学位論文要旨



No 119981
著者(漢字) 石井,亮平
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,リョウヘイ
標題(和) tRNAの3'の末端プロセシング酵素の構造生物学的研究
標題(洋) Structural and functional studies of tRNA3' end processing enzymes
報告番号 119981
報告番号 甲19981
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4710号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

 tRNA 分子は遺伝暗号の翻訳においてmRNA とタンパク質を繋ぐ"アダプター分子"として中心的な役割を担っている.tRNA はおよそ76 残基のRNA から構成される分子であり,共通のL 字型の立体構造を持つ.一般的にtRNA は5′や3′端に伸長配列をもった長い前駆体tRNA として転写される.この5′や3′端の伸長配列の除去は複数のリボヌクレアーゼ (RNase) によって行われる.また全ての成熟tRNA の3′端は共通にCCA であるが,このCCA 配列はtRNA のアミノアシル化とそれに続くタンパク質合成に必須である.このCCA 配列はtRNA 遺伝子にコードされるか,もしく3′伸長配列が除去された後に酵素的に付加される.さらに,tRNA がアダプター分子として働くためには特異的な相互作用が必要になるが,そのために多数の修飾塩基が酵素的に導入される.したがって,前駆体tRNA が機能を持った成熟tRNA になるためには,5′, 3′伸長配列の除去,修飾塩基の導入,真核生物などイントロンが存在する場合ではイントロンの除去,CCA配列の付加などの様々なプロセシングを受ける必要がある.

 前駆体tRNA の5′伸長配列の除去は真性細菌,古細菌,真核生物で共通の反応によって触媒される.この反応はエンドリボヌクレアーゼであるRNase P によって行われる.RNase P は前駆体tRNA に作用して,成熟tRNA の5′末端に相当するヌクレオチド結合を特異的に切断する酵素である.RNase P はリボ核タンパク質複合体で活性部位はRNA にあるリボザイムである.前駆体tRNA の3′端のプロセシングについては,真性細菌,古細菌,真核生物の間や生物種によって異なることが多いため,不明な点が多い.真性細菌の3′端のプロセシングの解析については,主として大腸菌を用いた系によって行われてきた.この結果から真性細菌の3′伸長配列の除去は複数のエンドリボヌクレアーゼ及びエキソリボヌクレアーゼが関与する複雑な過程であることがわかった.大腸菌の系におけるtRNA の3′端プロセシング反応は,まず,長い3′伸長配列がエンドリボヌクレアーゼであるRNase E やRNase III によって切断された後,redundant な活性をもつ6 種のエキソリボヌクレアーゼ(RNase PH, T, D, II, BN, PNPase) によってCCA 末端までトリミングされる.この6 つのRNase のうちRNase PH とT が最も活性が高い.最近,大腸菌以外の真性細菌でも3′端プロセシングが明らかになってきており,Bacillus subtilis やThermotoga maritima ではエンドヌクレアーゼであるtRNase Z が前駆体tRNA に作用して,3′伸長配列を除去することも報告されている.このtRNase Z は真核生物や古細菌における3′端プロセシング反応においても,前駆体tRNA の3′伸長配列を除去する役割を担っている.本研究ではこれらのtRNA 3′ プロセシング酵素がどの様に基質RNA を認識しているかを明らかにするために,RNase PH とtRNase Z の2 つの酵素を対象としてX 線結晶構造解析を行った.

