学位論文要旨



No 119980
著者(漢字) 湯本(榊),真代
著者(英字)
著者(カナ) ユモト(サカキ),マサヨ
標題(和) ジンクフィンガータンパク質Sall4のマウス初期胚発生における機能解析
標題(洋) Characterization of zinc finger protein Sall4 in mouse early embryogenesis
報告番号 119980
報告番号 甲19980
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4709号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 伊庭,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 ジンク(Zn)フィンガータンパク質Sallはショウジョウバエからヒトまで保存され、哺乳類で4種類(Sall1-4)が知られている。ノックアウトマウスの表現型よりSall1は腎形成、Sall3は神経系と口蓋周辺の形成に不可欠であること、またSall2欠失による表現型は正常であることが示されている。またヒトのSALL1変異(Tbwnes-Brocks症候群)では、上下肢の軸前性(母指、母趾側)異常、直腸・肛門部、外耳の形成異常や難聴に加え、稀に心臓、腎臓の形成異常が報告されている。一方SALL4変異(Okihiro症候群)でも、上肢・親指の形成不全と眼球運動を司る神経の異常に加え、まれに直腸・肛門部や腎臓・心臓の形成異常、難聴が報告されている。ヒトSALL2、SALL3の変異による疾患は報告されていないが、SALL3の存在する染色体18q23領域周辺の欠損により起こる、18q deletion症候群では、難聴、精神発達遅滞、成長ホルモン欠損による低身長、心臓・足・指の形成異常、自己免疫疾患など様々な症状が報告されている。これらのことから、この遺伝子ファミリーが様々な器官の形成に重要であることが示されているものの、その意義や作用機構は未だ不明である。そこで私は、Sall4の機能解明と疾患モデルマウスの作製を目的としてSall4ノックアウトマウスの作製・解析を行った。

 Sall4は4番目の新規Sall遺伝子として、精巣に高発現する2音染色体(ヒト20番染色体)上の遺伝子として2000年に登録された(Celera社)。私はデータベースの情報を元にlambda genomic libraryのスクリーニングを行い、全ゲノム領域をクローニングした。約20kbにわたる配列にはSall1-3に保存される遺伝子構造が存在し、8つのC2H2型Znフィンガーが4つのexonに分かれてコードされていた(図1)。このゲノムDNAを用いて、Znフィンガーを全て欠失するβ-galactosidase(lacZ)knock-in型のターゲッティングベクターを作製、ES細胞に導入後、得られたrecombinant ES細胞をマウス受精卵に注入しキメラマウスを作製した。このマウスはC57BL/6J及び129/terSvの二系統と交配し、解析を行った。又Sall4 cDNAはlambda cDNAlibraryよりクローニングした。

 ノックアウトマウスのヘテロ変異体では、約半数に外脳症、直腸・肛門部の形成異常(鎖肛、直腸狭窄)、尾の湾曲が現れた。その結果ヘテロマウスの約半数が5週齢までに死亡したため、残る半数の正常なヘテロ変異体を使用してホモ変異体の解析を行った。ホモ変異体は胎生致死であり、E6.5で既に胎児は吸収され、E5.5でも形態的異常を来たしていた。そこでE5.5胎児の凍結切片を作製し、胚体外胚葉マーカー(Oct4)及び胚体外外胚葉・栄養外胚葉マーカー(H19)のin situ hybridizationを行った。するとOct4発現領域が著しく減少し、胚体外胚葉が障害されていることが明らかとならた。次に胚盤胞のin vitro培養を試みると、ホモ変異体では培養二日目頃より内部細胞塊の増殖が確認されず、五日目にはほぼ消失して栄養芽細胞のみが残った。immunosurgery法により栄養外胚葉を除いて内部細胞塊のみを培養してもホモ変異体由来と思われる内部細胞塊はディッシュに付着後増殖せずに消失(図4)したことから、この現象は栄養外胚葉側の異常による二次的なものではなく内部細胞塊自体の異常によること、またSall4が内部細胞塊の生存・増殖に必須であることが示された。

