学位論文要旨



No 119983
著者(漢字) 西原,忠
著者(英字)
著者(カナ) ニシハラ,タダシ
標題(和) 抗原受容体遺伝子の組換え部位多様化に於けるRAGタンパクの役割
標題(洋) Junctional Diversification by the RAG Proteins in V(D)J Joining
報告番号 119983
報告番号 甲19983
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4712号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 渡辺,嘉典
 東京大学 教授 小林,一三
 理研 主任研究員 柴田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

 多様な抗原受容体遺伝子は、DNAレベルの再編成によりV,(D),Jコーディング遺伝子断片が繋ぎ合わされて創られる(図1)。このV(D)J組換えはまず、二つのrecombinaton signal sequence (12-RSSと23-RSS)がRAG1/RAG2タンパク(recombination activating genesの産物)により持ち寄られたのち、コーディング遺伝子断片との境界で切断され、平滑末端のsignal-ends (SEs)と、ヘアピン構造を持ったコーディング末端を生じることにより始まる。この後RAGタンパクは、切り出されたSE DNAとの安定な複合体、SE complexを形成する。SE complexは、二つのコーディング末端同士を連結する過程に於いて、architecturalな役割を果たすとされている。このV(D)J組換え後半の過程には、catalytic subunit of DNA-dependent protein kinase (DNA-PKcs)を含むDNA修復系酵素群も必要とされる。コーディング末端のヘアピン構造はまず、Artemis/DNA-PKcs複合体によりasymmetricに開環され、3'突出構造を生じる。この後コーディング末端は、組換え部位の多様化の為に、ヌクレオチドの欠失及び付加による修飾を受ける。ランダムなヌクレオチドの付加がterminal deoxynucleotidyl transferase (TdT)によることは知られている。しかし、V-(D)-J連結部にヌクレオチド欠失を生じるメカニズムについてはほとんど分かっていない(図1)。

 V(D)J組換えの後半の過程に於けるSE complexの役割を探るために、12-SE及び23-SEオリゴDNAと、HMG1、RAG1/RAG2タンパクよりSE complexを再構成し、5'末端を標識した二本鎖DNAを加え、反応させた。その結果、SE complexは、Mg2+存在下で3'突出構造のDNA末端を削ることを見出した(図2A)。主な切断は、二本鎖/一本鎖境界(ds/ss junction)、もしくはその近くの一本鎖DNA領域で起きた。この反応は12-SE、もしくは23-SEを除くと効率が大きく落ち、また、SE非存在下では反応は起きなかった(図2B)。

 二本鎖DNAより切り取られた一本鎖DNAがどうなるのかを調べるために、その3'末端のヌクレオチドを標識し、反応させた(図3A)。すると、泳動度の小さい分子種ST、および泳動度の大きい分子種XとYの、3通りの反応産物が検出された。分子種STは最初に現れ、反応初期にピークを向かえ、その後ゆっくり減少したが、一方、分子種XとYは、STに遅れて現れ、蓄積し続けた。それぞれ3本のバンドからなる分子種Y、及びXはそれぞれ、直鎖状、及び環状一本鎖DNAの切断産物だった。また、それぞれ3本のバンドからなる12-ST、及び23-STは、strand-transfer反応により切り取られた一本鎖DNAが12-SE、及び23-SEの3'末端に転移されて生じたものだった。

 反応経路について詳しく調べるためにSE complexを磁気ビーズ上に固定し、3'末端標識された基質二本鎖DNAと反応させた後、反応液を除き、さらにMg2+を含まない溶液で洗った(図3B)。基質DNA及び分子種XとYはビーズから洗い流されたが、12-ST、及び23-STはSE complex中に留まった。この精製されたSE complexを再びMg2+を含む溶液中で反応させると12- ST及び23-STは消え、分子種XとYを生じた。以上の結果は、切断産物XとYは、strand-transfer中間体である12-STと23-STを経由して、そのresolution反応により生じることを示している。