RNase PH

 RNase PH は真性細菌の3′端プロセシング酵素の1 つで,前駆体tRNA の3′伸長配列を無機リン酸を共基質とした加リン酸分解によって分解し,成熟tRNA を生じさせる酵素である.RNase PH のホモログは真性細菌,古細菌,真核生物に広く存在し,tRNA のプロセシング以外にもmRNA やrRNA の分解,プロセシングにも関与していることが報告されている.本研究では高度好熱菌Aquifex aeolicus 由来RNase PH の発現系の構築,精製,結晶化を行い,大型放射光施設SPring-8 を用いたX 線回折実験の結果,RNase PH と共基質である無機リン酸との複合体の構造を2.3 A 分解能で決定した(図1).RNase PH はα/β fold を取り,trimer of dimers からなるリング状の6 量体を形成していた.この構造は すでに構造決定されていたPNPase のコア構造と良く似ていた.リン酸は2 量体のインターフェイスの近くに形成された深いクレフトの奥に位置していた.このリン酸は真性細菌のRNase PH に保存された3 つのアミノ酸 (Arg86, Thr125, Arg126)と相互作用していた(図2A).次にこれらのアミノ酸残基の役割を明らかにするために,それぞれの残基をアラニンに置換した変異体を作成し,RNA 加リン酸分解活性およびtRNA 結合活性を調べた.また,活性の変化がRNase PH の立体構造の変化によるものかを調べるために変異体タンパク質の結晶化を行った.3 つの変異体タンパク質は,どれも野生型と同じような構造を取っていた.しかし,RNA 分解活性とRNA 結合活性は,それぞれの変異体タンパク質で異なっていた.RNA 分解活性については,R86A 変異体はまったく活性を失っていたが,T125A 変異体とR126A 変異体は弱い活性を持っていた(図2B).RNA 結合能についてはR86A 変異体は野生型と同じ程度であったが,T125A 変異体は野生型より強く,リン酸非存在下と同程度,R126A 変異体は野生型より弱い結合能を示した(図2C).以上のことから,Arg86 残基は直接,加リン酸分解反応に関与し,Thr125 残基はリン酸結合,Arg126 残基はRNA 結合に関与していることが考えられた.また,リン酸結合部位が深いクレフトの奥にあることがRNase PH の基質特異性に関係していると考え,RNA との結合モデルを作成し,RNase PH の基質認識モデルを提案した(図3).

tRNase Z

 tRNase Z は真核生物,古細菌や一部の真性細菌においてtRNA の3′端プロセシングに関与するエンドリボヌクレアーゼで,前駆体tRNA の3′伸長配列をdiscriminator 塩基で切断する酵素である.一方で,Thermotoga maritima 由来tRNase Z は前駆体tRNA をdiscriminator 塩基では無くCCA 末端で切断することが報告されている.本研究では,Thermotoga maritima 由来tRNase Z の発現系の構築,精製,結晶化を行い大型放射光施設SPring-8 を用いたX 線回折実験の結果,2.6 A 分解能で構造を決定した(図4A). tRNase Z の全体構造はmetallo-β-lactamase fold に分類されるαβ/βα sandwich fold を取っていた.基本的な構造は中心にそれぞれ7 本のβストランドからなる2 枚のβシートがあり,両側にそれぞれ3 本のαへリックスが配置したものである.tRNase Z は非結晶学単位中に存在する分子によって2量体を形成していた(図4B).実際にtRNase Z が溶液中でも2 量体であることが,ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによって確認された.他のmetallo-β-lactamase スーパーファミリーのタンパク質と同様に,このファミリーに特徴的な5 つのモチーフは2 枚のβシート片端に集中し,活性部位を形成していた.tRNase Z の構造はmetallo-β-lactamase の構造と良く重ね合わせることができ,活性部位にはmetallo-β-lactamase と同様に金属イオンが存在していた(図5).決定した立体構造を元にtRNA との結合モデルを作成し,tRNase Z のRNA 結合モデルを提案した(図6).

図1:RNase PH の6量体の構造

(A) 3回対称軸から見た図

(B) 2回対称軸から見た図

図2:リン酸の結合

(A) リン酸結合部位

(B) 加リン酸分解実験

(C) RNA 結合実験

図3:RNA との結合モデル

図4:tRNase Zの立体構造

(A) 単量体の構造 (B) 2 量体の構造 モチーフのアミノ酸残基を赤で示した.

図5:metallo-β-lactamase の活性部位との重ね合わせtRNase Z を紫で,metallo-β-lactamase を水色で表示した.

図6:tRNA との結合モデル

表面電荷を酸性(赤),塩基性(青)で示した.