 次に内部細胞塊から樹立された培養細胞であるES(Embryonic Stem)細胞でSall4を欠失させ、表現型の解析を行った。Sall4の欠失はneomycin及びhygromycin耐性遺伝子を含むベクターを用いて二段階の薬剤選択により行い、合計282クローンのうち3クローンがSall4を欠失していた。出現頻度の低さからもSall4欠失がES細胞の生存に不利に働くことが予測されたが、得られたクローン全てにおいて増殖速度の遅延と形態的変化(平たくやや分化したような形態)が確認された。そこでES細胞の生存・増殖に関わる遺伝子の発現量変化をnorthern blot法で調べてみると、Sall4欠失ES細胞ではOct4,Nanog,Erasといった未分化性維持や憎殖能に必須な遺伝子の発現低下と細胞周期制御遺伝子p16(Cyclin-dependent kinase(Cdk)inhibitor 2A)の発現上昇が確認された。この環象がSall4依存的であることを示すため、Sall4発現ベクターを導入して表現型の回復を調べると、増殖速度及び形態的特徴の両面において回復し、上記の遺伝子群の発現変化も正常レベルへ戻ることが確認された。この結果を受け、網羅的にSall4標的遺伝子群を探索するため、Sall4(Sall4(+))またはvector(Sall4(-))を導入したSall4欠失ES細胞を用いてDNA microarray解析を行った。Sall4(-)と比較してSall4(+)で顕著に発現量の上がっている遺伝子群には、northern blotで明らかとなったOct4,Nanog,Erasが含まれていた。また、Sall4(-)で発現量の上がっている遺伝子群にはCdk inhibitor 1C(P57),H19,IGF(insulin-like growth factor)2,Mash2が存在した。これらの遺伝子は全て7番染色体上にコードされるインプリンティング遺伝子であり、そのインプリンティングが損なわれた結果、胎児組織の正常な分化が起こらず胎生致死となることが知られている。よってSall4ホモ変異体の表現型の一端はこれらの遺伝子の発現制御不能が原因で引き起こされている可能性が示唆された。この結果は、着床前後の胎児成分で発現が抑制される遺伝子群を、ヘテロクロマチン局在タンパク質としてのSallが何らかの機構で制御している可能性を示す初めての報告である。

 また、Sall4ヘテロ変異体では、ヒト疾患(Okihiro症候群)の症状の一つである直腸・肛門部の形成異常が確認されたが、代表的な症状である上肢・指の異常は確認されなかった。よってOkihiro症候群の症状のうち直腸・肛門部の異常はSall4のhaploinsufficiencyにより説明されるが、他の異常は別の機構による可能性が残された。そこで、四種のSallファミリー遺伝子のうち二種が半減もしくは欠失した場合の影響を、Sall1,2,3,4のすべての組み合わせの二重ヘテロ変異体を用いて解析した。驚いたことにSall4/Sall1二重ヘテロ変異体を除く二重ヘテロ変異体は正常に生まれたが、この変異体のみ出生時までに全例死亡し、Sall4ヘテロ変異体より高頻度に外脳症・直腸・肛門部の異常を呈した。又それぞれ単独のヘテロ変異体ではほとんど現れない腎臓欠損も高頻度に出現し、Sall4とSall1のin vivoでの相互作用が示唆された。途中に終止コドンが入った短いSall1を発現するTownes-Brocks症候群モデルマウスでは、Sall1のnull変異体よりも重い表現型(指、手根骨、腎臓、直腸・肛門部の形成異常や外脳症、難聴)が報告されていることや、in vitroでのSall1とSall4の結合(免疫沈降法)およびSall1変異タンパク質強発現によるSall4のヘチロクロマチン局在の乱れ(NIH3T3細胞)等のデータ(私信)と合わせると、Townes-Brocks症候群の症状の一部(直腸・肛門部の異常など)は、Sall1遺伝子のhaploinsufficiencyではなく、変異Sall1タンパク質が引き起こすSall4の機能阻害によって起きている可能性が示唆された。また上肢や指など他の部位においては、他のSallタンパク質の機能阻害がその症状の原因である可能性が残された。

 以上より、本研究ではSal14がマウス初期発生において必須な遺伝子であると同時に、発生後期には神経管閉鎖や直腸・肛門部の形成に関わることを示した。前者においては、その遺伝子機能として、ヘテロクロマチンにおける遺伝子発現制御、特に、原腸陥入期前後に胎児組織で抑制されるべき遺伝子群の厳密な制御を担うことを示し、Sall遺伝子がエピジェネティクス調節因子として特定の遺伝子領域をクラスターごとに制御する可能性を初めて報告した。また後者においては、SALL1変異で起こるとされるTownes-Brocks症候群の病態の一端がSALL4の機能阻害に起因する可能性をin vivoデータとして初めて示した。ヒト疾患の多様な症状の発症機構解明の一助となることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は二章からなり、第一章ではジーンターゲッティング法によるSall4ノックアウトマウスの作製とその解析結果が、第二章ではES細胞を用いたSall4の機能解析とその標的遺伝子の網羅的探索結果が述べられている。

