学位論文要旨



No 119979
著者(漢字) 広瀬,哲史
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,サトシ
標題(和) 抗原受容体遺伝子再構成の分子機構とその進化
標題(洋) Antigen Receptor Gene Rearrangement and its Evolution
報告番号 119979
報告番号 甲19979
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4708号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 野中,勝
 国立感染症研究所 部長 竹森,利忠
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳類の免疫系は、多様な抗原を認識するため、V(D)J組換えにより遺伝子を再編成し、多様な抗原受容体を作りだす。この組換えは、遺伝子断片の組合せにより多様性を創出すると共に、プロモーターとエンハンサーを持ち寄ることにより遺伝子を活性化する。V(D)J組換えは進化の過程で軟骨魚類から出現したと考えられているが、最近ヤツメウナギにおいて、哺乳類のものとは全く異なる構造の抗原受容体をコードするVLR(variable lymphocyte receptor)遺伝子が再編成している可能性が示された。本研究では、V(D)J組換えの分子機構を解析すると共に、遺伝子再編成を伴う獲得免疫について進化の観点から理解するため、VLR遺伝子についての解析を行った。

 V(D)J組換えにおいて、基質DNA は組換え活性化遺伝子(recombination activating gene: RAG)の産物であるRAGタンパク質により切断され、その後修復酵素群により結合される。RAGタンパク質は切断後の過程にも必要であることが知られているが、その実態は不明であった。本研究で私は、切断末端の結合できないRAGのjoining 変異体においてcoding領域とRAGとの相互作用が低下していること、またこれらRAG変異体を用いた場合はcoding-endを含むpost-cleavage型複合体が再構成出来ないことを見出した。この結果は、RAGが切断後もcoding領域と相互作用し、切断末端のプロセシングやligation反応の為の場を提供している可能性を示している。

 本研究ではさらに遺伝子再編成を進化の観点から理解するため、VLR遺伝子の解析を行い、VLR遺伝子に見られる再編成はV(D)J組換えではなく、塩基配列の相同性を利用した遺伝子変換(gene conversion)に類似した機構で多様性が創出されていることを見出した。この結果は、VLRが免疫グロブリンと構造は全く異なるものの、遺伝子の多様化に関しては鳥類に見られる遺伝子変換と類似の機構を利用している可能性を示している。

 本研究で得られた結果は、抗原受容体の多様化に重要な役割を果たす遺伝子再編成の分子機構およびそれが確立するに至った進化の過程について重要な知見を与えるものである

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は主として2つの部分からなる。前半では、V(D)J組換えの分子機構について論じており、後半では、ヤツメウナギから単離された抗原受容体候補遺伝子の再構成機構について論じている。哺乳類の免疫系は、多様な抗原を認識するため、V(D)J組換えにより遺伝子を再編成し、多様な抗原受容体を作りだす。この組換えは、遺伝子断片の組合せにより多様性を創出すると共に、プロモーターとエンハンサーを持ち寄ることにより遺伝子を活性化する。V(D)J組換えは進化の過程で軟骨魚類から出現したと考えられているが、最近ヤツメウナギにおいて、哺乳類のものとは全く異なる構造の抗原受容体をコードするVLR(variable lymphocyte receptor)遺伝子が再編成している可能性が示された。本研究では、V(D)J組換えの分子機構を解析すると共に、遺伝子再編成を伴う獲得免疫について進化の観点から理解するため、VLR遺伝子についての解析を行った。

 先ず最初のプロジェクトにおいては、V(D)J組換えの分子機構を、フットプリント法を用いて解析した。V(D)J組換えにおいて、基質DNA は組換え活性化遺伝子(recombination activating gene: RAG)の産物であるRAGタンパク質により切断され、その後修復酵素群により結合される。RAGタンパク質は切断後の過程にも必要であることが知られているが、その実態は不明であった。本研究では、切断末端の結合できないRAGのjoining 変異体においてcoding領域とRAGとの相互作用が低下していること、またこれらRAG変異体を用いた場合はcoding-endを含むpost-cleavage型複合体が再構成出来ないことを見出した。この結果は、RAGが切断後もcoding領域と相互作用し、切断末端のプロセシングやligation反応の為の場を提供している可能性を示すものとして極めて重要である。

 本研究ではさらに遺伝子再編成を進化の観点から理解するため、VLR遺伝子の解析を行い、VLR遺伝子に見られる再編成はV(D)J組換えではなく、塩基配列の相同性を利用した遺伝子変換(gene conversion)に類似した機構で多様性が創出されていることが示された。この結果は、VLRが免疫グロブリンと構造は全く異なるものの、遺伝子の多様化に関しては鳥類に見られる遺伝子変換と類似の機構を利用している可能性を示すものであり、免疫学的にも分子生物学的にも重要な発見である。

 本研究で得られた結果は、抗原受容体の多様化に重要な役割を果たす遺伝子再編成の分子機構およびそれが確立するに至った進化の過程について重要な知見を与えるものとして高く評価出来る。

 なお、本論文に記述された研究内容は、名川、西住、西原、坂野との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であるものと判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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