審査要旨 要旨を表示する

 tRNAは5'および3'末端に伸長配列を持った長い前駆体tRNAとして転写される.前駆体tRNAが成熟tRNAになるために,この伸長配列は様々なリボヌクレアーゼの働きによって適切に除去(プロセシング)される必要がある.3'末端伸長配列の除去はRNase E,RNase PH,RNase T,tRNase Zなどの複数のリボヌクレアーゼが関与し,かつ生物種によっても異なる経路で行われる複雑な過程である.本論文ではこの3'末端伸長配列を除去する2つのリボヌグレアーゼ(RNase PH,tRNase Z)を対象としてX線結晶構造解析を行い,その反応機構と基質認識機構に関する研究を行った.RNase PHは真正細菌において,前駆体tRNAの3'末端をCCA末端までトリミングを行うエキソリボヌクレアーゼである.通常,リボヌクレアーゼは加水分解によってRNAを分解するが,RNase PHは無機リン酸を共基質とした加リン酸分解によってRNAを分解する.一方,tRNaseZは前駆体tRNAを一般的にdiscriminatorと呼ばれる72位の塩基の直下で切断するエンドリボヌクレアーゼである,しかし,高度好熱菌Thermotoga maritima由来tRNase Zは前駆体tRNAをCCA末端(76位)の直下で切断するという異なった基質特異性を持つ酵素である.

 第1章はイントロダクションであり,研究の概要と背景について述べられている.第2章はAquifex aeolicus由来RNase PHのX線結晶構造解析と変異体を用いた生化学的な解析について述べられている.論文提出者はRNase PHを大腸菌内で大量発現させ,精製,結晶化のスクリーニングを試みている.その結果,良好な結晶が得られ,セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により,共基質である無機リン酸との複合体の構造を分解能2.3Åで決定することに成功している.その結果,RNase PHは6量体のリング構造を取る事,共基質である無機リン酸は,2量体によって形成された深いクレフトの奥に位置する事を初めて明らかにしている,RNase PHと同じ反応を触媒するPNPaseの活性部位の構造と比較し,無機リン酸結合部位の認識方法の同異点について述べている.さらに,無機リン酸を認識しているRNase PHファミリーに保存された3つのアミノ酸(Arg86,Thr125,Arg126)をそれぞれアラニンに置換した変異体タンパク質を作成し,in vitroでのRNA分解反応実験やゲルシフト法によるtRNAとの結合実験を行っている.その結果から,これら3つのアミノ酸はどれも,RNase PHの活性に重要であることを明らかにしている.また,変異体の活性の違いから,RNase PHの活性におけるそれぞれのアミノ酸残基の約割について推定している.さらに活性部位が深いクレフトの奥に位置することが,RNase PHの基質認識に重要である可能性を結合モデルから指摘している.

 第3章はThermotoga maritima由来tRNase ZのX線結晶構造解析について述べられている.論文提出者はtRNase Zを大腸菌内で大量発現させ,精製,結晶化のスクリーニングを試みている.その結果,良好な結晶が得られ,セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により,分解能2.6Åでの構造決定に成功している.その結果,tRNse Zは2量体で存在し,保存されたヒスチジン残基,アスパラギン酸残基によって活性部位が形成されていることを明らかにしている.論文申請者は活性部位の構造を同じスーパーファミリーに属するmetallo-β-lactamaseと比較し,金属イオンの配位の仕方が異なることを指摘している.また,タンパク質表面の片面に正電荷が,もう片面に負電荷が分布していることから,この負電荷の面にtRNAが結合するのでないかと推測し,さらに報告されている生化学的な実験と合わせてtRNAとの結合モデルを提案している.この結合モデルはT.maritima tRNase Zが他の生物種由来のtRNase Zと異なる基質切断部位を持つことをうまく説明することが可能である.

 第4章は第2章および第3章の結果から,既知りRNaseの反応機構と比較して共通点と相違点について記述してある.また,他のtRNAプロセシング酵素と比較し,基質認識機構の多様性について考察している.

 なお,本論文第2章は,東京大学の横山茂之教授,濡木理助教授(現・東京工業大学教援)との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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