを、アデノウイルスゲノムのEI欠損部位に挿入し、ドナー配列とした。

 以上二種類のドナーによって、導入されると考えられる変異をもつラムダファージを作成し、p-gal選択をおこなった。野生型lacZをもつラムダファージは、p-gal存在下でプラーク形成効率が約10-5に減少した。一方、lacZに期待される変異をもつラムダファージは、p-gal存在下においてもプラーク形成効率は約90%となり、効率よく選択されることを確認した。

 しかし、ドナーとしてどちらの方法を用いた場合も、突然変異体頻度は、非投与マウスと同程度の1/10000であった。オリゴヌクレオチドを投与したマウスより得られた、変異体ファージの、PCR-restriction fragment length polymorphism(RFLP)法、シークエンシングによる解析によって、1/20000程度以下であるとの結論を得た。また、組換えアデノウイルスを投与したマウス由来のラムダファージについても同様の解析をおこなったが、予想される組換え体は検出されなかった。以上の結果より、Mutamouseを利用したin vivoにおける遺伝子ターゲティングの頻度は1/20000以下であることが推察された。

 二つの方法を使用したが、in vivoにおける遺伝子ターゲティングによる組換え体を検出することはできなかった。しかし、以上の結果は、個体での遺伝子ターゲッティングの解析に有効かつ信頼性が高く高感度な検出系の発展に寄与し、この分野における研究を刺激すると期待される。

図1. RNA/DNAオリゴヌクレオチドキメラを使用したin vivoにおける遺伝子ターゲティングのための実験手順 RNA/DNAオリゴヌクレオチドキメラを使用したin vivoにおける遺伝子ターゲティングの実験手順と突然変異体レポーターマウスを使用した遺伝子改変の検出法

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本論文の主題である、in vivoにおける遺伝子ターゲティングの、現在までに得られた知見などについて述べられている。RNA/DNAキメラオリゴヌクレオチドによるin vivoにおいて高頻度な遺伝子ターゲティングが報告されたが、このオリゴによる遺伝子ターゲティングは、再現性がないことや、PCR法をもちいた測定法の定量性などについて、数多く議論されている。

 第2章は、Mutamouseトランスジェニック・リポーターマウスシステムを検出系として使用した、上述のキメラオリゴによる、遺伝子ターゲティングの試みについて述べられている。このマウスの染色体上には、野生型lacZ遺伝子をもつ、バクテリオファージラムダゲノムが挿入されており、マウスゲノムDNAのin vitroパッケージングによって、バクテリオファージ粒子としてlacZ遺伝子を回収できる。また、lacZ-のファージが選択的に増殖する、p-galを含んだ選択培地を使用したポジティブ選択によって、lacZ-となったファージを検出できる。まず目的の変異をもつラムダファージを作成し、p-gal選択をおこなった。野生型lacZをもつラムダファージは、p-gal存在下でプラーク形成効率が約10-4に減少した。一方、lacZに期待される変異をもつラムダファージは、p-gal存在下においてもプラーク形成効率は約90%となり、効率よく選択されることも確認されている。キメラオリゴは、HVJ-liposomeの肝臓への直接注射によって投与された。切除した肝臓から抽出したゲノムDNAを、in vitroパッケージングし、得られたラムダファージの総プラーク数、lacZ-となったファージ数、及び突然変異体頻度を測定した。このように、PCRによらない、高感度かつ定量的な検出法を使用して実験をおこなったが、予想された組換え体は検出されず、頻度は1/20000以下であった。この結果は、以前の報告より3桁下で、この分野の研究にインパクトを与えるものである。以上の結果は、Journal of Gene Medicine誌上ですでに公表されている。

 第3章は、同マウスシステムを使用した、アデノウイルスベクターによる遺伝子ターゲティングについて述べられている。Fujitaらは、複製能欠損型アデノウイルスベクターを使用し、培養細胞において遺伝子ターゲティングを検討した結果、その頻度は10-5から10-4であった。また、その組換え体は相同組換えのみが起こったものが多く、非相同組換え頻度は低く抑えられていた。そこで、lacZ遺伝子上に点変異をもつ相同領域約8.1kbを、アデノウイルスゲノムのEI欠損部位に挿入し、Mutamouseの尾静脈に注入した。上記と同様に、高感度かつ定量的な遺伝子ターゲティングの頻度の測定を試みたが、組換え体は検出されなかった。アデノウイルスによるin vivoにおける遺伝子ターゲティングは、今まで、おこなわれておらず、世界で最初の試みであり、評価に値する。

 第4章では、総括的なディスカッションがおこなわれ、今後の展望について述べられている。組換え体が検出されなかった要因のひとつとして、標的遺伝子のクロマチン構造について述べられている。今後の、この分野の研究に、大きな影響を与えると考えられる。

 なお、本論文第2章は、Seiji Yamamoto,Yasufumi Kaneda,Ichizo Kobayashi、第3章は、Yasuhiro Naito,Hiroyuki Mizuguchi,Naofumi Handa,Takao Hayakawa,Ichizo Kobayashiとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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