 このresolutionの過程をより直接的に示すために、12-SEの代わりに12-STを用いてSE complexを再構成した。12-ST DNAのbottom strandを5'末端標識し、パートナーの23-SEとともに、RAG1、RAG2、HMG1タンパクと、Mg2+を含む溶液中で反応させた。すると58 ntの12-STのバンド(bottom strand)は、48 ntの12-SEへと変換された(図4A)。12-ST DNAの3'突出部の末端ヌクレオチドを標識し、同じように反応させると今度は二つの切断産物(XとY)が生じた(図4B)。バンドYは、12-STのds/ss junctionにニックが導入された場合に予想される直鎖状の切断産物(10 nt)と同じ泳動度を示した。もう一つの産物、バンドX、は、エキソヌクレアーゼ処理に耐性であることや、エンドヌクレアーゼで部分消化すると10 ntの直鎖状DNA断片に変換されることなどから、Yと同じ長さ(10 nt)の環状の切断産物であることが明らかになった。同様の切断産物は、23-STを標識した場合にも生じた。12-ST切断反応は、12/23ルールを満たさないパートナー、12-SE、を代わりに用いた場合には効率が大きく落ちる(図4)。以上の結果は、SEの3'末端に付加された一本鎖DNAは、SE complexの中で正確に切り離されることを示している。

 この3'プロセシング反応は、strand-transfer及びresolutionの2段階機構により起こることが明らかになった: まずSEの3'-OH基が、3'突出二本鎖DNAのds/ss junction周辺を不正確に求核攻撃する。その結果、二本鎖DNAの3'末端から削り取られた一本鎖DNA領域がSEに付加されることになる。この転移された一本鎖DNA領域は次に、加水分解もしくは分子内エステル交換反応により正確にds/ss junctionで切断され、直鎖状もしくは環状の切断産物を生じる(図3B)。この結果、SEは平滑末端構造に戻り、また、二本鎖DNAの3'端は様々な長さに削られる(図2)。私は、in vivoに於いてSE complexのこの3'プロセシング活性が、ヘアピンの開環を受け3'突出構造となったコーディング末端を不正確にプロセスすることにより、V-(D)-J連結部の構造の多様化しているのではないかと予想している。

 このような2段階機構によるDNA末端のプロセシング反応は他に例を見ない。1段階目のstrand-transferは、ds/ss junctionへのトランスポジションと見なせる点は、大変に興味深い。V(D)J組換えは、トランスポジションのシステムから進化したと考えられている。RSSの切断は、トランスポゾン DNAの切り出し反応によく似る。さらにRAGタンパクは、切り出したSE DNAを他の二本鎖DNAにトランスポーズさせることがin vitroで観察されている。このようなstrand-transferがもしin vivoで起きると、ゲノムDNAへの挿入変異や染色体転座の引金になるために大変に有害であり、また実際、in vivoではほとんど起きないとされている。何故RAGタンパクがこうした活性を保持しているのかは分かっていない。もしSE complexがその3'プロセシング活性によりコーディング末端を削るのであれば、RAGタンパクのstrand-transfer活性は、V-(D)-J連結部の構造を多様化する為に利用されていることを意味する。その場合、RAGタンパクのコーディング末端プロセシング活性を残しつつ有害なトランスポジショントランスポジション活性を抑えるメカニズムの存在が予想される。最近RAG2 のC末端領域がトランスポジション活性を抑制することが報告され、私のRAG preparationでも同じ結果が再現された(図5A)。ところが、全長RAG2タンパクの3'プロセシング活性は、C末端領域を欠くcore RAG2 と大差ないことが明らかになった(図5B)。以上の結果は、RAG2 のC末端領域が有害なトランスポジションを抑制しつつ、3'プロセシング活性をコーディング末端プロセシングのために残していることを示唆している。

 V(D)J組換えは、生殖系列ゲノム(germline genome)で祖先受容体遺伝子のエキソンに事故で挿入されたトランスポゾンが、体細胞で切り出され復帰突然変異(revertant)を生じる過程に由来するとされる。しかしながら、トランスポゾン導入後の4億年以上に渡る獲得性免疫システムの進化は、RAGタンパクをほぼ完全に飼い慣らし、宿主(すなわち、我々)の目的に従わせるに至った。いまでは、切り出されたトランスポゾンDNAの再挿入により宿主ゲノムが危険にさらされることはない。もとはトランスポジション反応の為にあった筈のstrand-transfer活性はしかし、RAGタンパクから完全に損なわれたのではなく、全く別の目的――抗原受容体遺伝子の多様化の為に、コーディングDNA末端をプロセスする活性へと進化したことを、本研究は示唆している。

図1. V(D)J組換えの素過程。三角はRSSを、四角はコーディング遺伝子断片を、楕円はRAGタンパクをそれぞれ表す。

図2. SE complexの3'プロセシング活性。(A)様々な3'末端構造の二本鎖DNAを用意し、そのtop strand(59nt)の5'末端を放射性標識した。SE complexを、12-SEと23-SEオリゴDNA、HMG1、RAG1/RAG2タンパクより再構成し、標識した基質DNAとMg2+存在下で反応させた。(B)12-SEと、23-SE DNA、HMG1、RAGl/RAG2タンパクをMg2+存在下で混合し保温した後に、15ntの長さの3'突出を持つ、5'末端標識した基質DNAを加え反応させた。