 SallはショウジョウバエのSal(Spalt)遺伝子のマウスホモログであり、これまでに4種(Sall1-4)が報告されている。ノックアウトマウスの解析からSall1は腎形成に、Sall3は口蓋や神経の形成に必須であること、またSall2欠失では表現型に異常のないことが報告されていたが、その作用機構は不明であった。一方、ヒトSALL1変異により引き起こされるTownes-Brocks症候群では、腎臓のみならず、心臓、外耳、肛門、泌尿生殖器の形成異常や聴覚異常などの広範な症状が現れ、ノックアウトマウスの表現型との差異から、変異SALL1蛋白質が他のSALL蛋白質の機能を阻害する可能性が示されている。本研究は、新規遺伝子であるSall4の機能解析とSallファミリー遺伝子の機能的重複性や相互作用について調べることを目的とし、in vivoとin vitroの実験を組み合わせて解析を行っている。

 第一章では、Sall4ノックアウトマウスを作製し、Sall4がマウス初期発生、特に、着床前後の時期の胚体外胚葉の増殖・維持に必須であるという、Sallファミリー遺伝子としては、新規かつ予想外の機能を明らかにした。この結果は、第二章の胚性幹(ES)細胞を用いた実験で更に詳細に解析されている。また、ヘテロ変異体の一部に見られた外脳症、直腸・肛門部の形成異常、尾の湾曲については、症状の現れる時期のSall4発現を調べるとともに、次に4種のSall遺伝子全ての組み合わせの二重ヘテロ変異体の解析を行い、これらの器官では特にSall1とSall4が協調的に機能する可能性を示す結果を得た。また、免疫沈降実験も両者の相互作用を示した。従って、ヒト疾患は、これらの部位におけるSall1/4ヘテロダイマーの異常による可能性が考えられる。Sall4は初期発生のみならず器官形成に重要な機能を果たすという本章の結果は、発生過程に共通なSall遺伝子の作用機構を提案しうる可能性を秘めている点で非常に意義深い。

 第二章ではES細胞におけるSall4欠失の表現型の解析を試みている。マウスの解析結果から予測される通りSall4ホモ欠失変異はES細胞の増殖に不利に働き、Sall4欠失ES細胞株の樹立は非常に困難であったが、様々なターゲッティングベクターを用いて3クローンを得ている。これらのSall4欠失ES細胞は、野生型ES細胞に比べ、倍加時間が二倍程度に伸び非常に扁平な形態のコロニーを形成した。また、発現が変動する遺伝子の網羅的探索を目的としたマイクロアレイ解析からSall4欠失ES細胞で発現の低下している遺伝子群として、ES細胞の性質維持に必須の遺伝子(Oct4, Nanog, Eras等)が、亢進している遺伝子群として、本来胎児成分では発現抑制されている遺伝子(H19, IGF2, p57kip2, Ascl2等)が同定された。これらのSall4欠失細胞の表現型はSall4 発現ベクターの導入により回復することから、Sall4欠失は本来発現制御している遺伝子群の無秩序な発現を引き起こし、結果としてES細胞の増殖遅延につながることが示唆された。また、マウス胚の発生においても同様な現象から致死に至る可能性は高く、ES細胞での実験結果からSall4ホモ変異体の表現型の一端が説明できる点は高く評価されるものである。

 以上より、本研究ではショウジョウバエから哺乳類まで保存されたSallファミリー遺伝子の一つであるSall4がマウス初期発生において必須であるとともに、発生後期には器官形成に関わることを初めて示した。さらに、この個体レベルでのSall4欠失の表現型をES細胞の利用によって更に詳細に解析し、標的遺伝子群の網羅的解析も行った。この結果は、ヘテロクロマチン局在タンパク質としてのSall4が転写抑制因子として機能することを強く示唆し、これまで未知であった他の哺乳類Sall遺伝子群(Sall1-3)の機能を予測し解析する端緒となる結果である。

 なお、本論文は佐藤朗、松本祐子、高里実、片岡由起、油谷浩幸、児玉龍彦、吉田進昭、西中村隆一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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