図3. 二段階機構による3'プロセシング反応。(A)基質DNAの、15ntの3'突出部の末端ヌクレオチドを標識し、Mg2+存在下でSE complexと0-100分反応させた。すると、泳動度の小さい分子種ST、および泳動度の大きい分子種XとYの、3通りの反応産物が検出された。(B)SE complexを磁気ビーズ上に固定し、3'末端標識された基質二本鎖DNAと反応させた後、反応液を除き、さらにMg2+を含まない溶液で洗った。この精製されたSE complexを再び10mM Mg2+存在下で0-45分保温した。二本鎖DNAより切り取られた一本鎖DNAは、SE complex中の12-SEもしくは23-SEに転移され、strand-transfer中間体(12-もしくは23-ST)を生じた。次にこの一本鎖DNA領域はSEから切り取られ、直鎖状(Y)あるいは環状(X)の切断産物を生じた。この反応経路を右に図示した。

図4. ST DNAの一本鎖DNA部分は正確に切り落とされる。(A)12-ST DNAのbottom strand(58nt)を5'末端標識し、パートナーの23-SEとともに、RAG1、RAG2、HMG1タンパクと、Mg2+を含む溶液中で反応させた。すると、48ntの12-SEのバンドを生じた。(B)12-ST DNAの3'突出部の末端ヌクレオチドを標識し、同じように反応させると今度は二つの切断産物(XとY)が生じた。

図5. 全長RAG2もcore RAG2タンパクと同程度の3'プロセシング活性を持つ。(A)標識した23-SEを用いてSE complexを再構成し、ターゲットのプラスミドDNAにトランスポーズさせた。(B)標識していないSEを用いて再構成したSE complexを、3'末端標識された基質二本鎖DNAと反応させた。いずれのアッセイも、全長RAG2もしくは、C末端領域を欠くcore RAG2タンパクを用いて、3mM Mg2+、75mMK+存在下で行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、1章はイントロダクション、2章は結果、3章は考察、4章は材料と方法、5章は参考文献である。本研究では、抗原受容体遺伝子に於ける組換え部位多様化のメカニズムが解析された。

 多様な抗原受容体遺伝子は、V(D)J組換えによりコーディング遺伝子断片が繋ぎ合わされて創られる。この組換えは、二つの組換えシグナル配列(recombination signal sequence: RSS)がRAGタンパク(recombination activating genes: RAG遺伝子の産物)により持ち寄られたのち、RSSとコーディング配列との境界で切断され、シグナル末端(signal end: SE)とコーディング末端(coding end: CE)を生じることにより開始される。この後引き続いてRAGタンパクは、SE DNAとの安定な複合体、SE complexを形成する。このSE complexはin vitroで他の二本鎖DNAに転移することが知られているが、なぜ挿入変異を引き起こす危険性のあるこのようなstrand-transfer活性をRAGタンパクが保持しているのかについては、これ迄良く分かっていなかった。

 本研究では先ず、SE complexが二つのステップからなる3'末端プロセシング反応を起こすことが見出された。CEに相当する合成DNAとして3'突出末端を持つ二本鎖DNAを与えると、その二本鎖と一本鎖構造の境界周辺にSEが不正確にstrand-transferした。その結果、二本鎖DNAの3'末端から削り取られた一本鎖DNA領域がSEに付加されることになる。この転移した一本鎖DNA領域は、次にSEから正確に切り取られ、直鎖状もしくは環状の切断産物を生じた。全長のRAG2では、C末端ドメインを削ったコアRAG2タンパクに比べ、転移活性が落ちている一方、3'末端プロセシング活性は保持されていた。V(D)J組換えに於いて、ヘアピンの開環を受け3'突出となったCEが、組換え部位の多様化の為に不正確にプロセスされるメカニズムは不明であったが、本研究により、RAGタンパクのstrand-transfer活性がこのヌクレオチド欠失反応に利用されている可能性が示された。

 本研究は、これまで重要とされながらも手付かずであった、V(D)J組換えに於ける組換え部位多様化のメカニズムについて、重要な知見を与えるものとして高く評価出来る。なお本論文、及びその主要内容を含む米科学会誌に掲載された論文はいずれも、名川、西住、児玉、広瀬、林、坂野博士との共同研究であるが、提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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